常連客
シヴァとミホに見送られ、ダンは首都を目指した。
今日は女神様の日。多くの人間にとって休日であり、礼拝日でもある。
城壁の門をくぐり、真っ直ぐメインストリートを進んで中央広場に着くと、常連客の少年二人がダンの到着を待っていた。
「やあ、おはよう。二人とも早いね。すぐに準備するから少し待っててくれ」
「おはようございます。今日でスタンプが溜まるから、楽しみでつい早く来ちゃいました」
「レンのやつ、昨日からソワソワしてたんだよ」
年上の友達に揶揄われて、レンが少し拗ねたように言った。
「エルマーだって、何にしようかずっと悩んでたじゃないか。訓練中も上の空で注意されてただろ」
「ははは。それで、何にするか決めたのか?」
「木の実のクッキーを一枚。あと交換でマドレーヌを下さい」
「俺はアイシングクッキーを一枚。俺もマドレーヌに交換する」
ダンはそれぞれにクッキーを渡しながら、スタンプカードを確認した。
「はいよ。でもどっちもマドレーヌでいいのか?違うのを頼んでシェアした方が得じゃないか?」
ダンの言葉に少年達は顔を輝かせた。
「ダンさん、天才!」
「じゃあ俺、ドーナツ」
二人は仲良く菓子を分け合って、嬉しそうに食べた。
エルマーからドーナツを分けてもらったレンは、一口食べた後に目を細めて呟いた。
「ああ、美味しい。懐かしい味がする」
「え?レンはドーナツを食べた事があるのか?」
レンの呟きに、エルマーが驚いた様子で尋ねた。
「うん。僕の国にはドーナツ専門店があって、沢山の種類が売ってた。お母さんが作ってくれた事もある」
「へえ、もしかしてレンはキーナ人か?」
ダンの問いに、レンは不思議そうに首を傾げた。
「いえ、違います。どうしてですか?」
「ああ、その菓子を作った職人はキーナ人なんだよ。同じ黒髪だし、もしかしたらと思ってな」
「そうなんですか。キーナって確か、すっごく遠く離れた国じゃなかったですか?」
「巡礼者の中にも、滅多にいないよな」
「ああ、海を越えなきゃ行けない。俺も行った事はないんだが、雇い主や同僚がキーナ人なんだ。こっちじゃ見た事のない料理をよく作ってる。材料が手に入らないから多少アレンジしてるらしいけど、どれも美味いんだ。ほら、こんなの見た事あるか」
ダンは弁当の包みを広げてみせた。色とりどりの野菜に混じって、つやつやとした白い塊が4つ並んでいた。
「何だこれ?食べられるのか?」
エルマーは白い塊を不思議そうに指差した。
「・・・おにぎりだ」
レンは包みを見つめて呟いた。そしてパッと顔を上げると、必死な様子でダンに訴えた。
「ダンさん、これ、1個売ってもらえない?お金が足りないなら、今度必ず持ってくるから」
ダンは驚いて少年を見つめた。
「驚いたな。これも知ってるのか?」
「うん。僕の国では主食なんだけど、こっちでは売ってなくて。ずっと食べたくてしょうがなかったんだ」
「そうか、それなら一つ譲ってやるよ」
「ありがとうございます」
レンは手渡されたおにぎりを大事そうに受け取ると、一口食べた。
モグモグと静かに咀嚼していたレンの瞳から、やがて大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お、おい、どうした?大丈夫か!?」
「まずかったのか?」
レンは首を振り、鼻を啜った。
「すごく、美味しいです。・・・お母さんが作ったのと・・・同じ、味がする」
やがて、中央広場に多くの人が集まり始めたので、少年達は商売の邪魔になるからと帰って行った。
「本当にありがとうございました。また来ます。職人さんに美味しかったって伝えてもらえますか」
「ああ。必ず伝えるよ」
(ミホの息子はどうやら反抗期らしいからな。同じ年頃の少年が泣いて喜んだと知ったら喜ぶだろう)
だが、少年の事がミホに伝わる事は無かった。ダンに悪気があった訳ではない。間の悪い事に、昨日の商人がまたやって来て、職人に会わせろと食い下がってきたのだ。
その商人は、他の客がいるのもおかまい無しで、接客中のダンにあれこれと話しかけてきた。
普段なら軽くあしらえるのだか、今回ばかりは相手が上手だった。
あまりのしつこさにダンは手を焼き、星の日に工房に連れて行くと約束してようやく帰ってもらった。
その日の終わり、ダンは疲れ果ててぐったりとベッドに横になった。
(ああ、疲れた。明日が休みで良かった。休み明けに、あの商人の事を報告しなきゃな)
そうしてダンは、泥のように眠った。




