招かれざる者〜アルヴィン視点
ちょっと前の話を別の人の視点で書いてます。
「・・・つまり、あなた方はうちの息子に死ねとおっしゃってる訳ですよね?」
思ってもいなかった言葉を聞いて、耳を疑った。
自分の息子が勇者に選ばれた名誉に、感謝するものとばかり思ってた。
(なんだ、この無礼な女は。
神官様や司祭様に向かって、なんと言う態度だ。
髪も短いし、服も男のようで、まるで女らしくない。
勇者様の母というのも疑わしい)
そう、思っていた。
次の言葉を聞くまでは。
「自分たちの都合で無関係な子供を強引に呼び出して、命懸けの仕事を報酬もなしにさせるんですか?
この国の大人たちは、一体何をしているんです?
100年の周期で魔王が復活するとわかっているのなら、対策を立てる事はできるでしょう!?軍隊を編制したり、他国と同盟を組んだり、過去から学ぶ機会はいくらでもあったはずです。
私の息子にも、過去の勇者達にも、それぞれの生活や家族や夢があったんです。それを奪う権利は誰にもないわ!勝手な使命を押し付けないで!」
衝撃だった。
子供の頃から聞かされていた、勇者の魔王討伐の物語。
女神に選ばれ、希有な力を得た勇者が、人々を救い世界に平和をもたらす。
それを当然のように受け止め、疑問に思った事すらなかった。
彼女の言う通りだ。
世界の危機を、一人の子供に背負わせるなんて無茶な話だ。
彼らが自ら望んだならともかく、無理矢理こちらに召喚して、勇者としての使命を課すのだ。
介抱する為に抱えた少年の身体は小さくて軽かった。
彼女が怒るのは、母親として当然だ。
そういえば、歴代の勇者の名前は知っていても、その後の話を誰も知らない。
なぜ、不思議に思わなかったんだろう。
彼らは、どうなったんだろうか。
今まで、気にもかけなかった。
勇者による恩恵を、当たり前のように思っていた自分が恥ずかしい。
そう、思っていた時。
神官様の声が聞こえた。
「あなたは聡く、息子さんへの情愛も深い。
だからこそ、あなたの存在は危険だ。
あなたの思想は、我々の勇者育成計画、ひいては世界の調和を乱しかねない。
あなたには、勇者の第一の試練に協力していただきます」
そして、信じられない光景を見た。
部屋に二人の男が入ってきたと思ったら、あっという間に彼女を拘束してしまった。
そして、動けない彼女の足に、あろうことか神官様が杖を刺したのだ。
一体、何が起きているのか。
「確かに、この世界の事情はあなた方には関係ない話かもしれません。
ですが、母親が魔物に殺されたなら、勇者にとって関係ない話とは言えないでしょう」
耳を疑った。
尊敬してやまない神官様の言葉とは思えない。
彼女は、男達に乱暴に麻袋に押し込められた。
「連れて行きなさい」
神官様の指示で、男達は部屋を出て行く。
行き先を告げなかったという事は、全て計画されていたのだろう。
「はじめから彼女を殺すおつもりだったのですか?」
「いいえ。私としても、できる事なら避けたかった。
しかし、残念な事に彼女の理解は得られなかった。
彼女の言い分は正しい。
我々は、身勝手な理由で一人の少年を犠牲にしようとしている。
それは紛れもない事実です。
しかし、世界の平和を保つ為に、仕方のない事なのです。
私は、この国に住む人々を、女神様の創りたもうたこの世界を守りたい。
アルヴィン、聖騎士であるあなたなら分かるでしょう?」
「・・・はい」
「彼らが任務をきちんと遂行するか見届けて下さい。
彼女の死に、間違っても人間が関わってはいけない。
勇者の母は魔物によって殺されるのです」
「分かりました」
私は彼女の荷物を持ち、彼らの後を追った。
彼女の非業の死は、後の世に伝えられるだろう。
母の死を乗り越え、魔王に打ち勝つ勇者の物語は涙を誘い、人々に愛されるだろう。
我々の平和は、誰かの犠牲の上に成り立っていたのだろうか。
自分の信じていた世界が、足下から崩れていく気がした。
彼らを追った先は、「帰らずの森」だった。
これまで、旅人や魔物退治を生業としている冒険者達が何人も命を落としている。
「魔物のえさにするには、もったいない美人だよな〜」
「どうせ死ぬんだし、ちょっとくらい俺らが遊んでも構わないよな」
男達の下卑た声がした。
(冗談じゃない。彼女を穢してなるものか)
男達を殺す事に、ためらいはなかった。
死体は森に潜む魔物が処理してくれるだろう。
彼女は傷だらけだった。
額には血がこびりつき、あちこちに痣がある。
何よりも、神官様より受けた足の傷が痛々しかった。
「こんな事になってしまい、本当にすまない」
彼女の拘束を解きながら、私は心から詫びた。
「あなたの言う通りだ。
我々の勝手な事情に、あなた方親子を巻き込んでしまった。
しかし、この世界に勇者の力が必要なのも事実なのです。
約束します。
息子さんは、私が責任を持って立派な勇者に育てます。ですから・・・ですから・・・」
許してくれ、とは言えなかった。
どんなに言葉を取り繕っても、結局は彼女に死んでくれと言っているのだから。
そんな私に、彼女は頭を下げた。
「どうか息子を宜しくお願いします。
まだ、何もわからない子供です。
どうぞ、色々と助けてやって下さい」
私は再び衝撃を受けた。
彼女は「助けて」と、命乞いすらしなかった。
死を前にして尚、子供の行く末を心配し、こんな私に託してくれている。
なんて見事な女性だろうか。
「私の命をかけて、息子さんを守る事を誓います」
私の言葉に、彼女は本当に嬉しそうに笑った。
これまで会った、どんな女性よりも美しいと思った。
私は一礼してその場から離れた。
一度振り返ってみると、彼女が荷物を抱え、足を引きずりながら森の奥へと歩いていくのが見えた。
「帰らずの森」の夜を生きて越えた者はいない。
血の匂いを嗅ぎ付けた魔物達によって、いずれ彼女は食い殺されるだろう。
私は神殿に帰り、彼女が森の奥へ消えた事を報告した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、彼女と別れた場所へ行くと、私が殺した男達は骨だけになっていた。
彼女もどこかで同じ運命を辿ったに違いない。
そう思うと、胸がズキリと痛んだ。
足元に、無惨に引き裂かれた麻袋が落ちていた。
拾ってみると、中に彼女が身につけていた髪留めが引っかかっていた。
私はそれを大切にしまった。
勇者の少年が目覚めたら、形見として渡そう。
約束通り、彼を命懸けで守り、立派な勇者に育てよう。
それが、聖騎士である自分の勤めであり、彼女へのせめてもの手向けだ。