女の子
食堂に行ってみたものの、訓練後の食事の後だったために何も残っていなかった。
後片付けの最中だったので、新たに何か作ってもらうのも申し訳なく思い、私は食堂のスタッフに事情を説明してキッチンと食材を借りる事にした。
「突然で悪いんだけど、この子に何か軽く食べさせたいの。キッチンと食材を借りてもいいかしら?使い終わったら後片付けはしておくから」
犬耳と尻尾を持つ獣人が、ちらりとスフィアを見た。
「ああ、ベルガー様の・・・それだったら構わないよ。ところであんた誰だい?見かけない顔だけど」
スフィアがベルガーの姪である事は周知の事実らしい。
「あら、挨拶もせずに失礼。私はミホって言うの。最近この訓練場に来たガロンって言う大きなリザードマンの子を知らない?あの子の家族なの」
「えっ・・・じゃあ、あんた、いや、あなたが新しい幹部になったって言う・・・」
「ええ、そうよ。これから時々様子を見に来るからよろしくね」
ガロンもお世話になっている事だし、ニッコリと愛想良く挨拶をしたのだけれど、スタッフは引き攣った顔で固まった。耳を伏せ、尻尾を丸めて足の間に入れている。
(そういえば三日月班の皆の反応も相当だったわね。私の噂って一体どういう風に伝わってるのかしら)
きっと、相当尾ひれがついているに違いない。
(まあ、そのうち誤解も解けるわよね)
私は気持ちを切り替えて料理に専念する事にした。
「とりあえず、ここにある材料ですぐに作れる物にしましょう」
キッチンに入って残ってる食材を見せてもらった。
「卵、ジャガイモ、タマネギが少しずつか・・・あら、ソーセージが3本も残ってる。これなら十分オープンオムレツが作れるわね」
早速作ろうと鼻歌まじりにローブを脱ぎかけて、はた、っと手を止めた。
(しまった。ここじゃローブは脱げない。でもこんな長い袖じゃあ、調理の邪魔だし・・・)
どうしようと思案していると、スフィアがじっと見上げているのに気付いた。
「そうだ。せっかくだからスフィアちゃん、自分で料理してみない?」
「えっ?無理よ。私、料理なんてした事ないもの」
スフィアは驚いた様子でブンブンと首を振った。
「大丈夫。教えてあげるから。誰だって初めてはあるし、食べるのは自分なんだから、少しくらい形が崩れたり失敗しても気にしないでいいわ」
私はローブの袖を折って腕まくりしながらウインクした。
「それに、料理が出来るようになったら、ちょっと大人になった気にならない?」
思った通り、私の言葉にスフィアはやる気を出した。
「はじめに良く手を洗ってね。料理をする時は必ずよ。その次にジャガイモを洗いましょう」
スフィアが言う通りに動くのを見ながら、私は調理道具を用意した。
「包丁をこう持って、ジャガイモの芽を取り除くの。こんな風にね」
スフィアは真剣な目で私の手元を見て、おっかなびっくり包丁を使っている。
「そうそう、上手よ。それじゃあ、次はこうやって皮を剥くの」
ピーラーがあれば楽なんだけどなぁと思いつつ、スフィアのお手本になるよう、ゆっくり丁寧に皮をむいた。
スフィアが一生懸命に剥いたジャガイモは少々いびつではあったけれど、調理するには十分だった。
「初めてにしては上手に剥けたわね。何回か練習するともっと上手くなるわ。それじゃあ次はスライスしましょう」
縦半分に切って薄くスライスする。
「こういう風に左手の指を丸めて、中指の関節に包丁を沿わせるようにね。ゆっくりでいいから指を切らないように注意して」
スフィアは真っ赤な顔をして、真剣にジャガイモを切っていく。
「スフィアちゃん、息をして。深呼吸しよう。もう少し肩の力を抜いていいわよ」
スフィアは素直にスーハーと息を吸った。可愛いすぎる。
「切ったジャガイモは一旦ボウルに入れて・・・と。次はタマネギね。皮は手で剥けるわ。剥いたら同じように切るんだけど、これは私がやった方がいいかな」
「私、切りたい」
「そう?タマネギを切ると目にしみて涙が出るわよ?」
「平気。さっきさんざん泣いたからもう涙は出ない」
(そんなもんだっけ?)
その言葉通り、スフィアは泣く事なくタマネギを切り終えた。
その後も私の指示通りにソーセージを切り、フライパンで具材を炒めている頃には余裕も出てきた。
「やっぱり女の子はいいわね。筋がいいわ。こんな風に子供と並んで料理するの、夢だったのよね」
キャンプでは嬉々として料理をしていた蓮だが、普段はキッチンに立とうとしなかった。せいぜい料理を運ぶか、お小遣い目当てで茶碗洗いをするくらいだったのだ。
小さい頃にお菓子を作ってやってる時は、甘い香りにソワソワして纏わり付いていたけれど。
娘も欲しかったな〜、という私にスフィアは目を丸くした。
「子供が女の子でもいいの?」
「え?当たり前じゃない。スフィアちゃんみたいな可愛い娘が欲しかったわ」
「・・・そんなこと、初めて言われた」
スフィアの手が止まったので、私は慌ててフライパンを火から下ろした。
「どういうこと?」
「私が男の子じゃないから、お母さんはいつも責められてた。女じゃ強い戦士になれないって」
スフィアは俯いた。
「そんな馬鹿なことを言うのは誰?お父さん?」
「・・・ベルガー伯父さん」
「わかった。ベルガーは私が後で絞めとくから」
私の言葉にスフィアは驚いて顔を上げた。
「伯父さんはすっごく強いのよ!?」
どうやらスフィアは私の噂を知らないらしい。
「そうね。でもきっと、キッチンでは私の方が強いわよ」
不敵に笑う私をスフィアは不思議そうに見た。
「さあ、続きをしましょう。卵を割って、砂糖と塩を加えてよく混ぜて・・・」
◇◆◇◆◇◆
「出来た〜」
焼き上がったオープンオムレツをピザのように切り分けて皿に盛ると、待ちきれなかったようにスフィアの手が伸びてきた。そして一口食べた途端、ぱあっと表情が明るくなった。
「美味しい!これ、私が作ったんだよね?」
「ええ。とても初めて作ったなんて思えないわ。料理の才能あるかもね」
私がそういうとスフィアは目を輝かせた。
「ホント!?」
「ええ。どう?料理って楽しいでしょう?」
「うん。すっごく面白かった。自分にこんな事が出来るなんて思ってみなかった」
「練習すれば、もっと色んな料理が作れるようになるわよ」
「また教えてくれる?」
「ええ。花の日と女神様の日にはここに来るから、その時でよければ」
スフィアは喜んで私に抱きついた。
「絶対よ。約束ね」
「ええ。ほら、冷めないうちに食べちゃいなさい」
私がそういうと、スフィアは皿を持ち上げた。
「これ、伯父さんにも食べてもらう!」
そう言うが早いか、スフィアは食堂を出て行ってしまった。
「あらら、後片付けが残ってるのに・・・」
私が洗い物をしようとすると、スタッフが恐る恐る声をかけてきた。
「あの、片付けは私達がするんで、どうぞ追いかけて下さい」
「あら、悪いわ」
「いいんです。あの子についてやって下さい」
ベルガーが連れてきた姪だ。皆、あの子の事が心配だったんだろう。
「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えるわ。今度お礼をするから」
私は食堂を後にして、ベルガーの部屋に戻った。
「伯父さん、見て見て!これ、私が作ったのよ!」
スフィアの元気な声に、ベルガーは驚いて言葉も出ないようだった。
「ミホに習ってね、包丁でジャガイモの皮を剥いたり、タマネギやソーセージを切ったの。初めてなのに上手だって褒められた。すごいでしょ!?」
さっきここで泣いていたと思えないくらい、生き生きとしている。
「ほら、食べてみて」
ベルガーはスフィアが差し出したオムレツを受け取ると、大きな口でパクリと食べた。
「美味い。これをお前が作ったのか?すごいじゃないか」
ベルガーに褒められ、スフィアは嬉しそうに笑った。
「良かった。もっと色んな料理を作れるようになるわ。伯父さんに一番に食べてもらうから待っててね」
その言葉を聞いて、ベルガーは瞳を潤ませた。
「ああ、楽しみにしてる」
スフィアはご機嫌で残りのオムレツに齧り付いた。
ベルガーはしばし手で目頭を押さえていたけれど、やがて私に向って静かに言った。
「ミホ、礼を言う。こんなスフィアを見たのは久しぶりだ」
「そう、良かったわ。・・・さっきスフィアちゃんにあなたを絞めるって約束したんだけど、今日のところは勘弁してやるわ」
「待て、何でそんな話になったんだ」
私の言葉にベルガーは慌てた。
「女じゃ強い戦士になれないって妹さんを責めたんですって? オリヴィアやナーダさんは幹部になってるじゃない!」
「落ち着け! あいつらは例外だ!」
「性別に関係なく子供は宝物なの! さっき私と手合わせしたいって言ったわね。キッチンでやるならいいわよ」
「それだけは勘弁してくれ」
「あなたがスフィアちゃんを可愛がってるのは本人もわかってる。でもあなたの不用意な言葉で傷ついてもいる。妹さんを責めるのはやめて。跡継ぎが欲しければ、さっさと結婚すればいいじゃない」
あ〜、でも基本的にいつも女を馬鹿にした態度だから実はモテないんでしょ、と言うとベルガーは手で顔を覆った。
「・・・シヴァ、笑ってないで助けてくれ」
◇◆◇◆◇◆
女神様の日に再び訓練場を訪れると、すっかり私に懐いてくれたスフィアが抱きついてきた。
おかげでガロンが焼きもちを妬いてスフィアと喧嘩してしまい、シヴァと二人で慌てるハメになった。
そしてなぜか、私がベルガーを絞めて泣かせた、という新たな伝説が生まれていた。
ちょっと体調崩してました。
皆さんも風邪などひかぬようご注意ください。




