ネクロマンサー? いいえ墓守です
書き始めてしまった-!
紅凶星。それは不吉と破滅、厄災の象徴とされている。
伝説の節々に幾度か登場するこの星は、普通に生きていていれば、その一生の間に目にする機会がない事なんて珍しくもないくらいに、滅多にその姿を現す事はない。
だからこそもし、これが強い輝きを放って空を血の色の様に染める夜に出くわしたのなら、死を覚悟せよって言われるレベル。
これは大陸中で全ての人々の共通した認識であり、国によっては非常事態宣言が布かれる程のものだ。
何故なら紅凶星が照らす夜には、闇の世界の住人達が最も動き易くなり、大いなる厄災が起こる前兆だという古来からの言い伝えがあるからだ。
これを所詮言い伝え、迷信だと馬鹿にした者達は、紅凶星に照らされる下でその命を無残に散らしたとか。
実際、はるか大昔に紅凶星が輝いた時、その時代一番の武力を誇っていたとある大国が一夜にして滅んだと言われている。
まぁ、古すぎて、今となっては知っている人物や書物はほんの僅かしかないらしい。
ここ数百年、紅凶星が出た事はない。
いつしか人々はその存在は知っていても、それに対する恐怖は自然と薄れていった。
だからなんだろうか、その油断が僕を今まで生きて来た中で、過去最悪レベルで命の危機へと誘う事となった。
紅凶星の怪しく輝く夜に、死という存在に出会ってしまったんだ。
◆◇◆
墓地。それはこの世での生を終えた者達が眠る場所。
老衰するまで生き、満足して死んだ者。若くして未練や後悔を残して孤独に死んだ者。そして、恨みを抱えたまま死んだ者など様々であり、誰も彼もが違う。
けれど死は、生きとし生けるものが平等に迎える結末だ。
そんな本来はどんなに願おうとも、もう目覚める事のないはずの彼等彼女等。しかし、何事にも例外は存在する。
今宵もまた、薄暗い墓地で何かが目覚めた。それは棺を打ち破り、土をかき分けて地表へと這い出た。
意思もなく、ただ強制的に掻き立てられた力と憎悪のままに、満たされる事のない飢えを抱え、生贄を求めて彷徨う。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
陰鬱としたカビ臭い空気、風に揺れた枯れ木のざわめく音、僅かにしか先まで見られない薄暗い視界、剥き出しの土の触感。
五感から感じるそれら全てに神経を尖らせながら、僕は墓地にある元は小さな一軒家だったであろう、廃屋に潜んでいた。
ここは屋根は殆ど残っていないけど、未だに四方がしっかりしたレンガ造りの壁面で囲まれたその内側で、息を極力殺してその時を待ち続けた。
「(来た……!)」
どれくらい長く待ったか、カビに混じって肉が腐敗した様な臭いを感じ取った瞬間、いよいよその時が近づいて来たと体が強張るのが分かる。
胸元のロザリオの十字架を左手で押さえながら、心の中で三度お祈りを唱えた後、右手で唯一の武器をぎゅっと強く握った。
やがてザリッ、ザリッと何かを引き摺る様な足音が、一定の間隔と共にこっちに近づいて来ている。まず間違いなく狙いは僕だろう。
これから命を落とすかもしれない未来に、心臓はバクバクと苦しいくらいに早くなって、口の中は舌が引っ付きそうな程カラカラに乾いていく。
「(大丈夫、大丈夫、大丈夫)」
恐怖と不安に押しつぶされそうになりながら、それでも必死に心を奮い立たせ、生きる為にと勇気を振り絞る。
この壁に囲まれた四方の一角、そこだけ割れ目の様に損壊が酷くなっていて、チビな僕は大丈夫だけど、大人は通るにはつっかえてしまう程の細い通り道になっている。
これこそが、僕の勝機。通ろうとして、つっかえてあいつの動きが止まったその瞬間が、最大のチャンスだ。
足音と気配、濃くなる腐った肉の臭いから、タイミングを読み違えない様、慎重に探る。
最初の一撃を当てる事に、死力を尽くす。
そしてついに、その時は来た。
角の割れ目から現れた人影、その正体は人の成れの果て。
死してなお恨み辛みを力に生者を求め、現世を彷徨い続ける生ける屍。
人に仇なすアンデッドの代名詞とも言える存在、ゾンビだ。
全身の肉が腐って変色し、酷い臭いを撒き散らしている。
腐敗が他より腐敗が進み過ぎた所は、もう骨が見えてしまっていて、眼球は何かの拍子に零れ落ちてしまいそうな程ギョロついてる。
相変わらずその明らかに人から逸脱した様は、負ければ自分もそうなってしまうかと思うと、寒気が走って恐怖で足が竦む。
「ウァ、アァァァッ」
見つけた得物である僕へと襲い掛かかろうと、言葉にならない呻き声を上げながら迫って来る。
けれど案の定、狭い通路に阻まれて動きが一瞬止まる、この瞬間!
「っ、やぁッッ!」
精一杯恐怖を抑え込んで、大きく振りかぶった自分の身長に近い相棒、スコップを叫びと共に力の限りその頭部目掛けて振り下ろした。
ぐちゃりという異音と共に、飛び散る血飛沫を含めた諸々のなにか。
僕のスコップでの全身全霊の一撃は、硬い骨を砕き、中を半分程潰した手応えが確かにあった。
「アギィャァァアッ!?」
頭を半分潰されたゾンビが、この世のものとは思えないおぞましい断末魔を上げる。
間近で響いたそれに逃げ出しそうになるのをギリギリの所で耐え、今度こそ止めだと完全に頭を叩き潰した。
「ィ……ァ……」
力なく後ろに倒れるゾンビ。
荒い呼吸を整えながら、武器を構えて最後まで最後まで油断なく備える。
やがて、ゾンビの身体から煙が立ち上り、その全てが灰になった。
それを最後まで見届けて、ようやく戦いが終わったと、深く長い安堵の溜息を吐いた。
そのまま力が抜けちゃってその場にへたり込むと、さっきまで抑え込んでいた諸々の恐怖が一気に噴き出て来る。
「うぅっ、あ……ぐっ」
相変わらず手に残る嫌な感触は、悲鳴を上げて泣き叫びたいくらい僕の心を軋ませる。
ゾンビが消えても残る臭いは、寧ろもっと酷くなったそれに吐き気が込み上げて来る。
でもそれ以上に、強く沸き上がってくる思いがある。ギュッ、と強く体を抱きしめて、今の万遍の想いを一言。
「今日も、生きられた……!」
何よりもそれが嬉しくて、涙が出る。
毎度の事ながら、この瞬間が最も自分の生を強く実感する事が出来る。
もう生きてるってだけで幸せだよ。
チビで臆病な自分に、今日もよく頑張ったとたくさん褒めてあげたい。
一頻り生きてる喜びを噛み締めた後、疲れた体で後始末をする。
手頃な場所に相棒でそこそこ深めに穴を掘った後、ゾンビだった灰をすくって穴に放り込んで、土を被せる。
ついでに今回も大活躍だった相棒も、まだ灰カスなんかの汚れがついてるから、しっかり土を塗してから拭っておくと、これが意外と綺麗になる。
「ふぅ。これで、よし」
後は最後に十字架を手に簡単なお祈りを捧げたら、今日の僕の仕事はおしまい。
「疲れた……帰ろ」
重い体と相棒を引きずる様にして、帰り道を歩く。
ふと何となく目線を上げれば、ずっと向こうの空に分厚い真っ黒な雲が見えた。
「明日は……雨かな」
洗濯、明日は無理かななんて思いながら家に帰った僕は、相棒を壁に立て掛け、衣服を適当に投げ捨ててそのまま藁のベットに倒れ込む様に身を沈めた。
「おやすみ、なさい……」
肌を刺すチクチクとした痛みも、疲れ果てた体じゃ気にならないので、僕はすぐに眠りに落ちた。
これが、この墓地唯一でただ一人の、墓守としての僕の日常。
これまでがそうであった様に、これからも変わる事無く、いつか僕が死ぬその時までずっと続くものだと思っていた……思って、いたんだ。
翌日、死そのものと呼べる存在に出会うまでは……。
ネクロマンサー成分がほぼなしという滑り出し。我ながらこんな調子で大丈夫なのか。
ところで、スコップとシャベルって地域によって違うみたいです。
ちなみに私は大きいのがスコップ、小さいのがシャベルって呼んでます。