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第8話 白い悪魔の屋敷

 クレフ達は目的地たる屋敷へと到着していた。

 三階建ての、まるで城のように思える洋館は静まり返っている。いかにもヴァンパイアどもが好みそうなロケーションに、またぞろ連中が飛び出して来るのではないかとクレフは眉をひそめた。

「カーラ、分かっているだろうと思うけど、最初は穏便にね」

 アーベルが確認するように言う。

「襲撃なんてのはやった方が絶対的に悪いんだ。だから連中を片付けるのにも遠慮なくやれたけど、こっちの負い目みたいなものは無駄に作るもんじゃない」

「ああ、無論了解している」

 言って、カーラは正面に見える両開きの玄関ドアへと近寄ってゆく。そして。


「だが知った事か」


 抜刀一閃、二枚の扉を中央から真っ二つに斬り割っていた。

「なっ――にを聞いていたのさ、何を! 穏便にって言ったじゃないか!」

「お行儀よくドアベルを鳴らして待てとでも? 馬鹿馬鹿しい」

 下半分だけになった扉を蹴り開けて邸内へと侵入するカーラ。

 そこには中央に大階段をそなえるエントランスホールが広がり、アポ無しの来客を迎え入れていた。

「あらあら、随分と乱暴なノックなのね。まだおうちに上がる許可を出した覚えはないのだけれど」

 響く幼い声に視線を上げれば、階段の踊り場で手すりにもたれる悪魔族の少女がひとり。

 黒猫からサリィと呼ばれた少女は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら唇に指をあてる。

「既にこちらが居るのに気付いていた筈、だのに迎えがなかったのでな。事後承諾では?」

「そうねぇ……まあ、いいかしら」

 手すりに掴まり、一段ごと階段を跳ぶようにして降りてくるサリィ。

 彼女はカーラの腰ほどまでしかない身長を精一杯に伸ばして、カーラを見上げる。

「わざわざそのひとを連れて来てくれたんだから、手間も省けたことではあるし……」

 聞いた瞬間、一切の躊躇なくカーラは赤黒い長剣を振るっていた。

 その姿を見た時からある程度の覚悟を決めていたことではあるが、それでもクレフは一瞬驚きに身を強張らせる。こんな幼い少女に刃を突き立てるなど、想像の埒外にあることだ。

 だが。

「見た目などは、何の意味も持たんぞ」

 ひどく楽しげなカーラの声にあらためて自分の視界にあるものを確認し、彼は愕然と身を震わせた。

 伸ばされたカーラの長剣、その剣先近くに、サリィは爪先で立っていたのだ。

「カーラっ!」

 叫びつつ、その場に屈むアーベル。カーラは剣を引き寄せつつ側面へと跳ぶ。

 たった数言の詠唱と共にアーベルが屋敷の絨毯を叩くと、そこには掌大の魔法陣が形成される。剣を引かれると同時に空中に跳ね、くるくると回るサリィに向かって魔法陣からは放電する白い光の槍が射出された。

 加粒子槍パーティクルランス、その小規模版だ。本来は都市攻略用に使われる魔術を、ここまで圧縮して用いるというのは聞いたこともなかった。やはり腐っても先代魔王ということか。

 だが、サリィの目の前で槍は止められている。防がれているのではないということはすぐに分かった、命中の衝撃すらもそこにはない。魔力干渉結界でただ消失させられているのだ。

「っは! やっぱ悪魔に魔術は通りが悪いねえ!」

 アーベルはそう言って笑っていた。それで済ませられるというのも凄い事だが。


「いい風だわ」

 仕切り直しということか、蝙蝠の翼を広げて飛んだサリィは階段の踊り場へと降り立つ。

 そのまましばし睨み合いとなる気配を受けてか、カーラは口を開いていた。

「しかし疑問だな。悪魔族が何故、この女を狙う」

「どうしてかって? そんなの、他の魔王たちと一緒じゃない」

 サリィがそう言うと、肖像画がかけられた正面の壁に巨大な魔法陣が描かれ始める。

 一瞬警戒したクレフだが、そこに記されている魔術構成を読むうち、その表情には疑問がやどった。

(……あれは、転送……いや、帰還の魔法陣?)

 巨大な魔法陣は完成の間際になってひび割れ、砕けてゆく。

 背中にその音を聞きながらサリィは大きく溜息を吐き、続けていた。

「こんな場所に封印されて、ずっと元の世界に戻れない。あたしは……ただパパに会いたいだけなの!」

 そう語る自分の言葉に苛立ちを喚起されたか、サリィは翼を広げていた。そして、突進する。

「さっさとそのひとをあたしにくれてよ!」

 カーラは、その表情を毛筋一本ほども動かさずそれを迎え撃った。アダマンタイトの長剣と悪魔の爪がぶつかり合い、甲高い悲鳴のような音をエントランスホールじゅうに撒き散らす。

 クレフとアーベルは身体強化と慣性制御の魔術を重ね、カーラを援護していた。

 あれほど高威力の魔術が効かないのでは攻撃魔法はほぼ意味があるまい。あとは物理で決着をつけるしかないという訳だ。

 と、そこで気付いた。まさか、それを見せるためにあえて初めに撃ってみせたのか。

 ちらりと横へ向けた視線がアーベルと合った。彼はにやりと笑みを浮かべる。

「やるぞ小娘!」

 不意に叫ぶカーラ。ニーアを玄関脇で降ろしたスゥが、ずらりと長剣を抜く。

「……言われるまでも」


「ああ、側近と言える部下とさえも協力しなかったカーラが、成長したんだなあ。兄さんは嬉しいよマぶぅっ」

 感極まったように呟くアーベル。だが、サリィと切り結びながら後退するカーラについでのように蹴られ、絨毯の上を転がっていっていた。

 サリィを挟み込むようにして両側から長剣を振るうカーラとスゥ。翼まで使ってそれを弾き続けるサリィの表情から徐々に余裕が失われてゆく。だが無くなった訳ではないのは、逃げ場を残しているから。

 最終的にサリィは真上へと飛んでいた。4メートルほどの空中で滞空しつつ、彼女は呟く。

「アダマンタイトの剣はちょっと面倒ねぇ。あともう一つは……あれは、何なのかしら?」

 文化圏の違いか、ヒヒイロカネは知識に無いらしい。

「まあ、いいわね……ただの魔剣なら気にする事も……ッ!?」

 その眼が驚愕に見開かれる。階段を駆け上り、手すりを蹴って飛び上がるスゥが、サリィへと渾身の力で剣を叩きつけようとしていたのだ。

 慌てて羽ばたき避けようとするサリィ。結果、なんとか剣の軌道から脱する事に成功した。

 ――筈なのに。

「痛ぁっ!?」

 強烈な打撃音と共にサリィは叩き落とされ、床をバウンドしていた。何が起きたのか彼女には分からなかったようだが、地上から見ていたクレフ達にははっきりと見えた。

 スゥの持つ剣の刀身が、8つに割れたのだ。

「……思い切り斬りつけてそのダメージなら、手加減する必要はなさそうですね」

 サリィを見下ろしながら言うスゥ。サリィのドレスはぼろぼろに破れていたが、その下の白い肌には赤いミミズ腫れが残っている程度だ。

「ひ……っぃ!」

 初めての痛みに顔色を青ざめさせ、サリィはこれまでになく必死な表情で爪を構え直した。


「ゲッシュ!! ゲッシュぅ! なによ……なんなのよこれ! 絶対勝てるって言ったじゃない!」

 一撃を受けて腰が引けた後のサリィは防戦一方になっている。泣き言を言いながらカーラとスゥの猛攻を防ぎ、部屋中を逃げ回るような状態だった。

「おい……」

 流石に見ていられなくなってクレフが声を上げるが、アーベルがそれを制止する。

「見た目通りじゃないって言ったろ? ちょっと気を抜けば、首を引っこ抜かれるよ」

 それでも苦く戦いの行く末を見守っていると、ようやく。サリィも逃げ場を失ったようであった。

「あ――」

 スゥとカーラの剣が交差して壁へと突き立つ。壁と刃との間にはサリィの細い首が挟まれていた。

 あとは二人が力を込めて押せば、彼女の首は胴と泣き別れになるというわけだ。

 躊躇う理由などなく、それ以上サリィが何か口にする前にそれを実行しようとするスゥとカーラ。

 だが。

「待ってくれ、もういいんじゃないのか? そこまでしなくとも」

 クレフの再度放った言葉に、スゥは動きを止める。

「貴様……」

 止まらないカーラの剣を自分の刃で押さえて止めつつ、憮然としたような表情で待つスゥ。

 やがて諦めたようにカーラも剣を引き抜いていた。クレフとすれ違いながらぼそりと呟く。

「後悔するぞ、間違いなくな」


「なあ、このまま諦めてくれれば命まで取ろうとは思わないんだ。だから……悪いが」

 ドレスは破れほぼ全裸に近い有様になり、片方の首筋からは血を流して、顔は涙と鼻水でべたべたとなったサリィのどこに目をやっていいかわからず迷いながら言うクレフ。

 サリィは腰が抜けたように座り込んだまま、にこりと笑っていた。

「ありがとうお兄さん……優しいのね」

 その瞬間、サリィの瞳が赤く発光する。魅了チャームか、と気付いた瞬間には遅く、自分の肉体のコントロールが奪われる。右手が別の生き物のように動き、人間としてのリミッターを解除された力で自分の喉へと食い込むのを他人事のように眺める。

「あ、ははっ! 甘い、甘いわぁ! さあ、こいつを死なせたくなかったら、その女を――」

 立ち上がったサリィが叫ぶ。が、彼女はそこまでしか言えなかった。

 気配を殺しながらずっとそこにいたスゥが、長剣をあばらを避けて突き込んでいたのだ。

 サリィの中で分割された刀身が魔力核を完全に破壊し、彼女は弾けるように消え失せた。


「だから後悔すると言ったろう」

 激しく咳き込むクレフを困ったように見下ろすカーラ。スゥが自分の前に膝をついて、慰めるように頭を抱いてくれるのに対して、クレフは申し訳ないという感情しか出て来なかった。

「それに、これでいいのだ。ヤツの望みも叶ったろうよ」

 続けたカーラの言葉に、訳がわからないというように視線を向けると、アーベルがその後を引き取る。

「悪魔ってのはさ、召喚に応じて出て来るけど、その本体はずっと魔界に居るんだ。ごく近く、重なり合うように存在する異界にね。現実界に出て来るのは魔力で構成された仮初めの体。だからそれが破壊されると問答無用で魔界に還るわけ」

 やれやれといったふうに肩をすくめるアーベル。

「本体は魔界から一歩も外へ出てないんだから、いくらなんでもそれごと封印ってのは不可能だ。だから擬似的な契約で帰還出来ないように縛られてただけだと思うね。今頃は無事に帰ってるよ、元の世界――に付随する魔界にね」

 知らず、笑いが零れる。

「どうして、言ってくれなかったんだ」

「知らないとは思わなかった。地上じゃあ悪魔の召喚ってのはあまりやらないのかい?」


「……唯一神の教えが広まっている世界なら、わたくしの世界と同様、それは禁忌でしょう」


 全員の視線が一点へと向いていた。そこに立っていたのは、ニーアだ。当然ながら。

「滅ぼせなかったのは残念ではありますが、紛れもない悪魔をも打ち倒した皆様の力……とても、頼もしく思います」

「あ、ああ……」

 何か、悪事を見られたかのような後ろめたさを感じてしまう。

 それはニーアの声に殆ど感情が乗っていないからだろうか。

「ただ――」

 背筋がぞわりとした。

「たとえ、相手が子供だとはいえ、情けをかける事が常に美徳であるとは限りません。そうですね?」

「……そうだ、な。……肝に銘じるよ」

 クレフはそう言って、額に滲む汗を拭っていた。


 戦いには勝利した、サリィも含めて収まるべきところへと収まった、筈なのに。

 ひどくすっきりとしない気持ちを抱えながらクレフは屋敷を調べていた。

「何か手がかりらしきものはあったか?」

 アーベルに聞くが、彼は両手を広げてみせる。

「なーんにも。今回は猫さんも観戦してなかったみたいだしねぇ、このまま逃げられるようだとまずいな」

 クレフはしばし考えた後、そういえば、と。カーラの方を振り向く。

「カーラ、きみがニーアについての話を聞いた相手、覚えているか?」

「いいや。会話の内容ははっきりと思い出せるのに、しかし相手の顔や特徴についてだけが、その服装すらも含めて全く思い浮かべる事が出来ない」

 やはりな、とクレフは言った。認識阻害系の魔術を使っているのに間違いない。

 魔術師が隠密行動する時に使用する魔術で、調整の仕方によって人混みの中で全く関心を払われずに行動することから、接触した相手にその事実すら忘れさせることまでが可能だ。

 それを使っているのが当たり前という考えがあったからこそ、今まで聞かずに居たのだが。

「それが何か?」

「いいや。逆に、それなら追えるかもしれないと思ったのさ」

 クレフはそう言って口許に笑みを刻んでいた。

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