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第7話 精霊使いの技

「あなた方との出会いは……やはり、神のお導きだったのですね」

 ぽろぽろと涙を零すニーアを見て、スゥも流石に何も言えなくなったのだろう。

 その頭を抱き寄せて撫でながらクレフは続けていた。

「それで、そいつは使い魔を使ってると言ったな。……何の使い魔だ」

 暫くの間答えはなかった。カーラが椅子を蹴ってようやく、声が返ってくる。

「ね、猫だっ! 黒い猫だったっ!! もう良いだろう解放してくれても!」

「猫、か……」

 ヴァンパイアの言葉には返答せず、カーラは呟く。

「猫では、見つけるのは難しそうですね。どこにでも居ますから」

 スゥも同じく唸っていた。だが、アーベルがあっけらかんと口にした言葉に、全員が顔を上げる。

「いえ……猫、いませんよ、この世界には」

「は?」

「猫も犬もいません。牛も豚も羊すら。だから肉を手に入れるのがほんと難しくって」

 そういえば飲食店経営だったね君。

「猫が居ない世界……だと……」

「いったい何の肉だったんだ? あれ……」

 愕然と呻くカーラ。胸の辺りに手をやって、気持ち悪そうにするクレフ。

 ふと思いついたようなスゥの言葉にアーベルが頷く。

「カエルはいます?」

「ああ、いますよカエル、でっかいのが沢山。それで何とか助かってて」

 カエルかー。


「カエルの事はいいっ! 出来る限りの協力はしただろう、もうそろそろ見逃してくれ!」

「この話の流れでまだ自分が助かると思っているのは驚きだが……」

 す、とヴァンパイアの括り付けられている椅子の背もたれを掴むカーラ。

 ヴァンパイアの顔が驚愕に歪み、絶望的な泣き笑いの形に崩れてゆく。

「分かりやすくもう一度言ってやろう。我々は、この件を知る全ての者の口を封じねばならない」

「や、やめっ……やめってっ……!」

「私という絶望と、道を交わらせた不運を呪うがいい。……といった感じでいいのかな?」

 言って、カーラは勢いを付けて椅子を投げる。括り付けられていたヴァンパイアごと。

 窓を突き破ったヴァンパイアは真上からの陽光に焙られ、長い長い悲鳴を上げて崩れ落ちていった。

「さて、ちゃんと居てくれたかな?」

 カーラは大穴の空いた窓を眺めながらそう呟く。

「居たねぇ、逃げてゆく猫が一匹」

 アーベルはにやりと笑って、自分の探知結界が送る情報に集中していた。


 黒い猫は走る。道を駆け、木を登り、塀の上に飛び乗ってバランス良くその上を伝い。

 道行く者が猫の姿を見てある者は笑い、ある者は特に関心を向けず、ある者は顔をしかめて何やらまじないのようなものを指先でしてみせた。猫はどれにも目を向けず、ただまっすぐに走る。

 塀から飛び降りたのはとある屋敷の敷地内。少しだけ開いた裏口に小さな手をかけ、顔が通るくらいの隙間をあけてするりと体を押し込んでゆく。

 階段を登った。一つの部屋の前で足を止めた。そして、扉をかりかりと掻く。

 やがて扉は内側から開かれ、小さな白い両手によって猫は抱き上げられた。

「あらぁ……来たのね、ゲッシュ」

 金色の巻き毛、青い瞳、まるでお人形のように可愛らしい少女が、猫の顔に頬をこすりつける。

 しかし彼女の特徴はそれだけではなかった。髪の中から大きく突き出した、羊のように丸まった角。

 背中から生えた蝙蝠の翼と、先端をスペードのように膨らませた尻尾を彼女は備えていたのだ。

 彼女が顔をやや離すと、手の中でだらりと伸びていた黒猫は、まるで人のように首をかしげて口を開く。

「ああ、ちょっと困った事になってね……サリィ」

 その口からはしわがれた老人のような声が発せられたのだった。


「止まったね」

 アーベルは懐から一枚の紙を取り出すと、そこに簡単な周辺の地図を書き出していった。

 指先に集めた魔力でイメージを直接焼き付ける魔導筆記という魔術。数秒でそれは完成し、クレフ達の前に広げられる。

「さて、どう思う」

「十中八九偽装。でも無関係じゃないだろうね、まんまと足を踏み入れた僕らを狩るための罠が仕掛けられてるってのが一番可能性高いところかな?」

「では、流石に次からは武器が要るな。今のままではこいつが完全に役立たずだ」

 うっと息を詰まらせるスゥ。

 ヴァンパイアロード相手に何も出来なかったのは事実なので、言い返すことも出来ない。

「大したものでなくとも良いが魔剣を一振り。あと、私の剣も買い戻すとするか」

 それだけを言って食堂を出ようとするカーラを、クレフは呼び止める。

「待った。ニーアを置いていく訳にはいかない。しかし彼女は殆ど休めていないだろう」

「だが、時間は我々の味方ではない。時をうつせばそれだけ不利になるぞ」

 カーラの言葉もその通りではあった。標的は既にこちらの動きに気づき、身を隠しているだろう。追う事すらできなくなるのは時間の問題だった。

「クレフさん……わたくしの事なら、大丈夫です」

 立ち上がるニーア。疲労は隠しきれていないが、それでもしっかりと立っていた。

「死ぬか生きるかの瀬戸際で、泣き言など言っていられませんからね」

 くす、と笑い、カーラの後について歩き始める。その足取りは流石に、やや不確かだ。

「……そうだ、移動しながらも寝られればいいのだろう。そいつが背負ってやれば良いのでは?」

「私がっ!?」

 上ずった声をあげるスゥ。確かに体格的にも筋力的にも大した負担ではなさそうだが。

 完全に荷物持ちとして扱われる事に抵抗があるのだろう。スゥは渋るような表情をみせる。

「別にクレフが背負っても構わんが。アーベルは、やつが金の袋を手放そうとしないからな、意識がおろそかになってスられでもしたら困る」

「そ、れは……」

 ぎしり、という擬音すら付けられそうな動きで、スゥは困ったような顔をしているニーアを見た。

 正確にはニーアの顔ではなく、そのやや下にあるものに視線が向いていた。

「それは、ダメです。させられません。わたしが、背負います……」

 がっくりと項垂れながら言うスゥ。その背におぶさりながら、申し訳無さそうにニーアが言う。

「あの……ごめんなさいね、スゥさん」

「いえ、いいんです。……薄くても価値あるものって、結構ありますよね?」

「……は?」

 唐突な声は誰に向けて言われたものなのかわからない。クレフはわからないという事にしておいた。


「あの剣を買い戻したい、と。なるほど、構いませんぞ」

 白いあごひげを蓄えた竜人族の武具商人は、刀槍と鎧が溢れかえる店内を泳ぐように移動する。

「どの辺だったかな……と、これだ。値札が付けられていると思いますので、ご確認を」

「っ……四千銀貨っ!?」

 仰け反るアーベル。彼の腰に付けられた袋にそれだけの額が入っているとはとても思えなかった。

「店主、妙だな。わたしはそれを20銀貨で引き取ってもらったのだが。幾ら買い取り値と売値が異なるとは言っても二百倍とは」

「あの時は、すぐに現金が必要だという事でだいぶ急かされましたからなあ。正確な査定が行えなかった事についてはお詫びいたしましょう。ただ、あの値段でそちらも納得され、商談は成立しておりますので、追加のカネなぞは払いませんが」

「無論だ、そのような事は言っていない。だが、同じ人間が買い戻すと言うのだ。相応の値引きはあってしかるべきでは?」

「聞けませんな。それはそれこれはこれ、全く別の話でございますし」

 鼻面を突きつけ合うようにしてガンを飛ばし合うカーラと老いた竜人。

 そうやってしばらくの間押し問答を続けた末、カーラが折れた。

「ち……アーベル、払ってやれ」

「払えないよ! 店に帰って金庫の中身全部出しても無理だよ!」

 そこで、竜人はアーベルの腰に付けられた金袋をちらりと眺めていた。

「どうやら、ご予算は銀2~300枚といったところのようですな。それですと、お譲り出来るのはごく標準的ノーマルな品質の鋳造武器くらいですかなあ」

 言いながら、店の前に置かれたカゴにぞんざいに突っ込まれている数十本の剣を示す。

 鋼ですらないということか、とカーラの表情は苦さを帯びていた。

「何か安い魔剣はないのか。この際多少呪われていても構わん、どうせ使うのはあやつなのだから」

「あの」

 スゥが冷えた呟きを漏らすが、当然のことカーラは振り返りもしない。

 竜人は大口を開けて笑っていた。

「かっかっかっ、お嬢さん……この店は貴女のような魔王の側近や、魔王その人を相手にしておる店ですぞ。呪いくらいはねじ伏せて当然、特にそれが値引きの理由になろうとは思っておりませんわい」

「ほぉう?」

 魔王の部下扱いをされたカーラの額に青筋が浮かぶ。そして、そんなやり取りを横目で見つつ、クレフはカゴの中から一つ一つ剣を取り出しては刀身をあらためていた。


「爺さん、こいつを貰うよ」

「ほ? ふむ、青銅剣を選ばれましたか。予算内ではなかなか良い買い物ですな。……それならば、銀20枚のところを10枚に負けましょう」

 竜人は懐から眼鏡を取り出し、黄緑色の目を細める。

「そんな物、いったいどうしようってんです?」

 アーベルが呆れたように言っていた。抜き放った刀身は鋳造のむらもなく、真新しい青銅本来の色である明るい金色に輝いていたが、それでも青銅は青銅である。

「試してみたこともないが、今ならその価値はあると思ってね」

 クレフはそう言って、青銅剣を両掌の上に載せるようにして持つ。そのまま目を瞑った。

 クレフの周囲に常に纏い付いていた精霊達が、徐々にではあるが剣の刀身へと移動してゆく。

 光と共に変わりゆく金属の輝き。青銅色は赤色を帯び、燃え上がるように鮮やかにきらめきはじめる。

「なっ……お、おぬし、一体何をしておる」

 異変に気付いた竜人がぱたぱたと近寄って来ていた。息を吐くクレフの手の上で、同じデザインではあるが全くの別物へと生まれ変わった剣を見て、あんぐりと口を開ける。

「この、剣は……なんじゃ? 神造合金オリハルコンか?」

「いや。俺もどうなったのか完全に把握してるわけじゃないんだが、多分こいつはヒヒイロカネだ。神造合金ってとこは一緒だが少し性質が異なる」

 神造合金を用いた武具サンプル自体が少ないので実際のところは不明だが、精神感応物質であるオリハルコンと同様、使い手の意思により状態を変化させる特性を持ちながら、より攻撃的で武器への使用に適するとか、そんな話を聞いたのをおぼろげに思い出していた。

「待った、待っとくれ……ここにですな、同じような青銅の剣が一振りある。これをその剣のようにしてくれるのであれば、先程の剣、無料で買い戻しに応じても構いませんぞ」

 そのまま強引に剣をクレフに押し付けながら、ひそひそと言葉を続ける老いた竜人。

「実はですな、あの剣はちと、扱いに困っていたのです。なにせ、金剛鉄アダマンタイト製では……」

 なるほど、と、クレフは頷いていた。

 アダマンタイト。物質としても魔法的にもひどく安定した希少鉱物で、金よりもはるかに重く金のように劣化とは無縁であり、そして金とは異なり凄まじい硬度と強度を誇る。

 だが安定し過ぎているため魔力を一切受け付けなかった。カーラがあの戦いで魔法剣を披露しなかったのは、手加減していたなどという理由ではなかったわけだ。

 その重さは破壊力に直結するものであるし、武器破壊系の魔術を無効化するという点においても武器としては理想的な素材の一つであるのは確かだが、長剣の素材としては微妙と言わざるをえない。

「わかった。まあ、二度出来るかは微妙なところだが、試してみようか」

 クレフはそう言って、竜人の手から剣を受け取る。


 満面の笑みを浮かべ、手を振って見送りまでしてくれた竜人の店主と別れて、街の中を歩む。

「たった銀貨10枚で目的の物が全て手に入ったっていうのに、何か損したような気分だなあ」

 ぼやくアーベル。スゥとカーラの腰には、長剣が一振りずつ提げられていた。

「どうかな」

 と、クレフは苦笑する。

「俺も精霊使いの物質変換については良く分かってない。今日初めて試してみたんだ。だから、こいつが本当に、不可逆的に変化したのかどうかってのも分からん」

「つまりもしかしたら、明日になったら元に戻ってるかもって事? もしそうなったら笑えるな」

 そんなやり取りを聞きつつ、カーラはやや歩幅を狭めた。ゆっくりとスゥの横について歩き、その腰に提げられたヒヒイロカネの剣を横目で見る。

「そちらの方が使いやすそうに見えるな」

「いやです」

「私が持った方が戦力は上がると思うが」

「いやです」

「少しだけ交換してみないだろうか」

「いやです」

「ええと……」

「いやです」

「まだ何も言っていないではないか」

「いやです」

 何やらしょんぼりとしたようなカーラを、アーベルは珍しそうに、そしてひどく微笑ましそうに眺めていた。

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