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第3話 スゥの気持ち、カーラの気持ち

 クレフの着席を補助し、彼の近くへと自分の椅子を寄せるスゥ。

 その配慮に感謝の言葉を述べた後、クレフは気になっていた事を念話に載せた。

«メニューすら見ていなかったようだが、いいのか?»

「構わん。適当に見繕えと言えばそうしてくれるさ」

 食に対して興味があるのか無いのか分からない事を言うカーラ。何を食べたいのか自分でも把握しないまま食堂へ入り、だいぶ長い間メニューと睨めっこをするのが常のクレフにとっては羨ましくもある。

「わたしたちにも聞かないのですね」

 クレフが着席した事で多少の余裕が出来たのか口を開くスゥ。しかし、こちらの言葉には明らかに棘があった。かつて敵同士であったとしても、今更彼女を敵視する理由などもう無い筈なのだが。

「それは済まぬことをした。追加で欲しいものがあれば頼むといい。まあ……出て来たものを見てからにした方が良いだろうがな」

 カーラの方はあっさりと流してみせる。こちらは本当に興味がないのだろう。スゥの態度自体に。

 クレフは腹が痛くなるのを感じていた。これは、このまま放置しておいてはひどい事になるのではないだろうか。と言っても有効な方策など何一つ浮かばないのだが。

 とりあえず、運ばれてきた料理を片付ける事としよう。


「もう、よろしいのですか?」

 スプーンを置いて皿を遠ざけるクレフに、スゥは心配そうに問いかけていた。

«ああ……もう十分だ»

 クレフは苦しげにそう答える。満腹だった。そもそも二週間もものを口にしていなくて、固形物が喉を通る事の方が異常なのだ。これだけ食べられたのも、活力共有によって内臓がその機能を維持されていたからこそだろう。

「では落ち着いた所で……クレフ、何か聞きたい事はないか」

 カーラの問いに、クレフはしばし考えていた。そして、首を振る。

«その前にだな、ちゃんと名乗っていなかった事を詫びよう。クレフ=マイヤード二世だ»

「二世か。……出会った時点でその名乗りを聞いていたら、私の戦いも変わったものになったかもな」

 半ば予想はついていたのだろう。カーラは薄く笑うだけだった。

 初代――クレフの祖父は、前回の魔王討伐に参加した4人のうちのひとりである。魔王討伐の報酬として爵位と領地を貰い、しかし魔術師であった彼自身はあまりそれに価値を見出していなかったのだが。

 その子、アレフはある日突然領主の息子となったことで、にわか貴族としてのコンプレックスをも得ることとなった。父の名前を息子に付け、小クレフだとか呼ばせる事を思いついたのはそういう事だろうとクレフは思っていた。

 結局、名前だけでなく魔術師という生き様まで継承させる事となった件について、アレフは溜息を漏らすばかりだったが。本人の断固たる意思だけでなく抜きん出た才能まであったのは致し方あるまい。

 まさかそれが、精霊騎士ゆうしゃにまで至るほどのものであったとはクレフ自身も思わなかったが。


«それで質問だが、この街については今の所、無いな。少しばかり見て回った程度で、疑問などが浮かぶほど俺はこの街を知らない»

 カーラはそれを聞き、頷いていた。

«この二週間にカーラが見聞きした事についても、必要があればその都度教えてくれるだろう?»

「さて、ね」

«だから俺が聞きたい事は一つだけだ。カーラ……ここの払い、本当に足りるのか?»

 クレフはテーブルの上いっぱいに並べられた料理の皿を見下ろし、言っていた。

 なるほどこれならクレフ達に意見を求めるまでもあるまい。注文がやけに早かったのは、もしや『全部』とでも言ったのだろうか。

「任せておけ」

 とやけに自信満々な態度で答えるのが逆に不安だった。そもそも、異界の魔王が集うこの封印街で、どのような通貨が使われているのかもクレフは知らないのだし。

 まあいい、食ってしまったものは戻らないのだから。


 さて。しばらくの間ゆっくりとした時間が流れ、クレフは一つここで切り出さなければならない話題があったのではないかと自問していた。

 今を逃せばきっと言えなくなるだろう。だから、意を決してクレフは念話を放つ。

«スゥ。……ここへ来る前の話だが。あの魔王城、玉座の間で»

 それだけでクレフが言わんとしている事を察したか、スゥの気配がわずかに緊張を帯びた。

«どうしてあんな無茶な事をしたんだ»

 苦く、クレフは言っていた。どうしても責めるような口調になってしまうのが申し訳なくてならない。

«誤解の無いように言っておくが、今ここに君が居てくれる事について、俺は良かったと思うし感謝しかない。けれど、あの時俺たちが封印の異界へと抱いていたイメージは、破滅と死、それだけだった筈だ»

 二度と同じような事をさせてはならないと思った。だからこそ、言うべきだと。

 本当に理由が知りたくて聞いている訳ではない。

 だから。

「クレフ様。……わたしが、あの時あんなことをした理由について。きっと長い話になってしまうと思うのですが、それでもお話させていただいて、よろしいでしょうか」

 スゥがそう言い出した時、クレフは困惑しながらも承諾するしかなかった。


「……とある農村で、牛馬の代わりとして使われていたわたしの所へ騎士団の人達が来たのは、魔王軍侵攻の噂を聞いてすぐのことでした。所詮魔族であるから、魔王が近づいてくれば呼応して害をなすかもしれないので収容所に入れる、と」


「けれど連れて行かれたのは王宮で、それからはご存知の通りです。わたしと同じような取り替え子の人達と模擬戦などをやり、最後にわたし一人だけが残されたあと、陛下から少数精鋭の部隊を以て魔王を強襲する計画の事を聞かされました」


「馬鹿げているとしか思えなかった。わたしをその一員に選んだということも含めて。成功などするはずがないじゃないですか。それに、もし万一それが成功してしまっても、その後わたしが生存を許されるなどという事はありえないだろうと、その時察しておりました」


「ですから、ずっと逃げることばかりを考えていたのです。わたしは外見的には魔族ですから、魔王が世界を支配してしまってもわたしの事は見逃してくれるのではないか、そんな事を考えながら。でも……そこに、クレフ様。貴方が来た」


「つまり、結局恩があったからとかそういう話になるわけか?」

 最初こそ興味深げに聞いていたカーラだったが、早くもあくびを噛み殺しながら椅子を揺すっている。

 確かに、テラス席に降り注ぐ昼前の陽光はひどく心地よく、眠気を誘っていた。


「貴方は事が成った後もわたしの生存を黙認してくれるよう、陛下を説得してくださいました。自分が監視役となり、共に国を出るからとまで言って。

 ……そのとき、わたしは思ったのです。これは実質わたしへの求婚だと」


「は?」

«え?»

 何やら今、ものすごい飛躍が起こった気がしたんだが。

「……いや、生涯をかけて監視する、と捉えるなら実質求婚か?」

 カーラまでもがそんな事を言いだした。

 いや遠回しだろうが直截だろうが本人に言わない求婚などがそもそもありえんだろう。


「なので、それからわたしはクレフ様がどのような人間なのか見極めようとしました。魔王討伐の旅を続ける中で、それを受けるか逃げ出すかを自分自身に問い続けて」


 つまり、魔王討伐の旅は黒き民との戦いの旅ではなく、クレフがスゥの眼鏡に適うかどうかの旅だったという訳か。カーラが呆れたような笑いを漏らすが、そりゃ魔王としては笑うしかなかろう。

「それで、最終的に私の所まで来たという事は、クレフに何の問題もなかったのだな?」

「はい」

 即答するスゥ。カーラは天を仰いで肩をすくめる。

「私は長々とのろけを聞かされたのか?」

 だが、弛緩した空気を断ち切るようにスゥは続けた。

「ただ一つの瑕疵もありませんでした。……あの時までは」


«あの、時?»

 おそるおそるクレフは問う。

「あの時。……貴方はこんな女との相打ちを望んだ。あまつさえ、共に封印された後は話し相手になるだなんて戯言まで囁いて。……わたしにはそれが、どうしても許せなかった。あそこまで、もう戻る事も逃げ出す事も出来ないような所まで来て……!」

 睨みつけるスゥの視線に、周囲の大気が歪むような錯覚すら覚える。

 いつの間にか乾いていた喉をなんとか嚥下するように動かし、クレフは言った。

«つまり、あの時君は……俺を助けるつもりだったのではなく、殺そうと……いや、共に死のうとしていたのか»

 こくり、とスゥは頷いた。

「正気では無いな」

「貴女の言えた事ではない!」

 ひどく面白そうに呟いたカーラに対し、スゥは激昂して叫んでいた。

 そのまま椅子を蹴って立ち上がり、カーラへと詰め寄る。

「貴女こそ、何故あの時避けなかったのです。貴女ならこの方が離れた瞬間に跳んで、魔力刃から逃れる事も簡単だった筈。……答えられないならわたしが言いましょうか。貴女は、あのときこの方と一緒に封印されるのも悪くはないと思い始めていたんだ。だから何よりも、土壇場でこの方が自分から離れてゆくことこそ受け入れ難かった。違いますか? それでも自分が正気だったと?」

 一気にまくし立てるスゥ。それに対し、カーラは笑いながら席を立つ。

「……なるほど、な。咄嗟にやってしまったことゆえ、あれは自分でも説明がつかないものだった。言われてみれば確かに、腑に落ちる。得心いったよ」

 クレフは祈っていた。これ以上余計な事を言ってくれるなと。

 しかしその祈りは当然ながら通じない。

「しかし参ったな。……自覚してしまっては、こいつを離すことなど本当に出来なくなってしまうではないか。ましてやお前などにくれてやるなど論外、だが……」


 ボッ、と風切る音が響いた。スゥが不意打ちで放った貫手はカーラのこめかみを掠め、肉を裂く。

「ふ……いいぞ。一緒に飯を食った相手だろうと容赦なく殺しにかかるなお前は。悪くない」

 心底楽しそうに拳を構えるカーラ。彼女は戦闘のスペースを作るため、テーブルを無造作に蹴り上げる。未だ料理を載せたままの皿たちが宙を舞い、次々と床へとぶち撒けられていった。

 それらに頓着せず、無言で再び打ち掛かるスゥ。

 その喉笛を狙った突きをカーラは手刀で迎撃し、逆にスゥの手首に痛打を入れる。

「何だ?」

「喧嘩か?」

 集まる野次馬。なにせ丸見えのテラス席だ、カフェの周囲はあっという間に見物客に囲まれ、見世物の様相を呈していた。更にはそこかしこで、肩が当たったとか押された程度の他愛もない理由で、殴り合いの喧嘩が勃発する。

「……いったい何が起きたんですか!」

 カフェの店主らしき黒き民の青年が血相を変えて飛び出してきた頃には、もはや事態は収拾がつかなくなっていた。そこらじゅうで獣人と亜人が殴り合い、賭け札が売られ、応援客が歓声をあげる。

 そして先程まで無人だったカフェの中は満席となり、窓の外の血みどろの有様を眺めながら興奮した男女達がありったけの酒を胃の中に流し込んでいた。

 いつしか日はとっぷりと暮れ、人々は酔いと負傷によろめきながらその場を離れてゆく。

「ご来店ありがとうございました、二度と来るな!」

「馬鹿野郎アーベル、お前の店は気取り過ぎてんだよ!」

 店主と客は罵り合い、カーラは絞め落とされて気絶したスゥの上に座りながら酒瓶を一気に呷る。

「おう姉ちゃん、最高だったぜ!」

 そして掛けられた賛辞に拳を高く突き上げていた。


「それで、何故あなたは僕の店の前であんな残虐ファイトを」

「成り行きだよ、仕方なかろう」

 めちゃくちゃになった店内で、アーベルと呼ばれた店主とカーラは向かい合っていた。相手も黒き民ということは知り合いだったのだろうか。少なくとも、初対面には見えない様子だ。

「……まあ、住民のことごとくが血の気が多すぎるってのは確かですけどね。どこで起こってもおかしくはなかったのかもしれない」

 アーベルは溜息を吐きながら銀髪をくしゃくしゃと掻く。

「でも、僕の店に来たのは偶然じゃないでしょう」

「まあ、そうだな。路銀が尽きたので、ここならタダ飯が食えるかと思って」

 やっぱ払えなかったんじゃねえか。

「ところで、そちらはどうだ」

 頭を抱え溜息を吐くアーベルをそのままにして、クレフへと振り返るカーラ。

 クレフはスゥの頭を膝の上に乗せ、魔術による治療を施していた。

«命に別状はないよ。完全に砕かれている手首と膝を治すのにはだいぶかかりそうだが»

 執拗に打撃し、破壊したのはカーラだが、こんな状態まで戦い続けたというのがまず驚異だった。普通はそれ以前に戦意を喪失する。頸動脈を締められて意識を失うまで、スゥはカーラに挑みかかり続けたのだ。

「お前達も良い人材を拾ったものだ。これほど憎まれていなければ部下に欲しい所だが」

 ただただ嬉しそうに言うカーラの感覚はクレフには理解出来なかった。スゥの惨状を見下ろし、痛ましそうに顔を歪めるアーベルなどを見るに黒の民としても異質だろう。

「……どうして止めてあげられなかったんです」

 アーベルの言葉にクレフは苦く沈黙する。あの状況、どちらに味方したと取られても自分が殺されそうだったし。まともに動けないこんな体で間に割って入ることもそれ以上に現実的でなかった。

 沈黙を破ったのはカーラの笑い声。もはや堪えきれなくなったとでも言うように喉を鳴らす。

「それはお前、素手とはいえ、勇者と魔王の対決だぞ。白き民の魔術師如きに止められる訳がなかろう」

「勇者……?」

 訝るアーベルに、カーラはあの玉座の間で起こった一部始終を語っていた。

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