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第10話 金色の古竜

 膝をついたまま呆然と残骸を見上げている虎面の男。

「大魔王グランゾが……こんなにも呆気なく……おしまいだ、もう終わりだ」

 そんな事をうわ言のように呟いていたが、不意に頭を振って立ち上がるとカーラへと詰め寄る。

「カーラ様……いえ、大魔王カーラ」

「あぁ?」

 ひどくイヤそうな顔でこたえるカーラに、獣人は跪いた。

「貴女様には責任がございます。4人の大魔王によって保たれていたパワーバランスはもはや崩れてしまった。グランゾが従えていた魔王どもも、すぐに散り散りとなってしまうでしょう。貴女が率いねばなりません。グランゾを斃した貴女には、そうする責任がある」

「お断りだ」

 にべもなく答えるカーラ。そこを何とかと食らいつく獣人だが、カーラはそれを蹴倒し、脇腹に数発ヤクザキックを入れて黙らせると踵を返した。

「ではな、パメラ。機会があればまた逢おう。残り3人の大魔王、潰す気があるなら呼ぶがいい」

「は……はっ、はいっ! お元気で……」

 ずり落ちた眼鏡を直しつつ、パメラは応じる。そして風のようにクレフ達5人は去っていった。

 残されたのは巨大な残骸と、うずくまって唸る獣人と、パメラだけ。

 とりあえずパメラは獣人の手当をしつつ、苦笑していた。

「確かに、カーラ様なら負ける姿は全く想像出来ませんでしたが。本当にそうなってしまうと……ね」

 二度とあの人とは関わり合いになりたくない。パメラは本心からそう考えていた。


「つうか、出来る筈なかろうが。誰か一人でも欠けておったら全滅しとるところよ」

 再び魔力の痕跡を辿りながら、カーラはぼやくように言っていた。

 こちらの手札と相手の能力、そして油断が上手く噛み合った結果。誰かがまともに一撃を食らった時点で破綻するような状況はあの悪魔娘からずっと続いている。

 いや、ヴァンパイアロード8体の時点でそうか。完全に先手を取られれば為す術もなかったろう。

「ほんとだよねぇ。しかしきみも、自分からそれ認めるってのは凄い進歩だよ。最初っからパメラ一人手元に置いておけば何もかも変わっただろうってのにさ」

「言うなアーベル。……今は頼っている」

 がっしりとアーベルの首を抱え込みつつ、大股で歩き続けるカーラ。

 アーベルは苦しげにしながらも、笑みを浮かべていた。

 クレフはそれを複雑な心境で眺めている。

 今は敵ではないとは言っても、この先もそうである保証はない。このままの関係が長く続けば良いと思いつつも、対立することが無いとは言えない。

 少なくとも、この5人で行動することというのはもう暫くで終わるのだ。

 この、続く魔力の痕跡が途切れる先で。


「……あれは……」

 ぽつりと、行く手に黒い染みのように立つものにスゥが気づく。

 そのままに歩みを進め、それが次第に大きくなって来ると、人の姿であることが明らかとなった。

 汚れきった黒色のローブ。酸化した血のような赤黒い線が刻まれているのがかすかに見て取れる。

 更に近づき、その顔が認められるほどの距離となると、それはやや青ざめた白髪をぼさぼさに伸ばした老婆であることがわかった。

 その顔は伸ばし放題の髪に半ば覆われているが、皺だらけの肌が覗いている。

「お前が……そうなのか?」

 問いかけるクレフ。しかし、老婆は返答しない。

 そしてそのまま一言も発する事はなかった。……永遠に。


「んなっ……!?」

 突如として強風が吹き荒れる。アーベルなどは飛ばされそうになるほどの恐ろしい風。

 同時に地が震え、大量の土砂が巻き上げられた。クレフ達は身を翻して屈み、必死でそれに耐える。

「何が起こったんですかっ!」

「……わかりま……くっ!」

 口の中に入り込んでくる砂を吐き出すスゥ。背中に小石が当たる痛みに顔をしかめる。

 もうもうと上がる砂煙を5人は呆然と見遣り、思い出したようにクレフが魔術を発動する。

 起こされた風によって散らされた砂煙の向こうにはあまりにも巨大な姿が待ち構えていた。

「……ドラ、……ゴン?」

 そう。

 そこには黄金色の竜が、静かな目で彼等を見下ろしていたのだった。


 馬鹿な、という言葉が知らず口から漏れる。

 どこにもこんな物は居なかった。空間を割って突如として現れたとしか思えない。

 あの老婆が変じた訳ではない事も、竜の足元を見れば分かる。土と砂によって衣をつけられたようになってしまってはいたが、確かに肉の欠片らしきものが竜の片足の下から覗いていた。

«驚かせてしまって申し訳ない»

 念話が頭の中に響く。目の前の竜が発したものか。

«だが、ある意味で安心して欲しい。私が、皆様5人が出会う最後の障害。そのようなものである事をここに約しましょう»

「最後、だって?」

 クレフは鸚鵡返しに問い返した。それに不愉快そうな気配もなく竜はこたえる。

«はい。何故、皆様がここへ来たのか。皆様を排除することでどのようなメリットがあるのか。私は聞いております。まぁ……私にとっては特に興味のある話でもありませんでしたが。私はこの世界をとても気に入っているので、ね»

 竜はそう言って喉を鳴らした。続いて、肉を踏みつける足を僅かに動かす。

«それで、私をあやつろうという性根が気に入りませんでしたので、このようにした。生身の姿を私の前に晒すとは、余程追い詰められていたのでしょう»

「……なるほど。だが今の話では、我等とお前、戦う理由は無いと思えるが」

 カーラがこのような事を言い出すとは。クレフとスゥは驚きを込めて彼女に視線を向けていた。

«確かに。ですが……申し訳ありませんね。私にちょっかいを出してくる者達にうんざりとし、この世界をとても落ち着いた、過ごし良い環境と思っていた私も……それが二千年も続くと、少しばかりね、退屈と言うのでしょうか。そのような気分になってしまったのです»

「ひっどい話だよ本当。退屈しのぎでこんなんと殺り合わされる人間の気持ちも考えて欲しいな」

 頭を抱えながら言うアーベル。

 だが、これ以上その件について何か言っても仕方あるまい。

 敵対の方針を固めた竜相手にいくら罵ろうが、もはやそれは変えられない。

«覚悟は、よろしいか?»

 対話を打ち切るように竜が告げ、クレフ達も各々身構える。


「対竜戦術の3で行くぞ、アーベル」

「あ、その辺変わってないのね。了ー解」

 そんな事を言い合うカーラとアーベル。こちらにも説明しろよとは思うが、クレフとしても竜相手においての大体のセオリーは頭に入っていた。

«ではまず、挨拶代わりに»

 言って、竜は大きく口を開ける。凄まじい魔力が口腔に集中し、大量の魔術式が口の周りに舞う。

 息吹ブレスだった。竜の象徴たる究極の竜言語魔法ドラゴン・ロアー

 力場によって閉じ込められた凄まじい熱。弾頭の先端に円錐状に積み上げられた魔力無効化結界は数千枚を超える、いかなる物理防御、魔法防御をも貫通する死の閃光だ。

 これへの対策は――。

「走れっ!」

 カーラの叫びと共に全員が竜へと突進していた。

 息吹ブレスの威力は竜自身にも及ぶため、竜の身体にはその使用と同時に息吹ブレスの魔術構成と完全に同調し中和させる無効化結界が張られる。その中に入る以外に生き残る道は無いのだ。

«よろしい。では、次ですね……»

 まるで教師のような口調で笑う竜。息吹ブレスの準備を終えつつも、竜は己の尻尾を大きく振りかぶってみせる。

 正面から竜に接近する者はこの尻尾で肉塊に変えられる。それを実行せんと。


 パゥッ、という音と共に光が弾けた。

「構っていられん、各人、尾を避けろ!」

 響くカーラの声。背中にぞっとするような破壊音を聞きながら竜の無効化結界内に入る。

 クレフはスゥの鞭のような細身をひっつかむと、幽体変化アストラルシフトの魔術を使って二人の身体を非実体化していた。竜の巨大な尻尾が、クレフとスゥの身体をすり抜けてゆく。

 カーラはアーベルと同時にスライディングを決める。摩擦を魔術で軽減し殆どスピードの減少が無いまま滑る二人の上を、竜の尻尾が唸りを上げて通過していった。

「……っ」

 たった一人、中央で残されたニーアは神聖魔法を用いる。短距離転移ショート・テレポートによって尾をすり抜け、竜の背後に出現していた。

«素晴らしい。では、これは?»

 竜が地面に爪を打ち込み翼を広げる。二枚の翼に舞い踊る魔術式はアーベルやクレフが用いた風を操る術式に近いものだが、その規模が桁違いだ。

 やがて放たれるのは人間ぐらいなら引き千切ってしまえるほどの旋風。翼の下から2本射出されたそれを、アーベルとクレフはその場を動かないまま斥力結界を重ねて歪め、やり過ごす。

 やや遅れ、副産物として発生していた気弾がそこかしこで炸裂した。下手に回避していたらこれに殺られていた所だ。

«いいですね。竜との戦いというものが、良く分かっているようだ»

 竜はひどく嬉しそうに言っていた。


 古竜という存在は、その存在自体が魔法であると言ってしまっていい。

 恒常的に発動される魔術によって身を支え、空を飛ぶ。その肌から内臓から、周囲の空間に至るまで常になんらかの魔術が発動しており、それを無効化はおろか妨害する事も不可能である。

 いっぽう、竜側が魔術として、それを意識的に切り離して使う事はない。竜言語魔法というのは竜が身体を動かす時に『勝手に発動してしまう』物であり、意識して止める事も変更する事も竜には出来ない。

 よってその攻撃パターンは決まりきっていた。同じ種類の竜であるならまず変わらない。

 竜ごとの差というものは規模くらいしか存在しないのだ。

 だが――。

「ここまで規模が違ったらもはや別物だって!」

 竜の吐き出す粘り気のある炎。

 数分間は消えずに地面を覆い続ける火炎から逃れつつ、アーベルは叫んでいた。

 前方120度、距離2キロにも渡って地面は燃えていた。事実上戦場の三分の一が失われる一撃に、頭の中で組み立てていた戦い方が崩れそうになる。

 時計回りに竜の周囲を回りながら再びの尾を避ける。

 その中、ごく近くに竜の脚を見ながら、スゥは長剣を振りかぶっていた。

「っ……!」

 制止の言葉は間に合わないと見て、クレフは無詠唱で可能な限り多くの対物理障壁と対魔法障壁をスゥの前に重ねる。魔術の使用に必ずしも詠唱が必要となる訳ではない。飽くまで集中とイメージの補助であるため、精度や成功率にかなりの影響は出るが。

「うぁっ――!」

 スゥが竜へと剣を突き立てた瞬間、爆発が起こった。障壁によってその殆どの威力は減殺された筈だが、それでも吹き飛ばされるほどの衝撃がスゥを襲う。

 地面をバウンドするスゥを抱きとめるクレフ。魔術によって手早く診断し、軽い脳震盪を起こしているのを確認して、彼女を抱きかかえたままクレフは走った。

«おや、こんな場所で一人脱落とは……残念ですね»

 溜息を吐くように竜は言う。竜の装甲にはある種の自動反撃機能をそなえている者が多いのだ。

 最も有り得るのは毒血だが、こいつの場合は火炎を良く用いるため爆発で返すらしい。


「脱落などして良いと思うなよ、こいつを叩くにはソレも必要だ!」

 カーラが叫び、竜の気を引くように首の前へと回り込んだ。

 可能な限りスゥが起きるのを早めるべく、クレフは彼女を抱えたまま魔術を使い、その精神の流れを調律してゆく。普段の自分ならば走りながら出来た事ではないと思うのだが、必死だった。

«ふむ……»

 竜は首を振り上げ、鼻先の角でカーラを狙う。触れただけで炭化を免れないような赤熱した角をステップで躱し、カーラはひどく楽しそうに笑う。

«やるものだ。だが、そろそろ攻撃を始めなければいけないのでは?»

「そうだね。てか君、一体何十回狩られてるんだい?」

 呆れたような笑みを零すアーベル。高位竜種に真の死、滅びは無い。たとえ死んだとしても魂は竜が還る場所へと送られ、長い時の後に再び復活するのだ。

 アーベルは設置し続けていた爆縮輪インプロージョンの隠蔽を解いた。竜の翼へと数十個、ずらり並んだ環状の魔法陣を一斉に起爆させる。翼膜を失い骨だけになった翼が魔力構成を破壊され、自重に負けて崩れてゆく。

「時間だぞクレフ!」

 カーラの叫び。しかしスゥは未だ目を覚ましていない。それでもクレフはカーラの所へと走る。

 ひったくるようにスゥの身体を受け取ったカーラは、竜の眼前へと再び躍り出ていた。

«ふ……»

 笑う竜。失った筈の翼が、しかし青白く浮かび上がる。24本の魔力誘導弾が装填されるのを見ながら、カーラはスゥの襟首を掴んでぶんぶんと揺する。

「起きろ貴様、今起きねば全員死ぬぞ。それで良いのか」

 ぱちり、と目を開いたスゥは、意識を失いながらもそれでも手放していなかった長剣を反射的にカーラに向けて振るおうとする。

 だが、その手首を掴み、カーラは肩の上へ担ぎ上げるようにスゥを抱え直していた。

「相手が違う。行って来い!」

 発射される魔力誘導弾を見ながら、ダッシュで前進。

 跳躍し、スゥの靴裏を掴んだ手を一気に伸ばす。

 同時にスゥ自身も膝を伸ばして跳躍する。

 その後ろではアーベルが、その各段階ごとに筋力強化と慣性制御、電磁反発、風の操作といった様々な魔術を多重詠唱して補正をかけ、クレフが大量の囮反応デコイを打ち上げて誘導弾の標的を全て引き受けていた。


«見事。……見事でした。集めた財宝を差し出せないのが残念なくらいですね»

 上下からカーラとスゥの剣に首を穿たれ、竜はそう言って笑っていた。

 狙ったのは顎とうなじ。この竜のうちただ二つだけ、装甲で覆われていない部位だった。そしてその下には、竜の身体を構成する全魔術式を統御している竜水晶が一つずつ存在するのだ。

「財宝……」

 アーベルがそう口にするが、どうも不機嫌なカーラにじろりと見られて慌てて口を噤む。

«まあ、これだけ綺麗な壊され方をしたのであれば、また皆様が存命のうちにお目にかかれるでしょう。次までには集めておきますよ»

 また戦えって言うのかよ、とうんざりとした顔をする一同。

 カーラは追い払うように手を振りながら言っていた。

「良く喋る死体だ。さっさと逝けというのに」

 竜は笑みの気配だけを最後に残して天へと登っていった。その場に巨大な骨を残して。

「全く。竜は強いは強いがな、どうも……戦ったという気がせん。奴等の態度も含めてな」

 そうぼやくカーラの言葉を聞いて、何故彼女が最初から乗り気ではなかったのか、クレフはようやく納得出来る気持ちでいた。

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