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第一章2 『目覚めと朝食とデート』

 部屋に侵入する春の香り。差すようなな日光。肌にまとわりつく冷たい風。

 そんなものに目を覚まされ、辺りを見渡す。


 辺りを見渡したのは部屋に異変があるからだ。俺は障子も窓も、開けていない。それなのにもかかわらず、香りが風に乗って頬を撫で、日光は強く差し込む。

 それは障子や窓が開いているからだ。


 あたりを見渡した俺は、だから、隠れる気すら一切ない彼女をこの目でとらえる。

 桜色の後輩を。


「せーんぱい! おはようございます」

「おはよう。みぃちゃん」


 朝だというのに元気な後輩が、俺の布団の横に座り、笑いかけてきた。


「朝早くから、どうしたの?」

「せんぱい……。大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」


 む。答えが返ってこない。

 だがこんなやり取りはいつものことだ。質問に質問で返すなって言われなかったのかな? って、まあ俺も人に言えることではないのだけれど。


 答えを返さない彼女の問いに、俺も答えを返さず。

 布団の中から上体を起こす。


 寝ている間、ずいぶんと汗をかいていたようで、服が体に、そして肩の下まで伸びている髪が首元に張り付き、不快感を与える。

 汗。それだけでなく、目の周りを乾きが襲う。目じりから耳にかけて、一直線に伸びる渇き。涙の痕跡。

 ああ。

 あの夢を、俺はまた見たのか。


 あの夢を見た、ということは、俺はまたうなされていたのだろうと思い立ち、やっと彼女に答えを返した。

「俺は大丈夫だ。心配かけたか?」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


 きっと酷い顔をしているであろう俺は鏡に向かう。

 鏡の中には、予想通りに、泣きはらした後の子供の様な酷いガキの顔が映されていた。


 着替えるから。そう言って彼女を部屋から追い出す。

 はいはーい、と、軽い声で出ていく彼女を確認し。服を脱いだ。


 鏡に映されるのは傷だらけの体。胸や腹を裂かれた無数の傷跡。

 体を酷使し続けているのだ。無理をして外傷を多く受け、無理な力で内側を破壊して。胸に手をあて、確認できるのはゆっくりとした鼓動。

 今は。

 この瞬間は、まだ生きている。

 それだけ確認し、襖の中、一種類しかない服を適当に取り出して着る。


 ああ、朝は気が滅入って駄目だ。

 気持ちを切り替える為に、鏡の前に置かれた二つのピアスを手に取り、突き刺す。どちらも左の耳。上にバーベルのような形のもの、下にリング型のものを。


 大丈夫。

 俺は今日も、俺でいられる。


******


 起きて、真っ先に向かうのは洗面所。今はこの顔を誰にも見られたくなかった。向かって、顔を洗い流し、ついでに歯磨きを済ませる。たいして伸びてもいない髭も、まだ伸び切らないうちに刈り取り、鏡を見直す。少なくとも年相応の、ガキには見えない顔になったはずだ。

「おーけー」

 そう呟いて、洗面所を後にする。


 いつも通り、ではない。俺の起床時間なんてのは本来こんな時間ではないのだ。今日の起床は午前七時。いつもより、五時間以上も早い。


 寝起き。小腹の空いた俺は、だから久しぶりに、朝食に参加することにした。



 向こう側で調子に乗った竜とみいちゃんの声がする襖をあけ、薄暗い廊下から光刺す部屋へと。


「お? 若? 久しぶりに早いですね。おはようございます。朝食、食べますか?」

「おはよう。うん、頼むよ」


 もう一度、今度は全員に向け、「おはようございます」と言って食卓に加わると、竜がご飯をよそい、そして箸と一緒に俺に差し出してくる。

 顔に似合わずキャラに似合わず。竜はまめな男で、この食卓に並ぶ料理は全て彼が作ったものだ。煮物に納豆、ほうれんそうのお浸しに冷や奴。そして追加される味噌汁。栄養の偏らないお手本のような和の朝食。……いや、栄養価は知らないけれど。なんか、まあ、雰囲気で。


茶碗を受け取り、一言。ありがとう。追加して、いただきます。


 言って、煮物に手を付ける。

「相変わらず煮物大好きねぇ」

「うん。竜の煮物、大好物」

 寝起きのままの姿で、そして眠気を感じさせる目つきで。そんな様子の来夏さんが話しかける。別段それ以上言いたいこともない様で、だから話は底で途切れ、俺は煮物の里芋を口に放り込んだ。

 相変わらず、うまいな。

 満足げな俺の表情を見て、竜も笑う。


「若はうまそうに食べてくれるんで作りがいがありまさぁ。どうせなら、毎朝起きてくれるともっといいんですけどね」

「それだけは無理……。俺が唯一勝てねぇ相手、それが朝だ……。大体太陽が悪いんだよな。あいつ、初手が目つぶしとか性格悪すぎるだろ。……まあいつか倒すけど」

 太陽を敵に回して、だからというわけではないが太陽カラーの人参を一口で口に入れる。噛み潰す。太陽もこれくらい弱体化してくれればいいんだが。


「せんぱいがご所望なら、毎朝起こしてあげますよ?」

「断る。今はまだ太陽には勝てないからな……。勝てない相手に突っ込むのは愚策。よって早起きは悪とさえ言えるな」

 小鉢に入った納豆をぐるぐるかき混ぜている手を止めてそう言った彼女は俺の答えを聞いて、またも目線を小鉢に戻す。


 俺が朝ごはんを食べる確率。大体六パーセント。月に二回あるかないか。それを百パーセントにされるなんてたまったもんじゃないね。そんなことを思いながら煮物、今後は鶏肉に手を付ける。

 甘くてしょっぱくて、いい塩梅に味がしみこみ、なおかつ柔らかい。うん。はずれがない。やはり竜の煮物は世界一だ。


 たぶん幸せそうな顔をしているであろう俺を見て、今度は四郎が話しかける。

「いつき。お前、昨日はハリボテに入ったらしいな」

 俺はそれを、確か話していない。だからみぃちゃんからの情報だろうと思って、だけど特に隠すことでもないか。普通の応対。

「うん」

「どうだ? 飯はうまかったのか?」

 二対四本の腕があるにもかかわらず使っているのは上の一対のみ。あの二本が追加されれば、俺だったら煮物を独り占めしているところだ。

 いや、そうではなく。


 昨日の味を思い出し、味なんて主観だから人の意見を聞いたってしょうがないとも思いながら、俺は答えた。

「まあ……。うまかったな。俺の中では歴代二位だ。飯も良かったがデザートが特によかった。……何だっけ? ティラノサウルス? がうまかった」

 言ってから、ああティラミスだ、と思い出し。だが特に訂正する必要もないのでそのまま。

「ティラノ? ……ああ……ティラミスか? にしても竜の煮物の次か……。つまり一般的には第一位ってことだろ?」

 俺も食いてぇなー。

 そんな結論を出して、名残惜しそうに、お浸しを食べている。馬鹿。竜の煮物は一般的にも世界一に決まってるだろうが。


「ティラミス……。ああ私も食べたい……。りゅーうー。作って?」

「いや、洋菓子は専門外なんですが……」

「竜、俺も久しぶりに食べたくなった」

「あ、じゃあ私もです!」

 えぇ……。そう呟いて困り顔の竜。確かに竜の作る飯は和食のみ。稀に作る甘味も、お汁粉とかあんみつとか、和で満たされている。できないことはできないよな。


そう彼に同情して、俺は加勢に入った。

「竜。飛び切りうまいのを楽しみにしてるからな」

 ティラミス同盟に。この場の全員が入ったそれからは逃げようもなく。彼はおいしいティラミスを作ることを余儀なくされた。


 ん? この場にいる全員? 

 寝ぼけていて。さらに煮物に目を奪われた俺はそこで思いだす。桜がいないのはいつものことで。……いや、多分だけど。俺も全然いないからそれは知らないが、まあいなくても不思議はない。親父の部下二人と竜の一人の部下はいなくて当然。確か今頃は営業で駆け回っているはずだ。

 だから、俺が疑問を抱くのは親父の不在。あの人、毎朝五時起きだからまだ寝ているなんてことはあり得ず、しかもあの親父はこういった交流には確実に参加する。だからこその疑問。それを口に出すと、答えたのは来夏さんだった。

「お義父さんなら、いっちゃんとほぼ入れ違いで出ていったわよ? 朝から用があるんですって」


 寝ぼけ眼のままのその答えに納得した俺は、なおも続くティラミス抗争を聞き流しながら、再び煮物に手を付けた。



 朝ごはんを終えると同時に、竜が片付けに入り、他のみんなもそれぞれ、自分の生活へと向かう。

 ここは自由だ。与えられた仕事さえこなせば、他にやることはない。仕事の入っていない今は、だから自由時間。取り立ててやることのない俺とみぃちゃんだけが取り残され、だが俺は昨日の続き、情報収集に赴く気になって立ち上がる。


「せんぱい? どこか行くんですか?」

 立ち上がると同時に、みぃちゃんの声を聴いた。

「ああ。ちょっとね」

「……また女のところですか?」

 誤解を招くような言い方をするな……。と言っても自由時間の俺の外出なんてのはある一つを除いて非常にレアであり、そしてそのある一つである目的地には、確かに女性がいる。間違ってもいないが決定的に間違っている彼女の問い、というか呟きに、だから俺はそれを正す。

「まあそこにもいくけど。ちょっとね」

 ちょっとなんだよ、と。自分でも言ってしまいそうになるが、散歩のようなものの延長。目的はあっても目的地のはっきりしない放浪の様なそれは、だから、「ちょっとね」以外に言い表しようがなかった。


「ついていってもいいですか?」

「いいよ」

 彼女の問いには即断即決で返し。シュタッと勢いよく飛びあがる彼女は俺の横に並ぶ。


「デートですね」

「ソウデスネ」

 さっと流すとまた不満そうな顔になった。


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