第一章1 『夢の中の映画館』
夢を見る。夢の始まりと終わりを認識できる俺は、ただそれを見ていた。
俺にとって夢とは映画館のようなものであり。
だから眼前の巨大スクリーンを見ながら椅子に座りポップコーンを食べる。
味は、塩バター。飲み物はココア。
そうして一日を総括していく。
おっと、ついにみぃちゃんの入浴シーンだぜ! などとテンションの上がることもなく。淡々とスクリーンを望む俺。それはやがて食事会に場面を移し、そしてその一部始終を投影していく。
他人ごとのように見られる視点で、それらを眺め、そして自分のやるべきことをまとめる。
黒神をはじめとした御三家の情報を集める。
一言で言えば簡単に思えてしまうから不思議だが、しかしそのためには情報を持っている人間に近づく必要があった。
頭に思い浮かべるのは黒髪の少女。黒神の少女、であれば話が早かったのだけれど。
おっと、高望みしすぎ。
彼女は今、どこにいるのだろうか。裏の世界のすべてを知るという情報屋の家系。「潜夜」の家の直系の少女。潜夜猫。
そこから辿るか。
そう結論付けて、意外と仕事が早く終わりそうなことに気が付く。
あの子は、どこにでも現れるから。
そこまで考えて、あとは惰性の様に、またも画面を見つめる。そして俺が布団に潜り込もうとしたシーンが流れ、もう終わりか。
そう思い。
その瞬間、映画館で言えば俺の隣の席に誰かが座るのを感じた。
夢。
しかも明晰夢。
だけれど俺にはそれが見えない。認識できない。わかるのは、髪の長い女性であるということだけ。
真っ黒なシルエットの女性は、そのまま黙って、こちらを見る。
ああ、久しぶりだな。
俺がこいつを見るのは。
これが誰なのかはわからない。だけれど不思議と安心を覚えさせ、同時に恐怖を刻む。
よくわからない感覚に戸惑いを隠せない俺を置いて、ソレは話し始めた。
「ふーん、何やら楽しそうにやっているのね」
俺は答えない。
「あなた、自分が何者かもわからないのに」
俺は答えない。
「半端者のあなた」
俺は答えない。
「能力も、超常系でなく拡張系のあなた」
俺は答えない。
「髪色も目の色も、普通。能力使用時は目が輝くのに、ソレすら片目だけなんて、半端者ね」
俺は答えない。
「そんなあなたなのに、へぇ。他人とかかわることを望むんだ」
俺は、答えない。
「慕ってくれる後輩。恩義のあるお義父さん。支えてくれる仲間。それだけでも多すぎるのに」
俺は、答えない。
「それに加えてお友達もいるんだったわね。今日で三人目。潜夜の女の子と、行きつけのカフェのおねぇさん。そして、黒神の縁者の警察さん」
俺は、何も言わない。
「あなた、自分が何なのか。わかっているのかしら。あなたの本質は破壊。それだけよ? それもできないあなたは、ふん。半端者以下ね」
答えない俺。彼女の影が俺に手を伸ばす。手を伸ばし、腕をつかみ。足を抑え、目を塞ぎ。
真っ暗になった俺の世界。
耳に、ささやく声が聞こえた。
「思い出さなくていいの。だってあなたは」
必要のない半端者なのだから。
そこで俺の思考は途切れた。