序章3 『簡単なお仕事』
「……は?」
そう漏らしたのは俺だけだったが、見まわしてみても皆一様に困惑の表情を浮かべている。
国が、終わる。その意味を捉えられないで。
『君、いつき君。まずは君に礼を言わないとね。あの電車に君が乗り合わせてくれていなければ、カウントダウンは早まっていた。ざっと三時間ぐらいね。だから、ありがとう』
「ちょっと待て。国が終わるってのはどういうことだ」
『せっかち君は嫌われるよ?』
そんなことはどうでもいい。
国が終わる。
それは普通では到底考えられないことだ。
一国の終わりには様々な要因が絡む。それは内政的であったり経済的であったり。しかしどちらにおいても、どの可能性においてもそれには必ず前兆が見られる。
その前兆が先ほどの電車の一件だったとして。
だがそこから数時間と言う超スピードの崩壊。
安定していたとはとても言えない国であろうと、しかし半日足らずの崩壊は、だからあり得ない。
そんな過去の例。様々な経験からかけ離れた何かが今回は起こっているのだろうか。
ふと、目線をアマテラスシステムから外す。この場における異常。異物であるところの男に目を向けた。
それは今日初めて見る男。竜の前に腰を落ち着ける三十代半ばほどに見える、白髪の男。
瞳は黒かれど、あからさまに浮いている髪色からみて、だから異常者だと結論づけられるであろう男。
俺の思考は、おそらく何の関係もないどうでもいい方向へと進んでいく。この男。これが一体何で、またここにいる理由は何なのか。
よくあることだ。
俺の頭は、出来が悪いから。
だからこうやって、ありもしない解答を探しだそうと常に回転する。
回転。言葉の通り、同じところをぐるぐると。
少しばかり、みんなが黙っている間の静寂は、しかしノートパソコンの音よって壊れる。
こちらの思考を見透かしたかのような声によって。
『そこの男は、まあ今は放っておいていいよ。ソレはたいして役に立たないからね。さて、で、そう。日本の終わり。この意味は簡単だ。』
間を開け、言う。
『ボクが殺される、という意味だよ』
今、俺俺たちと話す、人工知能。
日本の中枢。アマテラスシステム。
幾万にもわたるコンピューターの集合体であり、膨大な過去のデータから未来を予測、演算することで未来をより良い形に持っていく目的で造られた人工知能である。日本に散りばめられた無数の監視カメラをもって全てを知り、全てを決定する。
全て、だ。
形だけ、人間で各省庁のトップなどの役人を置いてはいるがそれは人工知能の決定通りに行動しているだけであり、だからこそ、この国が崩壊するにはたった一体のこいつを殺せばいいだけである。
そのこいつが殺されそうになっている。そう聞いた俺らの反応は……
「なんだ……」
「ふーん」
「へぇ」
「で?」
……だった。全員さっきまでの困惑が嘘のように安心しきったような表情になる。
『おいおい、君たち。さてはボクのこと見くびってるだろ。ボクは最強で最高の最重要なんだぞ』
「だったら勝手に助かってろよ……」
どんな悪の組織だろうとコレが日本で最重要なことぐらいは周知の事実である。全国民が、さすがに断片的にだがこいつの存在を知っているのだ。
だから、アマテラスシステムが狙われるのは日常茶飯事といえた。
国内のテロリストは人工知能によって制御された過去、そして現在と未来を嫌って。
国際的密入国者たちは日本という国を、様々な理由で壊すために。
『さすがに実世界に腕を持ってないボクとしては手足の君らに何とかしてもらうしかないんだよ』
「ロボットアーム付けてから出直してこい」
『あははっ! そうしてみよっかなぁ』
話を聞く必要もない。勝手に警察でも動かして助かっとけ。そう思うが、それが出来るならそもそもこちらに話を持ってくるはずもなく。依頼料も馬鹿にならんしね。
分かっていてもこいつに言われるがままに動くのは癪だったから噛み付いて、だけれどその効果はなく。
「いっちゃーん……話は最後まで聞きましょ。ね?」
また来夏さんに嗜めらてしまう。進まない話を進める為に俺も黙り、代わりにか、来夏さんがそのまま質問に移った。
「で、アマちゃん? いっちゃんが電車で何かしたのかしら?」
『ん、ああ、まだ聞いてなかったんだね。来夏ちゃん。いつき君が電車ジャックを退治してくれたんだよ。警察も皆倒れちゃってたみたいだからお手柄、だねっ』
みんなの目が俺に移り、「またやったのかよ……やれやれ」と言いたげな視線を一身に浴びる。
『今回は死人を出したわけでもないしいつき君を責めるようなことでもないけど……あ、でも車内の喫煙はいただけないかな。今後は気を付けてね?』
「はいはい」
俺が適当に返すと、人工知能は今回の件の概要を簡潔に語り始めた。
『そこで、なんだけど。あの子が何でああいうことをしようとしたのか。それは単純明快に、中央区、旧千代田区を物理的に孤立させようとしたってことなんだよ。具体的には鉄道の封鎖。脱線でもさせようとしたんだろうね。
『今現在、警察のめぼしい人材は地方の復興に出向いてしまっている。国益を考えればそれは重要項目だからね。ボクが命令したんだ。で、つまり、今ボクを守っている警察は……まあありていに言えば弱い。君らがいるからボクとしても困らないんだけど。
『はい、ここまで言えばわかるでしょ?』
「警察の護衛が手薄だとどこかで知った馬鹿どもが、アマテラスシステムを壊そうと、旧千代田区に集まった。だから助けてくれ。……ってことでいいか?」
『ピンポンピンポン! 大正解! さあ、ボクを助けてくれ!』
死ね。そう言いかけて何とか踏みとどまった俺を褒めてくれよ。
……。
落ち着け。俺。
こいつが死ねば、死ぬって概念を適用できるかはおいといて、間違いなく日本の国としての振る舞いはできなくなる。警察はおろか、全ての機能が失われ、本当の意味で弱肉強食の世界になる。
暴力だけの世界は、すぐに滅ぶ。初めは一般人や俺等みたいなのを相手に暴れる奴が出てくるんだろうけどそれが終われば次は身内同士の殺し合い。個ではなく集合としての生き物だったはずの人間は力を得て、その形を変えている。生き残れるのは問答無用で目の前の敵を殺せる悪人のみ。
最後に残る悪人が何を考えるかは知らないが、完全な破滅しか待っていないことが目に見えてわかっている。
相も変わらず、破綻しまくった俺の思考回路はそんな結論を、未来を描き出す。
だがそれは完全に間違っているわけもなく。
アマテラスシステムによって守られている人間の数は少なくない。
であれば、答えは一つしかなく。
「どうだ? この仕事、請け負えばそれなりの報酬が出る。やってくれんか?」
組の長として、親父がそう言うと三人がバラバラに、だけど立ち上がり始め、アマテラスシステムからの依頼を経験したことのないみぃちゃんと、俺と桜さんの三人がそれぞれに考えそのまま座っていて、二手に分かれる。
部屋から出る三人、来夏さん、竜、四郎は一言ずつ、短い言葉を発して出ていった。
「着替えてくるわ。余所行きに」
「準備だけすませてきます!」
「親父の結論には、従うだけっすからね」
大した忠誠心だな。俺も含めて。
『あはっ決定だね』
「アマテラスシステム。細かい説明を聞こうか」
細かい説明を聞く。そういった親父だったが基本的な説明は俺が帰るよりも前に済ませていたらしく。だからこそ最終確認だけに留まる。
現在残っている四つの鉄道、旧中央線、旧総武線、旧山手線、旧京葉線の内、脱線させられてしまった総武線と山手線の復旧。俺が乗っていた中央線と、それなりに強い警察さんが乗っていた京葉線は脱線させられる前に対処できたが、それ以外のところでは被害も大きく、かつ混乱した人々によって医療行為もままならない様で。つまりその統率を取ってほしいということだった。で、時間にして数時間後に開始するであろうアマテラスシステムの襲撃を止めるための人員も欲しいと。
おい、この組は今七人しかいないんだぞ? 山桜組の脆弱さを舐めてんのか? と思えばそこはしっかりと織り込み済みだったらしく。
『少なくとも冷静な君たちの前であれば紹介してもいいだろうね。そこの男は警視庁のお偉いさんだ。それがいる限り、警察の人員は無制限に使ってもらって構わないよ。オフレコだけど、別に捨て駒にしたってかまわない』
「警視庁公安部のサカガミです。よろしくお願いします」
冷静な君たち。そして紹介される白髪の『警察さん』。
知っていた親父。たいして関心のない桜と俺。
確かにこの世界で警察に悪感情を持っている人間は少なくない。うちの中でさえ、おそらく竜や来夏さん辺りは怒りを抑えられるかどうかわからない。
そしてみぃちゃんも。
強くサカガミさんを睨む目線をそっと手で遮り。
「みぃちゃん。あとで殺してもいいから、今はダメ。ね?」
「むぅ……。せんぱいがそう言うなら……」
納得いかないようなみぃちゃんに、そっと耳打ちを。
「警察、無制限に捨て駒にできるチャンスだし、ね?」
……そんなパッと明るい顔しなくても……。俺そんなことする気ないしね?
『話はまとまったかな? ……まあ僕の聴力は人間よりもはるかに高い……とだけは言っておこうか』
少しだけ引いてる様子の人工知能は切り替えるように言った。
『サカガミ、出してあげて』
「はい」
短く答え、彼は黒いバッグを取り出し中を開ける。中には、札束と一枚の紙が入っていた。
『前払いの一千万。成功報酬にはプラスで四千五百万。これでよければ契約書にサインをお願いね?』
そのあたりも相談済みであったようで、契約内容に対して目を向けるわけでもない親父。少しだけ、契約内容に興味を持ち覗いたら、まあいつも通りの文言が掛かれていた。
いつも通りの一文。
「出撃した人員の怪我、死傷には一切の手当てを行わない」。
……まあいいけれど。
こいつらにとって捨て駒は俺たちで。許容されるべき犠牲で。そんなことは分かっている。
「お前ら、死なないだろ?」
「いや、心臓が止まれば死ぬかもよ?」
「だったら問題ないな」
俺の視線を読んだのか、親父がそう言って捺印する。山桜大樹の文字がはっきりと書かれた契約書を、サカガミさんに渡した。
『一人につき一千万は、さすがに使用料としては高いと思うけど』
「半人前は半額にしてあるんだ。文句は受け付けん」
親父がきっぱりとそう言い、契約書の代わりに一千万を受け取る。
一人につき一千万。みぃちゃんに五百万。計六人の出撃、か? いつもより一人分多いな、と思った俺の思考をまたも先読みして親父は言う。
「今回は俺も出る、桜、番を任せた」
「いつになく本気だね」
「まあな」
捨て駒になる気はない。捨て駒を使う気も、同じくらい。
さてと、退屈でくだらない仕事の始まりだぜ。
「で、どうしますか? 若」
「いっちゃーん、いつも通りパッと決めて頂戴」
来夏さんと竜に急かされて、いつも通り俺が作戦の立案をする。はっきりと決まっているわけではないが実質のナンバーツー。親父にこういうことが向いていないから、俺が決める。
「俺とみぃちゃん、親父と四郎、来夏さんと竜の三手に分かれる。親父たちは総武線復旧に、来夏さんたちは山手線復旧に向かってくれ。俺とみぃちゃん、あとサカガミさんの三人でシステムは何とかする」
「三人で大丈夫か?」
「問題ない。むしろ警察を無制限に使いつぶせる俺らが一番安全だしな」
四郎の問いにそう返した俺ではあったが、しかし間違った計算である。
並みの警察ではみぃちゃんの足元にも及ばない上に、統率が取れている組織ですらない警察は使い物にならないにもほどがある。加えてみぃちゃんはまだまだ新人。さらにこちらには警察を使うために守らなくてはいけない足手まといもいる。
加えて俺は警察を使うつもりなど一切なく。だからこそ、俺とみぃちゃんとサカガミさん。三人での作戦行動。
だが、やはり問題ない。
アマテラスシステムは、口の減らない嫌な奴だけれど。それでもその計算に間違いはなく。
だから、あいつができると判断したということなのであれば、当然この俺の思考回路から立案される作戦も人間の振り分けも理解できていたはずで。
だからこそ、これで問題ないはずだ。
しかし敵が……、そうだな。十人ほどいれば、確かに無理かもしれない。
そんな不安がよぎり、よほど顔に出ていたのだろう。
移動を開始する前に、親父は俺にそっと耳打ちをした。
「いつき、今回は何をしてもいいからな」
「ん、ありがと。親父」
親父が俺の枷を外す。形のない枷だったけれど、いくらか肩が軽くなった気がして。
大丈夫。せいぜい二十人ぐらいは一人で相手してやろう。
組の所有する二台の車を使って、残りの二組は目的地へ向かった。免許を持っていない組、俺とみぃちゃんはおとなしく電車での移動を決め、先ほどと同じ道のりを引き返し、サカガミさんもそれに同行する。
駅までたどり着くまで誰も喋らず、だが目に見えてわかるみぃちゃんの殺意籠った瞳はずっとサカガミさんへ向いていた。
山桜組は寄せ集めの組だ。過去の戦争やその後のごたごたで居場所を亡くした人間が親父に集められて出来上がった寄せ集め。みぃちゃんは半年ほど前に親父に拾われてやってきた子だが、彼女は警察によって居場所を奪われた一人である。
大戦後、日本の警察はすぐに体勢を崩した。自分の持った特殊な能力に溺れ、また大戦でたまった心的疲労、ストレスの発散口として自分より弱いものをいたぶった。それはアマテラスシステムが構築される五年前まで続き、だがその後も地方にいる警察にまでは神のプログラムの威光も届かず、より陰湿になった虐めの対象になった一般人が少なからず存在していた。
みぃちゃんの両親も、それによって命を落とした被害者の二人であり、両親の死後三年間を旧千代田区の地獄で暮らしていた。あの場所で、三年も生き延びたのは驚いたがそれにも限界がきて、行き倒れていたところを親父が拾ってきた。
警察を恨むな、とか、警察の全員がそうなわけじゃない、とか。
そんな言葉を受け入れられるほど彼女も大人ではない。
むしろ今はその原動力、警察への復讐心が役に立っているともいえる。今はまだ、それでいいか。
とはいっても今の針の筵状態は何とかしたいなぁ……。
空いている電車の中、俺を中心に三人で並んで座った。俺を挟んで殺意を向ける少女とそれに心のバリアを張っているサカガミさん。どうにか場が和まないか。
「あーサカガミさん? えっと……警察を使う時ってどうすればいいんです?」
「私に言ってくだされば、適宜連絡を取ります」
「あ、そう……ですか……。そう言えばサカガミさんって……えっと……戦えたりします?」
「問題ありません」
……こいつ。話を広げる気がないな? 俺の心労をくみ取ってくれ。こっちも苦労してるんだよ。ああもう……こういうやつを送ってきたのはあのクソ人工知能の悪戯だな? いつか殺す。
そんなことを考えていると、逆側の袖を引っ張られる感覚に振り向く。
「お堅いお役人さんはおいといて、作戦会議、しましょ?」
うわぁ。人ってこんなに笑顔で殺気を込められるんだ……。怖い怖い。
「はぁ……」
そりゃため息も出るわ……。幸せが際限なく逃げてくなぁ。
作戦会議ね。まあ必要だね……。俺は飛びっきりの笑顔を作る。
「みぃちゃん。俺はみぃちゃんを信じてるよ」
「せんぱいっ!」
まんまと乗せられてくれるかわいい後輩に、さらに畳み掛けた。
「どんな困難な任務だろうと、完璧に遂行してくれる頼れる後輩のみぃちゃん」
「はい! なんだってできますよ!」
じゃあ、頑張ってね。
「……サカガミさんの警護、よろしくね」
「はぅぁっ!」
いくらぶーたれていようとも、お願い自体は聞いてくれる様子の後輩をしり目に、俺は今日いくつ目かもわからない幸せに深く別れを告げた。
ガタンゴトンと、普段なら眠気を誘う揺れも暖かさも、この冷え切った空気までは温めてくれないようで。
冷め切った空気を感じながら、先ほどの人工知能よりも感情のない合成音声が目的地が近いことを告げるまで、俺は目を閉じた。
霞ヶ関の駅で降りた俺たちを待っていたのは治安のいい部分の千代田区、のはずだった。
「すみませんがこの先へは現在立ち入ることができません。避難してください」
改札を出た瞬間にそう告げられ、辺りを見渡せば警察、いや、自衛隊か? 武装した集団が黄色のキープアウトテープを出口に張り巡らせ大きな盾を持って警備にあたっている。勤務ご苦労なことだが邪魔だな。どいてくれ。そう思ってサカガミさんに目を向けると、もう行動を始めていて、警察手帳を出しながら俺とみぃの説明をしている。
と、話が付いたのか、急に警備の男たちは俺らに敵意の目線を浴びせながら道を開ける。みぃの居心地の悪さと敵意がミックスされた困った瞳を見て、俺もまだまだガキか、なんてありふれた感想を抱きながら一言零す。
「俺らに押し付けて安全に生きてる下等動物は目ぇ伏せて道空けてりゃいいんだよ」
俯きかけた後輩を抱き寄せて、戦地に入場した。……次からは自衛隊さんに入場のテーマでも演奏してもらおうか。
小綺麗に纏まった地域。それが俺の抱いていた霞ヶ関の辺りの印象だった。キープアウトのテープを乗り越えた俺を待っていたその光景も、しかし前印象から大きく外れてはいない。だが、駅を出てすぐ、アマテラスシステムを入れるだけの箱として用意された一棟のビルの前は騒然としていた。
大きな盾、幾つもの銃。戦時中を彷彿とさせる重装備の警察や自衛隊がビルを包囲している。まったく、物騒なことで。あんなもの、持ってたところで何の役にも立たないのに。
「サカガミさん、あの辺の指揮権って今誰にあります?」
「警察は私だ。が、自衛隊も出動しているな。そちらは私では」
どうでもならない。彼がそう言いかけたところで俺の携帯電話が鳴り響く。……俺の携帯にダウンロードされていないはずの、誰でも知っているような女児向けアニメのオープニングミュージックが。
……よかった。実践を前にようやく俺の両隣りが意気投合してくれたのか、二人お揃いの白い目で俺のことを見てくる。おっと、二歩下がる動作まで同調してますね。魂の友まであと一歩。
画面を見ると『神様♪』という謎の名前。こんな名前も登録したことがないけれど。
コールのAメロが終わったところで少し落ち着いた俺は電話に出るなり叫んだ。……あ、全然落ち着けてない。
「おい、クソ神様とやら。今からお前、ビルごとぶっ壊してやろうか!」
『あははっ! いつき君、怖ーい! はいはーい、ボクですよー。アマテラスシステムです! ってね? おっと、君が今電話を投げ捨てそうになってるのを見逃すボクじゃないよ? 有用な情報を持ってきたからちょっと付き合ってよー』
どこから見てる、とか。何で電話番号を知ってるかとか。あとどうやって俺の女児アニメ好きを見破ったかとか。まあ聞きたいことはいくつもあるが聞きたくない。もう早く電話を切りたい。
「……さっさと話せ」
『うん、珍しいねっ。物わかりのいいいつき君とかってちょっと待って捨てちゃダメウェイトウェイト! ……いつも通りだね。まあ、で、目の前にいる自衛隊。全員どかす?』
「できるの?」
『まあね。僕の命令で全員動いてるからさ』
なるほど。自分の命を守るためだけに対して何も考えずに集めたってことだな? 口には出さないつもりだったけれど断片的に声に出ていたようで。
『一応国家最重要知能だからね、ボクは。守ってるって意識だけでも彼らにはもっといてもらわないと、ね?』
「ああ、対外的なあれこれとかけじめとか義務とか、まあわかった。で、アレ。全部邪魔だから取っ払っちゃって。一応警察だけはサカガミさんの指示で動いてもらうからそっちは放置で」
『わかったよ。というか、実はついさっきそういうふうに伝えておいた。彼らには別のビル、省庁が集まってるアレに向かってもらうように、ね。さて、ボクの社。ちゃんと守っといてね? 』
「七階部分辺りを爆破すればお前は黙るんだったか?」
『はっはぁ、よくご存じで。ボクの言語を人間用にランクダウンさせるための頭脳は七階に保管されている。他が壊されちゃっても七階だけは残しといてね? 愛するいつき君と話ができないなんて、生きてる意味無いもん』
こちらをおもちゃにする気満々。要するにいつも通り。機械様が死ぬだとか、ふざけたことぬかしやがるこいつはそう茶化して、締めくくる。
『じゃあ、また電話するから。ああ、もし万が一着信拒否でもしたら……』
もっと面白い着信コールにするから。
その言葉を残して電話が一方的に切られ。
そしてそれをポケットにしまうのと同じタイミングで、俺の目の前のビルから人がサッと消えていく。自衛隊が移動を開始したようだ。
自衛隊の撤退を横目で見ながら、辺りを確認し。だがやはり不穏な気配が感じられないことに安心しているときに、俺の隣でビルを眺めるみぃちゃんはその疑問を小さく口に出した。
「せんぱい……、あのビル、全部アマテラスシステムが入っているんですか?」
「そうだよ。地下に思考の中枢部、一階から三階まで計算コンピュータ。四階から六階まで人間の思考をトレースする部分。七階にあのうざい言葉を生み出す言語部。そっから十六階、最上階まで、カメラとかマイクを処理する部分。ってこと」
通称『天の社』。信仰心の深い神道論者に怒られそうな名前だが、しかしシステムの名前にアマテラスが使われてしまえばそう呼ぶしかない。神を人間が作るってところからいろんな方面から怒られそうだけれど、しかし最終的にそれが日本人のトップに立ってしまっているのだからまあオッケーってことで。
製作費、いくらかかってるんだろ。
「あ、サカガミさん。先に警察をどかしておいてもらえますか? あれ全部、とりあえず駅前のキープアウト要員として待機させといてください。あっちの自衛隊も移動しちゃいましたから」
「わかりました」
サカガミさんがそのままポケットから携帯を取り出し、駅の方面へと歩いて行った。駅前に集め、そこから細かい命令を出すのだろう。少し放っておいて、俺は動き出す警察と逆方向へと歩いていく。ゴミの様なシステムを眼前において、思うことはただ一つ。
いつかぶっ壊してやるからな。
「せんぱい! どうぞ」
みぃちゃんが買ってきてくれたココアでのどを潤し、ポケットから煙草とライターを取り出す。適当に火をつけ、息を吐く。白い煙。
やがて小走りで戻ってくるサカガミさんを横目に、みぃちゃんに一言聞いた。
「みぃちゃん。サカガミさんを守るの、嫌?」
「嫌……ですけど……。でもやりますよ。仕事ですから」
頬を膨らませてプイっとそっぽ向いてしまって、それでサカガミさんの方を向いてしまい、俯く姿。可愛いけど。
「あの人、そんなに悪い人じゃないと思うよ?」
「……そのぐらい私にもわかってますよ。……わかってます」
そうか。
頭を撫でて、最後に一言。
「あの人がお前になんかやったら、俺が殺してやるからさ」
そう言った直後。俺の耳に聞こえないはずの音が届いた。
車の音。エンジン音。駆動音。タイヤと地面がこすれる音。ブレーキパットがこすれる音。
ココアを飲み干し、また空き缶の中に吸殻を押し込んで捨てる。ポイ捨てなんて、気にしている場合ではなかった。左の耳、ピアスに触れ、俺は言う。
「みぃ……始めるよ」
「はい」
みぃの瞳が、紫に輝く。きっと俺の右目も、赤く染まっているんだろう。
始める。もう一度そう呟いて、ライターに仕込んだカッターの刃で首の裏を裂いた。
俺の首の後ろからは、流れ出た血液が意思を持った腕のように蠢き立っている。
だんだんと近づいてくるのが分かる音の発信源がついに俺の視界に入る。真っ赤なスポーツカーに乗った若者が二人。金髪サングラスと赤髪ロング。二人組の男。
向こうを俺を視認したようで、こちらに向け中指を立てている。
……イライラ。
俺の赤い触手。親父の命名するところの『血染めの手』をぐるぐると回し、遠心力によって速度を増す。加速。もっと、もっと。
亜音速を超え、超音速の世界へと足を踏み入れたそれは視認できる速度ではなく。生み出される運動量は暴力的で。
だから俺は、それを容赦なく車に叩きつけた。
轟く爆発音。車を真っ二つにし、それでも破壊をやめない俺の『手』がアスファルトを削る。暴力。そう形容するしかない破壊の権化。
しかし、それも。
当たれば、の話だった。
俺の目は、『手』が車へ到達する直前に車から飛び降りる二人を捉えた。
避けられた、か。
「みぃちゃん! 車!」
俺の計算も何もない一撃によって爆発した車は元のスピードに爆発の風圧が加算されビルに向かって一直線に飛んでいく。あのままだと……壊れてもいい七階には届かない。
だからみぃちゃんに処分してもらう。
「りょーかいです!」
みぃちゃんが腰を低く落とし、車向けて拳を突き出す。
本来なら絶対に届かない距離。十数メートルは離れているであろう距離は、しかし彼女にとっては何の意味も持たない。彼女の放つ拳。そこから放射状に空間が歪むのを確認した。
否。空間が歪んでいるわけではない。
圧倒的風圧、その密度変化によって俺の目に移る光景が歪んでいるのだ。
親父曰く『暴風の拳』。……親父、いい年こいて中二病から抜け出せてないのかな?
バン。
音にすればそれだけだがそれはもう凄い轟音で。みぃの吹き飛ばした車が隣のビル向けて思いっきり突っ込んだ。
……テロリストとやってることが変わらないな。
そんな俺の思考は、そっくりそのまま彼らにも伝わっていたようで。
車から飛び降り、一回転し、勢いを殺した彼らはそのまま立ち上がり言う。
「あっれぇ? なーんだ、俺らのお仲間だったのかな? それならそうと言ってくれよ。危うくアマテラスシステムごとぶっ潰しちゃうところだったよ」
金髪サングラスが何重にも巻かれたネックレスをじゃらじゃら言わせながら、こちらに向かい歩きながら、言う。
「残念。俺はお前らの敵だよ。アマテラスシステムに守ってくれと頼まれたんでね」
俺の言葉に赤髪ロングが笑い、そして手をたたきながら言う。パンパンと二回。
「はははっ、かっけぇなぁ。正義の味方か? しっかし残念だ。あの糞システムはこっちの動向まではつかめてなかったみてぇだな」
手を打ち鳴らす音が合図だったのか、辺りから、ざっと四十人ほどの不良少年、不良少女たちが現れる。
「さっきまで、警察と自衛隊がうろうろしてたのに。どこにこんなゴキブリが隠れてたんだか……」
四十人強。明らかに想定外の人数に、うろたえない。みぃちゃんに振り返り、サカガミさんを頼んだ。そういった意味の目配せをする。
「この人数が隠れてたってことに気づかねぇ糞システムもシステムの犬も、ほんっとに無能なゴミだよなぁ?」
下品に笑う赤髪ロング。
おそらくは全ての干渉を阻害する能力かなんかを持っている何かがそこの中にいるのだろう。
……。
否、全ての阻害、ではなく、多分人間の干渉を阻害する、か。
「訂正しろよ」
何も考えずに、無意識に、俺の口から出た言葉。別にアレを信頼してるわけじゃない。アレが好きなわけでもなければ、アレに心酔しているわけでもない。
それでも。
それでも俺は、口に出す。
「あれは、無能なゴミなんかじゃねぇ」
四十人を相手にして、決意と共に。
「はぁ? 実際何でも計算通りとか言いながらこの人数を見逃してたんだろ? だから、お前ら三人だけでここによこした。俺ら二人は見られてたんだろうが、これで人数の優劣が計算できてなかったことがはっきりしただろうが。ハイ論破……ってなぁ」
四十人ほど、しっかりと数えてみればこの二人含め四十六人。四十六対三。
ニタニタ笑う、赤髪ロング。
まったく、ふざけた話だ。
「……糞システムだってとこだけは認めてやるよ」
ふと、自分の口元に笑みが浮かんでいることに気が付く。アレを思い浮かべながら。
「だろぉ? ほら、俺らも面倒なのはご免なんだよ。そこ、どいてくんね?」
本当に、糞なシステムだ。
お前を守るだなんて、俺としてもご免被るけど。
でもあのシステムが日本を守っているのも事実だ。
ったく。糞みてぇな計算しやがって。
「断るよ」
「はぁ? ……ぷっ……くははははっ。てめぇ、この人数相手になんかできるわけ?」
自分の体に意識を集中させる。一つの枷は既に親父が外してくれた。これは精神的な枷。それとは違う、体の枷を外す。息を止め、静かに。
「俺の……能力って……血液を触手に……するもんじゃないんだよね……。エロ同人みたいに……」
呼吸はしない。酸素は取り込まない。そのせいで声は震える。体の筋肉も、立っているのがやっとなほどに力をなくしていく。
「ぶはっ! エロ同人って! ってゆーか、どしたの? ガクブルでやばい感じ?」
ジィンと、遠くに金髪サングラスの声が聞こえる。……これはまずいな。違う、そうじゃない。脳には酸素を送れ。酸素を送らないのはそれ以外だけだ。
ぎゃはぎゃは、周りからの嘲笑が。
今度ははっきり聞こえる。
そう、これで大丈夫だ。脳は動かせ。最後通告だ。
「お前ら……最後に聞い……とくぞ?」
首元から出る触手は酸素を失い黒ずんで。
震えたままの唇を使って、やっとの思いで、一言紡ぎだす。
「死ぬ……覚悟は、できて……るか?」
帰ってくるのは嘲笑。それならそれでいい。小さく、親父の名付けた中二病バリバリの技名を呟く。
サイクル・ブラック。
一気に空気を吸い込んだ。
******
俺の能力、異常性、それは血液一滴一滴のすべてに神経が通っているというものだ。それは不随意筋の心臓までも無視して、血液の流れをすべてコントロールする。俺の体の中、或いは外に出ていても体と接続されている限り、コントロール権はすべて俺の脳に委ねられている。
だから触手のように動かすことができる。
しかしその神髄はそこにない。
俺が一番使いやすいのは自分の体。
血液をコントロールするってことは体に行渡る酸素の量を操ると同義である。
だからこそ、体へ送る酸素を最低のレベルにまで落とす。
それによって筋肉は生命の危機と判断し肉体のリミッターを外せと脳に命令を送り、そして普通に酸素を受け取っている正常な頭脳は、正常に異常を察知し肉体のリミッターを外す。
だが満身創痍の体では満足に動けないから、一気に酸素を取り込み肉体を動かせるようにする。
ここが開始地点。
サイクル・ブラック。
酸素不足になった血液が体内で赤黒く変色するのが表面に出るところからの命名、らしいが。
まあいい。
つまるところ。
肉体のリミッターを無理やり外し、さらに筋肉にとって最善の酸素量を送る俺だけのやり方。リミッターが再び掛けなおされるまでの一分間の無敵時間。
それが生み出す運動量は。
人間の領域をはるかに超えていく。
「……っつ―訳なんだけど、理解できたか?」
嘲笑の声はすべて消え、首元の出血と共に地に倒れる。
少しやりすぎた気がするが、でもまだ二人残っている。四十四人。ちょうど縁起の悪いところだけ省いたってことで。
俺のありがたい講義を、二人はしっかり受け止めてくれたかな? 金髪サングラスと赤髪ロング。
「あ……あぁ」
「まあ全員殺す気は……ないとは言い切れねぇか。あったけど。これでわかったろ? あのシステムは計算で弾き出したんだよ。お前らみたいな虫、俺一人で十分だって」
「た、助けて……くれ……」
「何それ。あ、さてはガクブルでやばい感じ?」
俺はこの二人の首に後ろから手をかけている。片方はライターに仕込んである刃。もう片方は血液を指先から出して作った赤い爪。他の四十四人と同じ方法。みんなと同じように、首を掻き切るために。
だったけれど、しかし考えが変わった。手を離して、こいつから離れる。
「……許してやるよ。さっさと帰りな」
急激な運動量増加は思考のすべてを体の調整へと奪う。だからすっかりと、今近くにみぃちゃんがいることが抜け落ちていた。
あの子にこれ以上、虐殺の現場を見せるべきじゃあないか。
二人に背を向け、血を正常な状態に静めながらみぃちゃんのもとへと向かう。
どうしたみぃちゃん、そんなに慌てて。
俺向けてダッシュ。そうか、そんなに俺のことが好きだったのか。
さあ、俺の胸に飛び込んでおいで!
「せんぱい! 後ろ!」
そんなわけないか。はいはい。わかってましたよ。
気づいてるっつの。ばーか。
能力の神髄は肉体の急激な運動量を生み出すサイクル・ブラックだ。しかしこれは奥の手も奥の手。どうしようもない時のための最後の手段である。リミッターを外し酷使された体は、制限時間である一分間を超えると歩くことすらままならなくなる。
第一の刃、『血染めの手』。本来はそれだけで十分なのだ。
しかし、破壊ではない目的の場合、使い勝手が非常に悪い。
触手は低速では強い力も出ず、無理やりパワーを作り出すために太くすれば体内の血液が減り貧血状態になるし、ワイヤーのように細くして設置面のパワーを増そうとしても細ければ簡単に切られてしまう。
そんな俺は、だが非破壊の、暴徒鎮圧を最大の得意としている。
第二の刃があるからだ。
「死ねぇ!」
赤髪ロングの声。それと共に膨大な熱量の接近を感じる。奴の能力。手のひらに熱を宿す、発熱の能力。同時に金髪サングラスの能力、触れたものを爆発物に変質させる能力も発動しているのが分かる。
ったく。向かってこなけりゃ見逃してやったのに……。
第二の刃。
「ジャック」
乗っ取る。そういう意味で使いがちな言葉だが、あれって「ハイジャック」でひとまとまりなんだよ。ハイジャック、で皆が思い浮かべる飛行機の乗っ取り。アレが高いところ飛んでるから訳わかんねぇことになってんだろうな。バスジャックも電波ジャックも、本来ならバスのハイジャック、電波のハイジャックっていうべきなんだよ。俺は分かってても、残念ながら能力の名付け親が分かってねぇのが問題なんだけどな。
「以上。いつき先生からのありがたい講義、パートツーでした。ご清聴いただきありがとうございました、っと」
襲ってきた二人の首筋に突き刺さった俺の血液触手。それは先ほど、彼らのバックを取ったときに突き刺した物であり、髪の毛ほどのそれに彼らは気が付かなかった。
「言ったろ? 血液に神経が通ってるって。そっから考えればお前らの神経と俺の脳を繋げるくらいのこと、できるに決まってるだろ?」
俺があいつらと繋げたのは首を通った神経系。首より下の命令権全てをぶんどった。あいつらの能力も、そこから判明させることができた。もっとも爆発の能力は一回見せてもらったけれど。
車が叩かれたくらいであんな大爆発を起こすわけもなく。
攻撃を避けながらシステム破壊の為に車を吹っ飛ばすって芸当ができるこいつは、思ってみればそれなりに強いのかもしれない。
が、そんなことは関係ない。
俺を見くびらないで、システムを見くびらないで、始めから俺らを殺す気でやっていれば。
おそらくは負けていた。
油断大敵、ってね。
二人は自らの意思と反して俺の前へと歩き出す。その足を止めようと力を入れているようだが、神経から伝達される命令は絶対だ。どうあがこうが、その体はもう俺の物。
やがて俺の前まで到達した二人を、そこに跪かせる。
少し横に、みぃちゃんに目線を向け、お疲れ。そう伝えた。
「せんぱいっ、大丈夫ですか?」
「心配すんな。せんぱいっつーのはな、『千本の針に貫かれても心配ないっ!』の略だからな」
そう言うと微笑んだ後輩を置いて、再び目線を男たちに動かす。
「話は後で。とりあえずまずは……『四肢を捥がれる痛み』」
俺の言葉と共に、俺は血液に信号を送る。痛みの信号。四肢を捥がれたことはないけど、まあ想像で。
信号を送った直後、彼らは叫びだす。体に痛みを受けた場合の一般的な反応といえばのたうち回るってのが挙げられるが、あれは逃避の一種だ。自分の許容できる痛みを超えた場合、意識を別の方向に逃がすために人間は体を無意味に動かす。
しかしどっかの非道な誰かのせいでそれが出来ない彼らの場合は、痛みをダイレクトに受けることになる。大の男が泣き叫ぶか。かわいそうに。
少しばかり時間をおいて、痛みの信号を止める。徐々に男たちの呼吸が正常に戻っていき、話せるレベルにまで落ち着いたところで問いかけた。
「俺の質問には慎重に答えろ。俺の気を逆撫でれば……殺さない。殺さないで今のと同じような拷問が永久に続くことになる。いいな?」
「はっ……はい……」
「わかりました……」
うん、素直な子たちだ。
「初めに、俺がさっき殺した四十四人。あれ以外に仲間はいるか?」
「いま……せん」
金髪サングラスが答え、赤髪ロングは首を縦に振る。それを確認したのと同じタイミングで、俺の携帯から懐かしい、結構昔の女児アニメのオープニングが流れる。
画面を見るまでもなく、俺の携帯に入っていないメロディが流れた時点で相手は分かった。
「糞システム、さっきぶり」
『いつき君、さっきぶり』
まったく、ちょっとぐらいはぶっ壊しておけばよかったよ。このビル。
『いつき君、ご苦労、大儀であった』
「今からでもぶっ壊されてぇか?」
『ごめん、ごめんって。ありがとうって。っとまあ、お約束の茶番はこのくらいにして、スピーカーモードにしてもらえるかな?』
茶番だってわかってんならやめろよな……。言われて携帯を操作しモードをスピーカーに変え音量を上げる。
『ん、ありがと。さて、まずは皆に最新の情報を教えてあげよう。まずは総武線復旧。こちらはうまくいってる。大樹君の能力、「支配者権限」だったかな? で、うまく全員を鎮圧させて、四郎君はまあ一般的だけど病院の人間とか警察とかと連携を取って治療や瓦礫撤去を済ませている。もう少しかかるだろうけど、まあ問題ないね。で、山手線の復旧……も、まあ悪くはない。来夏ちゃんの、名前は知らないけど治癒能力と病院の人で怪我人全員の治療は終わってる。死人も結構出たけど、まあ仕方のない犠牲だね。これは総武線の方も同じだけれど。ただちょっと警察と竜君が揉めちゃってね。これは警察が悪い。君たちに見せ場を奪われて苛立って、その結果だね。サカガミ、早く警察を撤退させなさい』
「わかりました」
「みぃちゃん、竜に電話かけて。落ち着けって一言言えばわかるから」
「りょーかいです」
電話をする二人を置いて、アマテラスシステムは話を再開する。
『んー……もういいかな? さっきその子たちが言ってた四十四人で全員。あれ、嘘だよ。近くのビルに隠れてたのが今、逃げた』
「……何で逃がした?」
『その方が最終的な犠牲が減るからね。地方でちょこまかと動かれるよりここで暴れてもらった方がましだ。彼らには、次を夢見て踊ってもらうとしよう』
嘘がばれた二人を一睨みし、制裁として痛みを加えようとしたところでアマテラスシステムからのストップがかかる。
『いつき君。そいつら、壊しちゃダメ。それはそのまま警察に引き渡して。そのために必要ないサカガミを同行させたんだからね』
「……わかってるっつの。じゃあ俺からも一つ。あの四十四人、生きてるから。情報を集めるのか何なのか知らないけど、処分はそっちに任せる」
血液操作。それで四十人以上の人間を操るのはさすがに不可能だが動きを止めるぐらいのことはできる。同じように、髪の毛ほどの細さの糸が彼らの首筋の傷から侵入し神経の伝達を止めている。
『……相変わらず甘いね』
「必要がなかったからな」
もっとも心臓が止まりそうなやつもいるから早くしないと死ぬが。
そこまで面倒見てやる義理はねぇな。
警察の統制を終えたサカガミさんが通話を終えたのを見計らって、すぐに医療班を呼んでもらうように伝える。腐ってもここは中央。警察の出動に時間はかからないだろう。
『しっかし、ボクの計算上は三人と追加の警察の犠牲で勝てる計算だったんだけど。相変わらず君は異常だよ。流石は「血統書付き」といったところか』
俺の気がサカガミさんに向いているところに、そうでなくとも聞き取りづらいであろう音量でシステムは何かを言った。
なんて言った?
おいおい、難聴系なんて高度な能力を使った覚えはないぞ?
今のが告白だったら全国の紳士たちにぶちのめされてるところだ。
『ううん? 大好きって言っただけだよ! 僕を助けてくれてありがとう!』
「あ、そう。俺は嫌いだけど」
伝えた後に、バイバイと付け加える。
向こうからも、「バイバイ、またね」と返ってきて、そのまま通話が切れる。
何はともあれ、何の問題もなく解決した問題に胸をなでおろしつつ携帯をポケットにしまい。
俺は疲れた体を無理やりに動かしてみぃちゃんとの帰路に就く。
警察は警察。ヤクザはヤクザ。ちゃんと住み分けていこうと俺なりに気を回したつもりで、サカガミさんを放置して。
部下の前でヤクザと仲良くやるわけにもいかんだろ。
しかしそんな俺の気配りを察してくれるサカガミさんでもなかったようだ。
「ありがとうございました。この後、少し食事でもいかがでしょうか」
頭を深々と下げそう提案する彼は、何かを決心しているように見えた。