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序章2 『唐突に告げられる終わり』

「ふぅ」


 電車の中の閉塞感と人込み特有の暑さから逃れ、東京のはずれ、ほとんど山の中にある駅で降りた。東京とは名ばかりの、ほとんど山の中にあるこの駅の人気はさほど高くないらしく、下車した客は俺一人。誰も下りない駅なのに掲げられているウェルカム看板は、今日もニコニコ笑っている。

戦後に掲げられたもののはずなのにずいぶんと錆の広がったアニメのキャラクターの絵が寂しげに映る。つまりこの子は俺だけの嫁ってことでFA。なんてね。


 ふわりと香る桜の香り。改札から出てすぐのところに設置されたベンチと自販機のトリプルコンボに屈して、俺はベンチに頽れる。自販機で買った缶ココア片手に、再び煙草に手を付ける。箱から出して口元まで持っていき、火をつける。

流れるような洗練された動作だと褒めて欲しいね。


「煙草、体に悪いですよ?」

 煙草が半分の長さになったころ、そんな俺に声をかけてくる少女がいた。年は十六。背はそれほど高くなく、百七十五センチの俺の、ちょうど胸辺り。座っていてもそれほど目線を上げる必要もない高さの少女と目を合わせた。

「せーんぱい。おかえりなさいです」

 ただいま。その代わりに、軽く手を振った。

「どうでしたか? 一週間の千代田区は」

「別に、前と同じ最悪だったよ」


 風にたなびく桜色の腰まである髪。深い水色の瞳。山桜みのり。みぃちゃん。俺の仕事の後輩女子はそういって、俺の横に座った。



 東京都千代田区。いや、旧千代田区というべきか。今は中央区と呼ばれているその地区は日本の中央であり、全省庁が存在し、日本最高のセキュリティを誇っている。というのが表向きの説明。実際に日本最高、いや、世界最高のセキュリティを誇っているのは各省庁や国のとある重要人物? の詰め込まれた計三棟のビルのみであり、そこから少し離れただけで治安は一変し、悪人が跋扈する地獄へと変貌する。


 治安レベル最悪の都市、中央区。

 殺人、強姦当たり前。

 一歩歩けば腕が飛び、二歩目で首を抑えられ、三歩歩くこともできず頭が飛ぶ。

 そんなキャッチコピーが文字通り実行される地区。


 もっとも、一般人や小売店などは既に姿を消し、撤退し、避難し、疎開している。狙われるのは今もなお稼働している鉄道や銀行のみであり、それらは警察の護衛が常につく状態になっている。護衛の警察がいてもやっぱり危険の伴う仕事には変わりないが、それに見合うお給料がもらえるため人気の高い職業でもあった。。

 とりあえず、そういう経緯から悪人のみが集まり小競り合いを続けていた。

「ともかく、せんぱいが無事でよかったです」

「そうかい」

 空になったココアの缶をゴミ箱向け投げ入れて、続けて灰になった吸い殻を灰皿に押し入れる。ココアの甘さと煙草の苦みが口の中に残って気分よく。疲れを押して帰路に就いた。


「せーんぱいー。速いですよー」

 とてとてと駆け足気味で俺の横に来る彼女も元気よく。



 ただいま。そう呟いて僕らが入っていったのは、いくつもの田んぼの先、数軒しかない民家の中に突如現れる、屋敷というのがちょうどよいくらいの大きさの日本家屋の中だった。  

玄関には大きく「山桜組」の文字。俺の家。ありていに言ってしまえばヤクザの組である。


 ヤクザとは、役に立たない物という意味でつけられた名前らしいが、現在の日本、警察の目や威光が国の中枢以外に届かなくなった現代においては『自警団』という名目で、なくてはならないものになっている。簡単に言えば警察代理。もっと砕いて言えば何でも屋だ。


やっと帰ってきたという安堵と共に零れるため息。

 薄桜色の髪をぴょこぴょこと揺らしながら我らが我が家に走り込み、「戻りましたよー」と声を上げ駆けまわるみぃちゃんにも呆れのため息を一つ。

 あの子もここも、変わってねぇな。まあ一週間で何かが変わるわけもないか。

 もう一つ、ため息を追加しそうになったところに、着流しをさらに着崩した男が現れた。


「お、若、おかえりなさい!」

「若って呼ぶなっつってんだろ……」


 見事、三発目のため息を誘発させた紫がかった髪の男、山桜竜はにこにこ笑いながら俺の肩をバシバシ叩く。見た目こそテンプレなヤクザの下っ端なれど、この組の中では発言力の高い男だ。

組とは言えど、山桜組は十人足らずの小規模な集団である。そんな少人数グループの中で発言力のある奴が『若』と呼ぶせいで、呼び方はともかく、扱い的に呼び名相応の振る舞いを要求されるのだからたまったものではない。


「若。さっき丁度、システムから通信が入ったそうです」

「久しぶりだな……。ってか俺の仕事、多すぎねぇ?」

「いや、なんでも緊急だとか。親父もその件で呼んでましたし。会議があるみたいです」

「おーけーわかった……」


 すっかり休む気でいた俺に飛び込んできたハードスケジュールにうんざりしながらも、自分の中のスイッチを変えて、仕事のモードに切り替える。

 ああ、いいぜ。何でもやってやるさ。

「お荷物、持ちますよ」

 言って、俺から荷物をふんだくる竜にありがとうと一言告げて、俺の前を歩く竜について家の中に入る。

 きちんと並べられた靴の数で幹部が全員集まっていることを知った俺は、そこに一対の靴を追加して会議用の和室に向かう。十人ぴったりしかいない組に六人の幹部。部下のいない奴も幹部でいいのか? 


ともかく、廊下を歩いている途中に竜が言った一言で親父がやたら苛立っていることを知った俺は、またも面倒な案件がシステムから告げられたことを予感して、気が進まないにもほどがある廊下を、彼に歩幅を合わせて進んだ。



「若のお帰りですよ! っと」

「うん、帰った……」


 玄関から入って突き当りにある襖を勢いよく開け、勢いよく宣言した彼のテンションとは対照的な俺は一言だけ告げて決まったポジションに腰を落ち着ける。白髪の混じった黒髪のおっさん。着流しを着流すようなことはしない、正式な和装で正座する親父の左前。ポジションで言う「お誕生日席」に座る親父のいちばん近くに。


 俺が座ると同時に、すでに部屋に入って後ろの方で立っていたみぃちゃんはいつもとポジションを替え、俺の斜め後ろに座って、さらに竜も俺の二つ横に腰を落ち着ける。

 それと同時に、親父が口を開いた。


「一週間ご苦労だった。いつき」

「ん、ありがと。親父」


 山桜いつき。親父はそう俺の名前を呼んで、いつも通り恒例のやり取りを全員と交わしていく。


「みのり、いつもいつきが世話かけるな」

「せんぱいの為に、まだまだ頑張っちゃいますよ!」

 黒いパーカーを着用した桜色は笑いながら答える。


「来夏、ご苦労」

「アタシはそんなに疲れてないわよ。だからもっと、頂戴」

 山桜来夏。紅いドレスを着ているおねーさんは気だるげそうに告げる。金髪。みぃちゃんと同じで染めてない地毛の色が異常者であることを表す。

遺伝子に異物が入り込んだ異常者は髪の色が様々だ。竜も同じように。もっとも俺と親父が黒髪であるように、全員が全員そうだというわけではなかった。


「竜、昨日はありがとう」

「親父の頼みですから、何だってやりまさぁ」

 竜。どんな時でもテンション高めのこいつはいつも通り、両手を挙げて宣言していた。


 次に目線が竜の対面に向き、だがその隣に向いて続けた。


「四郎、お前は久しぶりだな。変わりないか?」

「見ての通りの元気っすよ、親父」

 山桜四郎。この組では少数派の見た目に異常性を残した男。二対四本の腕を持つからと安直な名前の彼。何でもここに入る前は呉服屋に勤めるつもりだったようだが、面接で志望動機を伝える際、「四本腕の人間が着られる服を作ります! 」といったところ「……需要ないね」と言われ落ち続け、行きついた先がここだったとか。

 あほか。出発も終着も。

 まあその甲斐あってか、自作の四本腕スーツをカチッと着ている。


「桜」

 俺の対面の女性へ、一周回って最後の問いかけをする。名前だけの問い、それに彼女は軽く頷く。見た目は二十代序盤の年で、目を覆うように頭を一回り巻かれた包帯が印象的な姿。親父と同じようにしっかりとした和装に身を包んだ姿が儚さを見せ、触れれば壊れるような、そんな女性。


 以上、親父を入れみぃちゃんを除き、六人の幹部である。


「みんな、一か月間ご苦労だった」

 親父がそう締めくくって、それと同時に自分の真横に置いてあったノートパソコンを開き、画面をこちら側に向ける。


「積もる話もあるだろうが、事は一刻を争う。まずはこいつからだ」


 画面には、ロード中、英語表記の「Now Loading」の文字がくるくると回って、だが急に巫女服のキャラクターが描き出された。

見慣れた光景。いつも通り。

巫女服のディフォルメされたキャラクターも、通信中と書かれた大幣を振りかざしながら、回る。


 数十秒程だろうか。誰も口を開かない空間のせいで長い時間待たされたように感じたが、そこで回っていたキャラクターが止まり、ニコッとこちらに笑いかけ、そして画面がいきなり真っ暗になる。その後、数拍空いて、砂嵐がざざっと流れた後、真っ黒を映す画面から音が聞こえた。


『ん、んん、聞こえるかな? マイクテスト中』

 聞こえてくる滑らかで中性的な声。少年の様な、少女の様な、幼さを感じるもの。それも無理はない。この声の主は、生まれてからまだ五年ほどしかたっていないのだから。

「聞こえている」

 画面に向かって答える親父。それを聞いて、画面越しのアレは陽気に喋りだす。


『あはっ。聞こえてたか。山桜組の皆さん。ボクはアマテラスシステムだよ!』


 なんとも声色豊かな人工知能さんの声に、みんなが顔をしかめ、いろんな方向から大小様々な舌打ちが聞こえた。



『なんだよぅ。ノリ悪すぎだぞ。カルシウム足りてないの?』

「お前は毎回面倒ごとしか持ってこないからな」

 俺の口から自分でびっくりするほどげんなりした声が漏れ、だがこいつ、アマテラスシステムはそんなことを意に介さず続ける。


『お? その声はいつき君だね? 久しぶりー』

「さっさと本題に入れ」

『そんな連れないこと言わないでよー。泣いちゃうぞー?』

「おい」

 げんなりを通り越して敵意さえにじみ出た俺の声。それを聞いて向こうも観念したようで。

『……わかった、わかったよ。はいはい、ボクの負けですよ。ん、んん。本題、ね?』


 わざとらしい咳払いの後、こいつはこともなげ、気楽に、気軽に言う。


『この国、そろそろ終わるかもしんない』


 突然告げられた終了宣言の意味を、俺は理解することができなかった。


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