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5.酔いしれなさい

アーサーとレオ。


2人で歩く森の中、突如響いた女性の声。


そして静寂の森の中に、鈍い音が響いた。


 鈍い音がアーサーとレオしかいなかったはずの森に響く。

 レオの目の前にはアーサーがしっかりとその足で大地を踏みしめており、そのアーサーの正面に女性が少し太めの木の枝をその手に握りしめて仰向けに倒れていた。アーサーに殴り掛かったその女性は、見事にアーサーに返り討ちにあった形だ。返り討ちとは言っても、アーサーの剣は鞘に納まったままなのだが。


「あいたたた……さすがに素人の不意打ちなんて通用しないか」


 アーサーを襲撃した女性は何の悪びた様子もなく、その身体を起こす。アーサーは鞘に納まった剣の先を、その女性の眼前に向けている。


「あれ、もしかして怒ってる? ちょっと、悪役っぽく絡んでみたかっただけなんだけど」


「君は何者だ?」


 軽い態度で微かに笑顔すら浮かべる女性とは反対に、アーサーの顔に表情はなく、突如現れた正体不明の女性の動向を見逃すまいと睨みつけている。同様にその女性に相対するレオは、女性を見て心臓が跳ねた。絹のようにさらさらな黒髪は結い上げられ、強気を匂わせる整った顔立ちの中に映える円らな瞳、その風貌にレオは過去に類を見ない程に可愛いなと場違いな感想を抱く。間違いなく、美少女と呼ぶに値する存在だった。


「もう、私が可愛いからって、そんなに見つめないでくれる?」


 一瞬、心の中を見透かされたと思ったレオだったが、それは決して心を見透かされたわけではなく、豊満とは言えないながらも魅力的な膨らみを主張する胸を張ってドヤ顔をする目の前の美少女が、ただ自らの容姿に自信を持っているだけなのだと理解する。


「君は何者だ?」


 アーサーは目の前で冗談か本気かわからない発言をする美少女のその言葉を歯牙にもかけず繰り返した。


「……まぁいいわ、私は日向優姫ひなたゆきこの夢のヒロインにして主人公よ」


 更に訳の分からないことを言い出した美少女にアーサーは困惑していた。しかし、レオはというと、その美少女の言葉をそのままスルーすることなどできずに思わず会話に首を突っ込む。


「お前、今、何て言った?」


 そんなレオを一瞥すると、優姫はレオのマントの下、下半身だけジャージを履いているその姿を訝し気に思いながらも、その問いに答える。


「この夢のヒロインにして主人公、日向優姫様よ。何度も言わせるんじゃないわよモブ男」


「モブ男ってお前っ……いや、今はそんなこといい。お前、この夢ってどういうことだよ?」


「どういうことも何も、夢は夢よ。ここは私のみている夢の中。私はヒロイン、私が最高、私が一番、私は自由!それでそんな私は、みんなに愛され崇められるの! さぁ、私の可愛さに身も心も酔いしれなさいっ!」


「アーサー、どうするこいつ? だいぶぶっ飛んでるけど」


「すまないが、全く理解できない。見る限りレオは少しは彼女に理解があるようだし、相手するのはレオに任せるよ」


 そう言うとアーサーは優姫に敵意がないと判断したのか、近場の木陰に入り、腰を下ろして木の幹にその背を預けた。優姫とのやり取りをレオに任せている間、しばし小休止ということだろう。


「あ、てめぇっ。面倒くさいことは丸投げかよ……まぁいいけどさ」


「モブ男は誰なの? 何でアーサーと仲良そうなのに、私はモブ男のこと知らないの?」


「モブ男じゃねぇ。俺にはちゃんとレオという名前がある」


「いいじゃん、モブ男で。モブオ! よし、覚えた」


「覚えんな」


「で? モブオは誰なの? 何で私の可愛さに隷属しないの? 私の夢なんだからせめてモブは私の言うこと聞きなさいよね」


 ぶっ飛んだ発言は右から左に聞き流し、レオは優姫の先ほどの発言を思い出す。言い方は別にして、優姫の言っていることは、レオの思っていることに似通っていた。

 ここは自分の夢の中。それがやけに引っ掛かる。極めつけは優姫の服装だ。だるだるのスウェット姿。部屋着であることが丸出しのその姿、そして裸足。部屋でリラックスしていた女性が、そのままこの世界に現れたような外見だ。その姿を見れば、顔はすっぴんであるとも思われるが、すっぴんでこの可愛さなのだとすれば、これはある意味脅威だ。優姫のぶっ飛びようも理解できてしまわなくもない。いや、そんなことはどうでもいい。気になることは優姫もこの夢を自分の夢だと思っていること。そして優姫がこの夢の世界の登場人物の1人と考えることには無理がありそうだった。

 普通、夢には見知った顔しか出てこない。しかしレオはこんなに可愛い女性と面識はない。そう考えるとこの夢は、夢じゃない可能性が出てくるということだ。あり得ないことだと思いはしたが、逆にそう考えればこのリアリティ溢れる感覚も、昨晩の激痛の意味も、納得できる。


「落ち着け電波女。順を追って説明してやる」


 自分自身もまた、高速回転し始めた頭を落ち着かせるために経緯を整理しようとするレオ。


「ご主人様に向かって電波女とは随分ねモブオ。でもまぁいいわ。説明してご覧なさい」


「俺は成土玲雄(なるどれお)。アーサーの長年の友人だ。マブダチでズットモだ。で、昨日、この世界に来て、大熊に襲われているところをアーサーに助けてもらった。今はその時に俺が負った傷を治してもらった帰り道だ」


「アーサーの仲間にこんなモブいたっけ?」


「黙って聞け」


「はいはい」


「ただ、俺にとってここは過去の世界らしく、アーサーは俺のことを覚えていない。仲間達も周りにはいない。聞けばアーサーは今17歳。俺がアーサーに初めて出会った時から1年前の世界がここだ」


「ふーん。だからアーサーは私のことも知らなかったのね」


「ん? いや、あとにしよう。で、俺も今の今まで、実を言うとこの世界が自分の夢の世界なんじゃないかって思っていた。俺は日本人だ。お前の様子を見る限り、お前も日本人で、この世界を夢だと思っているわけだろ?」


「え? モブオ、日本人なの?」


「あぁ、がっつり日本人だ。この顔見て日本人じゃないって思える方が不思議だわ。そしてそれは、お前にも言える」


「まぁ確かに……」


「んで、今の会話でほぼ確定だ。俺とお前が同じ夢を見ていない限り、ここは夢じゃなくて、別の世界だ」


「……今流行りの異世界ってやつ?」


「そういうことだ。昨晩俺が大熊に左手を吹っ飛ばされて激痛に苦しんだ理由も、ここが、夢じゃなく、ちゃんとした異世界だからってことだ。それなら、このリアルさも納得だぜ」


 言葉にして、昨晩自身に起こった出来事を思い出し、レオはその身に戦慄が走った。あの時、下手をしていたら死んでいたかもしれないことを今になって思い知ったのだ。


「異世界転移……」


「あぁ。夢だけど、夢じゃなかったってことだな」


「異世界転移……現実……」


「お前もアーサーのこと知ってそうだったけど、お前の話、聞かせてもらっていいか」


 優姫は現状を認識したのか、俯いて身体をわなわなと振るわせている。レオも今の推測が高確率で正しいという確信があった。そして、その事態に驚愕しつつも、すんなりと受け入れているレオがおり、目の前の優姫ほど取り乱してはいなかった。何故ならレオにとってそれは望むところだったからだ。常々飛び込みたいと思っていた夢が、まさか異世界として現実のものとなった。それはとても喜ばしいことだった。

 レオは取り乱す優姫の様子を見ると、心配そうに傍にしゃがみ込む。優姫の顔は真っ赤に染まっていた。


「アーサー……アーサーも……この世界の普通の人……」


「どした? 大丈夫か?」


「私が最高、私が一番」


「あぁ、夢だからそう思ったのかもしれないが、残念ながら、夢じゃなさそうだ」


「私の可愛さに身も心も酔いしれなさい……」


「確かにお前は可愛いよ。でも、まぁ、俺達の身も心も自由だ」


「私、何て恥ずかしいことを――」


「そこかよ」


 優姫を震わせていたのは、ここが異世界ということに衝撃を受けていたのが原因ではなく、夢だと思い込んで醜態を晒してしまったことが原因だった。優姫は自分の犯した過ちに今更気づいたようで、その縮こまった全身から後悔の念が滲み出ている。確かに自分の夢と思えば、自分の本心のままに振る舞える。レオはこの世界の住人に馴染むことがこの夢を楽しために必要と感じて空気を読んでいたが、優姫は空気を読まなかった。それが、レオと優姫の間にある羞恥の差だ。


「忘れなさい」


「いや、あんな登場して、あんなぶっ飛んだこと言った姿はそう簡単には――」


「うるさい黙れ忘れろモブオ!!」


 俯いていた顔が上がり、その瞳には恥ずかしさのあまり涙が滲んでいる。その表情もまた、可愛かった。


「お前、本当、あんな性格じゃなければ可愛いのにガハッ――」


 レオの鳩尾に優姫の拳がめり込み、そのままレオは地面につんのめり身悶える。その姿を見たアーサーが血相を変えて駆け寄る。


「レオに何をする?!」


「だ、大丈夫だ、アーサー、ちょっと機嫌を損ねただけだから。大丈夫、こいつは敵じゃないよ」


 レオのその言葉に、アーサーはその凛々しい表情から敵意を消し去る。その顔に残るのはただのイケメン面だ。

 悶えるレオを放置し優姫は立ち上がると、レオを介抱するアーサーに話しかけた。


「先ほどは取り乱してごめんなさい、アーサー。改めて、私は日向優姫こちらの世界の名乗り方をするならユキ・ヒナタかしら。17歳のあなたなら、私を知らないのも無理はないわ」


「君もレオと同じような名乗り方をするのだね。2人は同郷なのかな?」


「えぇ、まぁ、そんなところよ」


 先ほどまでの電波っぷりはどこへやら。急に落ち着いた女性を演じ始めたユキに対して、レオは溜め息をこぼす。


「ユキ、君も僕のことを知っているようだけど、家に戻ったら、話を聞かせてもらおうか」


「えぇ、喜んで」


 にこやかに笑うユキは、その性格を知らなければ誰もが振り返る美貌の持ち主であることは間違いなかった。スウェット姿という不格好にも関わらず、ユキの周囲に星々が瞬いているような気さえした。

 しかし、レオは忘れない。ユキの黒歴史となる言葉を。そして鳩尾の痛みの復讐をと思い、悪戯心から地面に膝をついたまま、その黒歴史をそっと呟く。


「酔いしれなさいっ」


 ユキにとってちょうどいい高さにあったレオの顔に、ユキの裸足の足がめり込んだ。






夢を自分の世界と思って傍若無人に振る舞うユキ。

でも、普段は当然、そんな振る舞いしていないわけです。

夢の中でも空気を読むレオと、読まなかったユキ。

どっちが普通かといえば……ユキかなぁと思います(笑



ゆっくり進めて参りますので、ゆっくりお付き合いいただければ幸いですm(__)m

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