24.獣人族の少女Ⅳ
「大丈夫かしら……」
ミーシャの散歩に付き合ってみようと夜に集落を抜け出したレオとユキ。その途中、ユキがぼそりと呟いたのをレオは聞き逃さなかった。
「アーサーとティナだぜ? 俺とお前じゃねぇんだから大丈夫だよ」
とは言いながらもレオも少し心配していた。アーサー達が出発してから早3日。
デンゼルの言う『1日もかからない』というのが真実ならばもう帰ってきていてもおかしくはなかったが、未だにアーサー達は帰ってきていない。
アーサー達の身に何かが起こっている可能性は高かったが、命の心配はそこまで必要ないだろうとレオは思っている。そのために、アーサーとティナで行かせたのだから。
アーサーは人族とは言え、獣人に負けず劣らず強かった。
集落に着いてからすぐ、人族をよく思わない獣人族から、親睦の手合わせと言う名の見せしめを申し込まれてそれを返り討ちにした時に、アーサーの強さは証明済だ。
ティナはと言えば、魔法さえ詠唱してしまえば負ける要素は思い当たらない。
だから自分という足手纏いとなる存在がいなければ、2人の命の心配は不要なはずなのだ。
「モブオという足手纏いがいる分、心配するのはむしろこっちということね」
「ぐっ!」
思考を読んだかのようなタイムリーな嫌味に言い返したい想いをグッと堪えてレオは癒しの存在ミーシャを見る。
腕に纏わりついている愛らしい猫的な獣人族は、荒んだレオの心を落ち着けてくれた。
「何でレオとユキは同郷なのにいつもそんなにツンケンしてるんだな?」
「あー違う違う。これが俺とあいつのコミニュケーションってやつだよ」
「ケンカしてるってわけじゃないんだなー?」
「ケンカはしてないわよ、安心してミーシャ」
「ならもう何も言わないんだなー!」
無邪気に笑うミーシャ。
夢で見ていた彼女はいつもパーティのムードメーカーだった。
彼女はいつも元気で、笑顔で。
みんなが彼女に救われていたようにも思えた。
「ミーシャの魅力はこういうとこだよな」
「そうね……見習いたいものだわ」
ユキは普段見せないような顔をしていた。
素直じゃないことをユキは自覚しているようだ。そんなユキをこうして少し素直にさせたのは、アーサーとティナがいない寂しさからか、夜空に瞬く美しい星々の力か、はたまた天真爛漫なミーシャの力なのか。
「……その想いがあるなら、見習えるさ」
「――」
恐らくきっと全部なのだろうと思いながら、レオは月明かりに照らされた山道を踏み進む。
夜の山道も一人で歩けば恐ろしいだけだが、ユキとミーシャと――主にミーシャと歩けば心穏やかな散歩になった。
「なぁミーシャ、散歩ってあとどれくらいなんだ?」
「んー……この速度だと、集落に戻るのは朝になるんだな」
「なっ?!」
何となくで尋ねただけのレオだったが、ミーシャの返答を耳にし、尋ねた自分を褒めたくなった。
夜通し歩くのは勘弁だ。
獣人族の体力、恐るべし。
物足りなさそうな顔をしているミーシャを宥めると、レオ達は集落へと引き返すのだった。
◇◇◇
レオ達が集落に戻ると、夜中にも関わらず広場に人だかりができていた。その中心から頭2つ程飛び出していたのは、アーサーと共にグリスデンに向かっていたはずのデンゼルだ。
アーサー達も戻ってきているのかと人だかりの中に首を突っ込んだレオだったが、そこにアーサー達の姿はない。ベルズの姿もまたなかった。
「なぁ、デンゼルのおっさん。アーサー達は?」
レオの頭を不安がよぎる。
アーサー達に限ってもしものことなど起きない。起こってほしくなかった。
その心のうちが表情に出ていたのだろうか、デンゼルはレオの頭に手を置くと牙が収まりきらない口を大きく緩ませ笑った。
「全然無事無事、大丈夫ってもんよ、黒髪の兄ちゃん。ただ、ちーとばかし厄介な状況ってもんよ」
ここにはデンゼルしかいない。それだけで厄介な状況なのだろうことは容易に想像がつく。問題はその中身だ。
聞けばデンゼルはグリスデン到着後、その外見から街の中には入らなかったそうだ。人々のイメージする恐ろしい獣人の姿をそのまんま体現しているデンゼルの姿は人々に対して混乱を与えかねなかった。グリスデンの守衛でさえも、怯えを隠しきれなかったらしい。
街に入ることをやめたそれはデンゼル自身の判断であり、アーサー達が戻ってくるまでの間は街の外周をぶらぶらしながら待つことにしたとのことだ。
そして1日経っても2日経っても街の外に来ないアーサー達を心配し、街の外からでも見えていた領主の館と思われる大きな屋敷へと外壁沿いに目指していった。
そしてそこで、ティナの風の精霊魔法で言伝を預かり、今に至るというわけだ。
「いやいやいや、その言伝の内容言ってくれよ。それが一番重要だろ」
「おっとすまねぇってもんよ」
ティナの伝言は、獣人族襲撃計画の黒幕の存在についてだった。
連れて行った賊の生き残りはルーデンハイムが首謀者だと言っていたが、どうやらそれは偽りであるらしく、本当の黒幕はグリスデンの領主と懇意にしているという冒険者らしい。冒険者とは言っても、悪事に手を染めているのであれば所謂賊と同じである。領主はその者達に領民達を人質に取られ、脅されているらしい。領内に多数紛れ込んでおり、総人数は不明。
しかし、明日の朝方にでもその者達はこの集落に辿り着くらしい。
表向きはルーデンハイムの賊から領内の獣人族の集落を守るためにグリスデンが雇ったとされる冒険者による調査及び防衛隊。しかし、賊の目的は防衛隊の配備による獣人族の一網打尽だ。つまり、明日この集落を訪れる者達のほとんど全てが賊と思って間違いないだろう。
「それで? 集落に着く前に、何かやるんだろ?」
「さすが赤髪の兄ちゃんの相棒ってもんよ」
「アーサーは大人しそうに見えて熱いやつだからな。このまま何もせず集落に受け入れるわけがねぇ。おっさんがこうして戻ってきてるのもその証拠だ」
「おっと、そう考えると黒髪の兄ちゃんは当たり前のことに気づいただけってもんよ」
「そうだよ、特にキレ者ってわけでもねぇさ俺は。すみませんねー」
自分の無能力さを自嘲しながら、アーサー達の作戦内容に耳を傾ける。
獣人族の集落のために、獣人族の少女のために、眠れぬ夜が始まった。




