23.獣人族の少女Ⅲ
「じゃあ僕らは行くけど、本当に大丈夫かい?」
「男衆の獣人族がこれだけいるんだ。奴らの一網打尽計画が破綻した今、ここの方がよっぽど安全だぜ」
捕まえた冒険者――ミーシャを襲った賊の生き残りから企みを吐かせると、その計画は恐ろしいものだった。
集落全体の信頼を得ることが成功していた場合、賊は力では敵わない集落の面々に毒を盛って獣人族の男衆を殺害し、女衆を捕縛するという計画だった。
計画はすでに破綻しているのだが、黒幕の存在がある。
その黒幕に対抗できる環境を構築せねば、集落に安寧は訪れない。
「心配しなくて大丈夫ってもんよ赤髪の兄ちゃん。俺達の脚なら1日も掛からずにグリスデンに着けるってもんよ」
集落一の巨躯を持つ男が、アーサーの背をパンッと叩く。
グリスデンへの道案内を買って出てくれたこの男はデンゼル。側に静かに立っているのはベルズという、集落でもそれなりの発言権を有する獣人だった。
ミーシャの集落から、アーサーとティナはハイネストで最も西にあたる街『グリスデン』に向かおうとしている。
獣人族が集落を構えているのはハイネスト領内における山間であり、それはルーデンハイムとの国境付近。グリスデンよりも更に西にあたる場所だ。
獣人族はハイネスト領内に集落を構えるにあたってハイネストから承諾を得た過去があるらしい。
ハイネストは高い山々の中に点在する都市を統治する大国であり、都市間の移動は竜によって行われている。
ハイネストの竜騎士団や騎竜商隊はこの世界でも高名であり、竜と心を通わせる者達はとても紳士的であることでも有名だった。
そのため、領内に獣人族が集落を構えようとしたことに対しても特に制約をかけることはしなかったらしい。
亜人戦争以降、行き場をなくした獣人族はこうしてハイネスト領内にその腰を落ち着けるに至ったのだ。
獣人族がハイネスト領内に集落を築こうとしたのも、亜人戦争の際にハイネストの悪名が聞こえてこなかったのも理由の一つだった。
今回の獣人族の集落襲撃計画はルーデンハイムの貴族が黒幕であることが賊によって判明している。
ハイネスト領内において他国が荒事を計画していると知れば勝手をさせまいと国が動いてくれるだろうと判断し、獣人族の集落が含まれる領地管理を行なっているグリスデンへ支援要請を行うことにしたのだ。
支援要請役をアーサーとティナの超人ペアになったのは、道中のリスク回避を一番の目的としたからだった。
「ミーシャ、ユキを頼んだわね」
「任せるんだな! 仲間は死んでも守るのが獣人族なんだな!」
「いや、ミーシャは俺が死なさねぇし」
「にゃふふー! 知ってるんだなぁ!」
レオが命懸けで守ってからと言うもののミーシャはレオにベッタリだ。
レオも猫のように愛らしいミーシャに懐かれるのが嬉しくて堪らずニヤケ顔が止まらない。
ユキはそんなレオを見て溜息をつくだけだった。
「じゃあ行って来るよ。すぐに帰ってくるから」
「おう。頼むな」
「デンゼルさん、ベルズさん、お願いします」
「おうよ! 任されたってもんよ!」
巨躯の獣人デンゼルが大きく息を吸い込むと、その巨躯は獣型へと姿を変える。
その背にアーサーとティナが跨ると、もう一人の獣人ベルズが簀巻きの賊を背負う。
獣人族の中には獣型へと変身できる者がいる。血筋なのか鍛錬の成果なのかはわからない。
彼らによれば、ある日突然、獣化ができると『わかる』ようになるとのことだった。
レオもユキもアーサーから話だけは聞いていたが実物を初めて見た時は興奮冷めやらずだった。
猛スピードで離れていくアーサー達の背を見送りながら、レオはミーシャに尋ねる。
「ミーシャも獣型になれるのか?」
「なれるけどならないんだな!」
「どうしてだ?」
などと聞くのは野暮だった。
先ほどのデンゼルは上半身裸だった。下半身は腰巻きだけ。
獣化することにより肉体が膨張するため、最低限の衣服しか身につけていないのだ。
男性獣人であの服装、それが女性ならつまり――
「見えちゃうからなんだな!」
(ですよねー)
自分で聞いておきながら、清々しい程の勢いで答えるミーシャの純粋無垢な顔をレオは直視することが出来なかった。視線を斜め下に逸らすと、ミーシャの豊かな双丘が目に入る。
ミーシャはユキと同じくらい小柄だが、その胸は明らかにミーシャに軍配が上がる。
その弾力をレオはミーシャが抱きついてくる度に感じていた。
獣人族とは言っても、ミーシャは人族に近い。中には全身獣毛で覆われている獣人もいれば、人族のように体毛が目立たない様相の者もいる。ミーシャは明らかに後者であり、頭にピョコンと生える猫耳とフリフリ揺れる尻尾が目立つだけだった。
(猫耳美乳美少女とか……二次元の夢を詰め込んだ獣人そのものだぜ。それに比べて高飛車微乳美少女か……)
そう思いながらミーシャとユキの二人を交互に見ていると、背筋が凍る程の怖気がレオを襲った。
「何ジロジロと見てんのよ? その目、潰すわよ?」
今まさにレオの目に指を突き刺そうとせんばかりの殺気に、ビビりなレオは身が縮こまる。
レオは空気を読むのに長けている自負があった。
こういう時は素直に謝るに越したことはない。
謝ってしまえば、この怖気は消えるはずなのだ――。
「胸を見比べてすみませんでした」
「っ!!」
斜め四十五度の美しいお辞儀。
このお辞儀を見て毒気を抜けぬわけがない。
(ふっ……完璧だぜ)
しかし、それは逆効果だった――。
「死ね!」
「ぎゃああああああああ!!」
突き上げる目潰しに悶えるレオの声が、穏やかな昼間の森に響き渡ったのだった。




