19.効果測定、結果、俺TUEEEE?!
『……るな』
遠くで声が聞こえる。その声は低く、重く、聞き取りづらかった。
『邪魔をするな』
(邪魔? 何の? っていうか誰よあんた?)
『貴様はアレを得るための、ただのエサなのだから』
(何を言っているのか理解できないわ)
重低音の声は、そこで聞こえなくなった。
◇◇◇
「気づいたか」
ゆっくりと目を開けるユキの耳に、レオの声と思われるレオには不釣り合いな優しい声が響く。しかしユキの目の前にいるのは間違いなくレオであり、その優しい響きにユキは少し戸惑いを覚えたようだった。
「モブオ、あんた、大丈夫なの?」
「おかげさまで、何ともねぇよ。お前が助けてくれたんだろ? サンキューな」
「ふん、ヒロインの私にかかればあんたを助けるくらいなんてことないわ」
「本当なら俺がお前を助けなくちゃいけなかったのにな」
「全くよ、私の手を煩わせるなんて下僕失格よ」
「はいはい、すみませんでした」
レオも頑張りはしたのだ。大トカゲの一体は確かにその手で屠った。しかし、そこで油断してしまった。初の勝利に酔いしれ、今回の事態を招いてしまったのだ。
口調は軽いものの、レオはひどく反省しているように見え、ユキはこれ以上の言及をやめた。身体を起こして辺りを見渡すと、焚火を挟んで座っているアーサーとティナも心配そうにユキを見ている。
「聞きたいこと、ありそうね」
「あるけど身体は大丈夫? 気分悪いなら今じゃなくても平気なことよ」
「大丈夫、少し怠くて頭が重いけど、気分が悪いまではいかないわ」
「意識喪失の症状ね。辛くなったら言ってね」
意識喪失、それは魔力を使い過ぎることによる疲労症状のようだ。特段、命の危険があるわけではないため、ユキはティナに話を続けるように促す。そしてティナは光の粒子に包まれていたことと、ユキの使った魔法について疑問を呈した。光の粒子に包まれていたことについては、ユキ自身はレオから聞いたことしか知らないために、レオが説明をすることとなる。
「何故かわからねぇけど、ユキの生命維持に支障をきたす攻撃がされた時、その攻撃をしたものが消滅して、ユキの身体は傷一つない状態に戻る。でも、それが毎回続くとは限らないから、俺は二度とそんな状況にはしたくなかったんだが……今回、2回目になっちまった」
「そんなことあり得るの? 神の奇跡としか言えないじゃないそれ」
「あり得るんだろうな。俺は実際、2回、目の前で見ている。ただ、どういう理屈でそうなっているのかさっぱりわかんねぇ。本当に神の奇跡だと俺は思っている。……試そうとか、しないでくれよ?」
「するわけないじゃないバカ。」
「1回目っていうのは、もしかして僕の家の裏で狼が出たっていう時かな?」
「あぁ、そうだよ」
「そうか……気づいてあげられなくてすまない」
「気にしないで。あの時、黙っていようとしたのは私だから」
落ち込む必要のないところで気を遣って落ち込むアーサー。優しすぎる彼に真実を詳らかにすることは酷なことなのかもしれない。
「光の粒子は結局何なのかわからない、ということはわかったわ。次はユキの魔法のこと、教えてくれる?」
アーサーの落ち込みを意に介す様子もなく、ティナの興味はユキの魔法へと注がれる。その好奇心に応えるべく、しかし、ユキは淡々と答えた。
「ティナに教えてもらったことをやっただけよ。イメージして、自分の魔力でそれを吐き出そうとしただけ」
「……簡単に言ってくれるわね」
あっけらかんと、言われたことを実践しただけだと言うユキにティナは呆れているようだ。それもそうだ。ティナの話からすると天才的な魔法の才能がないとそんなに簡単にはできないようなことなのだから。そのティナの反応を見て、責められていると感じたのかユキは懸命に訴える。
「だって! 本当そうしただけよ?!」
「あぁごめんなさい、決して責めているわけじゃないの。それをすぐに出来るってとても凄いことだから驚いただけよ。……イメージの内容、教えてくれる?」
そのティナの問いに、ユキは一瞬躊躇した。
「……モブオ、耳を塞ぎなさい」
「なんでだよ、いいじゃねぇか。治してもらってわがまま言うのもなんだが、聞かせてくれ」
ユキは軽く舌打ちをし、ゆっくりと話し始める。
「モブオって怪我するのいっつも右腕でしょ? 右腕に執着する死神でもいるのかと思って、二度と持っていかれないように絶対怪我しない腕をイメージしたの。それだけよ」
ユキの答えを聞き、レオはユキが耳を塞げと言ったことと舌打ちしたことの意味を理解する。死神とか、口に出すのは恥ずかしかろう。そんな場面をレオに見られるのが嫌だったのだ。
しかしレオも敢えて突っ込まない。それが紳士というものだ。
「じゃあ俺の右腕は、こう見えて最強の左腕なのか?」
レオは自らの以前と何も変わらない右腕を見つめる。
「それはわからないわ。壊れないようにイメージしただけで、最強ってわけじゃ――」
「レオ、試してみるかい?」
ユキが言い終える前にアーサーが提案をする。男たるもの『最強』という言葉に疼くものがあるのだろう。それはもちろん、レオも同じだった。
「さすがアーサー、話が早いな」
立ち上がり、焚火から少し離れたところへ移動するレオとアーサー。その様子にティナが溜め息をつく。
「怪我した時、治すの私よ? 私の許可をとりなさい」
「ティナ、頼む。ユキの魔法の効果、見たいだろ?」
「……わかったわよ」
結局みんな、興味津々だった。
「思いっきり蹴るよ? 覚悟はいいかい?」
アーサーが屈伸をしながらレオに宣言をする。剣を使うのはさすがに不安だったのか、アーサーの長いスラッとした美脚でもって右腕粉砕を図ることにしたようだ。
「俺はそれを右腕で防げばよし、と。オーケー、こちとら散々右腕ふっ飛んでんだ。蹴られるくらいの痛み、どうってことねぇよ。いつでもいいぞ。」
レオは地に足をしっかりとつけ、右腕を構える。その様子を見届け、アーサーは息を静かに吐く。
「……いくよ」
刹那、風を切る音が耳に届く。同時に弾けるような破裂音が響き、衝撃が右腕を貫く。痛みはなかった――が、アーサーの蹴りの威力にレオの身体が浮き上がる。
「「えっ?」」
レオとアーサー、2人が状況を把握した時には、すでに避けられない未来が見えていた。アーサーの蹴りの衝撃はレオの身体を地面から引き剥がし、見事に吹き飛ばしたのだ。そして、響く鈍い音。
「ぶえっ!!」
「レオ?!」
木に左半身を叩きつけられカエルが潰されたような呻き声をあげるレオ。
思わぬ結末に焦るアーサー。
「もう……バカじゃないの」
ユキの魔法でもし右腕が強化されていたとしても、それ以外は今までと同じただのレオなのだ。右腕以外に衝撃を受ければ、当然、致命傷にはならずともレオなら怪我をするだろう。アーサーの蹴りの威力とレオの踏ん張る力、お互いをそれぞれ見誤った2人のバカらしい漫才に、ティナもユキも呆れを通り越して笑みをこぼす。
「い、いや、笑ってないで! は、早く、治癒を! ティナ様!」
「はいはい」
木の根元で悶え、助けを呼ぶレオに向かって呆れ顔で歩き始めるティナ。
ユキの魔法の効果測定、その結果は如何に?
◇◇◇
「ふぅ~びびった。アーサー、お前、蹴りの威力強すぎだバカ」
ティナの治癒魔法を受け、レオは地面に横になりながらアーサーに悪態を吐く。合意の上での本気の蹴りを罵倒されたアーサーも、そのレオの発言に眉をひそめる。
「思いっきり蹴るよって言ったじゃないか。レオがちゃんと堪えてくれないからだよ」
「おまっ、俺の弱さをもっと認識しろよな」
「そうだったね、ごめん」
「そこは謝るな! 惨めになる!」
じゃあどうしろと、と言わんばかりの3人の呆れた視線がレオを刺す。
「もう……面倒くさいなレオは」
「そうそう、そういう本音が欲しい」
「なにそれ、モブオはMなの?」
「絶対に僕のこと好きだよね?」
「違うわっ! 余計な気遣いは無用ってことだよ」
ティナの気遣いである治癒魔法を受けながら言うその言葉に説得力はない。ティナの物言いたげな視線に気づき、そこでレオは自らの発言を補足する。
「もちろん、ティナ様のこの治癒魔法は『余計』じゃありませんよ?」
「はいはい、大丈夫、わかってるわよ」
苦笑いの中にも優しさを見せるティナにレオは危うく胸がトキメキそうだったが、何とか意識を別の方向へ向けようと先ほどの効果測定で最も重要なことを3人に向かって告げた。
「ちなみに、右腕は何ともねぇよ。ユキの魔法はちゃんと成功していたみたいだな」
「確かに骨折、打撲しているのも叩きつけられた左半身だけだわ」
「でもまさかこんな結末になるなんて……とことんモブオね、使えない」
「んぐっ?! 今はまだな! 足腰鍛えて最強の盾になってやるよ!」
「ふん、本当かしら」
「でも、これでレオが少し戦力になるっていうのは本当だね」
「これでっていうなこれでって」
「次の訓練からは、右腕を活かした戦い方を考えようか」
最早アーサーもレオの絡みにいちいち反応はしない。
「でもさ、俺が怪我する度にユキに治してもらってたら、俺、マジで最強になれるんじゃね?」
その言葉にティナは大きく溜息を吐き、ユキの冷たい視線は一層鋭くなる。
「毎回致命傷レベルのダメージを負って肉体を復元してもらうの? ユキが失敗したら死ぬわよ?」
「他力本願で強くなろうとするなんて甘いわよ、モブオ」
「……ごもっともです」
2人の指摘にレオは返す言葉もない。
レオが思い描いた俺TUEEEEの日々は、やはりそう簡単には来ないようだった。
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