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9.別れの喪失感は、大切に想った証

 ◆◆◆




 遠くで泣き崩れる女性の声がする。

 17年間、育ててくれたお母さんの声だ。


 遠くで優しく宥めるような男性の声がする。

 17年間、育ててくれたお父さんの声だ。


 どうして泣いているの?

 声を出そうにも出ない声。


 どうして真っ暗なの?

 目を開こうにも開かない瞼。


 どうして動けないの?

 力を込めようにも微動だにしない身体。


 自分は何故、こんな状態なのだろう。

 自分はこうして意識を取り戻す前、何をしていただろう。


 ……思い出せない。


 私、死んだの?


 でも、かすかに聞こえてくるお母さんとお父さんの声からは、自分はまだ、そうはなっていないということが何となくわかった。


 かすかに聞こえていたお母さんとお父さんの声が遠のいていく。そして全く聞き覚えのない男性と女性の声と思われるものに変わった。その声には、憐憫の音が含まれているようだった。少し経つと、その声もまた、聞こえなくなった。


 静寂の中、その空気を壊さぬようにひっそりと存在感を醸し出すのはモーターが回っているかのような微かな機械音。

 ずっと、ずっと、その音だけが聞こえていた。




 ◆◆◆




「……さっきの方が、夢なのよね」


 ホッと安堵の息と共に溢れる声を聞きつけ、レオは身をよじる。微睡みの中、ゆっくりと目を開くと頭上に広がる大森林の木々の隙間から陽光が差し込んでくるのが瞳に映る。視界を巡らすと、半身を起こし、その瞳に涙を浮かべた美少女がレオを見下ろしていた。


「もう起きてんのか……って、泣いてんのか?」

「違うわよ。ただ欠伸しただけ」

「あれだけ野宿カモン的な威勢のいいこと言って、実は一睡もできませんでしたとか?」

「寝言は寝ていいなさい、ちゃんと寝れたわよ」

「へいへい、そうですか」


 レオもその身を起こして伸びをする。寝ている間に焚火の火が消えているかと思いきや、昨日かき集めた以上の薪がくべられており、未だのその火はその火力を維持できていた。視線を隣に移せば、すぐ傍には赤髪のイケメンアーサーの健やかな寝顔があった。


「寝顔もイケメンとかマジでズルいよなこいつ」


 ていっていっと指先でアーサーの頬を突くレオを見て、呆れたようにユキは溜め息を吐く。


「寝かせてあげなさい。見知らぬ来訪者が2人も押し寄せてくるわ、決めかねていた旅の決断を突然迫られるわで、疲れているでしょうから」


「お前、本当アーサーには優しいよな」

「当然でしょ。2年間も一緒にいたんだから」

「見守っていた、だろ」


 ユキの発言を訂正しながら、レオは少しだけ優越感に浸る。ユキは今、2年間と言った。レオは6年間である。時の長さが友愛の深さと紐づけるのは間違っているが、それでもユキよりもアーサーとの付き合いが長いというのは嬉しかった。そのレオの喜びが顔に出ていたのか、ユキが険しい表情でレオを睨む。


「勘違いで優越感に浸るのは構わないけど、そのだらしない顔はティナ達には見せられないわね」

「何が勘違いなんだよ?」

「……別に。深い意味はないわ。早くそのだらしないにやけ面をやめなさい」


 一拍の間を置いておきながら深い意味はないというのは些か無理があるのではないかと思いながらも、ユキがその真意を教えてくれるような気もしない。レオは追及することはやめ、立ち上がって慣れない野宿に硬くなった身体を動かし始める。その地面を踏みしめる物音にはさすがにアーサーも気がついたらしく、目を覚ました。


「起きたか」

「おはよう。2人とも、早いね……」


 寝惚け眼のアーサーは昼間の時と違い、だいぶ幼く見えた。実際まだ17歳である彼を想えば、そのわずかに残る幼さが垣間見える方がむしろ普通である。

 落ち着いた雰囲気に大人びた振る舞いをするアーサーにその年齢を忘れさせられてしまうが、もしかしたら、普段の姿のアーサーは気を張っているだけなのかもしれない。もしそうだとしたら、アーサーにはもっと肩の力を抜かせられるようにしてあげたい。それが年上として、レオがアーサーにしてあげられそうな唯一のことだった。


「何ならまだ寝てていいぞ。多分、日が昇ったばっかりだからだいぶ早い時間だろうしな」

「いや、大丈夫だよ、ありがとう」

「おはようアーサー、よく眠れた?」

「そうだね、君達よりも遅く起きた、ということはよく眠れていたということなんだと思う」


 昨日、レオ達はアーサーの家を出てから集落に赴き装備を整えた。そして、アーサーの育ての親達との別れに対面した。集落の人達の多くは人族以外の種族のハーフやクォーターと聞いており、人族に苦手意識を持っていることも事前に聞いていた。

 しかし、その場の光景は人族との間にある壁など全く感じさせないほどに、とても胸の熱くなる光景だった。

 一人ひとりと言葉を交わし、抱擁を交わし、涙を流され、アーサーがどれだけ愛されていたのかが、とてもよくわかった。見送られるアーサーも、その目には涙を浮かべていたがレオもユキもそのことを茶化すことなどできるわけがない。その別れの場面に、レオ達が首を突っ込める余地などない、突っ込んではいけないのだ。

 この貴さはアーサーと集落の人達が積み上げてきたもの。その光景の感動の恩恵を受けられるだけ幸せであり、その中に自分達が混じりこむなどという無粋なことは、レオもユキもしたくなかった。

 アーサーも昨晩はきっと思うところがあったのだろう。レオとユキが寝入ったと思ったアーサーは一人、森の中へと入ってしばらく帰ってこなかった。レオ達よりも遅く起きたのは、きっと帰ってきたのがだいぶ遅かったからだ。目元が腫れているのは、触れてやらないことにする。


「辛かったら、言えよな」


 何が、とは言わない。レオはアーサーの生き様を見てきてアーサーがどれだけ仲間想いの人間なのかを知っている。

 想いが強ければ強いほど、喪失感は大きい。

 集落のみんなとの別れが永遠の別れではないにしろ、喪失感はあるはずだった。それを懸命に見せようとしないアーサーに、できる限り寄り添えればとレオは思ったのだ。ただ、直接的な言葉でアーサーのそのプライドを傷つけることもしたくない。だから伝わるか伝わらないかは別にして、何が、とは言わなかった。

 真意は伝わらなくても構わない。ただ、自分がアーサーを案じている存在として、傍にいることだけを伝えられればよかった。


「……ありがとう。辛い時は、レオの胸を借りることにするよ」

「貸さねぇよ、俺の胸は可愛い女の子専用だ、お前はお前専用の胸を見つけろ」

「なんだ、つれないじゃないか」

「肩と背中だったら、いつでも貸してやる。隣で支えてやるし、お前の背中、預けられてやってもいい」

「ふふっ、じゃあ背中を預けられるほど、強くなってもらわないとね」

「んぐっ……! あぁ、なってやるよ。どれだけ時間がかかるかわからねぇけどな」

「はいはい、仲のよさを見せつけるのはいいけど、みんな起きたんだから、朝ご飯食べて早く出発しましょ」


 アーサーとレオのやり取りを黙って聞いていたユキも、程よい頃合いを見計らって手を叩いて出発を促す。昨日は確かに集落を出たあと、大した距離を進んでいない。別にこの旅に時間制限があるわけではないが、一旦目的地もはっきりしているわけであり、その目的地に早く到着したい想いからも、ユキのその言葉にアーサーもレオも身体を動かす。

 ひとまず、初めての野宿は、無事に終わったのだった。






ここまでお読みいただきありがとうございます。


ユキの夢。それは、夢なのか、現実なのか。

それはまだ、もう少し先のお話。


ゆっくり進めて参りますので、ゆっくりお付き合いいただければ幸いですm(__)m

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