プロローグ
「ちょっとっ! 近寄りすぎよっ!」
「何を言う。お前さんが勝手に傍にいるのではないか」
「私はアーサーの傍にいるのっ! あなたの傍じゃないのっ!」
また始まった。
アーサーと呼ばれた赤髪の青年はいつものように2人の間でどう仲裁しようかとわたわたとしている。
「ワシはただ歩いておるだけではないか! キャンキャンうるさいぞ小娘が!」
「小娘っ?! 残念ながら私はあなたよりは年上よっ! って女性にこんなこと言わせるなんて本当さいってーっ!」
「ほーほー、そりゃすまんかったわい。小娘じゃなくて生娘じゃったな」
「き、きむすっ……?!」
女性が口ごもったタイミングに今だと察したアーサーが口を挟んだ。
「ドラン、言い過ぎだよ、さすがにティナは生娘じゃないでしょ。それにもし生娘でも、何も悪いことじゃない」
「ほーほー、お主には小娘が生娘には見えないと、そう言うことじゃな」
アーサーの言葉にティナという細身の女性は切れ長の目を大きく見開いていた。そしてドランと呼ばれた男の言葉を聞くや否や透き通るような白い肌を真っ赤に染め上げ、陽の光に輝く白金色の髪を大きく揺らす。美しい容姿に長く尖ったその耳は森の妖精と言われるエルフの証だ。
「アァァァサァァァ?!」
ティナの怒りの豹変ぶりに、失言した自身に気づくアーサーだが時すでに遅し。言い訳の余地を探しながらティナの鬼気をその一身に浴びている。
「いや、あ、別にそういうわけじゃなくて、人生経験の長さ的な話で」
「これだけ年増なら経験してて当然だと、そういうわけじゃな、ふむふむ」
背丈は低く、茶褐色の肌にずんぐりむっくりな身体、口元に蓄えた立派な髭を撫でながらアーサーの発言内容を利用してティナを挑発して笑うドラン。特徴的な丸いフォルムの体躯から彼が大地の妖精と言われるドワーフ族であることがわかる。ドランのその言葉にティナの憤怒は熱傷しそうなほどに圧力を増す。
「ドラン……本当もう僕が怒られるだけだから勘弁して」
「一番の原因はそもそもお主な気がするがな」
「そーだなー! アタシもアーサーが悪いと思うんだな!」
「ミーシャまで……でも、そうだね」
キャッキャと喜んでいるのか茶化しているのか何なのか。小柄な身体ながらも豊満な双丘を揺らし、猫なのか犬なのか定かでない耳をヒョコヒョコさせながら笑うミーシャは獣人の女性だ。
「ティナ、ごめん」
「ふんっ! 何が悪いかわかってないのに謝らないでくれる?」
「僕がティナを生娘じゃな――」
「アーサー!!」
ティナは両手でパンッとアーサーの顔を挟み込んでその先の言葉を言わせない。
「わかってるならいいの! わかった上で謝ってるってわかったから、その先は何も言わないでいいの! わかった?!」
「わ、わひゃった、わひゃりみゃした、ごみぇんなしゃい」
「よろしい」
挟まれたまま散々グリグリされた後、アーサーは怒れる女神の拘束からようやく自由になる。周りを見れば街人がアーサー達を遠目に見ていた。人族にエルフ族、ドワーフ族、獣人の組み合わせ。様々な種族がいるこの世界でも、こうして多種族が集まっていることは珍しい。そしてそんな面々が街中で騒いでいれば人目も浴びると言うものだ。
いや、騒いでいたことは関係ないかもしれない。この街は陽が沈んでも一日中賑やかな街、バイカル。この大陸を治める五大国家の1つ、サザンクロスの王都だ。たかだか数人のやり取りに注目するような閑静な都ではない。
そんな賑やかな街の注目を浴びる理由はやはり、このパーティが多種族であること。
エルフ族もドワーフ族も獣人族も基本的に人族を毛嫌いしている。人族もまた、語り継がれた負の歴史によって、他種族への抵抗感があった。また、エルフ族とドワーフ族も仲が悪いことで有名だ。獣人族はというと、人族以外の他種族との溝の捉え方は人それぞれというところ。そんな種族達が一堂に会して共に旅をしている。その姿は街人にとっては滅多に見ることができない光景だ。
「『よろしい』とは、これまたエルフ様は上から目線で何よりですな」
「なによっ?!」
2人のいざこざはいつもほんの些細なことから始まっている。しかしもちろん本気で嫌い合っているわけではない。本気で嫌い合っていては、旅などしてはいられない。要はお互い、素直にじゃれ合えないのだ。
「ほんと仲いーと思うんだなー! ティナとドラン!」
「なぬ?! ワシが何でこんな高飛車エルフと?!」
「はぁ?! 私が何でこんなガサツドワーフと?!」
「ほーらねー! 息ピッタリだと思うんだなー! にゃははっ!」
互いを親の仇と言わんばかりに睨み合う2人を余所に、ミーシャはアーサーの腕を組む。
「ミーシャ、あた、当たってるっ」
「当たってるとは違うと思うんだなー当ててるんだなー!」
「アーサー、お主も罪な男よのぉ。両手に華ではないか。果たしてどちらを枯らすことになるのやら……」
「私はずっと枯れないわよ!」
ミーシャに負けじとアーサーに腕組みし、ミーシャに牽制するような視線を向ける。そんな空気を気にも留めずにミーシャはティナに笑顔を向けた。
「ティナもドランも、もちろんアーサーも、アタシはみんながだーい好きなんだな! だからティナもドランも、そんなにツンケンしないでほしいんだな!」
いつもは笑って見ているだけのミーシャが不意に発した無邪気なその言葉に、ティナも自然と頰が緩む。ドランもひと息つくと、立派なあご髭をその手で撫で下ろす。
「ツンケンなどしておらぬよ。旅の間、ずっと共におるのだ。ティナの良いところも知っておる。だからこれは、愛情表現というやつじゃ」
「どしたのやめてよ気持ち悪い。……でもまぁ、強ち間違いではないかな」
「おや、珍しいのぉ。やけに素直ではないか。熱でもあるのか?」
「お互い様でしょ。こんな無邪気な笑顔見せられて、意地を張るのも大人げないだけだわ」
「確かにのぅ」
アーサーは思う。喧嘩するほど仲がいいというのは、こういうことなのだと。そしてそんな仲間達の中に、自分がいることの幸せを噛みしめる。人族が毛嫌いされていようが、種族間の不和があろうが、今ここにいる仲間達は、そんな長年の壁に阻まれることなく、ここにいる。自分の夢みる世界の縮図がここにある。この世界を、この幸せを、みんなに見てもらいたい、知ってもらいたい。
それが、彼、赤髪の青年アーサーの夢だった。
そして彼は仲間全員の顔を見つめ、いつものように呟くのだった。
「ティナ、ドラン、ミーシャ、それに【 】、【 】、いつもありがとう」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
更新頻度はどうなるか未定ですが、じっくり書いていけたらと思います。
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筆の進みがよくなるかと思われます!多分!
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