魔人の産声3
男の首は見事に捻れ、明後日の方角へと向いていた。
殺してしまった、その事実は特段木原の精神状態へ影響は少なかったが、まさか力半分でこの様な結果になってしまったことが何よりの驚きをもたらしていた。
「思った以上の力がこの体にはあるのか?」
己の拳を見つめながらそう言うと、残された男達にどよめきが走った。恐怖、動揺、怒りさまざまな感情がそこには溢れ、男達はそれを誤魔化すように武器を掲げ雄叫びをあげた。
「「おりゃあぁぉぁああ!!!!」」
怒号が響くと一斉に大地をかけ上がる。
「……。容赦はしないと言ったんだけどな」
木原の心は平坦、恐怖という感状は伏せたまま。むしろ、この体を試したいという欲求だけが僅かに走るのみ。
「死んで償えよ、馬鹿ども」
木原もまた駆け出した。
今度は全身の筋肉を脈動させるように体に力を込めた。
木原が蹴った大地は草事めくれ、土が舞い上がった。
その異常なまでの前進で、男達の眼前へと繰り出すと、それぞれの体へと拳、蹴りを打ち込んでいく。
一人一撃の流れであったが、それを賊が止めることは叶わず、あまりに遅い反応に木原も鼻で笑いながら賊を打尽した。
時間にして一分にも満たない攻防は終わり、月明かりの大地に立つのは木原と神官服の少女を残すのみとなった。
「ふぅ……終わったか。君は……平気なのかな?」
息を吐き出しつつ、少女へと木原は視線を向けた。
赤い眼光を少女は認識すると、少女は全身に汗を浮かばせた。
「あ、貴方は魔人……様なのですね。この聖剣が狙いなのですか?」
「ん?魔人とは何だか知らないが……剣なら欲しくはないぞ。お前を助けてくれと神官の御仁に頼まれたからな」
木原はそう言い、指に着けた銀色の指輪を見せた。
すると、少女は瞳を見開いた。
「え!?そうなのですね……ありがとうございます。でも神官様は私を庇って賊に打たれたはず。今神官様は!?」
その問いに木原は静かに首をふった。
「おそらくは事切れる寸前に気力を振り絞ったのであろう。私にこの指輪を託し、聖剣の巫女を助けるように依頼された。残念だが、神官の御仁を助ける事は私には叶わなかった。……すまないな」
少女は静かに言葉を耳にし、そして碧眼の美しい瞳より一筋の涙を流した。
「いえ……、とんでもありません。貴方がいなければ私の命もなかっでしょう。神官様の頼み……そして私の命を救って頂きありがとうございます」
それでも少女は毅然に振る舞わんと涙を裾で拭った。
瞳は真っ直ぐ木原へと向けて。
「……強い人ですね」
木原は自然とそんな感想を口にした。頭に過ったのは己の母が病に倒れ亡くなったときのこと、あの時憔悴した自分が周りにかけた迷惑は今でも払拭したい記憶として木原の心へと残っている。
「それもあの神官様がいたからです。……神官様は身寄りのない私を強く大事に育ててくれましたから」
年相応とは思えない気丈な精神を彼女は見せた、瞳の辺りは赤く滲んでいるものの、彼女ならこの先も何とかなりそうだと木原は思う。
「うむ、それなら神官様も安心だーーーー!?」
木原が言葉をいい終えんとした瞬間、大地が大きく揺れた。
その震源、揺れの覚えた方角へと木原は顔を向けると、そこにはおぞましいほど膨張を始めた十三の賊の体があった。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!!!!」
「あがぎぐげご!!」
「っっっがそぉおおおおお!!!!」
「びゃぁあああ!!!!」
それは人の声からは逸脱した奇声であり、常軌を逸した何かが始まっていた。
「む、一体これはなんなのだ?」
「わ、私にも分かりません!」
服が破れ膨張した肉が露出する、それらは意思を持ったように蠢き十三の膨張は一つの塊へとなるべく集合し混ざりあった。
「う、酷い……」
吐き気すら覚える醜悪さに少女は目を伏せる。
肉は混ざりあうと奇声は止み、そして新たな形が産み出された。
四足歩行に短い尻尾、その胴体は肌色の脂肪に覆われ大の大人すら小人に見える程の巨体、顔は人の名残が微かにみてとれるが、その鼻は大きく潰れ、口元は耳の下まで開いている、そこから覗ける牙は恐ろしく鋭利、だらしなくもよだれが大地へ垂れていた。
「豚の怪物みたいだなーー、こうもでかいと可愛げは全くないが」
それを見上げるように木原は言うと嘆息が漏れた、恐怖心はないが、大きな面倒事ができてしまったのを嘆く。
「ま、魔人様……逃げましょう!あ、あれからは邪悪で強大な魔力を感じます」
「……、奴等の狙いは聖剣なのだろう?ならば、ここで仕留めねば始末が悪いぞ。幸い俺も本気でこの体を試したいと思っていたところだしな」
声を震わせる少女をなだめるように、優しい声音で話し掛ける。木原の戦意は既に高まっており、その拳を下げることは出来なかった。
気迫のこもった深紅の眼に少女は息をのみ、それが止められたものではないと悟る。邪魔にならぬように数歩引き下がった。
巨体の怪物が大きく鼻息を吐き出す、大きな瞳は理性を宿し木原の赤い眼へと視線を飛ばしていた。
「ブハハ!!ファング様の奇跡により我々は復活した!!みろこの禍々しい肉体を!!我らはより魔界の上級貴族に足り得る風格を手にしたのだ!この体、この魔力、先ほどとは何倍と違うぞ!」
野太い声で木原に吠える、空気が振動し大地が揺れた。
「そうみたいだな。何となくだがお前から感じる恐怖が僅かに上がっている、ここで貴様を倒せば俺の力もだいぶ保証されることにもなるし……付き合ってもらうぞ」
「ほざけ魔族!ここで喰らってやるわ!!武術『疾風突』!!」
跳ねるように大地を駆ける、その動作は曲刀の男が見せたものと統一であった。しかし、その速さは木原の想像の上をいくものであった。
ーー速い!それにこの巨体避けるのは至難か!ーー
その場より飛び去ると、腕を構え防御の姿勢をとる。
案の定、その巨体の端に木原の肉体が捉えられダメージが重くのし掛かる。
「ぐっ!!」
くぐもった声が漏れる、木原はこの世界に来て初めて痛みというものを体感した。激痛ではないが、軽傷とは違う、痺れるような鈍痛を感じながら木原は衝撃に体を後ろへと飛ばした。
着地は問題なく、地面を両足で捉えると体制と息を整えた。
「やってくれたな、次はこっちの番だ!」
突撃の着地をしたばかりの怪物へ木原は駆けた、風を切り厚い脂肪の真横へ着けると、木原は腰をおとし全身全霊の力を持ってして右の拳を脂肪の中心へと送り込んだ。