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魔人の産声2

 神官服の男はそう告げると、口から血を吐き出した。

 大きく咳き込む度に吐血を繰り返す、力弱く震える腕を木原へと向けた、それは希望にすがるようにも見える。


「私は……助かりません……ですが」


 その手には銀色に輝く指輪が握られていた、指輪には剣を象った装飾が施され、その美しい造形に木原の目が奪われた。


「この指輪が……聖剣の在りかを示し……ます」


 神官の男は己の手を差し出した、震える手先に付いた指輪は銀の剣を象った造形をしていた。


 どうか……頼みます……


 男は声を出さず口だけをそう動かした。


 そして、男は咳き込むと眠るように息を引き取った。


「……。死んだのか」


 目の前で一人の命がなくなった。その実感はイマイチ薄いもの、どうも心の在り方も僅かに生前とは違うかも知れないと木原は感じた。


「たまたまこの教会の前で目覚めたのも何かの運命なのかもな、……この人の最後の想いを聞くことになるとは」


 木原は静かに男の手から指輪を受け取った、そしてそれを眺めながら考える、賊に襲われている人がいる……それを助けることが果たして叶うのか?


 木原としては、偶然にも話を聞いてしまったが、この緊急事態を投げ出しても何ら問題はない。だが、今自分以外にその賊を止めることが叶う人がいるのだろうか、地理もわからず、頼る人もいない、故に自分以外にこの事情を引き継ぐこともできないのだ。


「うむ……、さてどうしたものか」


 問題は山積み、己の体の事、賊の強さ、そして男が口にした魔力というキーワード、必然的に魔法が有り得る世界なのだろうと予測できる。それに対する知識は皆無つまりは全て出たとこ勝負というわけだ。


 迷いはある、だがーー。


「く、後味も悪いしーー、仕方がないやるだけやってみるか」



 荒事など未経験だが、今のこの体からは十分な力を感じられる、少なくとも筋肉のつきかたや体格の良さは生前より遥かにグレードアップしている。それらが起因して木原の背を押していた。


 後は下半身を隠せる物はないかと辺りを伺うと、全身を覆い被せられる程の大きなローブが一枚壁に掛けられていた。それを手に取り木原は腰へと巻き付ける。


「……。風呂上がりのおっさんみたいになっちまったが、駄賃としてもらい受けるぞ」


 そして、木原は教会の外へ足を運び剣の指輪を手にはめた。


「どうすればいいんだ?」


 思案しながら指輪へと意識を向ける。

 すると指輪が発光を始めた。


「な!勝手に光始めた、一体どうなっている!?」


 木原が驚くのも束の間、光は大きくなり木原の体全体を包み込むと光の脈動を持ってして木原の肉体はその場より消えた。



 光の中へ意識が落ち、視界一杯の閃光が広がる。体感時間にすれば些細な時であるものの、光が晴れてなくなると少女の顔が瞳に写った。


 金色の髪、青い瞳、華奢な体躯、そして胸に掲げた一本の長刀、それらが示すところ、男の言う賊に追われた巫女なのは明白であった。


 そして、少女に迫る影が写る。

 血痕の染みた衣服に曲刀を握った男、獲物を前にした狩人の様に眼光をギラつかせ、曲刀を少女の首元目掛け振りかぶっていた。



 咄嗟に木原は意識をその凶刃と少女の間へと向けた、危うくのところで刃は弾かれ刃先は折れる。



 なんとかできた?


 木原自身もどうやって刃を止められたのか理解しがたいが、魔法的な力がそれをなし得たのだろうと予想する。


 そして、光の感覚が完全に開けると明確とした意識を持ってして唖然とする賊の眼前へと姿を表した。


「お前らが神官を殺し、そこの聖剣を持った巫女を追い回す賊だな」


 その声に震えはない、毅然とした面持ちで木原は言葉を紡いだ。

 精神状態は良好、眼前には大の男が武器を片手に十三人といるが自然と恐怖心は湧いてこなかった。これも生前とは心の在り方が多少変わっているからなのだろう。


 一方賊のようすは違った。

 腰を引き後退りをする者、唾を飲み込み警戒の眼差しを向ける者、一様に焦燥が感じられる。その中でより一層に警戒感を滾らせる者がいた、折れた曲刀手にした男だ。


「いかにも。てめーは何者だ?魔族に見えるがいずれかの魔人の手先か?聖剣を欲しがる魔人がファング様以外にもいたとは」



「魔人だのどうだの知らないが、この娘を狙うのであれば容赦はしないぞ」



 やや虚勢を混ぜつつ木原は冷静に言葉を紡ぐ、容赦はしないと言っているものの正直この期の展開など微塵として用意してはいないのだ。だが、生憎この男達は強い憎悪の眼差しを向けるばかりで、後退の素振りは見せず。


「馬鹿にするなよ魔族、てめーはここで死んで俺らはファング様の納める世界で上級貴族になるんだからよ!!武術『疾風突』!」


 その掛け声と共に男が跳ねる。

 木原の背に立つ怯えた少女は短い悲鳴を溢しながら、肩を丸めた。



 早い!


 木原の深紅の瞳にも男の跳び跳ねる姿が写る、おおよそ常人には叶わぬような異様な力が発動している、おそらく生前であれば瞬き一つの時間で間を詰められてしまいそうだ。



 だが、この両の目が捉える男の姿はあまりにも鮮明に写っていた。一コマ一コマ丁寧に写す写真のようにスローな映像となって男の動きが見えるのだ。


 それに合わせ、木原は男の左頬に右の拳を力半分で繰り出した。

 まずは様子見、その具合で打ち出した拳は見事なまでに男のガードをすり抜け、頬の中へと吸い込まれていく。


「っごっっがぁ!!??」


 瞬間、ベキリと嫌な音が響き男は声にならない寄声を発して十二の仲間達が立つ丁度間へと体は吹き飛ぶ。



「は?まじかよ」


 最初にそんなすっとんきょうな感想を浮かべたのは木原本人であった。

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