魔人の産声1
真冬のある日のこと、一人の男がトラックの横転事故に巻き込まれ即死した。
冬道の凍った路面にタイヤを滑らせ、その重たい車体を倒したのだ。
たまたま、その近くを歩いていた木原友太は、その事故に巻き込まれてしまい25年間生きた命を失った。
そこそこの人生だったけど、まだまだやりたいことは沢山あったのに……。
死に際に過る想いは無限に等しい程である。
悔いが残るも、木原の意識は掠れ暗い闇に沈んでいく、どこまでも深く海底の奥底にへと繋がるような不思議な感覚が広がり木原は生を失った。
ーーそうか、君がそうなんだねーー
暗い闇の中で、木原をよぶ声が響く。
ーーうん、君なら世界を救えるはずさーー
その声を最後に木原の意識は暗闇に揉まれて消えてしまった。
どれだけの時間が流れたのだろうか、深い深い眠りから覚めるようにして木原の暗闇の意識に光が差し込んだ。
闇から目覚めるようにして木原は意識を取り戻し、そして瞳に朝日の光を目にした。
「ここはどこなんだ」
日差しに照らされた大地で彼は目を開けた。
遠目に一つの大きな教会然とした建物が立ち、それ以外にはただ広い荒野が見えるばかり。少なくとも日本とは思えない光景。
続いて、自身の声と肉体に違和感を覚える。
視線を自身の体へとうつすとその体は漆黒の様に黒く染まっていた。
「な、なんだこれは!」
思わず叫ぶ、体を手でなぞるとその感触は覚えのないものである。体が丸ごと変異してしまっている。
立ち上がり、改めて全身をほぐすように体を伸ばす、その体は思った通りに動かすことができた。
「問題なく動かせる、だけどこの体はいったい……」
最後の記憶はトラックが迫るもの、それ以降は深い闇に意識は落ちていた。であるのならばこの姿は死後の姿なのだろうか、そうであるのならば色々と合点がいくが、今を感じる感覚は紛れもない本物である。夢うつつというわけではなく、空に浮かぶ太陽の日差しも、吹き抜ける風が肌を撫でる感覚も本物としか思えないのだ。
「生まれ変わった!?……て異世界転生ラノベか何かか?」
最初に浮かんだのはそんな陳腐な考えである、だがそれが最も近い答えではないのだろうか、生憎女神の声や神の意思など聞こえないが。
ここに立っていても仕方がない、木原はため息を漏らしながらも辺りへ視線を巡らせた、始めに目についた大きな教会と思わしき建物そこを目指し歩みを進めるべきか、だがそれには問題がある、それは木原が今現在衣服を一切纏っていないというものだ。
裸、それでいて生殖器は健在、筋肉質な肉体だが裸がよろしい世界なぞあるわけないだろう、まずは布でもほしい。
が辺り一帯乾いた大地が広がるのみで、布は見つからなかった。
諦め、ため息を吐き出しながら教会へと歩みを進めた。
「まず不審者と思われないように、事情を話して布を貰おう。そこからこの体になった訳を解き明かしていていこう」
独り言を呟きながら、教会の前まで進むと木原は違和感を感じた。
それは正面口、両開きとなる扉が開け放たれているというもの、扉の奥に人がいるのを警戒しつつ、木原は扉の影に隠れながら室内へ視線を向けた。
そこで何かが倒れているのが目に入った、辺りには赤い色の水溜まりが広がっていた。
木原の嗅覚に血の臭いが広がった、瞬間それがただごとではないのだと認識する。
倒れているのは男性で神官服と思われる白のローブを纏っていた、床に広がるのは血溜まりで白のローブには大量の血が付着している、その男性の体は僅かに動いていた、口元からは呻く声が微かに漏れでており、辛うじて生きているのが見てとれる。
他の気配は感じられない、木原は辺りに警戒をしつつ慎重にその倒れる男性の元まで進んだ。
「そ……そこに……だ、……れか……いるの……か?」
息も絶え絶えの言葉が漏れる。
男性は力弱そうに首を動かすと、瞳を木原へ向けた。
その瞳は一閃されるように切り傷を浮かばせ、血の涙が流れていた、最早その両目は世界をみることは叶わぬだろう。
「ああ、ここにいる。一体何があったんだ!?」
木原の問いに男は力弱く首をふる。
「賊に……襲われた。奴等は人の姿をしているが……魔人の手先だ……。おそらく……聖剣を……狙っている。強大な、……魔力を感じられる……御仁よ、私の最後の願い……聞き届けてくれるならば……聖剣と聖剣の巫女をどうか……救ってはくれぬか」