神官と聖剣と魔人と
月の光が差し込む、夜の草原。
一陣の風が吹くと、草木は緩やかに揺れ動く。
幻想的な草原の一幕に、一人の少女が全力で地を駆けていた。
純白の神官服を身に纏い、身なりにそぐわぬ長身の剣を胸に抱え込みながら草原の地を踏みしめる。
青い瞳を真っ直ぐ正面に向け、金色の髪を振り乱す。額には大粒の汗が浮かび上がり、その表情には怯えと焦燥が入り混じっていた。
その原因たる存在は、すぐ後方に存在していた。
集団の男たちが血相を変えながら、少女の足取りを辿っていた。
その手には曲刀や手斧を掲げ、纏う軽装の衣服にはところどころ血痕の様なシミが浮かんでいた。
少女へ迫る影は十三にも及ぶ。その歩幅は少女の物とは比較にならず着実にその距離は縮まった。
「くそガキィ!その聖剣は俺たちのもんだぁ!返しやがれ!」
男の一人は怒号を飛ばす、手に握っていた手斧を上へと掲げる、そしてその手斧を少女目掛けて投げ飛ばした。
「いやぁ!こないで!」
少女は叫んだ、途端青色の瞳は強い輝きを放つと少女を包み込むように光のオーラが出現した。
オーラの光と手斧が衝突すると、手斧は強い力にはじかれ地へと落ちた。
「防御壁!?それも聖剣の力っていうのか?」
先頭を行く大柄の男は目を細め顔つきを険しくさせた。
だが、次の瞬間男の口元は大きく吊り上がった。下衆を含むその笑みをもってして少女の後姿を捕らえると、男の体は風を切る様に前進した。
「武術!疾風突!!この距離ならば詰め切れるぞ!」
男の体は跳躍するように前へと飛ぶ、瞬き一つの時間をもってして少女のすぐ横へと飛び込むと、その曲刀を振りかぶった。
「聖剣を守る神官よその命、その聖剣!次期魔王たるファング様へと捧げよ!!」
凶刃が襲い掛かる、少女の瞳は大きく見開きその刃の鈍い光を瞳へと焼き付けた。
全てが終わる。
聖剣の担い手たる勇者を待つこともできないままに……。
月夜に照らされた草原に金属の鈍い音が鳴り響いた。
途端、夜空へ何かが舞った。
それは少女の首ではなく、折れた曲刀の刃先であった。
少女、そして刃を振るった男は事態を理解できずにいた。
少女の首元目掛けて振るったはずが、なぜ刃が折れたのか。
男は驚愕と戸惑いに陥りながら、少女の首元へ目を向けた。
そして異変に気が付いた。
そこには闇があった。空間を切って割いた様な漆黒の傷跡がポッカリと宙に浮かび上がっていたのだ。
「こ、これは!?なんだ!?」
男が声を震わせた、全身にも震えが走るとその裂け目は時空を食らうように大きくひび割れていく。
漆黒の闇は瞬く間に広がると、その中で何かが蠢いた。
それは人の形をしていた。
漆黒をそのまま肌に塗ったような全身と、紅い瞳と銀色の髪を生やし、体の表面には真紅の稲妻が走っていた。
それは闇から這い出ると、草原の地へと舞い降りた。
それは言う人の言葉を操りながら。