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BLACK JOURNEY  作者: Rozeo
白の章
9/17

闇堕ち。

其れは背中に翼を携えた戦士にとって、特筆すべき出来事だった。

暗黒剣の呪いに苛まれる黒い青年の心は打ち砕かれ、やがてその目を見開いた時世界は灰色に映り、枯れ葉を踏み蹴る彼を人は恐れ慄くのだった。

空腹が限界に達し山の麓でその身を泥濘に預けた時、アンデッドの重鎮アギトに拾われた。

アギトは元々ファントムに仕えていた暗殺者(アサシン)だが、彼の刺青の戦士に対する扱いは非情だった。


「目を覚ますのだ、サルデアの奴隷よ。貴様はサタン様の剣を所持しているようだから言うが、私と一緒に来てもらう。これから人間共と一戦交えようという時に、とんだ拾い物をしたものだ」


檻の中で眠りから目覚めたレイヴンは、自らの置かれている状況を把握すべく辺りを見回す。

剣と盾は身につけたままだが、妙な仮面を被せられていた。


「貴様の名前はこれから『烏天狗(からすてんぐ)』だ。いいな?」


意識は再び薄れては消えた。


ーー


三千の骸骨兵のうち、レイヴンが率いるのは半分の千五百だった。

暗黒剣を手にしてから副作用に悩まされる日々が続いたが、今は気分が良い。


「敵のサルデア兵の数は四千を超えたわ。数的には不利ね」


副将であるクリスティの幻影が言った。

彼女は嘗てレイヴンやナオミと行動を共にした事がある黒魔導士である。


「……大丈夫だよ。今の僕なら敵が一万いても負ける気がしない」


いつからかは分かっていた。

ナオミブラストに追い抜かれてから。

あの女剣士に敗北してから、レイヴンのプライドはズタズタにされ、それはドス黒い塊になって吐き出される事もなく腹の底に溜まっていった。

しかし決着の時は近い。

ナオミの部隊に直接殴り込む。


「伝令!ナオミブラストは遥か後方にいる模様!先ずは雑魚を蹴散らしましょう」


頷き、進軍の合図を出した。

水しぶきを上げながら、川を越えていく。

クリスティに全体の統括を任せ、自分は最前列で敵を迎え討つ。

冷たい濁流を経て、烏天狗率いるファントム軍はついに投石機の射程圏内に突入した。

ふと空を見上げると、鳥が人肉を啄ばむべく弧を描いている。

そしてそれを覆い被さるように何百本もの矢が、敵陣から放たれていた。


「皆んな、盾で身体を守れ!」


黒い雨は、容赦なくレイヴンたちに襲いかかるが、分厚い盾は矢を防ぐには十分過ぎた。

更に進軍速度を上げ、敵陣内に突入する。


「さあ悪魔の力を存分に発揮し、人間共に目に物見せてくれる」


投石機の石で後方の兵が餌食になったが、躊躇わず走り出す。

鞘から暗黒剣を引き抜きサタンの空に祈りを捧げたレイヴンは、遂に前衛の男爵軍とぶつかる。

敵兵の胸板を貫き、続けざまに斬った。

盾で矛の攻撃を受け止め、更に二人同時に首を飛ばした。

勝てる。今の自分ならナオミにも勝てる。

思わず仮面の下で笑みが零れた時、左方から敵の援軍が現れた。

金髪の若者が先頭を走っている。

斥候の情報が正しければナオミの軍とみて間違いない。


「オラァ、烏天狗!ナオミ軍のお通りだ!」


若者は躊躇うことなく槍を突き出し、その勢いでレイヴンは思わず後方に押し崩されそうになった。

マチスの筋力には遠く及ばないが、攻撃センスに近いものを感じたレイヴンの額に、思わず冷や汗が生じる。


「一騎打ちだね。いいよ、望むところだ」


暗黒剣から放たれる邪気は一層禍々しさを増し、淡い紫の光となってレイヴンの身体を包む。

周りにいた兵は決闘を見守るべく、円を描くようにして、二人の若い男に場所を譲っていく。


「俺は人を殺すのが初めてだ。一人目がアンタで光栄だぜ」


「そうなんだね。折角だから名前を聞いておこうか」


「異世界からの刺客、レナ・ボナパルト。早く始めようぜ」


レナと名乗る青年の槍はかの有名なアンドロスピアとみて間違い無いさそうで、突きの威力が凄まじいのも納得である。

盾を構えたまま、突撃する「シールドバッシュ」を見舞い、先ずは様子見だ。

鉄のぶつかる甲高い音が戦場に響き渡り、周りの兵たちの歓声も徐々に強さを増していく。

レイヴンとレナ、対照的な闇と光のせめぎ合いは、僅かな気の乱れも許されない緊迫したものとなっているが、シールドバッシュを受けて思わず片膝を地につけたレナが僅かに劣勢か。

だが直ぐに立て直し、二本同時に突き出されたかのような速さの槍で再びレイヴンを押し崩してくる。

若さ溢れるこの男が只者ではない事を察知したレイヴンは、戦いを収束に迎えるべく背中から翼を生やし、遥か上空へと飛び上がった。


「レナくん、君は思っていたよりずっと手強い。だからこの技を見舞うことにしたよ。星降る夜にまた会おう『ナイトメア』!」


闇属性中級魔法「ナイトメア」は異空間で隕石を作り出し、それを対象にぶつける強力な技で、数ある魔法の中でも闇属性が一番厄介だと噂される原因にもなっている。


「危ない、避けろレナ!」


何処からともなくナオミブラストが現れ、レナに覆い被さり、放たれた隕石はハーフエルフの背中に吸い込まれていく。

衝撃音は広範囲に響き渡り、傷だらけのナオミの姿が砂煙の間から浮かび上がるのだった。


「ナオミ、しっかりしろ!」


レナの叫び声も虚しく、ナオミには届かない。


「馬鹿なんじゃねーの!人助け、人助けって、自分が死んだら意味ねーじゃねーかよ!」


「人助け」の単語がレイヴンの脳裏に電流の如く響き渡る。

それはやがて頭痛となってとうとう烏天狗は両膝を地面に付け、呻き出すのだった。


「くっ……ナオミちゃん……僕は……君の幸せを願ってた……でも……何で……」


「あ?お前ナオミと顔見知りなのか?だったら懺悔して一緒に『精霊たちの花園』って場所を探すぞ。ナオミを助けれるとしたらそこだけだ」


レナの茶褐色の瞳がレイヴンを射抜いてきた。

断れない。

自分はこのハーフエルフを苦しみから解放する義務があるはずだ。


「……分かったよ。取り敢えずこのファントム軍は解散だ。そして男爵側が勝利出来るよう情報提供してくる」


闘いはそこまでだった。

レイヴンとナオミを抱き上げたレナは、戦場から堂々と退散していく。

ネロが慌ててそれに着いていくが、止める者は誰一人として現れなかった。


「ナオミちゃんは冷静沈着に見えて意外と繊細な所がある。それに気付いてあげてね」


烏天狗の仮面を外し、レナの肩に触れた。

頷く青年の顔に怒りはもう見られない。

この男も心の底ではナオミに近いものを宿しているのかもしれない。

善人の頭上にいつか虹色の光が差し込む日を、レイヴンは切実に思い浮かべるのだった。


*****


レイヴンの寝返りでファントム軍は総崩れとなり、総指揮官であるアギトは南へと退散していった。

髭男爵と別れを告げた一行はナオミの傷を完治させるべく「精霊たちの花園」を目指すのだった。


「男爵から貰った薬草で何とか応急手当ては出来たな。で、お前ら『精霊たちの花園』が何処にあるか見当はついてるのか?」


ネロが戦利品として貰った白馬を引きながら言う。

白馬の背中には目を閉じたままのナオミブラストがもたれ掛かっており、数日分の食料も脇に添えられていた。

多くの人々が飢えに苦しんでいる状況下食料を確保できた事は大きい。

レイヴンは髭男爵に然程悪い印象は持たなかったのが正直な所だった。


「分からない。でもあるとしたら西の方角かな。この密林を抜けたところにその『花園』はあるのかもしれない」


ナオミを含めた一行はドワーフの山から既にかなり離れた所まで来ており、ぬかるんだ地面はレイヴンたちの疲労にも直結していくのだった。


「あー腹減った。飯にしようぜ、レイヴン」


「駄目。一日四食も食べてたら食料も底を尽きてしまう」


幼稚なレナの提案を一蹴し、レイヴンはふと白馬の背中に寝そべるハーフエルフを見つめた。

出会いは二年前、当時アカデミーに通っていた彼女の冷え切った蒼い瞳に心揺さぶられ、卒業すると同時に話しかけた。


「ところでレイヴンは何でナオミを『ちゃん』付けで呼ぶんだ?」


仕方ない。

今日はこの話をしよう。


ーー


場所はサルデア王国首都マゼラのスラム街。

まだ二十歳になったばかりのレイヴンは自らの腕力に見合う盾を求めて武器屋を訪れていた。

当時スラム街の治安はかなり荒れており、盗賊たちの動きが活発になりつつある時期だった。


「先月、アカデミーの教員が城の金貨を奪い逃げ果せたらしい。其奴はアギトを名乗り盗賊たちの親玉になっているそうな」


武器屋の主人は小人だった。

身長は八十センチ程しかなかったが、鍛冶屋としての腕は確かなはずだ。

当時レイヴンは主に傭兵として活動しており、度々この武器屋を訪れては剣の修理を依頼するのだった。


「盗賊を駆逐する任務を受けるのも悪くないね。ところでこの盾は幾らするの?」


レイヴンの手に取った盾は完全な円形の盾だった。

淵にはドワーフの文字が刻まれており、デザインも悪くない。

レイヴンが銀貨二枚を支払い盾を手に取った時、後方で女の叫び声がした。


「オラァ!俺たち盗賊団に金目のものすべて置いていけ!歯向かう者は斬る!」


合計六人の盗賊がスラム街に押し寄せていた。

皆マスクを着用しており、手にはナイフを携えている。


「君たちアギトって人の部下だね。いいよ、傭兵レイヴンが相手になろう」


当時レイヴンの刺青は顔面と首筋だけに留まっており、全身ではなかった。

腕も現在と違い痩せ細っており、外見はかなり違って見えていた。

当然暗黒剣は所持しておらず、背中から羽を生やすなど思い浮かびもしなかったわけだが、たかだか盗賊相手に負けるはずがないと自負していた。

ナイフ。

頰を掠めた。

慌てて剣を抜くが直後に腹に激痛が走った。

三方向から同時に投げられたそれを避けきるのは当時のレイヴンには至難の技で、盾で防いだと思いきや今度は脚に切り込みが入るのだった。


「まさか毒……?」


武器屋の主人が心配そうな目で見つめる中、片膝をついたその時だった。

黒髪のハーフエルフ。

背後から突如現れ、クルクルと剣を振るい舞う。


『桜花!』


剣技桜花はナオミが最初に習得した範囲攻撃で、ヒラヒラと花びらを散らせるそれに、レイヴンは思わず息を呑んだ。

既にナオミとは面識があったが、剣を実際に振るうのを見るのは初めてだ。

氷属性魔法「フリーズ」見舞い、ナオミはあっという間に六人を片付けてみせた。


「解毒剤なら裏にいる商人が持ってる。立てるな?」


レイヴンはその姿に惚れた。

世の中には居そうもない女性がいるものだ。

その頃からレイヴンは彼女を「ナオミちゃん」と呼ぶようになり、共にゴブリン討伐の任務をこなそうと誘うのだった。


ーー


「え?じゃあレイヴンはナオミの事が好きなのか?」


「どうだろうね。剣のライバルである事は確かだけど……自分でも分からないや」


かぶりを振る自分に対し、レナは何だかホッとした様子だった。

日の光も大して降り注がないこの密林の先に、果たして花々が咲き誇る楽園はあるのか。

やや不安げになりつつある一行の行く手を、一頭の動物が阻むのだった。

ライオンである。

たてがみがないので雌だと分かるが、かなり凶暴そうな印象だった。


「ひぇっ!」


何やら訳の分からない声を出すレナと、険しい表情のネロ。

そしてあろう事か雌ライオンは人語を操り、レイヴンたちに話しかけてきた。


「アタイの教え子を連れて何処へ行く気だい?」


ある憶測がレイヴンの脳裏に浮かび上がるが、レナとネロは既に武器を構えていた。


「殺される前に先手必勝!」


「よすんだレナ!」


アンドロスピアを片手に突っ込むレナを、ライオンは口から灼熱のマグマを放出して迎え撃つ。

炎属性上級魔法「ヘルフレイム」と見て間違いなかったが、この時点でレイヴンの憶測は確信に変わっていた。

咄嗟に槍を回転させ、マグマを拡散させようと試みるレナだったが「ヘルフレイム」はちょっとばかり熱すぎた。


「あっちい!」


堪らず尻餅をつくお馬鹿レナ。

ネロの鎖つき鎌もあっさり鎖を口で咥えられ、引っ張られてはライオンの鉤爪の餌食にされる始末。


「シンバさんだろ?僕はレイヴン。ナオミちゃんを此れから『精霊たちの花園』に連れて行く。だから乱暴しないで……」


怒り狂う彼女の耳に、その声は届かない。

雌ライオンは大口を開けて、レイヴンに飛びかかってきた。

剣を抜き、横に薙ぎ払う。

のし掛かってくるライオンの圧力に耐えきれず倒れ込んだが、暗黒剣はシンバに痛手を負わすには十分過ぎた。


「ぐあああ!この闇のエネルギー、貴様サタンの部下だな?」


「違うよ、レイヴンだ。ナオミちゃんの友人で共に戦ってきた」


立ち上がり、両手を頭上に上げた。

貴方と戦う意思はない。

決死の覚悟だった。


「ナオミの友人か?だったらアタイを元の姿に戻せ!生の鹿の肉を喰らうまでに丸四日掛かった」


「肉ならあるよ。一旦落ち着こう」


レイヴンは獅子の姿に変わり果てたナオミの師匠をなだめるように諭すのだった。

それにしても幻影になったとは言え、姿形が変わり過ぎている。


「この際だから本当の事を言う。アタイの母は女神サルデア。マチスはアタイの兄だ」


何故今の今まで黙っていたのか。

そしてナオミにまでそれを隠していたのだろうか?


「レイヴン、アタイはお前を信用する事にした。付いて来い『精霊たちの花園』はこっちだ」


予想外の展開に口をポカンと開けるレナたちを他所に、シンバは移動し始める。

先程の戦いで逃げ出した白馬を口笛で呼び戻し、歩き出す。

ナオミ復活の時は近い。

完全に回復した彼女を止められる者は果たして現れるのか。

いるとしたらあの者か……。


*****


翌朝、シンバの後を辿った一行は「精霊たちの花園」に到着した。

身長十センチの精霊が、羽を忙しく羽ばたかせながら言う。


「ようこそおいで下さいましタ。魔の花の香りを嗅ぎながらこの温泉におつかり頂ければ体の芯から温まり、力が漲ってきまショウ」


「花園って言うから庭園みたいなのを想像してたら、まさかの温泉かよ。俺たちも厄介になろうぜ」


「左右男湯と女湯に別れております。ではごゆっくり」


レナを筆頭にレイヴンたちは男湯へと足を運ぶのだった。

それにしてもライオンの姿のシンバがそのまま女湯に浸かるとは……まあこれで傷だらけのナオミも一安心だが。

七色の花々が咲き誇るその場所は、視覚からも癒しを感じさせられ、また湯の色は黄金であった。

流石は孤島きっての癒しスポットだけある。

熱々のお湯に足を踏み入れると、ジワジワと温もりが身体に伝わり、魔の花の香りを鼻いっぱいに吸い込む事で、先程までの疲れがまるで嘘だったかのように取れていくのだった。

レイヴンが言った。


「ナオミちゃんの傷も癒えた事だし、これからどうする?」


「キャンディスを連れ戻す。そしてファントムを倒す!」


となれば目指すのは当然南か。

ここから南へ行けば常闇の神殿に辿り着く。

その更に南となると木々が生い茂るエリアから遠ざかる事になる。

ため息まじりに温泉の湯を手の平で掬い上げたその時、視界の左奥に先客がいた事に気がついた。

今まで気配に気がつかなかったとは、ある意味驚きだ。

男は痩せ型で、ネロと同じく青白い光を発している事から幻影のようだった。


「やあ、皆さんこんにちは。私は幻影ですが、ある人を助けた事から悪いアンデットにならずに済みました。お二方も同じく幻影なんですね」


お二方とは当然レイヴンとネロの事で、二人が良心を維持出来たのもナオミが関係している。


「私の名前はジョセフ。以後お見知りおき」


一見何処にでもいそうな男の気もするが、声には不思議な暖かみがあった。

温泉で体力を回復させた三人とジョセフは、目を覚ましたナオミと鉢合わせした。


「ジョセフさん……何故ここに?」


それがナオミの第一声だった。

そして目を背ける乙女な仕草は、彼女にしては珍しい。

この反応に驚きを隠せないのがレナたち三人である。


「アンタがナオミを助けた命の恩人さんか。話は聞いてるよ、初めまして」


獣の姿のシンバがナオミの背後からヌッと現れて言った。

濡れた髪のナオミはいつになく色っぽく見えたが、それにしても顔を赤らめるこの反応は異常だ。

そう言えばジョセフという名の男の存在は知っていたが、伝説の男嫌いであるナオミが恋心を抱いていたとは、全くもって予想外だった。


「やあナオミさん、また一段と綺麗になられた。ライオンさんも初めまして」


「命の恩人だから惚れた?まるで雛鳥が最初にみたものを親だと思い込むのと一緒だな」


状況にもどかしさを憶えたであろうレナが唐突に口を挟んだ。


「餓鬼は黙ってな。でジョセフさんも旅に参加するのかい?」


ピシャリと言い放つシンバ。

目を見開くネロ。

このジョセフという男の登場で旅がややこしくなりそうなのは目に見えていた。

特にレナにとっては……。


ーー


ナオミの恩人ジョセフをパーティーに加えた一行は南へ向かうべく取り敢えずは常闇の神殿を目指すのだった。

そこにキャンディスがいればそのまま連れ戻し、やがてはファントムと対峙する。

見えているのはそこまでだった。

ジョセフという男は剣を履いていたが、特別腕が立つわけではなさそうなので、実質ファントムと戦えるのは彼とネロを除いた四人だけという事になる。

キャンディスの助太刀が如何に重要かが伺える。


「早く元の姿に戻りたいものだね。ジョセフさん、幻影の謎について何か知ってるかい?」


「私の知る限りの知識で申し上げますと、幻影とは冒険者グレンの呪いだという一説があります。悪魔封印後痛切にこの世に舞い戻る事を願った英雄の呪いが共和国内で広がりを見せているのかも……」


「そもそも何で共和国なんだ?サタンの独裁じゃないのか?」


「土地に興味がないのだろう……」


シンバ、ジョセフ、ネロ、ナオミが口々に言った。


「それにしても僕なんかをパーティーに加えて下さりありがとうございます」


「何言ってるんです。当たり前よ」


「ナオミが敬語を使った!」


ナオミをよく知るネロとレイヴンにとっては一大事である。

そうこう言っている内に六人は常闇の神殿に到着した。

外門を潜り、庭に出ると以前と同じ配置で林檎の木が植えてある。

中央の建物に違和感を憶えたレイヴンがそれをナオミに告げようとした、その時だった。

建物の門がギギギ……と音を立てて開き、中から白い衣服を着たキャンディスがグレンウォンドと共に姿を現したのである。


「死を覚悟して戦うしか無さそうだね」


キャンディスがグレンウォンドを高々と天に掲げると雲は彼女の頭上でゆっくりと回り出し、雨は降り注ぎ、やがて落雷と共にクリーチャーが召喚されるのだった。

「全てを超えし者」ーー後にドワーフはキャンディスのこの召喚獣をそう名付ける。

「全てを超えし者」は黒い球体であった。

様々なクリーチャーのオーラが凝縮されたそれは正に究極融合体。

邪悪な面影を匂わせるその姿にレイヴンたちは額に汗を浮かべていた。

黒い球体はドラゴンの炎を吐き出し、庭は灼熱の炎で埋め尽くされ、林檎の木は瞬く間に黒焦げになった。

すかさずシンバが身を踊り出し、光属性上級魔法「エターナルフォース」を唱える。

七色に輝く半透明なカーテンが現れ、一同に降り注ぐ炎を吸収。

倍にして跳ね返すのだった。

しかし「全てを超えし者」の耐久力は計り知れない。

メラメラと燃え盛る炎を受けて一瞬赤くなったが、それも束の間の出来事で直ぐに体制を整え直す。


「流石はキャンディスがグレンウォンドを駆使しただけの事はあるな」


ネロが腰に手を添えながらその黒い球体を見上げる。


「はっきり言いましょう。私達はあの球体に勝てません」


「じゃあ一体どうすれば?」


「簡単な事です。キャンディスの抹殺です」


ジョセフの提案に一同は息を呑んだ。


「そんな……」


「それしか方法はありません。シンバさん、ヘルフレイムをキャンディスに……」


そこまでだった。

ナオミの平手打ち。

キャンディスを抹殺するという選択肢は彼女に存在しないのだ。

ジョセフが困惑した表情で顔を抑えながらナオミを見つめる。


「あの球体を倒す。行くぞ、レナ、レイヴン」


「ヘッ、そうこなくっちゃな」


前線に躍り出た三人はクリーチャーを挑発。レナの槍の届く高さまで降りてくるのを待つのだった。


「援護は任せるね、シンバさん」


レイヴンが天を仰ぎ暗黒剣を抜いた、その時だった。

落雷。「全てを超えしもの」が放った雷が、三人に容赦なく降り注ぎ、肌の裂けるような痛みがナオミたちを襲う。


「このままじゃ死んじまう!」


次の瞬間にはシンバはヘルフレイムをキャンディスに向けて発射していた。

マグマが、召喚士である少女に一直線に突き進んでいく。

悲鳴。そしてブーンと鈍い消滅音。

召喚士を失ったクリーチャーは異世界へと帰っていく。

そしてキャンディスは非情にも焼け死んでいた。

ナオミの泣き声が神殿に木霊するのだった。

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