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BLACK JOURNEY  作者: Rozeo
黒の章
6/17

首都マゼラの城内で、一際鉄のぶつかる甲高い音が響き渡る。

アンドレア・レノンこと、レノン四世と親衛隊隊長カイザの剣の稽古時間なのだ。

カイザが二刀流なのに対し、身の丈を超える大剣で対応するのが眼帯の王子レノン四世である。

レノン家が代々継承してきたのは時に魔力であったり、時に武力であった訳だが、その両方に長けているのは今年三十二歳になるレノン四世だけだった。

武術は幼馴染のカイザと共に学び、魔法は又従兄妹のイザベルから学んだ。

全身鎧で包まれているカイザの素顔を知っているのは父と自分だけだろう。

またイザベルは占いに力を注いでいるが、相当高度な「回復補助魔法」の使い手だという事も自分は知っている。

三人とも将軍マチスの後を担うに相応しい人材であったが別々の道を歩むことになった。


「究極剣技を習う気になられましたか、殿」


カイザがあたかも身体の一部であるかのように剣をクルクル回しながら問う。

彼が使える剣技は「氷結」「桜花」「迅竜」だが、それらを二つ組み合わせる事で成し得る技を究極剣技という。

恐らく究極剣技を使えればあのマチス将軍の槍とも並ぶ威力を発揮出来るが、身体への負担も大きいだろう。


「いや、私は己の魔力を活かした闘い方をしたい。大剣に魔力を注いでな。相手の弱点をイザベルに見抜いてもらえば、効率的に戦えるはずなのだが……」


自分が次期国王になるのは目に見えていた。弟は流行病で死に、従兄弟はレノン家きってのうつけ者とされている。

「小休止しよう」と庭の草むらに腰を下ろしたその時だった。


(マチス将軍が亡くなられたそうよ)


髪に薔薇を差したイザベルの霊が、己の心に話しかけてきた。占い師特有の「テレパシー」である。

馬鹿な。相手は只のハーフエルフだぞ?

将軍マチスは巨人族を一撃で葬り去る程の武勇の持ち主である。

神の子とは正にその通りで英雄グレンにも勝るとも劣らない強者として名高い。


(アンタの恋人クリスティもその闘いで死んじゃったわ。残念ね)


クリスティが父を裏切ったのは知っていた。

闘技場や地下牢獄の管理人だったが、何処か惹きつけられるものがあった。

闘技場。あの闘いであのハーフエルフを優勝させないように促したのは自分である。

クリスティはそれに腹を立てナオミブラストに加担した。

だがそれで命を落とす事になるとは。

父や自分を裏切った罪は大きかったが、僅かに脳裏に冷たいものが過ぎった。

自分が眼帯をしている理由は、若き頃エルフ族の反乱で、弓が目を捉えたから。

死を彷彿させる激痛はやがてエルフ族への憎しみに変わったのだった。

あれ以来戦には参加せず、マチスやカイザに任せっきりになった。

次期国王なので仕方のない事とも言える。

だがいつか三人で世界を周りたいとも思っていた。


「殿、どうされました?」


寡黙なカイザが異変に気付き訊ねる。

彼の素顔は幼少期に醜く崩れ、それを口にしたものには厳しい罰を下してきた。

やがてそれは自分への忠誠に変わっていた。

イザベルと違い血は繋がらないが、確かな友情がそこにはあるはずだった。


「ナオミブラストとの闘いでマチス将軍が死んだらしい。非常に残念だ」


鎧姿で表情は分かりづらいが、カイザは明らかに動揺していた。

それにしてもあのハーフエルフが。

闘技場で観た時はそれほどの強者には見えなかったが、それなのに父との交流があったのが許せず逮捕状を出させた。

「父の愛が欲しかった」そう言えればどれだけ楽だっただろう。


「イザベル様が来られました」


赤毛の門番がヘラヘラしながら言った。

イザベルの美貌はサルデア一と言われている。

香水の匂いを撒き散らしながら現れた彼女は紅いオーラを纏っているかに見えた。


「嫌な予感がするの。サルデアは英雄マチスを失った。でもそれだけじゃない。それに伴い邪悪な何かが此処ぞとばかりに動こうとしている……」


「ファントムか?」


父から存在だけは聞かされていた。

アンデッドを統べる者。ドワーフの山より更に南に本拠地があるとされている。


「お先真っ暗といったところか…」


そう言い、次期国王は剣の稽古を再開した。


ーー


事件が起きたのは夜だった。

寝室で亡きクリスティに祈りを捧げ、いざ寝床に就こうとした次の瞬間、未だ嘗てない生体エネルギーを感じたのである。

神の化身とも呼ばれる生き物ドラゴンの襲撃。

寝室を出ると城内の混乱は凄まじいものだった。


「弓兵隊配置につけ!」


何処かでカイザが唸るように指示を送るのが聞こえた。

赤いドラゴンは闘技場で見たケルベロスより数倍大きいらしく、尻尾の一振りで外門を吹き飛ばしたらしい。


「見ろ、飛んでるぞ」


護衛の一人が指差す方向に、宙を舞うドラゴンはいた。

眼は異常な光り方をしており、まるで何者かに操られているかのように見えた。


(怒り狂っているな……)


大剣を手にしたレノン王子は戦う覚悟を決めた。

直ぐさまカイザの元へと急ぐ。

そうしている間にもドラゴンの吐いた炎の塊は、弓兵五人を焼き焦がした。

このままでは民間人に被害が出るのも時間の問題である。


『氷結!』


カイザが編み出した技だった。

相手を瞬間的に凍らせ、間髪入れずに斬り刻む。

城内の壁に着地したドラゴンの足に命中したが、二刀流カイザの攻撃を持ってしても、傷は浅そうだった。

咆哮が恐ろしいほどに夜の町に響き渡る。

その勢いに約半数の兵が萎縮していたが、カイザは怯むことなく攻撃を続ける。

「隊長に続け!」と親衛隊が駆けつけるかと思ったが刹那、ドラゴンの炎は彼らを焼き焦がしていた。

地獄絵図だ。それに動揺が隠せない。

取り敢えず炎とは対照の氷攻撃を。

そう思ったレノンは自らの剣に「フリーズ」を唱えた。

が時に既に遅くカイザはドラゴンの牙の餌食となり高々とその身を弄ばれるに至っていた。

幼馴染の絶命。

クリスティに続く身近な者の死だった。

やがて大量の矢が注ぎ込まれたが、分厚い鱗の前に余りに無力だった。


(やはり己の大剣に賭けるしかない)


レノンは冷気を纏った剣を携え距離を詰めた。

尻尾がぶつかるのを屈んでかわし懐に忍び込み大剣を振るう。

氷の重たい一撃は、皮膚の柔らかい部分を抉りドラゴンに致命傷を与えかに見えた。

響き渡る咆哮。思わず吹き飛ばされそうになる風圧はやがておさまり、最強のクリーチャーは遥か遠方へと帰っていった。

一体誰がドラゴンを。

頑丈なサルデア城の一部は壊滅的被害を受けていた。

死者の数も五十は下回らないだろう。

カイザの元へと駆け寄ると、脇腹を完全に喰いちぎられていたがまだ微かに息はあった。

仮にイザベルの回復魔法駆使したとしても身体の再生には至らないだろう。


「殿……よくぞ御無事で。しかし呉々もアンデッドの襲撃には細心の注意を……外門の修復には……時を要します」


見る見るうちに身体を生気を失っていった。

思えばレノン家に忠実な騎士だった。

究極剣技を生み出した事は勿論、若き頃から数々の戦に参加してきた功績も大きい。


「思えば私の友はお前だけだった。いつか英雄グレンのような旅がしたかったのが唯一の心残りだ」


それを聞くとカイザは満足そうに息を引き取った。

マチスに次ぐ有能な将軍の死。

冷たい夜風がマゼラの街を覆うのだった。


*****


アンデッド化した人狼が街で大暴れしているとの情報が入ったのは翌朝だった。

恐らく井戸から通じるゲートが破られたのだろう。

親衛隊隊長カイザ無き今、次点で強いのは自分だった。

王子自ら井戸の近くへと向かい、退治しなければならない。

それにしても昨夜ドラゴンを追い払えたのは運が良かった。

一歩間違えれば自分も間違いなくあの世行きだったはずだ。

人狼討伐にはイザベルを呼んだ。

補助魔法で援護を頼めば、万に一つも負ける事は無いだろう。


「何で私まで戦わなければならないのかしら。ホント人手不足も良いところ」


赤髪に刺した黒い薔薇が特徴的な彼女は、馬車を走らせながらため息交じりに言った。

クリスティと違い、イザベルは生まれも育ちも裕福だった。

その為かなり我儘に育ったが、魔術の才能はアカデミーの頃から飛び抜けていた。


「人狼が居たぞ。イザベル、援護は任せた」


眼帯のレノン王子は馬から飛び降り、大剣に手を携えた。

昨日に引き続く、久しぶりの実践である。

後方でイザベルが既に何れかの補助魔法を唱えているのが聞こえた。

此方に気付くまで馬の肉を頬張っていた人狼だったが、やがて真っ赤に染まった眼球をレノンに向ける。


「詠唱呪文……『鬼人化』!」


イザベルの放った呪文は自身の身体に吸い込まれていった。

これで数分間、筋力や瞬発力が飛躍的に上がるはずだ。

が、大剣を振り下ろすモーションは、素早い人狼相手に少しばかり大き過ぎた。

骨が剥き出しとなったアンデッドクリーチャーは大剣を右にかわし、息をつく間も無く爪でレノンを攻撃。

鋭い爪は、王子の肩を抉ったのだった。


「回復呪文……『蘇生化』」


先程の赤とは違い、緑色の光がレノン四世の元へ。

イザベルの指先から放たれるそれは、肩の傷を瞬く間に治癒していくのだった。

全くもって優秀な魔術師だ。性格以外は完璧だと言っても過言では無い。


「相手の弱点は恐らく炎属性よ。フレアを試したらどうかしら」


アカデミー当初からイザベルは成績もトップクラスだった。

マゼラの最高教育機関であるそこでは、十五歳から二十二歳までの者が鍛錬を受けている。

イザベルの魔力に気付き、標的を彼女に変えようとした人狼の背中に『フレア』を唱えてみると、相手は予想通り攻撃を中断するほどの痛みを伴っているようだった。

此処ぞとばかりに大剣を振り下ろす。

鬼人化で底上げされた重い一撃は、殺すには十分過ぎた。

人狼の蘇生能力にも限界があり、許容量を超えるダメージは其の者を再起不能にさせる。


「大した相手じゃなかったわね。じゃあ私は此れで失礼するわ」


とイザベルは街のカジノの方向に消えていった。

彼女に似合う男は後にも先にも現れないだろう。

それに比べクリスティは従順そのものだった。

四年間の交際だったが、文句一つ言わずに期待に応えてきた。

だがその重圧がああいった裏切りに直結したのかもしれない。

ゲートを潜れば会う事が出来る。

暫しの沈黙の後、レノンは例の井戸に足を踏み入れるのだった。


ーー


一面真っ白で尚且つ幻想的な世界だった。

あらゆる者がポツリと現れては消えていく。

クリスティが現れるのにそう時間は掛からなかった。

茶髪で妖艶なドレスが似合う彼女は、特に驚いた様子も見せずに口を開いた。


「久しぶりね。死んでもいないのに何しに来たの?」


お前に会いに来た、とは言えなかった。

代わりに「今サルデアは大変な事になっている」と事の経緯を説明した。

自分が知っているクリスティは明るい性格だったが、あれは作られたものだったのか。

今目の当たりにしている彼女は、かなりぶっきらぼうに見える。

ナオミへの加担を気に本性を現したという事か。


「それならグレンの秘宝をさっさと手に入れてしまうしか、方法は無さそうな気がするわ」


聞けば地図はナオミブラストの師匠が持っているようで、それに詳しいとされるドワーフが後方からすーっと現れた。


「自分はジンと申します、レノン王子。各地に点在するドワーフの石碑には冒険者グレンの遺した秘宝について書かれてあります」


ジンと名乗る年長のドワーフは、あのハーフエルフの友人の様だった。

闘技場で観た時は生まれつきの一匹狼かと思ったが、どうやら彼女にも仲間がいたようだ。


「サルデアを救うには秘宝の使用が不可欠。

秘宝を使えば今いる死後の世界から誰か一人を復活させる事が可能です」


秘宝の名は「グレンヴォンド」。英雄グレンが自らを現世に呼び戻す為に残したそれは、エルフの集落にあるらしい。

恐らく父は知っていたが、やはり父レノン三世は自分を完全には信用していないようだった。


「ナオミの師匠シンバと力を合わせ、ファントムを倒してください」


深々と頭を下げたジンを他所に、クリスティは不機嫌そうに腕を組んでいた。

自分のエルフへの憎しみを知っているからだろう。

確かに簡単にあの女と手を組むわけにはいかないのが本音だ。


「復活させるのは英雄グレン本人か?」


「無理よ。グレンはもうこの世界にもいない。此処は寿命が尽きる前に死んでしまった者たちが蔓延る場所。真っ白なこの世界でも歳は取るみたいよ」


ならばマチス将軍を復活させるしかあるまい。

この二人を殺した張本人だが、ファントムと戦えるのはもはや彼しかいない。

その事はジンたちも納得済みのようだった。

マチス、シンバ、自分、そしてイザベル。四人掛りならファントムに勝っても何ら不思議ではない。

そこまで考えた時、ジンは消えていた。

代わりには現れたのは小柄なエルフの少年だった。


「ナオミブラストは強いよ。キャンディスも強い。多分レイヴンも」


何処かナオミに似た輪郭を宿す彼も、クリスティ曰く彼女の仲間だった。

腕を頭の後ろで組んだ子供エルフの態度が腹立たしかったが、クリスティの目がそれを制した。

やはりクリスティも心の底では自分を愛していなかったのか。

だとしたら信頼出来たのは本当にカイザ一人だけだったという事になる。


「いいだろう…これも全て民を守る為だ。ナオミブラストと手を組もう」


ここでナオミやシンバと連携しなければ、孤立状態になる。

やはりアンデッドに政権を奪われる事は何としても避けたい。


「『グレンヴォンド』だな。覚えておこう」


言い残し、異世界を去った。

もはやクリスティに未練はなかった。


ーー


午後の城内で事件は起きた。

何者かの手によってレノン三世が暗殺されているのが発見されたのである。

手際の良さから犯人は盗賊王アギトだと見られているが、確かな証拠は掴めていない。

それにしても役人の内の誰かが犯人に加担したのは間違いないだろう。

先日のドラゴン襲撃と言い、サルデアは既に崩れ始めている。


「父上……」


死体の上で泣き崩れた。

盗賊王アギトは、盗賊に成り下がる前はアカデミーの教員をしていた。

それが数年前突如姿をくらまし、気付いた時には西で盗賊を率いていたのだった。

彼ならサルデア城の内部に詳しくとも不思議ではない。


「私は天涯孤独だ……」


王子は言った。


*****


ファントムから勧告状が届いたのは、王とカイザの葬儀が行われるはずの木曜日だった。

「王子の身柄を引き渡せば無駄な殺戮はしない」との内容だったが、信憑性は薄い。

そもそもアンデッドによる統治が国民を満足させるとは到底思えなかった。

牛馬のようにこき使われる可能性も十分にあり得る。


「伝令、ファントム率いる骸骨兵達が、南に集結しております。その数五千」


五千。外門が破壊されている今、侮れない数字だった。


「たった今情報が入りました!東の巨人族が寝返り、船で此方に接近中」


「西に謎の武装集団を確認。恐らくアギトの家臣たちかと思われます!」


南、東、西の三方向から同時に攻め込まれるとなるともはやこの城に未来はなかった。

外門さえ破壊されていなければ籠城で耐えうる事も考えられたが、全てファントムの計算だったのかもしれない。


「どうやら私の身柄を引き渡すしか、この国を守る術は無いようだ」


苦渋の選択だった。

それにしても、いつの間に五千もの死体を集めたのか。

完全に戦略で引けを取ってしまっていた。


「勧告状を認めてくださるのですね、レノン王子?」


すーっと現れたフードの男に、大臣たちは度肝を抜かれていた。

この小柄な男がファントムと見て間違いない。


「邪魔者は消してしまいましょう」


ファントムの手の一振りで三人の大臣は首元を押さえてバタバタと倒れた。

多方向への念力。流石は悪魔が取り憑いているだけの事はある。


「この国をどうするつもりだ」


「土地の事などどうでも良いのです。ワタシは本来の力を取り戻したい……」


突き出された左腕から放たれる念力は、レノン四世の首元を捉えた。

ファントムの念力は、大臣は愚か一般の兵士ですら一瞬であの世へ送れるほどの威力だった。


「ワタシが取り憑くには、貴方の身体が一瞬だけでも受け入れる覚悟を決めなければなりません。ククク……取り憑く前にサルデアの建国の秘密を教えてあげるとしましょう」


ファントムから放たれる「テレパシー」はレノンの脳裏に働きかけ、やがて王の部屋は真っ暗な空間へと形を変えていった。


「この世界は『想像世界(パラレルワールド)』創造神ミルナが女神サルデアと悪魔サタンに分離した弾みで誕生しました」


暗い空間はやがてサルデア全土を映すものへの変わっていった。

まるで宇宙を旅する感覚のレノンは、動揺せずにはいられない。


「ミルナがいた世界を現実世界(リアルワールド)と呼び、ワタシは元の世界へ帰る方法を模索していました」


ファントムの正体は悪魔サタン。男か女かも分からない声の主に畏怖感すら覚える。


「ワタシの宿敵女神サルデアはこの世界に初めて人間を創造しました。ヤツはその男をレノンと名付け王にしました。後のレノン一世です。

プロトタイプの女神の子である彼の血筋は特殊でした。彼を取り込めばサルデアかワタシ、何れかは再び力を取り戻すはずでした。

そうレノン四世。貴方を取り込めばワタシはサタンとしての力を復活させられるのです」


サタンは創造神ミルナの片割れで、この自分に取り憑く事で本来の力を発揮出来る様になると言うのか。


「ではその身体を頂きましょう……」


ファントムが黒い塊になってレノンの元へ降り注ぐ。痛みは一瞬だったが、同時に意識も消えた。


ーー


今から十五年前。サルデア王国の首都マゼラに、アカデミーの教員として新しい男が訪ねてきた。

投げナイフを得意とする彼は、無口で常にマスクを着用する変わり者であった。

まだ眼帯をする前のレノン四世は、同い年のカイザ、二歳年下のイザベルと共にこの謎の教員の授業を受ける事になる。

当時はエルフ族の反発が最も強かった時期で、いつ反乱が起きてもおかしく無い状況だった。

案の定その反乱でレノンは片目を失う事になるのだが……。


「今日は武器がナイフ一本しかない場合の護身術をお教えします……。森で突然ゴブリンと遭遇してもこのナイフ一本で生き延びる事が可能となるでしょう……」


太く低い声だった。

彼が何故マスクをしているか質問する者は現れなかったが、代わりにイザベルが「女性でも?」と首を傾げた。


「無論。貴方の様な大金持ちなら上等なナイフで串刺しに出来るでしょう……根性もありそうですし?」


何処か皮肉な言い方にイザベルがムスッとしたのは見ないでも分かった。

当時は薔薇を髪に刺していなかったが、化粧はしていた。


「私のナイフ捌きは恐らく世界一。直接指導を受けられる君達は運がいい」


彼こそ後に王国ではなくサタンに加担する事になる盗賊王アギトである。

当時はアギトを名乗っていなかったが、生徒からの人気も低い方だった。


「先生の左腕は如何されたのですか?」


真面目なカイザが手を挙げて言った。

そう言えば服で隠れて分からないが左腕が無いようにも見える。

始めて「先生」と呼ばれた後のアギトは、フッと鼻を鳴らし得意げに語り始めた。


「あれはまだ私が若かりし頃。海の主リヴァイアサンに一人で挑んだ時に左腕を持っていかれたのだよ。しかし今なら……負けはしないがね」


リヴァイアサンと言えば東の海にいるイメージだが、巨人族の島の向こうには大陸が広がっており、其処には魔王がいたとの噂は耳にした事があった。無論噂でしかないが。

この創造世界(パラレルワールド)がどういう拡がり方を見せているかは謎だらけだが、サルデアと呼ばれるこの国が鍵を握っている事は間違いなかった。

そんな事などつゆ知らず授業を受ける生徒たちだったが、中にはサルデアの歴史に興味を示す者が現れたのも確かで、やがてそれはドワーフ達に引き継がれるのだった。


「先生なら闘技場でも優勝出来そうですね」


終わり際にレノンが笑って言った。

当時既に闘技場のコロシアムは完成していたが、人間以外の種族の出入りは禁止されていた。

身分制度はこの時かなりはっきりしており、貴族、市民、ドワーフ、巨人族、エルフの順番に位分けされていて、ゴブリンはその更に下の家畜以下の存在だった。

とうとう隻腕のアギトの素顔を見た者は現れなかったが、それはカイザも同様だった。

この時既に剣技「氷結」を使いこなせていたようだが、当然親衛隊には入団していなかった。

あれから十五年。ついにアギトがかつての教え子の父を暗殺するに至る。

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