4
次の日の昼下がり、ナオミを乗せた馬車は首都マゼラに到着し、彼女は地下牢獄に誘導された。
鉄の檻に閉じ込められた人、エルフ、ドワーフは皆生気を失っていた。
この刺青男以外は。
「レイヴンではないか。君も捕まったのか」
「闘技場の事故で亡くなった人の中に貴族がいてね。この有様さ」
レイヴンは暗黒剣を使う戦士である。
彼の隣の檻に連れ込まれたナオミは、力なく大して掃除もされていない床に座り込んだ。
「どうしたの?元気ないねナオミちゃん」
「当たり前だ。後一歩で北へ出発できたというのに、このザマだ。逆に笑えてくるよ」
ナオミをここまで連れてきた隊長カイザはガチャリと檻の鍵を閉めると悠々と出て行った。
「闘技場のセクシーな司会者いただろう?あの人普段はこの檻の管理人なんだよ」
「ほう?」
「彼女は闘技場でのナオミちゃんの戦いぶりを観て、一目置いてるらしいんだ。だから脱走に手を貸してくれるみたい」
「失敗すれば死刑だぞ」
「確かにね。でも、商人エルフが馬を連れて外で待機してくれるらしい。きっと上手くいくさ」
「……捕まった事はどうやら国中で騒がれているようだな。逃げれば私は賞金首か」
夜までまだ時間はあった。
ナオミは木製の汚いベッドで横になり暫しの休息に入ったのだった。
ーー
『ナオミブラストよ。何故わたしに仕えるゴーレムを殺した?』
男か女かも分からない謎の声だった。
「わたしはこの世界の神。今お前の心に話しかけている」
青白い光を放つそれは、神殿にあった石像の形によく似ていた。
『いいか良く聴け。お前の神殿で犯した罪は大きい。許されたければファントムと名乗る悪魔を倒せ。奴の本当の名はサタン。今は幼い子供に寄生しているが、奴が更に力をつける前に抹殺するのだ。分かったな」
光は消えていった。
ーー
目を覚ました時、既にあの女は来ていた。どうやらクリスティという名前らしい。
妖艶なドレスに身を包んだ彼女は、ナオミより二つか三つ歳上に見えた。
「鍵、持って来たわよ。あと貴方達の武器も。感謝しなさいよね」
牢獄はサルデア城の地下にあり、この時間は見張りの者が少ないらしい。
獄の中を歩いて行くと長いハシゴが目に留まった。
どうやら城の中庭に通ずるようだった。
「緊張するぜ〜。見つかってカイザあたりを呼ばれたら一巻の終わりだ」
レイヴンがハシゴをよじ登りながら言う。
そのあとに続くナオミは妙な違和感を感じていた。
クリスティの善行の真意は?
彼女は本当に他人の為に我が身を犠牲にしてまで動く人間なのだろうか。
懐疑心を拭えぬまま地上へ。
そこでチラリと見えた人影の正体は、なんと国王レノン三世だった。
「やあナオミブラスト、レイヴン、そしてクリスティ。こんな夜中にどうしたのかな?」
「逮捕状を認めたのは貴様か。我らの行く手を阻むなら斬るぞ」
ナオミは脅してみせた。
国王レノン三世が死ねば国全体が崩れかねない。
そこをアンデッドに攻められればこの国の終わりだった。
だが思いの外レノンは好戦的だった。
「いいだろう。隊長カイザが到着するまで約二分。レノン家の恐ろしさを存分に味わせてやろう」
彼の足元に橙色の魔法陣が現れる。
どうやら土属性の中級魔法を発動させるようだ。
『ロックレイン!』
頭上に無数の岩が現れてはナオミたち三人目掛けて降り注がれて来た。
それにしてもこの老人、呪文詠唱が恐ろしく早い。
ナオミは常人離れした反射神経で岩をかわし、レイヴンは盾で防いでいた。
しかし、クリスティは足から血を流している。
「レイヴン、クリスティを守りながら魔法で援護しろ!」
ナオミは駆け出していた。
レノン三世の持つ黄金の杖が、呪文詠唱を急速に早めているに違いなかった。
アレさえ奪い取れば、カイザが到着する前に勝負を決めるのは可能である。
「ガードしなきゃ死ぬぞ」
ナオミは雷撃剣ザンガに手を添え言い放った。
剣技「閃光」の構えから、一気に間合いを詰め、斬りかかった。
「覇ーー!」
レノン三世は光属性魔法「バリア」をコンマ一秒手前で発動してみせた。
眩い光が彼を包み、一命を取り留めたかに見えたが、これはナオミの作戦だった。
「今だ、レイヴン!」
闇属性下級魔法「シャドーボム」。
紫色の球体は、バリアが解けた国王の杖目掛けて一直線に飛んで行く。
ガラスが割れるのような嫌な音がした。
杖がバラバラに砕けたのである。
「逃げるぞ。クリスティ、私に跨れ」
レイヴンの呪文を受け尻餅をついた国王を置き去りに、三人は庭を後にした。
ーー
「こっちだよ、早く!」
裏門で待機していた商人エルフはナオミにコカトリス討伐を依頼したあの子供エルフだった。
実はナオミの実の弟にあたるのだが、彼自身はまだその事を知らされていない。
それぞれ用意された馬に跨り、その腹を蹴った。
カイザの騎馬隊に追いつかれる事は死を意味する。
ナオミは取り敢えず森の方向に逃げるよう告げた。
「中々の馬だな。キミ、名前は何という?」
「アルクだよ!森はおいらの庭みたいなモンだから、安心して付いてきな!」
四騎は夜の首都マゼラを全速力で駆けて行く。
「まさか今夜野宿するなんて言わないでしょうね?」
「此処から西に行けばドワーフの洞窟がある。そこに居るジンに話をすれば匿ってもらえるはずだ」
クリスティの問いかけに答えた。
アルクとジンは出会った回数こそ少ないが、信頼できるタイプの人間だった。
「カイザに追いつかれたら僕が残るよ。今日こそ暗黒剣の真価を発揮する時かもしれない」
顔中刺青だらけのレイヴンが、白い歯を見せて言った。
四人はいよいよ町を出て、深き森に入った。
跡をつけられている気配はないが、油断は禁物である。
馬の息遣いは徐々に激しさを増し、いつ倒れてもおかしくない状況だった。
その時、クリスティの叫び声が後ろで聞こえた。
「奴が来たわよ!」
その鎧は銀色に煌めき、跨る白馬も見事なものだった。
レノン三世が最も信頼を寄せる男、サルデア国親衛隊隊長カイザである。
ナオミは藁にもすがる思いで召喚魔法を唱えた。
「召喚『ケルベロス』!」
地獄の番犬の異名を持つ三頭犬は、その姿を森羅に現した。
迎え撃つカイザは二刀流の剣を抜く。
そして目の前で起きた出来事に一行は度肝を抜かれた。
「究極剣技『桜竜の舞』!」
馬と共に身体をくねらせ、稲妻の如き速さで突進。
花びらを散らせながら青い竜の力を纏ったそれは、正に究極の剣技。
物凄い衝撃音を放った一撃で、ケルベロスは光の玉となって消えた。
「闇のエッセンスよ、僕に力を!」
悪魔の加護を受けるレイヴンに多少の不安を抱いたが、今は目前の敵を追い払う事が先決だ。
天は裂け、雷が鳴り響き、そこには黒い羽を生やしたレイヴンがいた。
暗黒抜刀切り。
目に止まらぬ早業だった。
それは相手の首元を掠め、宙を舞うレイヴンはカイザの頭上で止まった。
「闇属性だけを極めた僕の呪文を喰らえ。上級魔法『ジャッジメント』!」
ジャッジメントは三十秒後に対象を死に至らしめる恐ろしい魔術である。
これには流石のカイザも焦りを隠せない様子だった。
直ちに方向転換し、呪文詠唱が終わる前にと一目散に逃げて行く。
「何とか追い払えたみたいね……」
クリスティが額の汗を拭いながら言う。
緊張で顔を強張らせていたアルクにも笑顔が見られた。
ドワーフの洞窟に着いたのである。
「やあ、ナオミ、レイヴンよく来たな!」
ジンは満面の笑みで四人を招き入れてくれた。
しかし再会を喜んではいられない。
明日にでもアラモ村のネロと合流し、再び北を目指さなければならないからだ。
そしてレイヴンのあの強さ。
カイザ、シンバ、ファントム……。
自分より強い者はまだ幾らでもいる。
それを肝に免じたナオミブラストは鍛冶屋に剣の修理を頼むのだった。
*****
昨夜年長ドワーフのジンは、満面の笑みで四人を招き入れてくれた。
しかし再会を喜んではいられない自分がいた。
明日アラモ村に居るネロと合流したら、修行するのも悪くないかもしれない。
「ジン、済まんが貴方も旅に参加してほしいのだ。各地に記されたドワーフの文字の解読に協力してもらいたい」
ナオミは立派な髭を蓄えたジンに、旅の同行を依頼した。
クリスティは分からんが、レイヴンは旅に参加してくれる手応えを感じていた。
あとは弟のアルクがどうするか。
ドワーフの洞窟を出ると、小鳥のさえずりが聞こえた。
朝の日差しも暖かく、森は昨夜の激闘を感じさせない落ち着きを取り戻していた。
アルクと初めて出会ったのもこの「深き森」である。
天涯孤独と思い込んでいた自分に血の繋がる姉弟がいた事実は、キャンディスという少女が消えた今、ナオミに生きる糧をまたほんの少し齎した。
幼い彼はまだ自分が姉だという事は知らない。
だが、それでいい。
時間を掛けて信じ合える絆が生まれてからでも遅くない。
ナオミはそう考えるようにしていた。
丘の上。クリスティがいた。
茶髪ショートカットの彼女は、緑色の瞳と妖艶なドレスが特徴的だった。
闘技場の司会者と牢獄の番人を掛け持ちしていたようだが、実際のその素性は謎に包まれている。
「私が初めてアラモ村を訪れた翌日、この丘でドラゴンを見た。南の山の方角、立派なものだったよ」
クリスティはチラリと此方に目をくれ、頷いた。
ドラゴンはありとあらゆるクリーチャーの中でも最強と呼び名の高い。
そのため一部のサルデア人の中では神の化身と信じられていたりする。
「これからどうするつもりだ?」
「分からないわ。アンタを助けたのだって退屈凌ぎだったし。このパーティの面子がつまらないと分かれば直ぐにでも去るでしょうね」
そこへジンがかなり慌てた様子で丘を登って来た。
「キャンディスが」
最初の一言で察した。
急いで丘を下り、洞窟の方へ。
帰って来たのだ。
実の妹のような掛け替えのない存在が。
「お姉ちゃん……久しぶり……」
幻覚ではない。
ナオミはまるで機械仕掛けのような彼女を強く抱きしめた。
「指輪……貰う」
「えっ?」
キャンディスは何故か召喚の指輪をもぎ取り、距離を取った。
「ファントムの命令……アタシの力で召喚してみせる。コカトリスとケルベロスの融合召喚。『グリフォン』」
キャンディスは操られている。たしか初めてファントムに会った時、彼女を駒にすると言っていた。
「融合召喚じゃと?まさか二体分の召喚コストを消費してのけると言うのか!やはりキャンディスも悪魔の力で……!」
ジンが驚きのあまり目を見開いている。
「グリフォン」と名付けらし召喚獣は上半身はコカトリス下半身はケルベロスという、とんでもない化け物だった。
騒ぎを聞いて駆けつけたクリスティとアルクもその姿を見て絶句した。
「ナオミ、レイヴンは昨日から様子がおかしい。戦わせないのが無難だよ」
とアルク。どうやらレイヴンは暗黒剣の呪いで苦しんでいるらしい。
「よし、アルクは下がっていろ。ジンと私は前衛。クリスティ、援護を頼めるか?」
「分かったわ。下級魔法の連撃でサポートしてみせる」
連続魔法は体力に自信が無く、代わりに魔法スキルが高い者にうってつけの手段である。
ジンは既に己の斧を肩にかけ、戦闘モードである。
グリフォンの雄叫び。
鼓膜が破れそうなほどの痛烈な叫びだ。
召喚されたクリーチャーは召喚士に絶対服従。
もはや戦いを避ける手段は残されていない。
「覇!」
ナオミブラストは抜刀切りを見舞った。
グリフォンの左前足に斬撃を浴びせる。
鎧のような皮膚に僅かだが切り込みを入れる。
雷撃剣のみが為せる業だった。
繰り返すことで麻痺効果が期待できる。
そうすれば本体であるキャンディスから指輪を引っ手繰る時間を稼げる。
グリフォンの鉤爪。
僅かに見切ったナオミの頭上で空を切る。
その間にもクリスティは土属性下級魔法「クエイク」を連続で放ち、怪物の頭部に命中させていた。
ジンも懸命に斧を振りかざし、注意を拡散しているが、そう容易くは近づけない。
グリフォンの攻撃をまともに喰らえば、一撃であの世へ送られる可能性も十分にあり得るからだ。
灰色の鷹と黒い犬の合成獣。
体長は恐らくだが六メートルに達する。
飛翔し、風属性中級魔法「メガウィンド」を放つその姿は何処か神々しさすら感じさせていた。
風は、鎧姿のドワーフ目掛けて容赦無く発射され、彼は後方に吹き飛ばされていった。
クリスティの放っていた直径五十センチの石も、あらぬ方向に飛んで行く。
風を直接受けていないはずのナオミも、予想以上の風圧で立っているのがやっとという状態。
万事休すである。
「キャンディス!私と出会った日の事を思い出せ!私やジンは仲間だ。そうだろう?」
腕で爆風を避けながら、懸命に言葉を投げかける。
ファントムに操られているとはいえ、記憶が完全に飛んでいる訳ではない。
もはやレイヴン無しでこの場を切り抜けるには、これしか方法が無かった。
「お姉ちゃんは好き……。でもアタシは……だし……呪われてるの。もう……は普通の人間……の」
キャンディスの呟きが、途切れ途切れだがナオミの耳に入ってくる。
(くっ……!)
ナオミは全身の力を振り絞り、剣技「迅竜」を放った。
青白い竜の飛翔。
攻撃はグリフォンの腹部を深く抉った。
比較的皮膚の柔らかい部分のため、麻痺効果が期待できるはずである。
「目を覚ませ!この召喚獣を指輪に戻すんだ!早く!」
既に一分が経過していたが、キャンディスは一向にグリフォンを引っ込める気配がない。
底知れぬ魔法耐久力を得た彼女は、もはや今まで対峙したどの相手よりも厄介だった。
ナオミの声も虚しく、グリフォンはナオミを鉤爪で押し潰さんとばかりに押さえつける。
クリスティの連続魔法も、怒りを露わにした獣には牽制にすらなり得ていない。
「キャンディス!」
ナオミは血反吐を吐きながらその名を叫んだ。
彼女が私を殺すはずがない。
その時、グリフォンは茶色い光る球体となって指輪に戻った。
心の奥底の痛烈な叫びが、ついに少女の心を動かしたのだ。
苦しい戦闘は突如終わりを告げた。
「今日はゆっくり休もう。明日になれば呪いもきっと解けるさ……」
普段冷静沈着なナオミがいつになく感情的になっていたが、まあ無理もなかった。
何故なら今彼女の腕の中にいる少女は、実の妹のような掛け替えのない存在。
唯一無二のキャンディス・ミカエラなのだから。
「そいつをパーティーに加えるのは危険よ、ナオミブラスト」
腕組みしながら言うクリスティを他所に、ジンも少女のそばへ駆け寄る。
旅に出て色んな仲間と出会えた。
得た傷は多くとも、彼らが一人も欠けてはいないのが奇跡であり、また喜ばしい事でもあった。
「ここから南にアラモ村と呼ばれる集落がある。そこに居るネロという男と合流し、皆で北へ向かおう」
これは王国、悪魔、そして神すら敵に回したハーフエルフの物語。
旅は続く。
*****
遡る事二週間。
ナオミブラストは自身の鎧の素材となる人狼の毛皮を求め、ドワーフの山へ訪れていた。
まだキャンディスに出会う前の話である。
取り敢えず情報を集めるべく、山村に足を運んだ彼女だったが、村は既に人狼の被害を受けており、死者も出ていた。
酒場には人間、ドワーフ、そして巨人族までもが入り乱れ、誰が人狼を殺せるかの話で溢れかえっているのだった。
ナオミが口を開いた。
「お前が亭主か。人狼が出没する場所や時間帯、弱点等について詳しく知りたい」
辺りは束の間の沈黙に包まれ、やがてそれは嗤い声に変わっていった。
「お嬢ちゃん、幾らお前さんが一端の剣士だとしても相手は大柄な人狼だ。一噛みであの世行きだぞ〜」
どうやら森でゴブリンを駆逐した事を彼らは知らないらしい。
それにしても亭主の黄色い目は、この世界での女エルフへの侮蔑を顕著に物語っていた。
「ふん……大した情報も貰えそうにないな」
ナオミブラストが腕を組み店内を見回していると巨人族の青年と目があった。
身体は二メートル五十センチ。巨人族にしては小柄な方だろう。
「お嬢ちゃんソイツと絡むのは辞めておきな。村一番の変わり者だぜ?」
聞けば青年は名をルシドと言い、顔には大きな傷跡があった。
一見穏やかそうな彼だったが、目には不思議な力がある。
ナオミは興味本位でルシドの向かいの席に座った。
「人狼に関する情報か?欲しければ俺とゲームをしよう。勝てば無料で知る限りの事を教えてやる」
ルシドの声は低く、落ち着いていた。
ゲームの内容はサルデアに実在した偉人たちのカードゲームだった。
中にはコカトリスなどのクリーチャーも存在するらしい。
「俺が悪魔デッキ。アンタが女神デッキだ。ルールを教えよう」
・デッキはお互い三十枚、或いは六十枚で行い、先にデッキが切れた方が負け
・一ターンに一度ドローすると同時に山札からマナゾーンにカードを置く
・マナを使用し人やクリーチャーを召喚し、相手を攻撃する事によってデッキを減らす
他にもマジックやネクサス等、カードの種類分けがあるようだが、主なルールは以上だった。
「良いだろう。この勝負受けて立つ」
ナオミブラストは初手の五枚のカードを確認した。
「レノン一世」等の古いカードから「盗賊王アギト」の様な若いものまで様々だった。
取り敢えずマナの軽い「サルデア兵」を場に出す。
相手ターンが始まってもナオミは己のカードの詳細を逐一確認していた。
それにしても黒いマスクで覆われた盗賊王アギトの顏には、何処かで見た事がある様な面影があった。
気が付けば相手は「コカトリス」を場に出していた。コスト三にしては戦闘力が高い。
どうやら悪魔デッキは低コストのクリーチャーを大量に場に出し、強力なマジックカードでとどめを刺すコンセプトの様だった。
此方はレノン家に仕える強力な将軍達もデッキ入りしているが、コストは高めである。
「なるほど…ネクサスカードはマナゾーンで使用された時に効果を発揮するのか」
今更ルールを確認している間に、自身の場の「サルデア兵」が死に、ガラ空きとなっていた。
この状態で攻撃されるとデッキ其の物が減り、デッキ切れは敗北を意味する。
「盗賊王アギトに関しては何か知っている事は無いか?」
「『情報』は俺に勝ってからだ。後手札のカードをバラすんじゃない。楽しみが減る」
ゲームは終盤に差し掛かり、ナオミは師匠「シンバ」の召喚に成功した。カードの詳細によるとマジックを無コストで使えるらしい。
最終的に相手はレアマジックカード「大審判」を使う前に敗北した。
もし六十枚ルールで対戦していたら、ナオミが負けていただろう。
「良い勝負だった。約束通り情報をやろう。盗賊王アギトは昔レノン家に仕えていた経歴を持つ。暗殺術を得意とし、今でも西の方では勢力を拡大しつつあるらしい。で人狼の方だが……」
ルシドは一呼吸置きやがて囁く様に言った。
「俺とお前さん。この二人以外のこの村の誰かが人狼だ」
ーー
夜。ナオミとルシドは人狼がいつ出没しても良い様気を張り巡らせていた。
ナオミの武器は名剣「ガイキ」ルシドは斧を手にしている。
しかしいつまで経っても人狼らしき者は現れない。
やがて村は寝静まりナオミは口を開いた。
「どうやら人狼はまだ姿を見せないらしいな。我々に警戒しているのか?」
「…………」
ナオミは男を信用しない性格だった。
僅かな気の乱れと殺気。剣を抜くには十分過ぎた。
ナオミは背後にいた大男の首を切り落としたかに見えたが、直ぐさま別の頭部が姿を現した。
オオカミ男の正体はルシドだった。
「俺に対して一切気を許していなかったとはな。ナオミブラスト」
「私の存在を知っていたのか?」
だったら話は早い。噂の剣技を隠す事なく存分に発揮出来る。
しかし人狼は不死身なのか?
首を切り落としても死なない相手はかなり珍しい。油断は大敵だった。
斧。凄まじい勢いだったが左にかわし、間合いを詰める。
師匠直伝の剣技「迅竜」を見舞おうとしたが、人狼は思いの外素早い動きを見せた。
屋根の上に飛び移り、此方を見下ろしている。
ならば魔術しかあるまい。ナオミは下級氷属性魔法「フリーズ」を対象に見舞った。
一応六種類全ての下級魔法を習得済みだが、ナオミが得意とするのは氷、風、光の三種類である。
氷の礫が人狼ルシドに命中する。
怯んだ隙にナオミもせっせと屋根に登った。エルフ族は基本身軽である。
(どうやら魔術で殺す事は可能な様だ)
ハーフエルフは倒す段取りを立てていた。下級魔法しか使えないナオミにとって、剣技の使用は必須と言える。
すっと構え、目を閉じる。
相手の気配を感じて戦わなければ、素早い相手を捉える事は出来ない。何しろもう真夜中である。
(喰らえ!)
疾風の如き抜刀切り。これが後の剣技「閃光」である。
重い一撃を見舞われた人狼は上下に両断されていた。
再生しようとした胴体に連続で「フリーズ」を見舞い、凍らせる。ナオミの勝利だった。
ーー
翌朝ナオミはルシドが人狼だった事を伝え、村を跡にする事にした。
お礼にと、村から無料で防具作成を願い出た者がいた為、悪い気はしなかった。
長老から薬草も僅かだが貰い、いよいよナオミの人助けの旅の準備は整ったと言える。
「さて…」
ナオミは木の枝を立て、何方に転ぶか見定めた。この枝が指す方向にあるのがアラモ村。冒険の始まりの村である。