表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLACK JOURNEY  作者: Rozeo
青の章
13/17

遡る事八十年。ロキは重さ二十キロの盾を思わず地面に落とした。火山灰の降り積もるここフメア山に、鉄が甲高い音を立てるのが鳴り響く。

この大きさは。

思わず苦笑いの笑みを零した。これまで幾多の戦に参加し、その名声を欲しいままにしてきたロキだが、今回ばかりは苦笑せざるを得ない。

と言うのも今目の当たりにしている魔物は体長七メートルは軽く凌ぐであろう怪物である。


「ロクサネ様!早く契約を」


兵の一人が言った。先頭を行くロキの他に五百名もの兵士が姉ロクサネを取り囲む様にしてここまで進んできている。


グオォォォ……


怪物は赤いマグマの中から翼をはためかせ、我々を威嚇した。咆哮は耳を覆いたくなる程凄まじい。

ドラゴン。

真っ赤に鱗を染めた体長七メートル超えのそれは、今までロキが対峙してきたどの魔物よりも異質の存在だった。

風圧が熱気と共に兵たちを襲う。既に尻餅をついている者もいた。


「本当に良いのですね?」


年長の兵士が中央から歩み寄ってきたロクサネに最後の問答を投げかける。

当然だろう。これから我々が行おうとする事は全世界を戦いの渦に巻き込む事に他ならない。それでもロキは躊躇うべきでないと考えていた。闇の国の魔王が深い眠りから覚めたとの情報の信憑性はもはや火を見るよりも明らかだからだ。


「姉上、ドラゴンは神々の化身です。呉々も炎には用心を」


鎧姿のロキの言葉に今年二十七歳になる美女ロクサネは静かに頷いた。地の国の宗家の者たちがどれ程彼女の美貌を欲したか。想像に難くない。

だが姉上の魅力は顔の美しさだけでは留まらないというのがロキの見解だった。頭の回転が早く、なにより誠実である。


「分かった。ロキ以外の者はもう下がってよろしい。私は地の国の分家の誇りを取り戻すべく、この魔物と契約を執り行う。流浪の旅になるかもしれぬ。それでもこの赤き竜は我々の力となろう」


兵たちから歓声が上がった。皆地の国出身で腑抜けた宗家の者達よりも我々が、特に姉上が優れていると信じ、生死を共にしてきた者たちである。


「神々の化身赤き竜よ。今一度我に力を!」


ロクサネは一歩、また一歩山の頂上にある高音のマグマに潜んでいた竜に近づいていく。

契約の指輪を掲げた。彼女は本当にやるつもりだ。ドラゴンの炎に包まれれば一巻の終わりである。


ドラゴンは鼻息を荒げながら、じっとロクサネの方を見つめている。


「姉上、今です!」


ロキは叫んだ。眩い真っ白な光がロクサネの指輪から放たれる。グオォォォと叫び声を上げ、ドラゴンは瞬く間にその指輪へと吸い込まれていく。


「くっ……」


ロクサネが必死に耐えているのが分かる。一瞬でも気を緩めればドラゴンとの契約は成立しない。


「耐えてください姉上!」


今年二十五歳になったロキも、思わず心配の声を上げる。

怖いものなどない。数多の人を殺し、鬼人とまで言われるようになった。そんなロキが唯一恐れているのが姉ロクサネの死だった。彼女は昔から自分と違い、身体がそこまで強くないのだ。

そんな彼女が自ら契約を志願した時は誰もが驚いた。地の国分家の長女として責任感を感じていたのだろう。


ロキはドラゴンと契約を結ばない。というより出来ない。契約の指輪は女しか嵌める事が出来ないからだ。男が手にした場合その者は不幸の死を遂げると言われている。


「ハァァァァ!」


契約は無事完了した。しかし問題はこれからである。ドラゴン教という宗教が蔓延るこの世界で契約を結ぶ事は裏切りに直結する。当然各国の代表が団結して我々を始末しようとするだろう。だがそれでも天下統一という果てしない野望に美貌という姉上の武器が何処まで通用するか試す機会を与えられたというものだ。この契約はその護身の為でもある。


天下。ロキはこれまで余り口にしてこなかった。「アマツカミの金山」を掘り当て、その金の力だけで繁栄してきた地の国の端くれが言っても嗤われるだけだという思いがまだあった。

いつかーー。これまで姉上を侮辱してきた宗家の者たちを皆殺しにし、地の国を治めてみせる。その為の第一歩がたった今完了したのだ。


「ロクサネ様、お見事でした。さあ一番近い火の国の村まで二十キロ。駆けましょう。駆けて駆けて、ロクサネ此処にありと火の国の連中に思い知らせましょう」


北西に地の国、南西に火の国、その更に南に闇の国である。

ロキも馬に跨りフメア山を降りていく。

とんでもない事をした。だが後悔の念はなかった。夢も此処から始まるーー。


*****


火の国の村に到着した。道中でドラゴン教徒にロクサネこそ真のドラゴンの継承者だと伝える。信者の多い火の国ではかなり有効的であると言えた。

ロクサネが言った。


「今晩は此処で厄介になりましょう。兵の数もこのままいけば一千は超えそうですし」


千年に一度のフメア山の噴火さえ無ければこの村の人口も百は超えそうだが、まあいい。考えても無駄だ。女王となるロクサネがこのような寂れた村に寝床を提供されるのは本心にそぐわなかったが、見た所宗教の匂いはする。


「この村の長に会わせてくれと、地の国のロクサネが言っていると伝えてくれ」


「この村に長は居ません。ですが皆に慕われている者ならおります」


「ほう?」


「シエン様です。今は火の国の王立図書館に出て行っており不在です。少々お待ちください」


この村の代表で我々に待てと。血がかっと登るのを堪え、ロキは渋々頷いた。

ふとシャボン玉のようなものに包まれた本でいっぱいの家が目に止まったからだ。


「あれは?」


「シエン様の家です。勤勉な方で、謀略と魔術に秀でたお方です」


これはもしや。ロキの中である思惑が生まれた。それはロクサネも一緒らしい。此方の目を見て頷いている。

軍師の存在はこの世界の統一に不可欠だった。これから勢いを増すドラゴン教徒の反乱は恐らくは鎮圧される。だからこそ明確な戦略が必要不可欠なのだ。


「此方の木陰でお待ちください。今お湯をお出しします」


ロクサネは昨日まで兵たちは一昨日まで何も食べ物を口にしていない。その事を伝えるかと思ったが、分家の誇りがそれを許さなかった。

代わりにシエンはどういう男なのか問いただす。聞けば上級魔法が使えるようだった。

この世界の魔法はそれぞれ六つの国で編み出された魔術が折り重なって出来ている。上級魔法は六つ全てを使いこなせて始めて解放されるのだが、そんなものを使いこなせる者がこの村にいる事が先ず驚きだった。


「何故シエン殿は火の国に仕官しない?食うものにも困らないでしょうに」


「志の違いでしょう。金貨では買えない何かをシエン様は欲しています」


話はそこまでだった。シエンが帰ってきたからである。彼は細身の男だった。二十二、三歳くらいだろう。手には扇子を仰いでおり、もう片方の手には分厚い本が携えられていた。


「どちら様で?」


シエンの声は不思議な力があり、只者ではない気配が感じられた。ロキが言った。


「我々は地の国の分家の者だ。一晩厄介になりたい」


「なんだそんな事ですか。それならお構いなく。我々は火の国の(しもべ)ではありません」


シエンは扇子を優雅に仰ぎながら笑って言った。


「国境のへんぴな土地ですが、僅かに食べ物もあります。どうです?これから私の家でお茶でも」


一旦ロクサネと視線を合わせ、二つ返事で承諾した。シエンの家は質素だが、本の数は五百を超えていたから驚きだ。


「シエン殿は勉強熱心なんですね。どうしてまた?」


「これはこれはロクサネ様。その美貌の半分でも才能があれば誰でも会得出来るような内容の本ばかりですよ。これなんか読んだらどうでしょう。ヘルメルツ家の謀略術。入門書になります」


入門と聞くのでどんな本かと見て見れば、自分だったら読むのに五千日は掛かりそうな分厚い本だった。

興味深げにロクサネが覗き込む。


「しかしシエン殿。聞けば貴方は魔術も扱われるそうではないか。あれは常人には出来はしない。どうです?我々と一緒に来てもらえれば……」


お茶を注いでいたシエンの眉がピクリと動いた。急ぎすぎたか。それとも手応えありなのか。答えは単純明快だった。


「それなら結構です。私は火の国のさすらい人。誰も私の力など欲していますまい」


「そんな事はない。シエン殿は天才だ」


「あなた方の目的は何です?所謂地の国宗家の滅亡でしょう?私はひっそりと生きます」


「天下」


思わず口に出していた。本を広げたロクサネも既に顔を上げている。


「先日ドラゴンとの契約が完了した。これでこの世界のドラゴン教徒は反乱を企てる。その反乱に乗じる」


「なるほど」


お茶を口にしたシエンの表情が僅かに動いた。全く何を考えいるのか読み辛い男だ。

孤独なのかもしれない。ふとロキはそう思った。この村にシエンを本当に理解できる者など居はしない。いやひょっとするとこの広い火の国全体を見回してもそれらしき者は見当たらないかもしれない。


上級魔法。捨て身の禁術だった。そんなものを会得した者と我々は対峙している。自分の剣の一振りでは到底成し得ない事を成せる者が今目の前でお茶を飲んでいる。


「分かりました。ドラゴンが味方なら信仰厚い火の国は落とせそうです。しかしそうなれば残り五国は団結する。その時は私の謀略で出来るだけの事はしてみましょう」


天下を嗤わなかった。それどころか火の国を取れるとまで言った。この男と一緒なら本当にいつか報われるかもしれない。シエンにはそれを期待させる何かがあった。


*****


咆哮。それはヘルメルツ城の城壁から深く木霊した。レオン・ライデン。それが獅子の頭部を持つ自分に課された名だった。

人々は己を恐れ誰も近づきはしない。そんな中火の国のヘルメルツ王だけは違った。

力任せに戟を振るう自分を寛大に受け入れたのだ。幼き頃から腕力には絶対の自信があったレオンは直ぐさま将軍に昇格した。元々光の国出身だったが今は未練はない。


「将軍。地の国の分家の者が、ドラゴンとの契約に至ったそうです。全くあの裏切り者めが。これで火の国のドラゴン教徒は奴らに味方しましょう」


ロクサネ。知っていた。見る者を一目で虜にすると言われているが、自分に限ってそれはないだろう。それよりも弟のロキの方が気になった。鬼人の異名を持つと言われているが、まさか自分ほどの武勇はあるまい。


「王は既に知っておられるのか?」


レオンは低く太い声を出して言った。部下の者は一見冷静さを保っているが、本心では震え上がっているはずだ。


「え、ええ。これから作戦会議が執り行われます。是非将軍も参加されるよう……」


話はそこまでだった。のっしのっしと城下町を見渡せるこの場所から王の間へと歩を進める。

元々ドラゴン教徒の多いこの国では反乱への警戒は怠っていなかった。それでもまさか絶世の美女がドラゴンと契約を結ぶとは思わなかっただろう。

人々はあのロクサネを担ぎ上げ、反乱は六国全土に拡がるに違いない。


王の間に通された。ヘルメルツ王の頭にも白いものが入り混じるようになっていた。自分ももう三十二である。


「おおレオン。先日の闇の国の魔王が目覚め、この国を狙っている事が明らかになった。そこで其方には南の警備に出で行ってもらいたい」


「しかし反乱の鎮圧が先では?」


「いやこれは決定だ。魔王の恐ろしさをお前は知るまい。五千の兵を率い、南へ参れ」


王も老いたのか。国内の反乱より、遥か遠い敵国への備えを優先するのか。


「ヘルメルツ家の謀略を甘くみるな。反乱の鎮圧には地の国の宗家の者に頼んである」


地の国の宗家の代表はうつけ者と噂されていたがどうやら噂は本当のようだ。こうも易々と援軍を寄越すとは。


「では行け」


何処からか込み上げる不安を他所に、レオンは部屋を出た。目指すは南の国境の砦である。


「これはこれはレオン様。方天戟の修理でも致しましょうか?」


部下であるスキンヘッドのフランが見事な髭を撫でながら部屋の外で待機していた。彼は自分の姿を恐れない数少ない友人だった。


「頼む。闇の国の魔王と一戦交えようという時に、錆びていては困るからな」


フランは小柄で、自分の半分程の体重だったが、芯はしっかりしていた。

戟を預け、城下町を見下ろし大きく伸びをする。昔からこの場所が好きだった。見渡しが良く、西には海辺も見える。


「兵五千の調練は欠かさず行なっております。南へは一月ほどで辿り着けましょう」


頷き、兵達を見る事にした。

フランの調練は思ったより甘かったようで、武器の扱いなどは素人に毛が生えたようなものだった。死を覚悟出来る者がどれ程いるかも疑問視するところだ。

火の国の兵士は平和ボケしている。このままでは同盟国である地の国諸共近い将来滅んでしまうだろう。

ヘルメルツ王の為に自分が出来る事はーー。

レオンは武器も身に付けずに兵達の前に躍り出た。


「さあ俺を槍で刺し殺してこい。出来ない者はこの場で打ち殺す」


躊躇っていた。皆俺が怖いのだろう。しかし魔王の恐ろしさは俺を優に凌ぐ。

どうせ戦場で死ぬのならここで一人打ち殺して兵達の意識を変えた方がいい。

レオンはもう一度煽り、唸り声を上げた。

一人、槍で飛び掛かってきた。かわし、拳を腹に叩き込む。続け様にちらほら槍を突き出す者が現れ始めたが、とうとうレオンに傷を負わせるものは現れなかった。


「戦場では躊躇いが命取りになる。今日から二十日で南へ駆けるぞ。遅れる者は斬る」


そう言って見せしめに一人打ち殺した。斬る事がただの脅しではない事を思い知らせる為である。

今は乱世。強い者だけが生き延びる時代。

レオンはフランに聞こえるように舌打ちした。調練が甘かったせいである。


「私も駆けます」


馬から降り、走り出すフラン。

これでいいのだ。火の国が生き延びるのに自分が出来る事はこれしかない。

あとは戦場で暴れ回るだけである。

兵五千が一斉に駆けはじめた。夕日が城に反射する。

またいつか。呟き、レオンは最後尾を駆け出した。


*****


地の国の宗家に仕えるのは髭の生えたドワーフ族だった。アマツカミの金山で採れた金貨をばら撒き兵を募っていく。


「アンガス兵長、本当に同盟を破る気ですか?」


馬車の中で兵の一人が耳打ちする。そう、これから地の国は火の国に攻め込むだ。伝令の言葉を信じるなら今火の国はレオンを失い、五千もの兵士を南へ割いている。混乱に乗じ、火の国を乗っ取る事は可能だった。


「火の国のシエンという名の男から情報があった。このままでは火の国は滅びると。反乱軍に手を焼いている今こそこのアンガス様が火の国を攻めるべきだと」


「しかし宗家の者はどうしましょう?」


「あのうつけか。放っておけ。火の国を我がものにしたらケジメをつける」


アンガスには野心があった。いつかあのロクサネを我が妻にしたい。その為にも彼女が息を潜めているとされる火の国を攻める事は必然だった。

幸い地の国にドラゴン教徒はそれ程いない。それにあの女の操るドラゴンがいればやがては全世界を我がものに出来るかもしれない。

アンガスは兵達の進行を急がせた。昔から欲しいものは直ぐに手に入れたくなる性分だった。


「アンガス様、兵たちは疲弊しています。此処は一度進軍をお止めくだされ」


「いや火の国まで休まず駆ける。奇襲こそ我がドワーフ軍の強みだ」


作戦は間違っていない。アンガス軍二千は火の国との国境間近まで来ている。東から来た反乱軍一千に気を取られているうちに、城を攻める。単純明快だった。

それにしても宗家のうつけ加減には毎回反吐がでる。まさかこの自分を此処まで信用していようとは。


「伝令!東の反乱軍がヘルメルツ軍とぶつかりました。指揮しているのはシエンの模様」


「して、優勢なのは?」


「ヘルメルツ軍です。反乱軍はぶつかり様直ぐに逃げ出す始末」


やはり寄せ集めの軍か。だが軍を出している今こそ攻城の絶好の機会と言える。

夜通し、駆けた。ヘルメルツ城は難攻不落だという噂だ。一度手に入れてしまえば、二千の兵でも十分ヘルメルツ軍を追い払える。


見えてきた。火の国の首都ヘツメルツ。住民は躊躇わず斬った。目指すは城のみである。


「アンガスが援軍に来たと伝えてくれ。門を開けてくれ」


叫んだ。返事は無かったが、アンガスは攻める合図を出した。攻城戦はドワーフの得意分野だ。こっそり手配した攻城兵器で一気に城門を攻め上げる。その時だった。


「ヘツメルツ軍が反転して帰って来ました!」


城門の突破まであと僅か。どちらが先か際どいところだった。


「一気に攻めよ!我がドワーフ軍の力思い知らせるのだ!」


腹の底から声を上げた。翌日遂にアンガス軍は城門を突破した。美しきヘツメルツ城に火の手が上がる。

自身の斧で兵士一人を両断した。まだ自分の腕は衰えてはいない。

人間族が大半を占める火の国では代々伝わるヘルメルツ城の主が国を治める事になっている。アンガスは王の玉座を見て狼狽した。


「伝令。引き返してきたヘルメルツ軍をシエン率いる反乱軍が此処ぞとばかりに追い散らしています」


「なるほど、シエンは少しは役に立つようだ」


この戦いが終われば部下に加えてやってもいい。混乱する城内でアンガスは玉座に腰かけた。


「それにしても肝心の王は何処だ?この城の何処かに隠れているはずだ。探せ!」


怒鳴り声を上げた刹那外で悲鳴が上がった。見れば赤き竜が何処からともなく現れ、桟橋にズシンと降り立っているところだった。

乗っているのはロキとロクサネ。


「投降しろ。我々反乱軍は無駄な殺戮はしない。この竜の炎の餌食になりたくなかったら、大人しくヘルメルツ城を明け渡せ」


矢を放とうにも放てなかった。乗っているのはあのロクサネである。


「おのれ、シエンを甘く見たか……!」


玉座に座っていたのも僅かな間だった。おまけに裏切り者の汚名まで着せられている。全てシエンの罠だったのだ。

ドラゴンの炎は城の者の戦意を喪失させるのには十分過ぎた。ヘルメルツ城はアンガス軍諸共降参した。


「やあアンガス。宗家を裏切ったのか。ロクサネに仕える家来にしてやってもいいぞ」


ロキが剣を片手に言った。逆らえば死は免れない。それにしても自分のような者を生かしておくとは。シエンなら迷いなく殺すだろう。

ロキお前は甘い。だがあのロクサネを目の当たりにすると反逆の意志も薄れる。あの女の美貌はもはや魔力だった。


「良いだろう。このドワーフアンガス、ロクサネ様に忠誠を誓おう」


形だけ述べた。だがこの城は元々一千の反乱軍の手に落ちた事になる。

シエンめが。もう一度頭の中で呟き、アンガスはロキに頭を下げた。


*****


流浪の軍となっていた。この広い火の国で自分だけが孤立している。

レオンとフランはひしひしとそれを感じていた。これから帰って反乱軍相手に戦っても討ち死にするだけだろう。

ヘルメルツ王が亡くなった今女王ロクサネとの関係は最悪なものとなっていたが、あのドラゴンを甘く見てはいけない。それに今は機が熟していないというのがフランの見解だった。

これから世界は乱れに乱れる。既に風の国はは五万ものドラゴン教徒で溢れているし、同盟国を失った地の国などは混乱し始めている。つまり機会を見てロクサネやロキを討てばよいのだ。


「闇の国の魔王に投降しよう。今は金がない」


眠りから覚めたばかりの魔王にとって、五千もの兵力は魅力的なはずだった。

現世に魔王の素顔を見た者は誰一人として居ないが、この投降は認めてもらえる自信がレオンにはあった。

闇の国。コツコツと戸を叩いた。迎え出た骸骨兵は言葉を発しなかったが、やがてクイクイとその骨の指を折り手招いてみせた。

この門を潜ればもうその先は闇の世界である。こいつもしや死神か?ふと骸骨兵に芽生えた畏怖感を拭えないまま、レオンはフランと共に魔界へ足を踏み入れていく。


シャーーァ


魔物が、フランの首に纏わり付いた。カーテンのようなヒラヒラの骸骨である。

何だここは。レオンは鼻息を荒げながらも骸骨兵の誘導する方向へ進んでいく。


「ひいっ!」


フランが思わず声を上げるのが聞こえた。闇はどうしても人を恐怖に陥れる。


「ココデス……」


宮殿にたどり着いた。辺りは真っ暗なので光る宮殿はやはり眼を見張るものがある。


「此処に魔王が」


レオンは一息つき、宮殿の門を開けた。五千の兵は門の外で待たせてある。


「待っていたぞレオン。我が友よ……」


声は低く落ち着いていた。すっぽり黒い布で顔を覆っており、数人の下女をはべらかせている。魔王の肌は灰を被ったような色をしており、筋肉質なので力は強そうだった。


「レオン軍五千は貴方に帰属します」


「そうかそうか。だが高々五千の兵などどうでもいい。私には優秀な将軍が必要だったのだ。歓迎するぞ」


そしてやっとフランに気付き、フム……と見下すような目で彼を見たが、やがて無視されるに至った。


「其方は何が欲しい?金か女か名声か」


「殺されたヘルメルツ王の仇が討ちたいのです」


「何だそんな事か。今内陸部の風の国は動けん。ならば援軍も出せまい。我々が火の国を手に入れ、やがては地の国をも手にする未来が見える。そう思えんか?」


と魔王は下女の一人の顎に手をかけた。


「人間、エルフ、ドワーフ、魚人、天使そして悪魔この世界を治めるのはどの国になるか見ものだな」


確かにその通りだった。今風の国は反乱の鎮圧に手を焼いている。いやこのまま飲み込まれるかもしれない。八方塞がりの火の国は王が変わった今こそ叩きのめす時だろう。


「火の国の間者が、チラホラ見受けられる。恐らくシエンという男のものだろう。ロキという将軍も居るが、将来手を焼くのはシエンの方だろう」


響きのある太い声は聴くものを震撼させる。フランなど気を失わないのが精一杯といった感じだった。


「では俺が火の国に魔王軍を率いて攻め入りましょう」


聞けば現在出動可能な魔王軍は一万二千ほどだった。これにレオン軍五千が加わるとなるとヘルメルツ城を陥すのも時間の問題だろう。

だが一つ引っかかるとすればドラゴンの存在か。


「お前たちが連れ来た軍は囮にする。それは貴様が率いれば良い」


フランが深々と頭を下げる。

それにしてもシエンか。闇の国は聞いたところ火の国に攻め入る気など今の今まで見せていなかった。つまりあの時城で受けた情報はデマだったという事になる。我々を南へ誘き寄せ、城の兵力を割くとはシエンもしたたかなものだった。

自分はああいった謀略は得意としない。戦でぶつかれと命令される方が性に合っている。


「長旅で疲れたろう。今日はゆっくり休むが良い」


明日からは存分に働いてもらう。そんな響きが何処かにあった。

ヘルメルツ王……お許しください。いつかロクサネもシエンも殺し怨みを晴らしてみせます。

心の中でそう呟き、「火の国の獅子」は遂に魔王の軍門に下った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ