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BLACK JOURNEY  作者: Rozeo
白の章
11/17

現実世界(リアルワールド)に足を踏み入れてから丸三日が経とうとしていた。

昨日はハンバーガーを食べゲームセンターで遊んだ。包み紙に入った塩加減が絶妙なそれはナオミが今までに口にしたどの食べ物よりも美味しく感じたのは嘘ではない。レナと一緒に「プリクラ」を撮った後だったから余計美味しく感じたのかもしれない、とナオミは思うようになっていた。


「キミの住んでいる世界は本当に美しい。そして平和そのものだ。サルデアとは大違いだな」


「な、来て良かっただろ?ナオミ、キャンディスが死んで辛そうだったし」


ナオミはまだ幼く純粋な金髪の青年を見つめた。何処か淋しげな面影を宿したその整った顔立ちに、いつの間にか親近感のようなものが湧いていたのも本当の事だった。照れた様子で「ほらチケット手に入ったよ」とお茶を濁すレナ。夕日が赤紫色に光っていた。この世界ではかなり珍しいらしい。


「……キミに会えて良かった」


ベンチに腰掛けたナオミが呟く。鎧姿はこの都市ではかなり目立ったが、三日目になって皆の視線も気にならなくなっていた。

グレンウォンドは今自分が持っている。神殿に残したシンバ達が気になるが、連れていた白馬の肉を喰らう事にしたので、食べ物には困っていないはずだった。


「そろそろ開場の時間だ。スタジアム行こうぜ」


レナボナパルトは白い歯を見せて笑ってみせた。全くどんな時でも明るいのだから。自分とは真逆か。いや、本当に真逆……?

スタジアムは闘技場に似た作りで中は芝生になっていた。それにしても凄い数の観客だ。そして芝生を照らす光が眩しい。


「俺の地元は青のユニフォームを着たチームだ。絶対勝つように応援してくれよな!」


レナが無邪気に目を輝かせながら言う。

それにしてもプリクラか。この三日間は生まれて初めての体験が多い。ナオミは写真が束になった細長い紙を大事にそうに鎧のポケットに仕舞った。

良い日だな……。ともう暗くなりかけている曇り空を見上げたその頃にはもう試合が始まっていたようで、ナオミはあっという間の出来事に頭が付いていけていなかった。


「あいつがチームのエースストライカー。俺はあいつに憧れてサッカー頑張ってたのさ」


と試合に夢中のレナ。やっぱりサッカー大好きなのだな、と自分も試合に見入ったその時だった。二人の指が重なり合う。ジョセフさん以外の男にこんな感情を持つなんて……。

ナオミもそっとレナの手を握り返した。


「やったー、決まった!ナオミが応援してくれたおかげだよ」


と満面の笑みのレナ。「ゴール」の声と同時に打ち上がる無数の青色の花火。見つめ合う顔が近くなっていた。ゆっくりとその口元に接近し、甘い口付けを交わす。何度もこれで良いんだ、と自分に言い聞かせるナオミがいた。

その次の瞬間だった。会場内に広がるどよめき。只事ではない雰囲気が二人の口付けを中断させた。サッカーのフィールドに銀色のゲート。あれはもしや想像世界(パラレルワールド)の……。ナオミの顔色が変化せざるを得なかったのは言うまでもない。

出てきたのは体長五メートルの魔獣だった。三本の角が生えている事からベヒーモスでないかと推測される。


「行くぞレナ!奴の暴走を止める!」


サッカーフィールドを涎を垂らしながら徘徊するそれに狙いを定め、駆け出す。いつもなら誰よりも先に動くレナが「あ、ああ」と後に続く。


『ブリザード!』


手始めに氷属性中級魔法を見舞った。相手の足元が見る見るうちに氷漬けになっていく。(今だ)と心の中で呟いた刹那、レナはアンドロスピアをベヒーモスの背中に突き刺す。


「手応え有りだぜ、ナオミ」


芝生が血で紅く染まる。このベヒーモスを野放しにするのはもっての外だが、ゴブリン討伐時に似た虚しさを感じていた。

非情にも雷撃剣を抜き、レナに離れるよう指示する。剣技「炎帝」である。マグマのような炎が地面から溢れ出す。焼かれたベヒーモスは他界していた。戦闘は終わった。


「やっぱり可哀想だったかな?」


とレナ。考えている事は一緒だった。

銀色のゲートを潜ればもうそこに平安はない。血生臭い戦いが待っているだけである。それでもナオミはシンバたちを忘れられなかった。ゲートを発生させたのは誰なのか知る必要がある。そして二度とこの世界に魔物を連れて来させないのが自分の使命だとナオミは考えるようになっていた。


「この三日間本当に夢のようだった。でも私には為すべき事がある。この命が続く限りきっとそれは終わらないんだ」


「そっか……」


レナはしきりに何か考えている様子だったが「俺も行くよ」と笑ってみせるのだった。

二人で銀色のゲートを潜る。これが想像世界のどの場所に出るかはランダムである。シンバたちと再会するまで時を要するかもしれない。だが行くしかなかった。


「さようなら夢の世界」


ナオミが言った。


ーー


ゲートを潜った先で行き着いたのは庭園だった。不思議な雰囲気の場所だ。綺麗に立ち並んだ草木は明らかに人間の手入れがしてある。


「コラ、女王様の庭で何をしているか!早く来なさい!」


細身のエルフが来て言った。かなり裕福そうな衣装を着ている事からこの国ではエルフにある程度の権威が与えられていると伺える。まさかエルフの国?

ナオミ達は言われるがままに女王の間に引き出された。女王の年齢は四十前後で目には不思議な力が感じられた。


「なんとまあ、とんでもない拾い物をした事!我が娘ナオミブラストではありませんか!」


それが第一声だった。我が娘?と言う事はこの目の前の女性が、自分の育児を放棄した母だというのか。


「母は雪国出身だと聞きましたが……」


ナオミは跪いた状態で鋭い眼光を向けた。レナが動揺しているのは言うまでもない。


「ええ、私はこの大陸の更に北で生まれました。南方の異民族を制圧するのに時を要しましたわ、オホホホ」


「では私の願いを聞いてもらえないでしょうか」


「おお我が娘ナオミ。何なりと申しなさい」


「私を育ててくれたシンバが幻影となり獣の姿に変えられています。元の姿に戻す方法をご存知でしょうか」


「へぇ、あのシンバがねえ。勿論知っているわ。此処テルミナ帝国に伝わる死の秘宝を持ってすれば元の姿に戻す事は可能。でもタダであげるわけにはねえ」


女王は団扇を扇ぎながら言った。


「お前に弟がいるのは知ってるかい?お前を見ていると我が息子アルクにも会いたくなった。会わせてくれたら死の秘宝をくれてやってもいいよ」


「…………」


今アルクは幻影だった。ミルナ島の何処かにいるはずだが、正確な場所は皆目見当もつかない。それに大陸から島まで往復で何日かかると思っているのか。全くこの母親は……。


「アルクとはいずれ会わせる。ただ今すぐには無理だ」


とうとう敬語を辞めた。女王の眉間が微かに動いた気がした。


「……ならば仕方がない。この話は無かったことに……」


「待ってくれ!今ナオミの故郷はファントムのせいで大変な事になってる!シンバって人を元に戻さないと取り返しのつかない事に」


とレナが口を挟んだ。


「ほうそうかい。だったら此のテルミナ帝国が、ファントムって奴をぶっ潰してやるよ」


「「え?」」


こぼれ幸いとはこの事であった。


*****


翌日、ファントム率いる集団が会見に訪れた事はゼラートに住む者たちを動揺させた。島の覇者としてその名はやはり知られていたようだ。聞けばナオミブラストの噂も多少なりとも大陸の方にも伝播していたようで、女王が一目で娘と判断したのも納得である。

それにしても母がサルデア国出身でなかった事は意外だった。てっきりエルフの集落にいるものとばかり思っていたが、どうやらそれは一時的なものだったようだ。ハーフエルフであるナオミの母は勿論人間で現在四十を過ぎているように見えた。


「ここが女王の間ですか……サルデア城のものよりずっと広いですね」


大剣を背負ったファントムを先頭に六名が大広間へと通される。

入って右側の壁際で待機しているナオミとレナは先程女王に死の秘宝を見物させてもらったばかりだった。袋に入った金色の粉をまぶすと、どうやら幻影から元の状態に戻れるようだ。

だが女王が死の秘宝を宝物庫に隠す前にファントムは城内に入ってきてしまった。なんて間が悪いんだろう、と思いきや六名の中にはキャンディスがいる。ジンやクリスティも。彼らを元に戻せば助力してくれる可能性は充分ある。


「何の用で来たんだい?聞けば島で相当な悪さをしているらしいじゃないか」


「ワタシは死の秘宝を求めて遥々首都マゼラから船でやって来ました。テルミナ帝国は建国から間もないのに豊かですね。おや、そこに居るのはナオミブラストではありませんか。驚きましたよワタシたちより先に来るなんて」


(ファントム……六人でノコノコやって来たのが運の尽きだ。今日という今日は永眠してもらう!)


ナオミは女王の元へと近づき、死の秘宝と謳われる金の粉が入った袋をひったくった。「コラ、何を」玉座から立ち上がり喚くが、耳を貸さない。そのままファントムの方へと歩いていく。


「よくも私からあれだけのものを奪ったな」


呟き、粉をひとつまみ隣のキャンディスにまぶす。まだこの時ファントムはこれが死の秘宝だと知らないはずだ。まだこの瞬間までは……。


「それをよこせ!」


ファントムが凄い声色で飛びかかって来るが、投げられたレナの槍がそれを遮った。アンドロスピアが大広間の向かいの壁に突き刺さる。


「キャンディス、私を思い出せ!」


「眠れる獅子よ……無限の力今こそ解放せよ!出でよキマイラ!」


どっちだ……自分かファントムどっちの為にキマイラを召喚した?答えは単純明解だった。キマイラは目の前のカイザを喰いちぎった。


「女王様をお守りするのだ!」


兵隊が女王の玉座を取り囲み始める。

ナオミが懐からグレンウォンドを取り出しキャンディスに手渡したその時、後方のリアムの正確無比の矢が玉座に向けて放たれていた。絶叫。女王は絶命した。


「おのれナオミブラスト!」


ファントムが大剣に手を掛けるが、キマイラが間を遮る。元々マチスとイザベルの幻影であるそれは補助魔法も多用する強力な召喚獣である。が、今のファントムの大剣の一撃は少しばかり強過ぎた。グオオオオ……!と音を立てキマイラは砕けたガラスのようにバラバラに砕け散る。

そうしている間にもナオミは大広間を駆け回っていた。ジンとクリスティに粉をまぶし、隅の方に避難させる。


「あれはリアムだろう?何故弓矢を?」


「あれは昔の彼じゃない。悪魔の儀式で操られてるの」


我に返ったクリスティが青醒めた表情で言う。「分かった」と言いリアムに近づいていく。一方のレナは丸腰では困るので壁に刺さったアンドロスピアを引き抜いている所だった。


「覇!」


ファントムの念力。迫り来る兵隊を吹き飛ばす。鎧姿の兵たちは次々に壁に打ち付けられていく。


「リアム、正気に戻れ。お前の妻はファントムの為に戦う事など望んでいない」


「う、うるさい。俺はファントム様に魂を売ったんだ」


弓を構えるリアム。この際仕方がなかった。

後方から槍を構えたレナが突き崩す。不意を突かれたリアムは成すすべもなく、うつ伏せで床に倒れ込んだ。後はファントムだけだ。


「出でよ究極融合体!」


グレンウォンドを翳すキャンディス。大広間に姿を現わす黒い球体。ブーンと音を立てる「全てを超えし者」はバチバチと雷撃を放つ素ぶりを見せた。兵士たちはその大きさに戸惑いを隠せないでいる。


「またいずれ会いましょうナオミブラスト。ワタシの野望は消えない」


そう言い残したファントムはリアムを残しドロンと消えた。こうして女王の間での闘いは終わりを告げた。


「よくも女王様を巻き込んで……!牢獄に入れられたくなかったら早く荷物をまとめて出て行けハーフエルフ!」


大臣達の声が聞こえた。


ーー


ナオミは女王の娘であるにも関わらず城を追い出された。だが死の秘宝が手に入っただけでも上出来である。母との別れは若干の虚しさを感じさせたが、それよりもキャンディスと再会できた事が嬉しかった。

夜の宿屋でレナが部屋に入ってきて言った。


「リアムって人、まだ目覚めないぜ。相当怪我させちまったみたいだ」


部屋には自分以外に疲れ切って眠りについたキャンディスと紅茶を片手に佇むクリスティがいた。


「レナ、今日はキミのおかげで命拾いした。ありがとう助かったよ」


「いや俺は全然。お互い生きてて良かったな」


「フフッ、キミは思っているよりずっと強いぞ」


「そ、そうか、ヘヘ……」


「…………」


「どうやら邪魔みたいね。それにしてもナオミブラスト、アンタがねえ……。私はここで失礼するわ」


「え、ちょっと」


動揺するレナを他所にクリスティは部屋を跡にした。レナと出会って十日以上が経過しており、特に先日の現実世界での思い出をナオミは一生忘れる事はないだろう、と心に秘めていた。


「ナオミってさ、男嫌いなんだろ?何で……」


「幼い時に奴隷商人に身体を汚されたから。私はそれ以来男性が信じられなくて……」


「そうか……ナオミの傷にどれくらい寄り添えるか分からないけど、取り敢えず打ち明けてくれてありがとう」


「…………昨日の口付けは途中で中断されたな。もう一度……」


言い終わる前にレナの唇はナオミを捕らえていた。「ン…」と淫靡な声が思わず漏れる。レナの唾液で脳まで犯された気がした。


「ハァ……ちょっと急に……」


もう一度唇を奪われそのままベッドに押し倒された。青銅の鎧を脱いだレナは痩せ型だが筋肉質だった。


「俺初めてだけど、ナオミの嫌な思い出忘れさせてあげたい……だから……」


「レナ……」


レナの首元に腕を回した。純粋な子……。今度はナオミからレナの唇を求めた。舌が、唾液が、絡み合う。

ナオミも人狼の鎧を脱いだ。胸周りの包帯をレナに取らせるべく、腕を頭上に高々と上げる。やがてナオミの白い肌が露わになった。レナがゴクリと唾を飲むのが分かる。


「レナ、私はキミが……」


「好きだ」


遮りナオミを再び押し倒すレナ。キャンディスが「うーん」と寝返りを打った気がしたがそれどころじゃなかった。

耳を舐められた。クチュクチュ厭らしい音が脳内を揺らす。ツーッと首元に下りていき、手は上半身のあらぬ所を捉えていた。全く何処で学んできたの?聞き返す力がナオミには残っていなかった。ビクンと己が反応し「ア…」と声が上がってしまう。


「ずっと一緒だよ」


耳元での囁き。覚えているのはそこまでだった。


*****


翌日軽い目眩と共に目覚めるとキャンディスがトーストに目玉焼きの乗った朝食を取っているところだった。サラダも付いているようで、それだけテルミナが裕福だという事だろう。


「レナは?」


「えー、レナ君来てないよ。どうしたの?」


「いや……何でもない」


そう言えば身体に包帯が巻いてある。夢だったのか。ナオミは立ち上がり隣の部屋を覗きに行った。


「よ、よう。元気そうだな」


(この感じ……昨晩の事は夢じゃない)


バタンとドアを閉め顔を手で覆ったナオミの耳に、男たちの立ち話が聞こえてきた。どうやら昨晩の自分たちの話をしているわけでは無さそうだ。


「女王様がお亡くなりになったというのに大会を中止しないと言うのかね」


「今日は月に一度の記念すべき日だぞ。どうやって中止できる?」


「どうしたんだ?」


ナオミが会話に参加した。


「おお、姉ちゃん。実は今日カードゲームの大会がこの宿屋の一階で行われるんだ。賞金は金貨三十枚。姉ちゃんも参加してみないかい?」


人狼ルシドを倒した際に手に入れた合計百二十枚のカードは、今でも肌身離さず持っている。ルールを此処で再確認しておこう。


・デッキはお互い三十枚、或いは六十枚で行い、先にデッキが切れた方が負け

・カードの種類は主にクリーチャー、マジック、ネクサスに分類される

・一ターンに一度ドローすると同時に山札からマナゾーンにカードを置く

・マナを使用しクリーチャーを召喚し、相手を攻撃する事によってデッキを減らす

・マジックカードはクリーチャーと同様手札から発動するが、使用すると場に残らず捨て札へと移動する

・ネクサスカードはマナゾーンでマナとしてそのカードを使用すると発動する。つまりマナとして使用出来れば毎ターン発動させる事は可能


それにしても金貨三十枚か。サルデア金貨とテルミナ金貨に多少の価値の差はあるものの、ここで船を手に入れるには十分なお金だった。


「なになに、カードゲームの大会があるって?めっちゃ楽しそうじゃん!」


レナが廊下に出てきて言った。この口調からすると当然現実世界でも他のカードゲームが存在するようで、ナオミは仕方なくルールを手短に説明した。


「大会出ようよナオミ!そんでもって一緒にデッキ編成しよ」


確かに大会に必要なカードは六十枚。合計百二十枚あるものの中から選りすぐりのものを選ばなくてはならない。

頷いたナオミは男性の持っていた用紙に出場のサインをした。どうやら八人のトーナメントのようだ。


「大会は今日の午後行われる。遅れないように」


「分かった」


とナオミ。レナは隣で嬉しそうだった。


「ナオミの持ってるカードで一番強いのは『大審判』だな。これを発動させる事を軸にデッキを作ろう」


部屋に戻ったレナがウキウキしている。やっばり男の子だな。ナオミは床にばら撒かれたカードを眺めながら微笑んだ。それにしてもテルミナ帝国は平和だ。今の所は……。

リアムは相変わらずベッドで寝そべっており、ジンはその隣でペンを走らせている。


「何を書いている?」


「歴史書だ。ドワーフ族特有の趣味みたいなものかな」

ホホホと微笑むジン。この年長ドワーフと会ったのは先月の暮れか。そう言えばもう直ぐ自分の二十二歳の誕生日じゃないか。

ナオミはレナの肩に手を置き「日の光を浴びてくる」と部屋を跡にした。大会までまだ時間がある。

宿屋を出ると目の前は噴水広場だった。テルミナ城と間接的に繋がっているとも言えるこの場所は、女王の死でやはり若干混乱しているように見えた。


「ほう、これはこれはナオミブラストではないか」


見覚えのある仮面男が噴水の傍で立っていた。アギト。ファントムの部下だったはずだが、こんな所で鉢合わせするとは。


「私はテルミナ金貨を求めてカード大会に参加する事にした。各国の優秀なカードを混ぜ込んだ私のデッキに果たして太刀打ち出来るかな?」


「あのカードゲームはただ強力なカードを混ぜ込めば強くなる訳ではない。大会が楽しみだな」


そう言い残し、ナオミは宿屋の前で待機していたクリスティと合流した。


「その顔……昨夜レナと一線越えたでしょ」


ナオミは顔を赤らめ頷いた。懐から二人で撮ったプリクラを取り出し見せる。

「へー」と微笑むクリスティは「私の分もお幸せにね」と言った。彼女はレノン四世の元恋人だったがとっくに破局しており、レノン四世はもうこの世にはいない。


現実世界(リアルワールド)で住むのも悪くなさそうね」


満更でもなさそうだった。


ーー


午後。大会が始まった。レナの編成したデッキでキーとなるのは無論「大審判」なのでそれまでは低コストの「ケルベロス」などで場を繋ぎ、魔法コストを無効化する「シンバ」を召喚し切り札に繋がるのがコンセプトとなる。「大審判」を手札に加える為「盗賊王アギト」などのサーチカードも投入した。

一回戦は作戦通り「大審判」を使い、敵のデッキを直接減らし勝利。二回戦は敵の妨害にあったが、第二の切り札である「マチス」の活躍で勝利した。決勝の相手はあのアギトである。


「頑張れナオミ!あと一勝だぞ」


レナたちがニコニコした表情で見守る。

だが気になるのは盗賊王と呼ばれた男が正々堂々と勝負に参加している事。何か裏があってもおかしくなかった。


「さあ決勝戦。二人は同じサルデア出身だそうです。元盗賊王アギトとハーフエルフナオミ。この勝負如何なる展開を見せるのでありましょうか」


先ずはナオミの先行ドロー。五枚のカードに加えもう一枚手札に加えられる。またマナゾーンにもデッキから一枚置く。さあここからである。

手札にはキャンディスの召喚獣でもある神殿のゴーレムがあった。コスト四なので暫くすれば出せる。ナオミは取り敢えず一コストのマジックを発動させ手札を整えターンを終えた。

相手は一コストのゴブリンの召喚。自身の効果で更にデッキからゴブリンをもう一枚無コストで召喚。合計二枚が同じターンにフィールドに現れた。だがモンスターは召喚したターンには攻撃出来ない。ターンエンドである。


「盗まず堂々と大会に参加するとは、性格でも変わったのか?」


アギトは暫く黙っていたが、やがて口を開いた。


「父親だ。彼に会ってから私は盗みを辞めたのだ。これからは正々堂々と金を稼ぐ」


「フフッ、ファントムの部下を素直に抜けれたのは運が良かったな。普通なら半殺しだ」


ナオミはカードを手札に加えると長考に入った。ネクサスカードが運良くマナゾーンに入ったからである。カード名は「常闇の神殿」丁度シンバたちが待機している場所である。

そのカードを使えば手札のクリーチャーを一コスト低めで召喚する事が出来る。つまり次のターンにはゴーレムを場に出す事が出来るのだ。だがコスト三のマジック「流星群」も捨て難い。それを使えばゴブリンたちを一掃出来る。だが今は為す術がない。ターンエンドだ。

時は流れ、相手のフィールドにはベヒーモス、此方のフィールドにはゴーレムとナオミとも交流があったレノン三世のカードが繰り出されていたが、ここで相手が召喚したカードに一同はドッと声を上げた。

キラキラに光る最新カードの登場である。それもただのカードではない。ナオミブラストの絵柄のカードである。それも無駄に強い。


「何処で手に入れた!て言うか私それ欲しい」


クールなナオミがレナという青年との出会いで少しずつ変化してきたのも確かで「変わったのはお前もだ」とアギトが小さく言うのが聞こえた。

「ナオミ」のカードの効果のおかげで「ゴーレム」は捨て札に葬られ、形勢は逆転した。しかもダブルアタッカーである。ダブルアタッカーは一度の攻撃で一枚ではなく二枚のカードをデッキから削られるクリーチャーカードの事で、主にコストの高いものに備わっている能力である。

早く手札の「大審判」を発動させないとこの勝負負ける。キャンディスが心配そうに見守る中、ナオミは第二の切り札である「マチス」を引き当てた。これで次のターンには「ベヒーモス」か「ナオミ」のどちらかを葬る事が出来る。

更に時は流れ、相手は新たなるレアカード「グレンウォンド」を引き当て、二回続けてターンを行うというとんでもない事を成し遂げた。殆どチートである。

だが最終的にはギリギリのところで「大審判」を発動させナオミが勝利した。一体大審判とは何なのだろう。カードの絵柄を見るとフードを被った男が杖のようなものを地面に突き刺している。


「勝者ナオミブラスト!優勝者のナオミ選手には金貨三十枚とこの世に一枚しかない『キャンディスミカエラ』が贈られます」


「『大審判』は悪魔を封印した冒険者グレンの最上級魔法の事だ。まさかそんなレアカードをお前が持っているとはな」


アギトが吐き捨てるように言った。だがこれで船に乗れる。シンバたち四人と合流できる。想像世界も捨てたもんじゃないな、そう思うナオミブラストであった。

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