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BLACK JOURNEY  作者: Rozeo
白の章
10/17

彗星。綺麗だった。

夜空に輝くそれは、悪を司る我々にとっては不吉の前兆か。

そんな事を朧げに考えながら、ファントムは城のベランダから夜空を見上げていた。

この世界の支配者はワタシだ。ナオミブラストに敗れはしたが、直ぐに態勢を整えなおした。

今は熟練の鍛冶屋「ジン」という名のドワーフの幻影に、自身の持つ大剣の改良を指示している。元々レノン家に伝わる優れものだったが、今回の改良によって闇の力が更に加わる。ユニコーンの血を交えた儀式も執り行う予定なので、大剣のスペックは恐らくナオミの雷撃剣を優に超える。

眼帯の骸骨は、赤紫のコートを風に靡かせながら城内の手すりにそっと手を掛ける。まだサルデア暦七十八年。よくもまあこれだけの城を完成させたものだ。

創造神ミルナは前もってこれだけの建造物を用意していたのか、自身の現在の悪魔として記憶では定かではないが、もし人間が五十年ほどでこのサルデア城を完成させたのなら、人間の力も侮れないのは確かだった。例えこの世界の人間に魂が宿っていないとしても、剣と魔法はいつだって不可能を可能にしてきたと言える。


「ファントム様、キャンディス様が亡くなられました。今幻影が何処にいるか早速手配の方を進めております。新たな情報まで今暫くお待ち下さい」


鎧姿のカイザが片膝を床に着きながら言った。カイザの分身は自身の魔術で何体も作っており現在合計二十もの分身がいたが、首都マゼラで待機しているのは四、五名ほどだった。


「という事はグレンウォンドは今ナオミブラストが持っているという事に……。早く人体実験を成功させないと取り返しのつかない事になりかねませんね」


「我々幻影の謎についても調べさせておりますが、どうやら幻影の姿のままですとファントム様の望まれる現実世界への移動は不可能なようでございます。元の姿に戻られる為の旅に出られるのも悪くないのではと、私共は考えております」


「ククク…良いでしょう。ですが旅には優秀な駒が必要。キャンディスは第一候補として……」


「あとは私が」と声を上げそうになったカイザを手で軽く制し、


「人体実験の様子を見てきましょう。上手くいっていると良いですね」


と城の廊下を闊歩し始めた。忠実な僕カイザがその後に続く。

あらゆる生物の叫び声が木霊するその場所は、サルデア城内の地下にあった。木製の手動エレベーターに乗り下へガタガタと下りていく。


「これはこれはサタン様。先程大剣の儀式が完了したと鍛冶屋のジンが言っておりました」


「今はこの通り幻影なのでファントム様と呼びなさい。エレベーター係の分際で、殺しますよ?」


恐れ慄いた様子の男はそれ以上何も言ってこなかった。

地下二階。悪魔の儀式で強力な生命体を誕生させるのが目的のそれは、夜通し行われていた。ありとあらゆる方面から連れ去った人間や獣が悍ましい形相で檻の中から見つめてくる。


「頼む此処から出してくれ!死にたくない」


ドレッドヘアーの男が涙顔で訴えかけるが、ファントムの心は無論変わらなかった。それどころかこの男から実験を再開せよ、と魔導師たちに命じた。

檻から引っ張り出され、魔法陣の中央に鎖で繋がれる。緑色の魔法陣は直径三メートル程で、五人のフードを被った魔導師たちが、悪魔の呪文をブツブツ唱え始める。


「アラモ村のリアムという男です。年齢は二十六、七といったところでしょうか」


虎髭の檻の番人が腕を組みながらニンマリと言う。実験が成功するまでは、名前などどうでもよかった。しかし年齢は最適と言える。

ギャアアアアアアア!

叫び声が地下に木霊する。鎧の中のカイザの表情が一瞬ピクリと動いた気がするが、気のせいだろうか。

五つの鎖が音を立てリアムの身体の動きを封じ込める。やがて煙が立ち込み、魔導師たちからは歓声が上がった。


「やった!成功ですぞファントム様。これで優秀な駒が一人増えましたな」


檻の番人がさぞ満足そうに此方を見る。

額に刻印を宿したリアムは先程とは打って変わって筋肉質になっていた。五百人を超える実験体を持ってして、初めての成功例と言える。


「リアムよ、これからはワタシ『ファントム』がお前の主人(あるじ)だ。悪魔の儀式で変貌したお前の身体はいつだってワタシが支配する。分かったら返事をしな」


涎を垂らしながら此方を睨みつけてくるリアムは制御の為には毎回呪文を唱える必要がありそうだった。


「アラモ村に俺の嫁がいる。そいつの安全を保障しろ」


「うーむ、どうやら性格まで変わってしまった様ですな。もう少し従順になるまで痛めつけますか?」


「……いや取り敢えずはこれで良い。彼には弓矢を持たせましょう。一番強度の固い弓を手配するのです」


檻の番人の質問に答え、リアムにの要望に対しては二つ返事で承諾した。本当は彼の妻の安否さえ知らないが大切な実験の成功例を仲間に加えるのは至極当然と言える。

その時、今は自分の配下となったジンの幻影がエレベーターを降りてきた。


「ファントム様、進化した大剣を届けに参りました。あと探していらっしゃるキャンディスですが、巨人族の島で見つかったとの情報が入りましてですじゃ」


「なるほど……。ではリアム参りましょう。カイザ、留守を頼みましたよ」


紫色の大剣を握りしめたファントムは不敵な声色で言った。


ーー


外に出ると捕らえられた髭男爵の火刑が執り行われていた。捕らえたのはアサシン「アギト」で、夜中だというのに人集りが出来ていた。傍にクリスティが来て言った。


「リーダーを失った男爵軍は四方に散らばったわ。これで南からの脅威は潰えたわね」


クリスティはファントムの乗り移ったレノン四世の元恋人であっただけに、敬語を使われなくても殺す気にはならなかった。


「おお、ファントム様。よくぞおいで下さいました。男爵を捕らえた褒美の金貨、頂いても宜しいですか?」


アギトは暗殺者(アサシン)であると同時に盗賊で金に目が無い。頷き、金貨の入った小袋を手渡すとアギトは一礼してその場を跡にしていった。

十字架に付けられた髭男爵の足元に炎が投げ込まれる。太った男の断末魔が、夜の街に木霊する。


「ファントム様は明日巨人族の島へ向かわれる。早く船を手配せねばならんのにカイザは何をしている」


振り返るとドワーフのジンがすぐ傍までついて来ていた。彼には船を手配する権限を与えていない。


「ナオミブラストに関する新しい情報が入ったわ。どうやらグレンウォンドを使って一足先に現実世界に行っちゃったみたい。相当心が病んでたんでしょうね」


「という事はレナボナパルトも一緒か。運命とは時に悪戯な風を呼ぶ」


ちょっとばかり首を傾げたクリスティを他所に、歩き出す。

海の上だから得意とするワープは使えない。一応リヴァイアサンに会った時の為にも弓を持たせたリアムは連れて行く。どれ位役に立ちそうか測れるいい機会だ。


「キャンディスを加えたら本格的に元の姿に戻る方法を模索します。行きますよ!」


後方で肉の焦げる臭いがした。


*****


「これがレノン家に伝わる名船『ブラックユニコーン号』ですか」


ファントムは岸に浮かぶ黒い帆を張る船を見上げて言った。ここはマゼラの東に位置する港。昨夜力を解放したリアムと共に船に乗り込む。


「しかし巨人族は近日反抗的な態度の上、海にはリヴァイアサンが潜みます。ここは用心してカイザを一名連れてくるのが名案かと思われます」


船長が頭を下げて言った。

確かにその通りだった。そして頭の切れるクリスティ、武器の修理を依頼できるジン、自身の護衛になるアギトも連れていくことが、この大きな船なら可能だった。


「よろしい。正午に皆を集合させなさい。船旅には話し相手が必要です」


こうしての乗組員を含む総勢二十名の船旅が始まろうとしていた。キャンディスは召喚の指輪を所持している。今契約しているのはグリフォン、ゴーレム、ドラゴン、キマイラの四体でこれにリヴァイアサンが加わるとすればかなり魅力的だった。


「参りましょう。キャンディスこそワタシを封印した憎きグレンを超える可能性を秘めた唯一の者。彼女を取り戻す事を足掛かりに、やがては元の姿に戻り、現実世界に侵攻し、魂を吸い取るのです」


笑い声が海に響いた気がした。

そして出航の時。甲板にはファントム、リアム、カイザ、アギト、そしてクリスティ。ジンは下で待機している。アギトがユラユラよろめきながら言った。


「リヴァイアサンに左腕を持っていかれてから二十年。ついに復讐を果たせるか。だがその前に船酔いしないようにせねば……」


骸骨の姿になったとはいえ、潮風は気持ちよかった。だがこれから巨人族を制圧しなければならない。ファントムは遥か遠方を眺めるクリスティに助言を求めた。


「相手は巨人族。話し合いの通じる奴らじゃない。早々に新生リアムが役に立つんじゃないかしら」


「キャンディスの安否はどうでしょう。グレンウォンド無しでも彼女なら無傷でしょうか」


「どうかしら。行ってみれば分かるんじゃないの?牢屋で縛られてなきゃいいけど」


船は一層スピードを上げて大海原を突き進む。揺れに揺れるブラックユニコーン号だったが、リヴァイアサンが出る気配は今の所無かった。大声で怒鳴り散らす船長の声が聞こえる。部下には厳しい性格のようだ。


「流石に速いですね。此れなら日が暮れるまでに巨人島に着きますよ」


カイザが傍に来て言った。彼を生産した際に見たが、顔は醜く崩れていた。間違いなく病気だろう。いつも鎧姿なのも恐らくそれを隠す為である。


「フフフ……幻影の姿で亡くなった者は本当の意味で現世には帰れないと聞く。キャンディスにもしもの事がない為にもこの船を選んで正解でした」


そう幻影が死ぬとその者は消える。ある意味保険である幻影、つまりアンデッドの姿の者も死ねば無となるというわけだ。

このパーティーの中で唯一幻影で無いのがリアムだが、彼は固く口を閉ざしたまま船の後方で一人腕を組んでいる。


「見えてきました!巨人島です!」


五時間ほど経った頃、船長が大きな声を上げるのが聞こえた。


「それにしても何故キャンディスの幻影は巨人島に?本来なら我々アンデッドの本拠地であるサタン共和国に姿を現わすはずでは?」


「それだけグレンの呪いが広がりを見せているという事でしょう。急ぎましょうカイザ。敵を八つ裂きにし、キャンディスを救出するのです」


大剣に手を添え言う。巨人族は流石に我々の侵攻に気付いていたようで、鎧姿の巨人達が、棍棒を片手に待機していた。戦闘が始まる。

矢。ピンポイントで前方の巨人の目を射抜いた。リアムは今悪魔の儀式によって筋力だけでなく戦闘スキルをも底上げされている。

船から飛び降りた。背後にカイザ、そしてアギトが続く。

船上からはリアムとクリスティがそれぞれ弓矢と魔法で援護しているが、クリスティの魔法が巨人相手に殺傷力を秘めているかは疑問視する所だった。

アギトの投げナイフ。敵の腕に突き刺さった。毒が回るのも時間の問題だろう。敵の数は三十ほど。皆身長三メートルを超えており、動きは鈍そうだが力はありそうだった。

大剣。串刺しにした。

一撃であの世に送るのは覇者として当然の義務だった。今の自分はあのマチスを遥かに凌ぐ。紫色の禍々しいオーラが、血の付着した剣先から溢れ出していた。


「究極剣技『氷竜斬り』!」


氷結と迅竜を織り交ぜたカイザの技だった。氷の礫を纏った竜が、二刀流のカイザの剣から吐き出される。

グオオオオ……!

二人同時に横に斬っていた。流石は究極剣技の生みの親だったが、彼の技は体力を著しく消耗させる。

それよりも船上からの矢だった。次々に目を射止めるそれは正に正確無比。矢には不思議な例えるなら緑色の力が宿っているようで、リアムの働きは期待以上だった。

もう一人、己の大剣で斬った。これで合計八名の巨人が倒れた事になる。鬱蒼と茂るジャングルを背に、巨人達は浜辺で次々と他界していく。

此方は傷一つ受けていない。流石の巨人も力の差に気付き始めたようで、リーダーらしき額に包帯を巻いた巨人が手を上げて言った。


「降参する。頼む我々の命だけは見過ごしてくれ」


「では早く金髪三つ編みの少女の居場所を言いなさい。ワタシが心変わりする前に」


「あの娘か。此方です、着いてきてください」


巨人達が次々と平服する中、リーダーはジャングルの方へ手招きして言った。戦いに参加した五人にジンを加えた一行は、緑が生い茂る島の奥へと足を踏み入れる事にした。


「ファントム様、先程の御無礼をお許し下さい。我々巨人族はどうしても貴方たちへの年貢に耐えかねていた」


「いいからキャンディスの居場所に早く連れて行きなさい。さもなくば皆殺しにしますよ?」


サルの鳴き真似のような鳥の鳴き声がした。ここは気温も高く、サルデア王国とは生態系も異なるようだ。


「此処です。木のツルで縛り上げていますが、生きてはいます」


見れば大きな洞窟だった。至る所にドワーフの文字らしきものが記されているが、ジンなら読めるはずだ。

キャンディスの幻影はやつれ果てていた。恐らく寝ている所を襲われたのだろう。巨人のリーダーから召喚の指輪を取り返し、キャンディスに嵌めさせた。


「ファントム様……。助けに来てくれたんだ」


濁った目をしたキャンディスが第一声を上げたその時だった。

背後で踏ん反り返るジン。如何やら洞窟の文字にとんでもないものが記されているとの様子だった。


「大陸のドワーフ達が一度はこの島を訪れている……!そして死の秘宝の存在!大陸にファントム様を元の姿に戻す手段はある!」


大陸か……。噂でしか聞いた事がなかったが、此処から更に東に進む事になるのか。面白い。ブラックユニコーン号ならあまり時は掛からないかもしれない。


「船に戻り、船長にこの事を報告するのです。キャンディス、行きますよ」


項垂れるキャンディスを無理矢理立ち上がらせ、ファントムは不敵な笑みを浮かべた。


*****


翌日の早朝、大海原で事件は起きた。海の主リヴァイアサンの襲撃である。体長九メートルに達する海蛇は、サルデア建国期から海を荒らしまわっている。

創造神ミルナが女神と悪魔に分離した弾みに出来たこの想像世界(パラレルワールド)だが、ミルナの創造力がこの得体の知れない怪物を生み出した目的は謎のままである。海の生態系の頂点に君臨するそれは、サルデア人の漁師や旅人にとって大きな障害となったのは言うまでもなく、まだ大陸との繋がりが薄いのも海の主の存在がかなり影響していると言えた。

大陸。どれだけの文明が栄えているかは不明だが、サルデア王国とサタン共和国を含むミルナ島の将来の為にも行ってみる価値はあると、船長は言う。


「面舵いっぱい!」


ヌッと水面から姿を現したそれは銀色の鱗をしており、背ビレは青緑色だった。武器を構える我々に対し、シャアアアと咆哮を立て威嚇してくる。


「こいつで遊んでやろう……」


火炎瓶を手にしたアギトがそれを投げつけ、フレアを唱える。流石は元ドラゴン使いで、隻腕でも炎属性魔法はお手の物である。

鈍い爆発音。火炎瓶はリヴァイアサンの胸部に直撃した。


「ファントム様は下がってください!」


カイザが盾になるように躍り出るが、ファントムは「邪魔だ」と跳ね除け念力を唱えた。衝撃波が対象の頭部に命中する。

一瞬怯んだように見えたリヴァイアサンだったが、これで倒れる相手ではない。まだ陽が完全には差し込んでいない朝方にとんでもない敵と遭遇したものだ。


「いずれぶつかる相手だった」


今度は麻痺ナイフを手にした仮面姿のアギトは、殺意剥き出しである。

リアム。矢を二本ほぼ同時に放ち、命中させた。強敵だが、無論勝機はある。

ブラックユニコーン号は大砲などを装備していなかったが、爆薬は常備していた。戦闘態勢に入ったカイザが、乗組員に持ってくるよう指示している。


「この世界の戦乱と平和を支配する赤き竜よ、我らに助力したまえ」


キャンディスがドラゴンを召喚しようとしている。空の主と海の主の戦い。船が無傷でいられる保証は無いに等しかった。

指輪から放たれる赤き光は、瞬く間にその姿を変える。雄叫びを上げたドラゴンは船の上空に舞い上がり、やがてリヴァイアサンと向き合った。

すると驚いた事に、リアムがドラゴンの背に飛び移った。彼の跳躍力はもはや人間ではない。

ドラゴンから吐き出される火の玉を敵はスレスレのところで左にかわした。だが次の瞬間リアムはリヴァイアサンの頭上にいた。脳天への矢の一撃。放たれる呻き声。どうやら決定打となったようだ。

リアムは再び甲板へと飛び移り、リヴァイアサンはキャンディスの指輪へと吸い込まれた。一件落着である。


「流石の働きです、リアム。今夜は七面鳥を其方に贈呈しましょう」


リアムは無表情のままだった。


ーー


夜の宴会で酔いが回ってきた頃、船長の声が聞こえた。


「ファントム様、陸が見えました!」


遂に来たか。新大陸で死の秘宝を手にし、ナオミブラストからグレンウォンドを奪えばもうこの世界に用はない。現実世界(リアルワールド)の人間の魂を奪えるだけ奪うのが本来の目的である。

辿り着いたのは漁村だった。あらゆる所に篝火があるから見えるが、どうやらあの藁でできた小さな家に人間が住んでいるようだった。侵略に備えがあるかは分からないが、一見豊かそうに見えるこの漁村が、大きな勢力の支配下にある可能性は当然踏まえるべきだった。


「私達は侵略に来たんじゃないんでしょ?泊めてもらえるか冷静に話し合おうよ」


とキャンディス。彼女は現在グレンウォンドを所持していないので究極融合体の召喚は恐らく出来ないのだが、それでも自分に次ぐ戦闘力を秘めているのは確かだった。


「そうですね……では七人で話し合いに向かいますか」


強力なキャンディス、リアム、中程度のアギト、カイザ、弱者であるクリスティ、ジンを引き連れファントムは藁の家の戸を叩いた。

いきなり長老の家を引き当てたようで、七十歳を超えた様子のヨボヨボの老人は、一目見て我々に警戒心を抱いたようだったが、諦めた様子で七人を招き入れた。

家の中は乱雑に積まれた書物で溢れかえっており、老人はかなり物知りのようだった。


「ワタシたちは大陸に来るのが初めてです。この村は誰の傘下にありますか?」


「此処はテルミナ帝国の一部であります。此処から北西に行きますとその首都ゼラートに着きますが……」


長老は早くこの村から出て行ってくれと言わんばかりだった。それにしても帝国か……死の秘宝はその王が持っている可能性も否めない。


「死の秘宝はゼラートに?」


「死の秘宝をご存知でしたか。左様、あの宝を手にするには女王様との誼みが必要不可欠。首都は内陸部にある故船では行けませんが此処からそれ程遠い場所にある訳ではありません」


「なるほど。しかし変ですね……何故テルミナ帝国はミルナ島に侵攻してこなかったのか。まさか造船技術がないわけではありますまい?」


「まだテルミナ建国から二年たらずでどうして他国に侵略出来ましょう。長き内戦がやっと収束したばかりだと言うのに」


長老はベラベラ喋る自分にどうやらもどかしさを憶えている様子だった。それにしても住みやすそうな場所だ。貧困に喘いでいるサルデアの砂地の住民に見せてやりたいくらいだ、とファントムは思った。


「今晩は泊めてもらえますか?」


「断る力などこの老いぼれは持ち合わせていません。どうぞご自由にお使いください」


どうやら歓迎ムードではないようだな、とかぶりを振りアギトの方を見たその時だった。

彼の視線の先に同じ仮面(マスク)。偶然にしては出来過ぎていた。


「何故私のと同じマスクがこの場所に?まさか貴方は私の父ではないか?」


「むむっ目が悪くて気づかなかった。我が息子アギトか。このご時世よく無事でいられた。儂は嬉しいぞ」


「実は一度死んだ幻影の姿なのだ。しかしまさか会えるとは」


突然の親子の再会にキャンディスとカイザはポカンとしている。そう言えば幼い頃アギトはリヴァイアサンに襲われたと言っていたがあれは大陸からミルナ島に来る途中の出来事だったのか。


「ファントム様、父には色々心配をかけた。私の残りの人生をこの漁村で過ごしたいのですが、駄目でしょうか」


「儂からもお願いします、どうかアギトと暮らさせて下さい」


(ファントム様、ここでアギトや長老と騒ぎを立てればテルミナ帝国の者に警戒されます。ここは望みを叶えてみては?)


とカイザに耳打ちされたファントムは渋々頷き、


「良いでしょう、好きにしなさいアギト。其方が盗んだ財宝はこの村の発展に十分貢献出来るでしょう、ではもう寝ますよキャンディスとクリスティは別の家に泊まってよろしい」


それだけ言うと長老の態度は打って変わってご機嫌になり、綺麗な寝床が用意された。

悪魔のワタシのした事が……と寝付く前に思ったファントムだがもう遅い。明日になればテルミナに旅立ち、アギトとは別れる事になる。


「お世話になりました……」


アギトの低い声が聴こえた気がした。

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