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短編集として纏める以前に書いてた短編を纏めた短編集

時期外れのサツマイモ

作者: 午前深夜

「まあ見てお爺さん!このサツマイモすごく大きいわ」


なんとも立派なサツマイモが掘り起こされた。


中学校である問題を抱え、心を擦り減らした娘は、両親のすすめでしばらく祖父の住む田舎に移り住んでいた。

雄大な自然と、ゆったり流れる時間。それらが娘の心の傷を癒してくれるのではないか、そんな期待からだ。


最初は塞ぎこんでいた娘だが次第に打ち解け、今ではこうして祖父の畑仕事を元気に手伝っている。


「おう、まだ夏だのに、でっかいサツマイモじゃのう。

掘るのに苦労したじゃろ」


優しく頬笑む祖父。こんな田舎ではロクな娯楽もなく、今時の娘には退屈じゃないかと心配だったが、どうやら杞憂らしかった。

娘は、朝から小川にメダカやフナを捕まえに行き、

昼は川で冷やしたトマトやキュウリを囓り、

畑を手伝い夕方にはトンボを追いかけ、夜は早々に眠りにつく。


「元気が何よりじゃのぅ」


「えへへ、このサツマイモ掘ったら指に豆ができちゃったよ」


「ほっほっほ、あとでちゃあんと消毒しとくかね…ん?」


そこで祖父は、サツマイモの様子が変だと気付く。

娘から芋を受け取り、まじまじと見た。


「ああいかん。このサツマイモは病気になっとる」


「え!大変だよ!早く佐藤のお医者様にみてもらおうよ!」


サツマイモの心配をする娘。まだ中学と幼いとは言え、あまりに世間を知らず純粋すぎた。

祖父は悲しそうに言い聞かす。


「いいかい。確かに村の佐藤さんは名医じゃけど、

それは人間に限った話じゃ。サツマイモの診察はしてくれんじゃろて」


だが、祖父の話を理解するには、娘はあまりに若すぎた。

「そんなのわからないじゃない!!」と祖父からサツマイモを奪い、村外れの佐藤医院まで駆け出した。


「おう!待たんか!?」



老体に鞭を打ち、必死で佐藤医院まで追いかければ、

すでに娘と佐藤さんが言い争っていた。


「なんで!?佐藤さんは村イチバンの名医なんでしょ!

このサツマイモを治してよ!」


「何度も言わせないでくれ。僕は人間の医者だ。サツマイモは管轄外だよ」


「でも、サツマイモ苦しんでる!病気が苦しいって言ってるの!」


「…仮にそのサツマイモが元気だったとしたら、君はそれを食べただろう?

美味しくいただきますした筈だ。

サツマイモにとって、病気で死ぬのと食われて死ぬのと、大差は無いと思うのだがね」


「目の前で苦しんでるサツマイモを見て何も思わないの!?この鬼!」


「……はぁ。君は、もう少しサツマイモの声に耳を傾けたほうがいい」


「サツマイモの声…?」


「ああ。本気でサツマイモを想う君なら聞こえる筈だ」


「うん…サツマイモ……えっ、サツマイモ!?そんな!

オイラのことは気にしないでくれって!??

そんな弱気なこと言わないでよ!」


「賢いサツマイモだね。聡い…、聡マイモとでも言うべき存在だ。彼は自分の運命を受け入れているよ」


「そんな運命、私は認めない!!

どうしようもない事なら、受け入れるしかないの!?

学校から、社会から逃げてきた私だけど、そんな惨めな運命を、このサツマイモにも強要しないで!!

もういい!サツマイモは私が治します!

ヤブ医者は指を咥えて待っとけや今畜生めがっ!」


「やれやれ、仕方のないお嬢さんだ。ほら」


佐藤は娘に絆創膏を差し出す。


「何ですか…?」


「サツマイモが言っている。

お嬢さんの手のマメを治療してからじゃないと、自分の病気を治してもらうのは忍びないってね」


「サツマイモ…!」


「ただちにオペを開始する!君たちにも手伝ってもらうぞ!」


「はい!」「お、おう」


娘は涙を浮かべ、そういえばいつの間にか居た祖父の手を取り返事をした。



手術室。


佐藤は思い出していた。

あれはまだ、佐藤が医師になって三年の頃だ。




病気のジャガイモがあった。


どうしても、どうしても救いたい。大切なジャガイモだった。だから…

「おいっおい開けろ佐藤!急患なんだ!すぐにこの手術室を開けてくれ!!」

手術室の入口前のバリケード。これでジャガイモの手術が出来るんだ!

「すみません先輩!でも僕は、どうしてもジャガイモを救いたいんだ!」

「馬鹿野郎!!コッチは人の命が掛かってんだゾ!」

「…命の重さは平等な筈です!!」


そして、手術は失敗し、ジャガイモは死んだ…。


「お前、腕が良いし院長に気に入られてたのにな。残念だよ。」


病院をクビになった時、先輩は言った。


「にしてもジャガイモねえ…。辛いのはわかるが、手術室占拠したのはやり過ぎたな」

「わかるって…?先輩に僕の何がわかるってんですか!?」

「わかるさ。俺も昔、似たような事やらかしたからな」

「え…?」

「ま、俺はジャガイモじゃなくて、オオカマキリだったけどな」





「先輩…」


あの時のジャガイモ…。そして今は目の前にサツマイモ。

もう、失いはしない!今度こそ救ってみせるんだ!!


「メス!」


娘から受け取ったメスを握り、かつてゴッドハンドと呼ばれた佐藤の腕が光る!!




そして五年後…




リーン ゴーン リーン ゴーン


教会の鐘がなる。


十字架の前には綺麗なウェディングドレスを纏った娘と、新郎のあのサツマイモ。


二人…二人?うん、まあ二人は誓いのキスで永遠に結ばれたのだ。


娘の両親も祖父も、佐藤も、この幸せの瞬間に居合わせていた。


式は披露宴へと移り、皆この目出度き日を祝う。


「まさか五年前。あの病気からみるみる回復するとはのぅ。さすが村イチバンの名医じゃ」

「よして下さいよ。あれはサツマイモの生きたいと願う力です。

お孫さんはほんと、いい男…男?ああ、うんまあいいや、イイ男を捕まえましたな」


そして夫婦初めての共同作業。ケーキ入刀では、

娘が手にした包丁で、新郎のサツマイモを切り分けた。

切り分けたサツマイモはただちに一流のパティシエが調理にとりかかり、

お芋ケーキにして会場の皆に配られた。



美味しかった。





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