寂しげな食饌③(完)
「じゅうごやさんの~ もちつきは~ トーントーン トッテッタ~」
「……なにそのうた。」
「お餅つきのうた~。」
綺麗な満月が出ていたある日の夜、僕は女の子と二人で縁側に座って星を眺めていた。
この子の喋る言葉は、相変わらずよく分からない。
でも着物を着ているから、古い人かな?
そう思って僕は、機嫌の良さそうな女の子にさり気なく聞いてみた。
「ねぇ、きみって、ふるいひと?」
「ん?」
女の子が怒って鬼にでも化けたらどうしよう。
そう思って僕は少し怯えていたが、女の子は意外にもケロリとしていた。
「きみは、いつ死んじゃったの?」
そう聞くと、女の子は少し驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「う~ん、分かんない!」
分からないほど前の事なのかと、僕は少し考え込んだ。
お父さんのお父さんの、そのまたお父さんのお父さんよりも、ず~っと前の人なのかな?
そうだとしたら、すごくシワくちゃのおばあちゃんなんだなと、僕はくだらない事を考えていた。
「生前の事を聞いてくるだなんて、あんた、不行儀な人ね。」
「……せえぜん…?ふぎょう……?」
「生きていた時のことよ。そういうの聞くの、こっちの世界ではダメなんだから。
あんた、何も知らないのね。ひょっとして、あたしのことも知らないの?」
僕は顔をしかめて首をかしげると、女の子はゆっくりと笑った。
「いいわ、教えてあげる。」
「あたしは、座敷童、っていうのよ。
ずーっと昔に、この辺りのお家を守る為に、皆から地面に埋められちゃったの。
そして、とっても苦しい思いをして、神様になれたの。
私は、それなりの力も持っているし、こっちの世界ではエライのよ。」
最初の方の事はよく分からなかったが、”神様”と言われると、僕は少し疑わしい気持ちになった。
こんなのが、神様?
僕は、神様というのはなんだかもっと、ヒゲを生やしたヨボヨボのおじいちゃんかと思っていた。
「あんたは、最近身罷った子?」
僕が不思議そうに女の子の事を見つめていると、女の子は僕によく分からない事を聞いてきた。
「……みまかった?なにそれ。」
「死んだっていうことよ。」
「はぁ?ぼくは、ふつうのにんげんだよ。オバケなんかじゃない。」
「ふーん…。」
女の子はそう言うと、宙に浮かせていた足をパタパタと楽しそうに動かしながら、地面に居た蟻を見つめていた。
僕もなんとなく釣られてそれを見ると、蟻はよく分からない虫の死骸をせっせと巣に運んでいた。
「憚りだとか膳だとか、まだ人間染みた事をしているし、まだ分かっていないのね。
本当はあんたみたいな平凡な幽霊が、あたしみたいな神霊と話せるなんて、光栄な事なのよ。」
感謝しなさい、と言っている女の子の言葉がよく分からず、首をかしげていると、女の子の顔から笑顔が消えた。
「あんた、自分が死んだことを分かっていないのよ。よくあるのよね、事故死とかだと。」
蟻に飽きた女の子は、今度は空を見上げながら呟くように喋っていた。
僕はまた、女の子が古い言葉を使って、よく分からない事を話しているのかと思った。
自分が死んだことを忘れている?そんなはずはない。
僕はちゃんとここに居る。ちゃんと生きている。死んでなんかいない。
「あのお婆さん、優しいわよね。
突然やってきた見ず知らずのあんたに、あんなに親切にするなんて。
なんだか、お爺さんに先立たれてしまって、子供も遠くに居るから、1人で寂しいみたいよ。
あなたがここに来てからは、少し元気になったけど。」
そう言われると何故だか急に、あのお婆さんは僕のお婆さんではないような気がしてきた。
改めて見回すこの家の景色も、なんだか馴染みのない家の様な気がしてきた。
しばらく無言になってしまった二人の間に、「ご飯ですよ」というお婆さんの声が、静かに響いた。
「寂しげな食饌」 -完-
-メモ書き-
食饌 … 食卓の上に揃えた食べ物のこと。
憚り … お手洗いのこと。
膳 … 食事のこと。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




