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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天衣無縫

作者: 亜桃翠鸞

 その女は縫い目のないジャンパーを着ていた。正確に言えば胸ポケットは縫い付けられていたが、脇や肩には縫い目がない。女の体に丁度いい大きさだが、シルエットが男性的だった。男物かもしれない。

 駅での停車中に激しい地震があった。この様子では運行停止になるかもしれない。なったらなったでタクシーを拾わなければいけないだろうと思った。

「すごい揺れでしたね」

 不安もあって、その女に話しかけた。ジャンパーは襟のない形である。まるで切りっぱなしの革のような仕上がりだった。

「ええ。大変でしたね」

 車内を見渡しても、メールをしたり、通話をしている人さえいた。ただ、女は携帯を取り出そうとしない。私はそれをいいことにさらに話しかけた。

「動き出すんでしょうかね?」

「どちらでも仕方ありません」

 私はどうでもいいことを話し続けながら観察を続けた。色は明るい薄めの茶色である。生地は厚くないがしなやかさに欠けているように見えた。古い合皮だろうか?

「素敵なジャンパーですね」

 思わず口に出てしまった。もう二度と会うこともないだろう人だから気にすることはない。

「ええ。愛する人の形見ですから」

 女はいたずらっぽく笑った。

「男性ものなんですか?」

「そうでもないです。…あの人と私の合作、になりますね」

 車内アナウンスが入った。線路点検中でご乗車のままお待ちください、だった。復旧するかもしれないなら素直に待っていたほうがいい。

「洋裁がお好きだったんですか?」

 素人で革のジャンパーを作れる人はそうそういないだろう。合皮にしてもだ。

「いいえ、このジャンパーそのものがあの人なんですよ」

 女は謎賭けをする口調で言った。解いてみろと言った様子である。

「近くで見ていいですよ」

 女は腕を高く上げて私の顔に近づけた。

 遠慮なく見る。革の質感そのものは特に変わったようには思えない。ただ、肌理は少し粗いようだ。多少、傷もあった。

「!」

 体毛が残っていたのである。ちょっと見では気付かないが、糸くずなどがついているのではなくて明らかに生えていたものだった。

 元から生えていたものとしてはずいぶんと密度がまばらである。牛や豚ならもっと濃く毛が生えているだろう。それとも体毛の薄い品種なのだろうか?

「ユニークな革ですね。何を使っているんですか?」

「やっぱり解からないんですね」

 女は寂しそうな顔をした。

「?」

 合皮なら型抜きで作れるだろうが天然素材はそうはできない。天然素材なのに縫い目がないのはおかしいはずだ。

「まさか…」

「あの人が急に動かなくなってしまったとき、信じられませんでした。息をしていないのに気がついて自分で人工呼吸と心臓マッサージをしたけど動き出すことはありませんでした…」

 どうしても離れたくなかった。いつも傍に居たかった。

 必死でインターネットで調べて自分独りで仕上げたのだと。

 こんなにうまくいったのはおそらく奇跡的だと。

「毎日一緒なのにあの人だってみんなわからないんですもの」

 そのときアナウンスが流れた。

「線路点検に時間がかかる見込みです。運行を停止いたします。お客様は皆様お降りください。皆様お降りください」

 乗客たちは次々と席を立ち、車両から出て行った。

「では」

 女もごく自然にそれに習う。

「待ってください!」

 私は追いかけた。だが、ホームはすでに人が溢れている。女はどんどんと先を行った。

 改札をでる。途中下車になって運賃がもったいない気がするが、精算していたら間に合わない。

 女はタクシー乗り場に向かっていた。追いかける。

 女は一台のタクシーに乗り込んでどこかへ去っていってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章の構成が良くできていて、さらっと読めました。 男性からの視点と女性の物言いにはとても戦慄を感じさせられました。 [一言] タイトルから織田作之助のそれを思わせたので、それに惹かれて拝読…
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