幼い魔法使い
もう無理。歩けない。なにこの苦行。ベットで寝たい。美味しいご飯が食べたい。なにより、人として水洗トイレを求む!!
一応お年頃の女なんだよ。土に穴掘って、また埋めてとか羞恥プレイじゃなくてなんなんだ!!
スコップが旅の必須用品なんてどうなのよ!!!
失礼しました。お年頃と言いつつ下品な発言が。
文明が発達してない異世界って、カルチャーショックで軽く失神できるよ。旅って一日歩きっぱなしなんだよ。ひたすら歩く。歩く。歩く。残業続きで働いてたから、体力はあるのだと自惚れていた。営業やってても移動は車や電車だから、さすがにここまでの長距離は歩かない。しかも夜になれば暖かいフカフカのベットで寝れていた。今は毎晩テントもない大空の下での野宿だよ。あり得ない、身体中がギシギシミシミシ音を立てている。舗装されていない道も辛い。土埃もスゴくて喉がイガイガする。自分の荷物は自分で持たなければならないから、背中に背負った鞄もかなり重たい。野宿の為の毛布やら敷物やら、食器やら。小さい頃、冒険小説の旅する場面に憧れた私に教えてやりたい、体力をとにかくつけておけと。
もう、辛くて辛くて泣きたかった。
でもさ、セシルリールが文句も泣き言も言わずに、それどころか楽しそうに笑いながら歩くんだよ。こんな小さい子が道端の草や花、物の名前なんかを歩きながら私に教えてくれている。言葉が通じない私にここの言葉を少しずつ教えてくれているんだ。
真っ先に覚えたのが『トイレ』だったのは笑い話になるのだろうか。だって、自然現象だし、切実だし。
ジークも気をつかってくれて、小まめに休憩をとったり、足のマッサージの仕方を教えてくれたりしている。
セシルリールの故郷の町をでてから4日がたっている。なだらかに続く草原をひたすら歩いていた。今の話と照らし合わせて、草原?なんか開けてね?と思った方は、それ以上は考えなくていいと思う。いや、止めてくださいお願いします。もう、お嫁に行けません。せめて隠れるところがある森が良かった。
重い足を引きずるように無理矢理動かして、 前に進む。たった4日の間にミルミルお腹の脂肪が消えていった。あんなに頑固な脂肪だったのに、今やみる影もなくお腹はペタンコだ。いいとこ探しはこれぐらいだろうか。セシルリールと私は現在いいところ探しゲームにはまっている。昔見たアニメの中で、辛い思いをしている主人公がやっていたゲームだ。いいところを探しているうちは、まだそんなに悪い状況ではないと思えて元気になれる。言葉を覚えるという事にも役にたっているしね。
「レーン、休もう?」
あまりの足運びの遅さに、セシルリールが気遣わしげな視線で私を見上げる。情けないと思いながらも、ホッとして頷くとジークが大きなため息をついた。わかってます。足でまといだもんね。ジークとセシルリールだけならもっと進めているに違いない。ジークのため息がきっと本人は気づかない内に出ていると思う。実際よくしてくれているんだから。それでも、思う通りに距離を進めないのはストレスになるんだと思う。申し訳ない思いでいっぱいだった。
「レーン」
私の手を引きながらセシルリールが、右手を指差す。少し先に旅人用の小屋があった。雨をしのげるほどの小さい小屋はたいてい大きな樹に寄り添って建っている。簡易的な椅子とテーブルがあるだけだけど、その小屋で夜を過ごすことも出来る。ただ、本当に休憩用に建てられているものなので、床はない。地面の上に壁と屋根があるだけだ。手入れもされていなので、古い小屋では壁に穴があいているなんていうのもあった。
小屋に入るとわりと綺麗なほうで、軽くテーブルと椅子のほこりを払って座る。疲れ果てた私は崩れるように椅子にもたれかかった。まだ、四日だ。四日しかたっていない。町に着いているわけでもないのに、心が萎えそうだった。
スっとジークが無言で私の前に跪くと、ブーツに手をかける。ブーツを脱がされるのだと気づいた私は慌てて体をおこした。
「大丈夫、ジーク平気だから」
ジークは首を振ってブーツの紐を緩めると、さっとブーツを脱がしてしまい、私の足を見て息を飲んだ。
このブーツは木と革で作られていて、サイズもけっこう大きいからつま先に布を詰めている。要するに私の足に合ってない上に固いのだ。柔らかくて歩きやすい靴しか知らない私には足を痛めつけるに等しい靴だった。たった四日間のうちに足の裏にいくつもの豆ができて潰れしまっている。それにつま先に詰めた布が足の爪に妙に引っ掛て小指の爪が剥がれかかっていた。ジークは続けてもう片方のブーツも脱がしてしまう。同じような足の裏の状態に眉をひそめた。
「早く言え」
「レーン、痛そう」
セシルリールがそっと足を撫でてくれるので、笑顔で返す。
「大丈夫だよ。気にしないで」
足が痛かろうが、歩くしか手段はなくて、食糧がなくなる前に次の町にキチンと到着しなければ今度はお腹も満たされなくなる。本当に自分が住んでいる世界の、有り難さや便利さが懐かしい。コンビニ万歳。車も電車も万々歳だ。
「水、探してくる」
ジークは下ろした荷物から鍋を取り出して、さっと止める間もなく出て行った。
セシルリールはジッと私の足を見つめると、ふんわりと微笑んだ。
「レーン、秘密ね」
多分そう言ったのだと思う。ジェスチャーが口の前で人差し指を立てたシーッてやつだったから。何が秘密のなのかと思いつつ、悪戯を思いついたように瞳を輝かせるセシルリールに頷いてみせた。そうそう、この世界の人の名前は棒線が必ず入るらしい。だから、名前を呼ぶときにはどうしても伸ばしてしまう癖があるようで、私の名前を呼ぼうとすると何故かカレーッになる。何度呼ばせても、ジークもセシルリールも『カレーッ』になるんだよ。何故、レーンが言えるのにカレーンと言えなくてちっちゃいツに早変わりするのか訳が分からない。カレーッはいくらなんでも酷いと思う。カレーしか思い浮かばないし、自分がそう呼ばれるのは嫌だ。という事で蓮と同じに『レーン』と呼んでもらう事にした。蓮が棒線が大事らしいと呆れたように笑っていたのを思い出した。
セシルリールは私の足の裏に手をかざすと、ゆるゆると手を振ると何かを呟いた。ポウッとオレンジ色の光がセシルリールの手を包むと、私の足が暖かい風に包まれた。じんわりと赤外線の暖房器にあたっているような暖かさに、ほっこりしていると、不思議な事に足の裏がひきつるような、むずがゆいような気持ちになる。そのうちドンドン痛みが引いて、足の重さや体が軽くなるような気になった。
「セシルリール、今の魔法?魔法が使えるの?うわぁ楽になった。ありがとう」
足の裏を確認すれば、両足共に、豆が綺麗になくなっている。剥がれかけていた爪も新しく伸びた爪に変わっていた。蓮の話では、この世界の魔法使いは使える魔法がたいした事がないはずだ。魔王を倒せるほどの魔法使いを呼ぶための異世界召喚だったと言っていた。と、いう事は傷をみるみる治せちゃうセシルリールってば凄いんじゃないの?
驚きながらも、頭を撫でるとセシルリールは照れくさそうに顔を赤くして、頭を撫でている私の手に自分の手を重ねる。そして、上目づかいで恥ずかしそうに言った。
「リー」
「リー?」
繰り返すと、セシルリールは空いた手で自分を指差すと、また『リー』と言った。『リー』がセシルリールのあだ名なのかな?
「リーってセシルリールの名前?」
そう聞くと、セシルリールはそれはもう、蕩けるような笑みを浮かべて頷いた。もっともっと名前を呼んでとばかりに私を期待を込めた瞳で見上げてくる。あまりの可愛らしさに眩暈を覚えつつも、何度か親しみをこめて『リー』と呼ぶと、セシルリールは何故かうっとりと目を細めた。
あどけない微笑みに目を奪われている内に、セシルリールはいそいそと私の膝の上によじ登り、私の頬にキスをする。どうやら、愛情表現は一緒のようで微笑ましい行動に自然と頬がゆるんだ。
誰が、幼い子供のこの行動に重大な意味があったなんて思うのだろうか。
ただの愛情表現という以外に受け取りようもなかったのに。
魔法が使える事は秘密ではなかったらしく、水を持って帰ってきたジークにリーが自分で説明をしてくれた。どうやらアレは少し黙っててって事だったのね。
それから、時々リーが足に魔法をかけてくれて、次の町に着くまで順調に歩くことが出来た。
町に着いてほっとする間もなく、ある意味この世界にとってとんでも無い事をしてしまっていると聞かされるのだった。




