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消えた幼馴染

 中学2年の夏。突然幼馴染が姿を消した。

 そう、私の目の前で文字通り一瞬で煙のように消えてしまった。

 まるで見えない扉がそこにあったかのように。



 こんな気持ちを狐につままれたようなって表すのかな?だってあり得ないでしょう?人が一人、目の前で消えてしまった。自分の目を疑う事しか出来ない。暫く自分の見たものを信じられなくて、幼馴染が消えた場所を凝視していた。何度確認してもそこに幼馴染の姿はなくて、我に返った私はその場で幼馴染みの名を呼び、あたりを探しまくった。見つかる訳がなかったけれど。


 煙のように消えてしまった人間が左右を塀で塞がれているこの道のどこに隠れているというんだ。何となく異常事態が起こっている事は分かってるけど認めたくなかった。


 幼馴染が消えたところを見たのは私だけ。最後の目撃証言って奴になるの?一体どこの誰が、目の前で消えてしまいましたと言って信じてくれるっていうのよ。


 探すと言っても探す場所さえない場所で私は半狂乱に陥ってしまい、恐怖で震え始めた膝に鞭打って、おばさんのところに駆け込み、幼馴染が目の前で消えたことを訴えた。


 けれどおばさんは当惑した表情で首を傾げて、信じられない事を言ってのけた。


香蓮かれんちゃん暑さでボウッとしてるの?ウチに男の子なんていないでしょう?」


 今度は目じゃなくて耳を疑うはめになった。おばさん曰くおばさんの子供は小学生4年生の茉莉花まりかちゃんだけで中学生の男の子などいないと心底不思議そうな顔で言われ、最後には変な事を言ってないで家に帰って休んだほうがいいと、可哀想な人を見る目で見られてしまった。


 確かに今日は最高気温37度等という人間の体温よりも気温の方が高いという、普通の健康な人でも熱中症でバタバタと倒れてしまうような記録的な日だったんだけど。私の頭が暑さでショートした訳では断じてないはずだと信じたい。


 おばさんの爆弾発言で私は混乱を極め、とりあえずふらふらしながらも家に帰り、母親に川村さんの家の子供について聞くと、あっさりと茉莉花ちゃんの名前だけを出した。

 なにがなんだかわからなくて、親とおばさんで私の事を騙しているのかと思ったけれど、そんな事をする意味も分からない。


 それならばと、もうひとりの幼馴染、穂積ほずみ 聖司さとしの携帯を鳴らすとやっぱりれんなんて幼馴染は知らないと当惑したように言われる。よほど電話口の私の様子がおかしいと思ったのか、すぐに行くから落ち着けと言われ、すぐに携帯を切られた。


 どういう事?だって今さっき私の目の前で消えたのだ。

 そうこれが神隠しって奴?


 蓮の写真を見せれば思い出すかもしれない。そうだ、スマホ。慌てて持っていたスマホのギャラリーを開く。私のスマホで撮った写真は、二人の幼馴染の写真が圧倒的に多い。小さい頃から三人揃って行動していたから。


 けれど。

 いなかった。

 どこにも、私の幼馴染は存在していなかった。


 彼が写っていたはずのところは全て辻褄合わせのように、同級生の男の子達が写ったり背景になっていたりと、兎に角蓮はいなかった。

 たいして仲が良いわけじゃなく、絶対にこんな恋人同士のように寄り添ったりしない相手と私が写っている。その写真を見て目の前が真っ暗になった。


 知らない。こんな写真は知らない。

 

 ここで私と腕を組んでいたのは幼馴染の川村かわむら れんだったはずなのに。

 保育園から一緒で、れん香蓮かれんで仲良くセットにされたんだ。

 同じ漢字で蓮。

 いつもいつも隣にいた蓮。

 目の前で消えてしまった蓮。

 泣き虫で弱虫で、私と聖司がいないと不安で眉をキュッと寄せる可愛い蓮。

 どんなに記憶を遡っても常に、蓮と私と聖司の三人で過ごした記憶しか出てこない。


 部屋にかけ戻り、必死で記憶を辿り蓮がいるという証拠を見つけ出そうと、躍起になって引出しやアルバムを手当たりしだいに確認する。


 だって、考えられないんだよ。

 蓮のいない生活なんて。


 玄関が開く音とともに、聖司の声が聞こえる。


「おばさん、お邪魔します」


 バタバタと階段を駆け上る音がして、私の部屋の扉が開いた。聖司と蓮はよく家に入り浸っているから、声をちょっとかけるだけでいいんだ。二人とも、生来の猫かぶりでお母さんの信頼を勝ち得ているのだ

 勢いよく扉を開けた聖司がポカンと口を開け私を凝視した。


「香蓮?お前なにやってんの?」


「だって、蓮がいないっ!」


 私は手を止めずに叫んだ。何を見ても、どこを探しても蓮がいた痕跡が見つからない。

 誰かが私を騙しているんだと信じたかったけれど、こんな手の込んだ悪質な嘘など、つく必要も無いことを頭のどこかで分かっていた。


 だいたいどうやって本人の記憶が全くない写真が撮れるっていうんだ。スマホに入っていた蓮の写真がすべて違う人間になっているなんて手の込んだ合成写真どうやって素人が作れるっていうんだよ。


「ちょっと落ち着けって、さっきも言ってたけど蓮って誰だよ?」


 聖司が私に近づいてきて、両手を後ろから握って動きを止める。


 なんて薄情者なんだ。兄弟のように育ってきた大親友の蓮を忘れるなんて。

 さっきまで一緒に授業を受けてたじゃないか。


「本当に?本当に蓮が分からない?」


 冗談だと言って欲しくて、ごめん調子に乗りすぎたいつもの悪戯だよと言って欲しくて、縋るように聞いても、聖司は戸惑う様に私を見るだけだった。

 聖司のその表情で本当に聖司が蓮の事を分からないのだと悟ってしまった。

 体の力が抜け、ペタンと床に座る。

 蓮が消えてしまった。存在した証も全部消えてしまった。

 それとも私の頭が可笑しくなってしまったのか?

 蓮っていう幼馴染なんて本当はいなくて、私の妄想だとでも言うのだろうか。


「香蓮?おい、しっかりしろって。お前今日は誕生日だろ?テンション上がりすぎて変になってるのか?」


 その問いかけに、ついさっき蓮が消える前に私にくれた物を思い出した。

 聖司を押しのけて玄関にある鞄まで走る。

 けれども、鞄を見た途端に怖くなった。


 鞄の中に入っていなかったらどうしよう。この蓮の記憶が全て自分で作ったものだとしたら?


 一緒に追いかけてきた聖司がそっと私の肩に手をおく。

 私の様子を心配しているのは分かっていたけれど、今はそれどころじゃなかった。

 また震えてきた手で、そっと鞄を開ける。学校指定のスポーツバックの中に、ちょこんとピンクの包み紙が見える。手の平に乗るサイズの袋と一緒にミントブルーの封筒もあった。そう、あったんだ。そっと封筒を開けば便箋に一言メッセージが書いてある。


『おめでとう。いつもの感謝も込めて  蓮』


 まるで女の人が書くような細く繊細な文字でそう書いてある。


 あった。

 みつけたよ蓮。

 蓮がいた証。


 勝手に滲む目をこすりながら、ピンクの包みを開ければ可愛いバラをかたどったネックレスが入っていた。後ろから伸びてきた手に便箋を奪われる。

そこが限界だった。

 久しぶりに声を上げて泣いていた。





 大切な大切な私の幼馴染。7月17日、この年最も暑かった日に、川村かわむら れんはこの世界から消えた。ふわふわの天然パーマで透き通るような白い肌で、くりくりの二重で、私と並ぶと女の子二人が戯れているようにしか見えないとからかわれた。大事で大好きな愛しい幼馴染が、手紙と誕生日プレゼントと私にだけ記憶を残して。


 この日以来、私は蓮を忘れられない。


 今ではもう、ひょっとしたら私の妄想だったのかもしれないとも思う。


 けれど、私の胸元にはバラが揺れている。


 そのバラは小さいくせに主張が激しい。まるで忘れないで欲しいって言っているみたいに。


読んで頂きありがとうございます。ストック全くなしの状態での投稿です。どうしても書きたくたくての投稿ですが、多忙のため不定期更新になります。ひっそりと書き上がり次第投稿いたしますので、お付き合いいただけたら、幸いです。

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