願いの先に
しばらくして薫は幼女の姿から成人男性へと戻ることができた。
今、薫はこれから自分がどうなるのか?という不安に薫は押し潰されそうになっている。
今回は大丈夫だったが、これからどんどん強敵になっていく事だろう。
どれだけの数の敵と戦えばいいんだろうか?
これのせいで就職がますます遠くなるんじゃないか?そもそも何年位戦えばいいんだろう?もしかして死ぬまでとか?
魔法幼女になって元の体に何か影響はないのか?寿命が縮んだりしないか?
そんな不安が次々と薫を襲う。
リシアは敵だった岩巨人の残骸を飲み込み終わって薫の方に向かってきていた。
そもそも本当にこのリシアが正義なんだろうか?
確かに岩巨人は薫を襲ってきたが、それはリシアの仲間だと思われたからかもしれない。
そう考えたら急にリシアが怖くなってきた。
良い人そうなやつ程裏で悪人ってのはよくある話だ。
「さて、何か質問はあるかい?」
リシアは固まって動かなくなった薫を不思議そうに見上げながら喋りかけてきた。
ビクリッ、と薫は体を震わせたが、直ぐに深呼吸をしてリシアに質問をする。
「そうだな、敵ってどれだけいるんだ?」
「そうだね、敵は一人さ。闇の精霊のみだよ。だけど闇の精霊は物に力を与えて眷属にできるから、敵は無限とも言える。」
リシアが言うには闇の精霊は物質や生物に力を分けて操ったり動かすことができるらしい。
さっきの岩巨人みたいのも量産できるみたいだ。なんとも絶望的な話じゃないか。
「俺はどれだけ戦えばいいんだ?どれだけの頻度で敵は出てくる?」
「勿論闇の精霊を捕まえるまでさ。どれくらいの頻度かは闇の精霊に聞かないと分からないね。」
つまり敵は仕事の面接中でも襲ってくるし、就職をして仕事をしていても襲ってくるわけだ。
そんな感じだと、闇の精霊を見つけるまで怖くてハロワにもいけやしない。仕事を見つけても即クビになりそうな気がする。
「俺の生活が壊れる気がするんだが。」
「そうだね。闇の精霊を捕まえるまでは魔法幼女専門のほうがいいと思うよ。」
リシアは随分と勝手なことを平然という。
薫は怒りを通り越して呆れていた。
「あのな、俺たち人間はお金がないと食べ物が買えなくて死んじゃうの。」
「大丈夫だよ。」
全然大丈夫じゃねぇよ!と叫びたくなったが薫はそれをグッと我慢した。
怒るのは何で大丈夫か聞いてみてからでもいいだろう。
「なんで大丈夫なんだよ。」
「願い事で解決すればいい。お金でもいいし、食に困らないように願ってもいい。」
薫はなるほど、と思った。薫は不老不死とか世界の英知とかには興味がない。
それだったら一生使い切れない程のお金をもらった方がいいだろう。株とかで成功したとでも言えば親も納得するはずだ。
「それもそうか。じゃあ、一生遊んで使っても困らないだけのお金をください。」
「わかったよ。じゃあ用意するから明日キミの家に持っていくね。」
リシアはそういうと煙のように薫の目の前から消えていった。
・・・
次の日の事だ。東京を大きな地震が襲った。
大した被害はなかったが、何でも銀行が3軒程完全に潰れてしまったらしい。
不思議なことに他の建物は無傷なのにだ。
朝のテレビでは新手のテロ行為ではないのか?と緊急特番が組まれている。
なにせ潰れた銀行の隣にある築80年の和菓子店が無傷なのだ。どう考えてもおかしい。テロ行為や怪奇現象と思われても仕方ないのかもしれない。
(実際怪奇現象だろう、これは。)
薫は自分の部屋でコーヒーを飲みながらボーッとテレビの特番を見ていた。
幸いなのかどうなのか、薫は今回の地震にはあまり関係のない地域に住んでいるので(銀行とかが潰れているので関係なくもないが)他人事のようにテレビを見ている。
今回の地震は銀行が3軒倒壊した以外に被害は本当にないらしかった。
勿論小さな被害はあったが、他の建物が壊れたり、人が死んだりとかないみたいだ。
こんな怪奇現象があっていいのか?とニュースキャスターが興奮しながら喋っている。
(確かに変だ。不思議なこともあるもんだ。)
薫はニュースの途中から嫌な汗が止まらなかった。
昨日のリシアの最後の言葉が引っかかっているのだ。
「じゃあ用意するから……」
そう「用意するから」と言っていた。リシアは用意するといっていたのだ。
そして次の日に地震が起こり銀行だけ倒壊した。
薫は嫌な予感が止まらなかった。これは間違いなくリシアが絡んでいる気がする。
ズズン……
大きな音が聞こえた。音は1階の和室からだ。
薫の家は2階建ての一般住宅で薫の部屋は2階にある。薫は急いで和室の方に向かうが、その間にも何度か大きな音が聞こえてくる。
薫が和室の扉を勢いよく開けるとそこには異様な光景が広がっていた。
まず部屋の3分の1が陥没していた。そして部屋の3分の2に現金が山のように積まれている。
全部ピン札の1万円だ。それが山のように積まれているのを見て薫は目眩を起こして倒れそうになった。
「おはよう、薫。どうかな?これだけあれば遊んで暮らせるでしょ?」
目の前にはリシアがいた。得意気に笑っている。
確かに遊んで暮らせるだろう。目測だが50億円位はある気がするし。
しかも(多分だが)自然災害で潰れた銀行のお金だ。軽い火事みたいのもあって倒壊した銀行のお金の回収は絶望的と言っていたので使ってもバレないだろう。
しかし、これは本当に使っていいものなのだろうか?
まぁ、落ちてましたと交番に届けるわけにもいかないし、募金とかに使うにも桁が違いすぎる。
「地の精霊アイシャに手伝ってもらって銀行から出してきたんだ。あいつは恥ずかしがり屋だからもうここにはいないけれどね。」
「そうか、あの地震は地の精霊が引き起こしたのか。精霊って凄い…じゃないよ!どうすんだあれ!」
薫のノリツッコミチョップは見事にリシアの後頭部へと直撃するが、リシアは何のことか分かっていないようでキョトンとしている。
薫はリシア達がお越した地震のせいで大騒ぎになっていることを伝える。
テレビをつけてニュースを見せるがリシアは平然としている。
まぁ、精霊にしたら些細なことなんだろう。それとも確信犯なのか。どちらにしてもたちが悪い。
「死者はでてないんだし、いいじゃないか。」
「そういう問題じゃない!」
そのあともリシアと薫の言い争いは続いたが最終的にやっちゃった物は仕方ない。と言う事で落ち着いた。
山のように積まれた現金は取り敢えず放置することにして、薫とリシアは今後について話し合うことにした。
「ところでなんだけどさ、闇の精霊がどこに現れるのかとか分かってるのか?」
「まだ分かってないんだ。日本のこの周辺っていう所までは絞れてはいるんだけどね。」
リシアの話ではまだ正確な位置はわからないらしい。
それを探すのも魔法幼女の使命なんだそうだ。なんとも都合のいい使命だ。
「あと闇の精霊の眷属ってのは俺たちがいないところにも出現するのか?」
「出現はするよ。でも真っ直ぐに精霊か魔力の強い人に向かうだろうね。ボクには眷属が出現したかどうかが分かるからキミは眷属が出現したら倒しに向かう形になると思う。」
闇の精霊の眷属は精霊達から逃げるために創り出されたものらしいので、基本精霊以外には見向きもしないらしい。
それでも周囲の建物や人間を結果的に傷つけてしまうことがあるので倒しには行かないといけないようだ。
面倒くさいし物凄く怖いが大量の現金を貰ってしまっているし仕方ないだろう。
「これで最後の質問なんだが、闇の精霊の眷属やリシアたち精霊は普通の人には見えないんだよな?」
「そうだね、見えないよ。」
「じゃあ、魔法幼女になった俺はほかの人に見えるのか?」
薫が一番気にしていることはこれだった。
もし魔法幼女になった薫のことは普通に見えるのだとしたらかなり恥ずかしい。
だって敵の姿は誰にも見えないんだから。
『異様な身体能力をもつ幼女』とかそんな見出しで地方の新聞に載ってしまうかもしれない。
「まぁ、君の姿は見えるよ。でも幼女姿だし、キミってバレないとは思うけど。」
「そういう問題じゃないんだよっ!」
薫の悲痛な叫びは3軒先のおじいちゃんの耳に届くほど大きかったという……