岩巨人
空から落ちてきた岩と石の集合体は大体4mといった大きさだろうか。
公園にあったシーソーの上に落下してきたようで下のシーソーが無残なことになっている。
中々な異常事態だが、周辺を歩いている人達は気づいていないみたいだ。
どういうことだろう?こんな事があれば野次馬が集まってきそうなものだが。
「自衛隊や警察では対処ができないんだ。闇の精霊はボク達の追跡から逃れるために眷属を使って襲ってくる。まぁ、標的はボク達のような精霊だけだから普通の人達は安全だけど……」
ゴガシャ…ガシャリ……
岩と石を纏めて固めただけだった【それ】は大きな音を立てながら人型へと変化していく。
そこまで形は良くないが、人の形に変化した【それ】は薫の方にゆっくりだが歩いてくる。
「狙われるのがボク達なだけで、それによる余波で建物が壊されたりすることがある。それと希に強すぎる魔法力のせいで精霊に間違えられてしまって狙われる人間がいるんだ。」
ブォン!!
「おひょいっ!?」
薫が嫌な予感を感じてしゃがんだ瞬間、さっきまで薫の頭があった場所を石で出来た腕が通り過ぎていた。
薫の頭の中に【死】の一文字が浮かぶ。さっきしゃがまなければ確実に死んでいた。
冷や汗が溢れ出し足がガクガクと震える。
「ちなみにその眷属やボク達みたいな精霊は普通の人には見えない。さて、やっぱりというかさっそく誤認されたみたいだね。」
リシアの落ち着いた感じに腹を立てるが、薫にはリシアの余裕が頼もしくも思えた。
リシアにとってこの3mを超える岩の巨人は驚異ではないんだろう。だからこんなに余裕に違いない。
「おい、早く何とかしてくれよ!4大精霊なんだろ?」
「実はね、ボクにそこまでの力はないんだ。防御が専門なの。キミが魔法幼女になれば簡単に勝てる相手なんだけどね。」
リシアはすまなそうな、でもちょっと悪そうな笑顔を浮かべて薫を眺めている。
それが本当かどうかは分からないが、リシアに助ける気がないことはわかった。
リシアはどうしても薫を魔法幼女にしたいらしい。
しかし薫はそんな得体のしれないものになんかなりたくない。
目の前にいる岩巨人はゲームで出てくる形の良いモンスターといった感じではない。
大小の石や岩が固まって出来た感じのものだ。
動きはノンビリしていて岩巨人の迫力を無視すれば難なく攻撃を避けることができるだろう。一撃当たれば即死の恐怖はあるものの、これなら何とかなるのかもしれない。
「こ、怖ぇ…だけど。」
しかし薫は一般人でしかもスポーツは苦手、格闘技なんかやったことすらない。
勿論殺気なんて感じたこともないし、喧嘩すらしたことはない。
足の震えも止まらない。
「怖がって震えてる場合でもない!」
薫は岩巨人に背を向けて走り出した。
戦う術のない薫の選んだ選択肢は逃げることだった。これは動きが遅い岩巨人からなら逃げることができると思ったからだ。
自慢じゃないが薫の走りは遅い。50m走は10秒フラットという亀っぷりだ。
しかも恐怖のせいか思うように動けずにそのスピードは更に遅くなっている。
だが岩巨人はそれ以上に遅い。公園を出て逃げる薫を岩巨人は追いかけてくるが、これなら逃げ切れそうだと薫は思った。
それなのに一向に両者との差は広がらず、どちらかといえば差は縮まってきている。
(あいつ、動きが速くなってきてる?)
薫は瞬間的な速さこそ亀だが、持久力には自信があった。現に今も全力疾走を続けていられている。
だが逃げきれない。振り向いて岩巨人を確認してみると体に付いている岩を振り払い小さくなりながらこちらに向かってきている。
そして小さくなる度に速さが増している。今の大きさは2mと言ったところだろうか?
岩巨人は2mになったといってもその迫力はそのままだ。
多分一撃でもあの岩巨人に殴られたら薫は死んでしまうだろう。
薫はもう半泣きだ。既に岩巨人は薫と同じくらいの大きさになっていて、走る速さは薫を超えていた。
ジリジリと薫と岩巨人の距離は縮まってきている。
薫は気付いたら河川敷に来ていた。
どういう事か周りには誰もいない。
薫はヤケになって川に飛び込んだ。岩巨人は文字通り岩で出来ているんだからもしかしたら沈んで上がってこないんじゃないか?と考えたからだ。
しかしその考えは甘かった。
川は浅かったのだ。深い所でも薫の腰辺りまでの深さしかない。
これじゃ岩巨人が沈んで動かなくなる、なんてことはないだろう。
予想通り川の影響なんて関係なく薫に迫ってくる
(もうダメかな。短い一生、後悔ばっかりだったなぁ。)
川を渡りきった薫の服は川の水を吸って重くなっている。もう逃げるのは無理だろう。
薫はここで死ぬのか、と絶望に落とされていた。
岩巨人が薫に殴りかかろうとした瞬間、薫の周囲が水の膜で覆われて岩巨人の拳を跳ね返した。