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プロローグ 邂逅

 風が強く吹くことを龍の咆哮と例える。

 小さな光がともされる村から民族の音が聞こえる。その音にあわせて響く手拍子と歓声。

 空を支配する我らにとって意味の成さない光景だった。

 我らは十全な生き物である。孤独であろうと我らは生命を食らいその生命を糧にして生き、そして駆逐という蹂躙を求め我らは炎を吐く。ゆっくりと旋回しながら我らはその嬉々として踊る彼らを今一度見つめる。

 なんと儚い生き物なんだろうか。今襲えば我らの血肉として死すしかない存在。

 びゅうと風邪を引き即音が我らの耳を掠める。龍の咆哮が聞こえる。

 我らはそんな下等な人間にまるで呪いの様な毒を受けてしてしまった。




 ふと尿意を感じ、目を覚ました青年はゆっくりと目を覚ました。隣には見ず知らずの年上の女が寝転がっている。青年はゆっくりとため息を漏らした。

 その青年は白銀の髪を有した青年で年は十八というところか。その青年の名はジグという。

 ぶどう酒に含まれているアルコールで尿意を感じ、厠へと足を運ぶ。幸い厠には誰もいない。これ幸いと思い、ズボンを下ろし、用を足し始める。

 寒い季節に入る前にこの国は魔よけの意味で祭りをする。といってもほとんどが酒を飲み、魔よけの歌にあわせながら踊り、眠るまで行うものだ。もう広間にある火は消えておりもう祭りは終わっている。

 この世界は人間と龍が共存していた。昔、龍と人間は二つで一つの存在としていたのだが、ある日龍は火と空を選び、人間は水と大地を選んだ。それ以来龍は人間の前に現れることはなかった。ジグノす向くには龍とこれからも共存を選んだ国だが実際国民は龍が存在していることを信じていない。もう昔のことなのだ。

 背中をブルリと振るわせたジグは厠を出た。戻ろうと思ったが家には知らない女が寝ている。ジグはしばらく外を探索する。人口はそこまで多くなく、隣の国のほうが人口が多くそして経済力もある。ここは少し寂びた国と例えたほうが丁度いいものだった。寒い空気は建物と建物の間を走り、強くジグに吹きつけ、服を通して冷気を伝わらせる。肌の体毛が立ち、体温を維持しようと逆立てた。

「寒い…」

 ジグは自分の酒癖の悪さに呪った。自分自身で酒癖が悪いのは自覚しているが記憶にない時点でどうしようもない。

 はあと息をつくとふと暖かい空気を感じた。その空気は料理などの匂いに乗ってきているわけではない。ただ炭と、木が燃える匂いとともにきているのだ。

「火事か?」

 だが家事はもっと明るくなるはずだ。ならなんだろうか?

 少し前かがみになりながら歩く。だんだんと暖かい空気の量が多くなってゆく。どうやら場所は祭りの広場のようだ。

 誰か二次会でもやっているのだろうか。広場を中心にして映える建物は幻想的だった。はてと思い覗き込む。

 広場にあった火はついていた。轟々と燃える材料は巨大な丸太。大の男が五人がかりで持ってこないとできないような大きさの丸太だ。その丸太の中央部分が集中して燃えている。その木はまだ生木で時々爆ぜる音が響く。その火の目の前で少女が立っていた。不思議な光景だった。生木の燃える広場で少女が立っている。その光景を見て誰もが不思議であろう。逆光で見えないがその影から容姿は整っているのは十全に分かる。その少女は年からして十五か。

 少女の右手がゆっくりと動いた。そして一歩右へと跳躍する。着地は音もなく、そしてくるりと一回転した後、軽やかに跳躍をする。

 その動きは祭りの魔よけの踊りの一節だった。

 ジグはその踊りに見蕩れる。

 少女の動きはあまりにも軽やかで、そして美しかった。

 そう、美しかった。




 一通りの踊りが終わったのか、影の少女は静かに踊りをやめた。

 ジグは操られたかのように逆光の少女の元へと歩みを進めた。近づくたびに心臓の鼓動は大きくなる。いつしか歩行は忍び足だ。

 逆光に隠されていた容姿は明らかになる。綺麗な背中の中央にへこんだ背筋。美しい線は素肌だった。控えめにある乳房も露出している。

 裸だった。一糸纏わぬその姿にジグは声を漏らした。

「…!」

 その漏らした声に反応した少女は振り返る。ジグはそこで思考が停止した。

 彼女の目は蛇のように鋭くそして青く美しい。髪も火の光でまったく分からなかったが、空色で綺麗だった。ジグは彼女の目を見つめたまま一言言った。

「綺麗だ」

「っ……!」

 突然ジグの隣の石畳が砂埃と一緒に爆ぜた。爆風のような衝撃がジグを襲う。ジグは横目でその正体を見た。

 青い鱗に覆われた尾。

「貴様、下種な分際で(オレ)を綺麗というか」

「綺麗じゃないのに綺麗というのはおかしいとおもわないかい?」

 よく見ると彼女は頬を染めている。ジグは一歩前に足を向ける

「くるな」

「でもこんな季節に服を着てないのは見ている俺も寒くなる。お願いだから何か来てくれないか?」

 確かにと彼女は頷いた。するとざわざわと背から青い鱗が張ってくる。胸を隠し、そして下へと鱗が伸びて行き、臍を隠すように鱗が広がる。

 ジグはそれを確認した後、彼女に問う。

「君はもしかして龍か?」

「掟を守りし龍族だが人間の貴様はなにを聞きたい」

「いや、確認だただの」

 予想外の答えに彼女は肩透かしを食らった。そして肩を震わせると怒声をあげる。

「き、貴様のような浅慮なやつに会ったのは初めてだ! 貴様を食ってやる!」

 少女は手を上げジグを殺そうとする。

「僕を?」

 ジグは質問を返す。すると少女の手は止まる。

「そうだ!」

「ならなんですぐに僕を殺さないのさ」

「うっ……」

 彼女は言葉を詰めた。

「お、掟に『無知には全能の知識を教える』というものがあってだな。それを完遂せねば殺すこともできないのだ」

 だから、と彼女はつなげる。

「貴様が質問をすると私は殺すこともできないし食う事もできない。貴様は黙って羊のように殺され、食われろ!」

 そういって手を上げると突然空腹の音が響いた。ジグではない。ジグは祭りでたらふくと肉を食ったのだ。明日の昼まで食べなくても大丈夫だろう。ならば腹の虫を鳴らした者は。

「おなか減ったの?」

「う、うるさい! 黙って食われればいいのに!」

 顔を赤くしてしゃがみ込む。ジグはただただ彼女を見ているだけだった。

 これが…龍なのか……。


 ジグは頭を少し抱えた。




「これ、少ないけどよかったらあげるよ」

 場所はジグの部屋。部屋にいた女はもういなかった。どうやら帰ったらしい。ジグは最初は半分警戒しながら中に入ったが誰もいないことにほっと胸を撫で下ろした。

 少女を部屋に案内すると窮屈だといった。

「そういえば貴様の名を聞いていなかった。名をなんていう?」

「ジグ、ジグフリードそういう君は?」

「君というな、(オレ)は高貴な種族だぞ。名を言う必要はない。それに人間の呪術には名を使って支配するというのを聞いているゆえに我は何も言わない」

「左様で」

 ジグはそういうと彼女はむっと膨れた面をした。ジグは数分で理解した。

 いくら龍であろうと人間と変わりないのだ。ジグはパンと干し肉をふやかしたものをさらに乗せておいた。

「どうぞ」

「……頂こう」

 少女はがぶりと肉に噛み付く。噛み付く犀に見えた犬歯はまるで狼か犬のような丸みを帯びている。恐怖というより愛嬌というところか。

「まあ下種が食べるようなものだな。まずいが食えないこともない」

「ならよかった。食べないかと思った」

「ふ、ふん」

 次の一口で食べきれるものをちびちびと食べ始める。まるで小動物のようだった。

「アリアだ」

「ん?」

 突然の名乗りでよく聞こえなかった。

「アリアドラゴニクス。龍族の姫だ」

「姫様か…その姫様がどうしてこんなところに?」

「……」

 どうやら触ってはならないことを言ってしまったらしい。ジグはやっぱいいよと遠慮の言葉を口にしようとしたが、先に開いたのはアリアだった。

「大いなる敵が我らを滅ぼそうとするのを伝えにきたのだ」

「…大いなる敵?」

 ああ、と彼女は言う。

「龍と人間、我らと貴様らは元は共存していた。それは大いなる敵と戦うため」

「なら今は人間と龍は共存していない時点で大いなる敵というのはいないんじゃないのか?」

「いないんじゃない。封印していた」

 アリアはジグを見つめる。アリアの目は蛇の目のように鋭くそして光っていた。

「我らはまた人間とともに大いなる敵に立ち向かうために舞い戻ってきたのだ」


 運命は動き出した。

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