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あくまでこれは1905年に捕獲された個体を最後として作成したものです。
また、想像ですので事実と異なる部分もあります。
彼はただ走っていた。仲間の最期の言葉が、未だに耳を離れない。悔しかった、彼は。何も出来なかった彼自身が。仲間を救う事が出来なかった自分自身が、許せなかった。
まだ幼かった子供達も、リーダーも、その妻も。大人になってから仲間になった皆も。全部全部、皆いなくなってしまった。自分が気付いていれば・・・。自分が警告出来ていれば・・・・・・。彼がどんなに自身を責めても、仲間は戻ってこなかった。彼の仲間達は皆、戻ってくることの出来ない場所へと、逝ってしまったのだ。
(何で)
彼は思った。
(何で)
(何で殺したんだよーッ!!)
悔しさのあまり、雄たけびにも似た叫び声をあげた。それは森に響き、風のごとく闇を駆け抜けた。こんなことをするのは危険なことだと、彼は十分知っていた。こんなことをしたら、ここに居る事がばれてしまうということも、知っていた。けれども、彼はそうせずにはいられなかった。仲間の無念を晴らさなければならない。決してそんな気持ちに囚われていたのではなかった。ただ、ただ仲間の願いを、最期の我がままを、聞いてやりたかったのだ。
彼はただ走っていた。どこまで走っても、闇から手が伸びてきて自分を捕まえるのではないかという恐怖は消えなかった。どこまで走っても、あの木の陰から何かが出てきて、次の瞬間には死んでいるのではないかという怯えは拭い去れなかった。どこまで走っても、どこまで走り続けても、どこまで逃げても、追いかけられ続けて、追い詰められてしまうようで、怖かった。痛みに悶え苦しむ仲間の姿が、苦しみのあまり牙をむき出したまま死んだ仲間の姿が、瞼の裏から消えていかなかった。
(嫌だ・・)
死にたくない。でも、今すぐ仲間の所へ行きたいというような気持ちもある。彼はその二つの心の隙間で葛藤した。そして、そのすぐ後から迫り来る『奴ら』のことも忘れなかった。
(僕は・・・どうしたらいいんだよ・・・・・・・?)
彼にはわからなかった。このまま逃げ続けて何になるのだろうか?だが、立ち向かったところであっけなくやられてしまうのではないか?死んだら、どうなるのだろうか?様々な問いが浮かんでは消え、また消えては浮かんだ。
彼はただ走っていた。どんなに風のように素早く森を駆け抜けても、どんなに目の前の暗闇に意識を集中させようとしても、血の匂いが消えていかなかった。どんなに痛み出した足の痛みに集中しようとしても、どんなに獣道の進む先に集中しようとしても、あの鉄の匂いが消えていかなかった。鉄のほかに感じた、何かが焼けるような変なにおいも、闇へ溶け込んではくれなかった。彼はそれでも走るしかなかった。生きるために。仲間の願いを叶えてやるために。