勇者選抜デスゲームを、始まる前に潰してしまった
「喜ぶがよい、人の子ら! この女神ルミナ様が、貴様ら百名の中から《真なる勇者》を直々に選んでやるのだ!」
白亜の闘技場、その中央上空で、小さな少女がこれでもかというほど胸を張っていた。腰まで伸びた白金の髪に半透明の翼、頭上には身体の幅より大きな黄金の光輪まで浮かんでいる。三メートルも浮いているのは、おそらく百人を見下ろすためだろう。地面に降りたら、身長だけなら俺の胸くらいしかなさそうだった。
「魔王復活まで、あと半年! この十年、わたしは来たる決戦に備えて神域を整え、七つの試練を作り上げてきた。そして復活が近づいたこの数年で、世界各地から勇者たり得る才を持つ者を選び抜いたのだ!」
ルミナが両腕を広げると、頭上の空間に巨大な光の板が現れた。参加者百名、全七試練、各試練終了時に規定人数が脱落、そして最終生存者一名を《真なる勇者》として認定。そのあたりまでは、少々大げさではあるが理解できた。
最後に、赤い文字が追加された。
『脱落者は即時消滅』
数秒遅れて、闘技場が怒号で揺れた。
「消滅って、死ぬってことか!?」
「そんな話は聞いてないぞ!」
百人が一斉に騒ぎ出しても、ルミナは慌てなかった。むしろ予定通りの反応だったらしく、小さな腕を組んで満足そうに頷いている。
「もちろん死ぬのだ! 命を懸けぬ戦いで、人が真の力を発揮できるものか! 死への恐怖を越え、他の九十九人を踏み越え、それでも最後に立つ者だけが、魔王に挑む資格を得るのだぞ!」
俺は手元に配られた魔法板へ視線を落とした。三時間前まで、俺は東京の会議室にいた。大企業の基幹システム刷新案件で、営業、経理、物流、情シスから上がってくる要望を整理していたはずだ。
肩書きだけならITコンサルタント。やっていることは、相手の話を聞き、それは何のためですか、その条件は本当に必要ですか、と確認し続ける仕事である。帰宅途中に何が起きたのかは分からないが、気づけば異世界にいて、勇者候補だと言われた。
剣は握ったことがない。魔法もさっき初めて使ったが、手のひらに浮かんだ火球は二十センチほど進んで地面に落ちた。そんな俺にとって、脱落即消滅はかなり切実な問題だった。
「女神様、少し確認してもいいですか?」
俺が手を挙げると、ルミナはすぐにこちらを見つけた。恐怖に耐えられなくなった弱者でも見つけたつもりなのか、少し嬉しそうに顎を上げる。
「ふふん、よいぞ! 神たるわたしは質問にも寛大なのだ。死ぬのが怖くなったのなら、今のうちに泣いてもよいぞ?」
「死ぬのは普通に怖いです。ただ、まず意図を確認したくて。命懸けにしたのは、模擬戦では出ない本気を見たいからですよね」
「その通りなのだ! 訓練場でだけ強い者など要らん。魔王を前にしても剣を振れる者を選ばねば、人類が滅ぶからな!」
そこは理解できた。死への恐怖まで含めて実戦適性を見たい、という話なら筋は通る。
「俺が気になってるのは、その後です。負けた人を本当に消す必要までありますか?」
ルミナの眉が少し動いたものの、すぐに胸を張り直した。
「あるに決まっておる! 死ぬかもしれない、では甘い。本当に負ければ死ぬ。その条件だからこそ、人は限界を越えるのだ!」
「だったら、敗者は魔王軍との最前線へ送られる、とかでも相当本気になりません?」
闘技場の端にいた騎士らしい男が、思わず顔をしかめた。
「それは嫌でも本気になるな……」
ルミナはその男を睨み、それから俺へ向き直った。
「だ、駄目なのだ! それでは敗者が残るではないか! 《真なる勇者》とは唯一無二の存在でなければならん。最後にただ一人が立っているからこそ、誰が本物か誰にも文句を言わせずに済むのだぞ!」
「勇者の称号を一人にしたいわけですね」
「そうなのだ!」
ルミナが力強く頷く。そこまでは分かる。王国や民衆にとって象徴となる勇者を一人に定めることには、意味があるのだろう。
「じゃあ、勇者は一人でいいと思います。ただ、二位の人まで消す必要はないですよね。勇者じゃなくても、かなり強いでしょうし」
「勇者になれなかった者は、勇者として足りなかったということなのだ! 中途半端な者を残したところで、魔王との戦いでは足手まといになるだけであろう!」
反論できる場所を見つけたらしく、ルミナはまた胸を張った。俺は魔法板から顔を上げ、周囲を見回す。大剣を背負った男、大盾を持つ騎士、杖を抱えた魔術師、聖印を胸に下げた女性。どう見ても俺より強そうな奴ばかりだった。
「この百人って、女神様が世界中から選んだ人たちなんですよね」
「当然なのだ! そこらの兵士と一緒にするでないぞ。剣に秀でた者、希少な魔法を持つ者、治癒や索敵に長けた者。わたしが何年かけて探したと思っておるのだ!」
「だったら、勇者になれなかったとしても使い道はありそうですね」
「だが普通の兵士が何百人いても、魔王には届かんのだ! 必要なのは数ではない。魔王と正面から渡り合える、圧倒的な一人なのだぞ!」
ここは別におかしくない。魔王が一人で軍を壊滅させるような存在なら、こちらにも突出した戦力は必要だろう。
「最強クラスの勇者が必要なのは、俺もそう思います。その勇者は、一人で魔王城へ行くんですか?」
「まさか! 魔王城には六大魔将が控え、古代結界と無数の魔物がひしめいておる。勇者を中心に、聖女、賢者、守護騎士、斥候を加えた五名で挑むのだ!」
ようやく簡単な質問が来たと思ったのか、ルミナは得意げに両手を腰へ当てた。
「勇者が道を切り開き、守護騎士がその身を守る。聖女が傷を癒し、賢者が結界を破り、斥候が敵の位置と罠を見抜く。さらに外では王国軍が魔王軍を押さえる。完璧な布陣なのだぞ!」
そこまで具体的に役割が決まっているなら、むしろ話は分かりやすい。
「この百人の中にも、回復や防御が得意な人はいるんですよね」
「もちろんおる! 勇者候補だからといって、全員が剣士ではないぞ。どの才が勇者として開花するか分からんからこそ、さまざまな者を集めたのだ!」
「それ、いいですね。ただ、勇者として一番になれなくても、聖女としてものすごく優秀な人が途中で消える可能性はありますよね」
ルミナの眉がぴくりと動いた。
「そ、その者は勇者になれなかったのだから仕方ないのだ。聖女は聖女で、後から選べばよい!」
魔王復活までは半年しかない。そして手元の予定表では、この勇者選抜だけで二か月を使うことになっている。
「この試験が終わってから、残り四か月で聖女や守護騎士を探し直すんですか?」
「神には時間があるのだぞ!」
「人類側には、あまりなさそうですけど」
ルミナの口元がわずかに引きつった。
「そこまで細かく資料を読むでない!」
空中から降りてきたルミナが、俺の魔法板を覗き込む。背が届かなかったらしく、途中で十センチほど浮き直した。近くにいた何人かが吹き出しかけたが、本人は聞こえなかったふりをしている。
「と、とにかくなのだ! 今は勇者を選ぶ話をしておる。それ以外の者をどう使うかは、勇者が決まってから考えればよい!」
「では、勇者役だけに絞ります」
「うむ! それがよいのだ!」
俺は魔法板を次の頁へ進めた。第一試練は五人一組での迷宮攻略で、魔王城を意識しているのだろう。ただし評価欄には、魔物への与ダメージ、討伐数、トドメ、魔石取得など、個人戦果が細かく並んでいる。
「五人組にしたのは、本番での連携も見たいからですよね」
「そうなのだ! 一人でしか戦えぬ者を勇者にしても困るからな!」
「個人点は、強い仲間に乗っかっただけの人を弾くため、と」
「まさにそれなのだ! 五人で突破したというだけでは、誰が本当に強いのか分からん。だから突破した全員に点を与えたうえで、個人の戦果にも点をつける。協力と個人能力を同時に見られるのだぞ!」
理由は分かる。ただ、配点表には少し癖があった。俺は少し離れた場所にいる、大盾を背負った男を指す。
「あの人、守るのが得意そうですね」
「王国でも名の知れた重騎士なのだ!」
「あの人が十体の魔物を引きつけて、その間に別の剣士が十体にトドメを刺したら、剣士の方が高得点ですか?」
「当然なのだ! トドメは一体十点だからな。攻撃を受け止めた守護役にも一点ずつ入るぞ!」
大盾の男が、自分の魔法板を見て微妙な顔をした。
「だったら俺、守り続けるより途中で一匹殴り殺した方が点になるな」
ルミナも配点表を見直し、少しだけ黙った。
「な、なら守護点を増やせばよいのだ! 五点……いや十点にするのだぞ!」
「それでいいと思います」
俺が頷くと、ルミナが逆に目を丸くした。
「よいのか?」
「ここは配点の問題なので、直せば済みます。本番でやってほしい行動をした人が損しないようにすればいいだけです」
「ふふん! なら問題ないのだ! 細かいところは直せばよい。やはり根本の設計は完璧なのだぞ!」
すっかり立ち直ったルミナが再び空中へ浮かび上がる。
「結局、大事なのは最強の勇者を選ぶことなのだ! その勇者に最強の仲間をつける。最強の勇者、最強の聖女、最強の賢者、最強の守護騎士、最強の斥候! 各役割の頂点を集めれば、魔王など恐るるに足らんのだ!」
その言葉に、百人の中でもひときわ目立つ赤髪の剣士が頷いた。背負った大剣からして普通ではない。名はゼクスというらしい。
「その理屈なら分かる。強い奴を揃えればいい」
「そうであろう! やはり強者は話が早いのだ!」
ルミナは嬉しそうにゼクスを指差した。俺はその男を見て、少し考える。
「ゼクスさんは、どういう戦い方をするんですか?」
「俺か。敵より速く踏み込み、敵より先に斬る。守る必要があるなら、その前に敵を殺す」
「かなり前に出るんですね」
「俺より前に立てる者はいない」
それを聞いて、さっきの重騎士を見る。巨大な盾に全身鎧。見るからに頑丈だが、ゼクスと並べると速度差はかなりありそうだった。
「女神様。あの重騎士が、この百人で一番硬かったとします。ただ、盾を構えるとゼクスさんの速度についていけない。その場合でも、一番強い守護役だからという理由で組ませます?」
「当然であろう。一番なのだからな!」
「俺は嫌だ」
ゼクスが即答した。
「俺が敵陣へ入ったあと、あいつが二十歩後ろにいるなら、守護役がいないのと同じだ」
「では、防御力だけなら少し落ちても、ゼクスさんについて走れて、攻撃の隙を埋められる守護役がいたら?」
「そいつを選ぶ」
ルミナが慌てて口を挟んだ。
「ま、待つのだ! それは相性の問題であろう! 一番強い者を選んだあと、相性が悪ければ多少入れ替えればよいのだ!」
「そうですね。それでいいと思います」
ルミナの顔がぱっと明るくなる。
「そうであろう!」
「ただ、その場合は《一番強い守護役》じゃなくて、《ゼクスさんと組んだ時に一番役に立つ守護役》を選ぶことになりますね。他の三人も同じでしょうし」
ルミナが少し黙った。
ゼクスは何でもないことのように肩をすくめる。
「当然だ。俺が百の力を出せるなら、相手が二位だろうが十位だろうが構わん」
「わ、分かっておる! なら簡単なのだ! まず最強の勇者を一人決める。その勇者と最も相性のよい四人を後から選べばよい! 中心となる勇者だけは最強にしておく。これなら問題ないであろう!」
今度の反論は、かなり強かった。最強の勇者を固定して、残り四人をその勇者に合わせて最適化する。それ自体は十分あり得る。
「その形なら、かなり筋は通ります」
ルミナが両手を上げた。
「勝ったのだ!」
「まだ勝ち負けの話はしてません。あと一つだけあります」
「まだあるのか!」
俺はゼクスを見た。
「仮にゼクスさんが最終的に一位になったとします。そこからゼクスさんに合う四人を選んで、五人組を作る」
「うむ!」
「実際に戦わせてみたら、別の勇者候補を中心にした五人組の方が強かった。その場合は、どっちを魔王城へ送ります?」
ルミナは眉を寄せた。
「最強のゼクスを中心にした方が強いに決まっておる!」
「そうなら何も問題ないです。ただ、さっき守護役では、一番硬い人より二番手の方が組み合わせ次第で強くなりましたよね。勇者だけ絶対に同じことが起きない、と言い切れます?」
ルミナが黙った。ゼクスも少し考えてから、大盾の男を見る。
「あり得るな。俺より弱い剣士でも、そいつに合う聖女や賢者が揃えば、五人では俺の組を上回るかもしれん。俺が最強だからといって、俺を入れた五人組まで必ず最強になるとは限らない」
「お前まで何を言うのだ!」
ルミナは何か言い返そうとしたが、口だけが動いて言葉が出てこなかった。
「もし本当にそうなったら、女神様ならどちらを送ります?」
俺が聞くと、ルミナはしばらく黙った。答えが決まっている質問だった。
「……強い方なのだ。魔王に勝てる方を送るに決まっておる! 人類の命運が懸かっておるのだぞ!」
そこまで言い切ったところで、ルミナが止まった。視線が、ゆっくり頭上へ移る。
『最終生存者一名を《真なる勇者》として認定』
『脱落者は即時消滅』
「一位を決めること自体は、別に悪くないと思います。一番強い人が誰なのか分かるのは大事です」
俺は魔法板を閉じた。
「ただ、二位や三位を残しておけば、実際に組み替えて比べられますよね。一位を中心にした組が一番強ければ、そのまま一位を送ればいい。別の人を中心にした方が強ければ、そっちを送る。一位の人も、別の魔将との戦いや予備戦力で使えます」
ルミナは何も言わなかった。
「でも一人になるまで消したら、その比較ができなくなります」
闘技場が静まり返った。百人の候補者たちも、もう騒いでいない。
ルミナは上空の赤文字を見つめたあと、ゆっくり百人へ視線を移した。大剣を背負ったゼクス。大盾を持つ重騎士。聖印を胸に下げた女性。長杖を抱えた魔術師。革鎧を着た小柄な少年。さっきまで一人になるまで削る対象だった百人を、今度は一人ずつ見ている。
「……待つのだ。勇者として一位ではなくても、残しておけば使える者がいるのだな」
「かなりいると思います」
ルミナは返事をせず、重騎士を見た。
「勇者には向かなくても、守らせれば誰より役に立つ者がいる。剣では劣っても、治癒なら代わりがいない者もいる。勇者としては十番目でも、特定の仲間と組ませれば一番強くなる者がいるかもしれん」
自分で口にするたびに、ルミナの顔色が悪くなっていった。
「では……わたしは、何のために九十九人を消そうとしていたのだ?」
今度は答えを渡さなかった。
「女神様は、この十年で何をしようとしてたんですか?」
ルミナが顔を上げる。
「魔王を倒すのだ。魔王が復活すれば、また多くの者が死ぬ。だから今度こそ勝ちたかった。そのために神域を作った。試練を考えた。世界中から才ある者を集めたのだ」
「だったら、その百人を使って一番勝てる形を探した方がよさそうですね。最強の勇者が必要なら選べばいいし、勇者の称号も一人でいい。ただ、勇者が一人だからって、他の強い人まで消す必要はないでしょう」
ルミナの口がゆっくり開いた。
「……そうなのだ」
頭上の光輪が、少しずつ斜めになっていく。
「最強が必要だったのだ。だから一番を決めようとして……一番なら、最後に一人だけ残せば分かりやすいと思って……本気で戦わせるなら、負けたら死ぬくらいでなければ駄目だと……」
そこでルミナは口を閉じた。しばらくして、ぼそりと呟く。
「……どこからおかしくなったのだ?」
「最強を探すところまでは、別におかしくないと思います」
ルミナがこちらを見る。
「強い勇者は必要でしょう。ただ、一位を一人決めることと、残りを全部捨てることが途中でくっついたんじゃないですか」
ルミナは百人を見回した。
「わたしが集めたのだぞ、この者たちを。剣が強い者も、珍しい魔法を持つ者も、治癒ができる者も、何度も神託を送って、ようやくここまで集めたのだ」
ルミナの顔が青くなっていく。
「それを魔王と一度も戦わせず、九十九人も消す?」
俺は少し言葉を選んだ。
「魔王側からすれば、かなり助かると思います」
「もっとはっきり言うのだ。もう分かっておる」
「では正直に言うと、魔王は何もしなくても、人類側が自分で強い人を九十九人減らしてくれることになります。そのための試験場を十年かけて準備したことにもなりますね」
「そこまで言わなくてよいのだぁ!」
ルミナがとうとう頭を抱えてしゃがみ込んだ。大きすぎる光輪まで一緒に傾き、床へ当たって、かこん、と情けない音を立てる。
「十年なのだぞ……七つも迷宮を作ったのだ。魔物も選んだ。順位が自動で出る光板なんて三回も作り直したのだぞ。それなのに完成したのが、《魔王が何もしなくても人類の強い奴が九十九人減る試験》なのか……?」
誰も慰められなかった。否定できる材料が、あまりなかったからだ。
しばらくして、ゼクスが一歩前へ出た。
「女神。俺は最強になるつもりだ。だが俺一人で魔王城へ行けと言われたら断る。俺が斬るために背中を守る奴がいる。傷を治す奴がいる。俺には見えないものを見つける奴がいる。そいつらが俺より弱いかどうかなど、どうでもいい」
ゼクスは上空の赤文字を睨んだ。
「俺が一位になることと、魔王に勝つことが違うなら、俺は後者を選ぶ」
ルミナはしばらくゼクスを見上げ、それから勢いよく立ち上がった。
「消滅術式を止めるのだ!」
突然の号令に、運営席の天使たちが一斉に動き出した。
「試練開始を停止します!」
「消滅術式、解除!」
「急ぐのだぞ! 使える者をわたしが勝手に消してどうするのだ!」
上空の赤文字が消えた瞬間、闘技場が割れんばかりの歓声に包まれた。剣を掲げる者もいれば、その場にへたり込む者もいる。ルミナは一瞬だけ誇らしげな顔をしたが、すぐに自分が原因だったことを思い出したらしく、何も言わずに視線を逸らした。
「よし! 計画を変更するのだ! 一人だけを残す方式は中止! 貴様ら百名の能力を役割ごとに見直し、実際に組ませて連携も確認する。そのうえで、最も魔王に勝てる討伐隊を作るのだ! 必要な者は何人でも残すぞ!」
今度こそ大きな歓声が上がった。俺もようやく肩の力を抜く。これなら少なくとも、火球が二十センチしか飛ばないという理由で消されることはない。使えないなら後方へ回してもらえばいい。それで十分だ。
そう思って出口の方へ下がりかけたところで、背後から声が飛んできた。
「待つのだ」
振り返ると、さっきまでの神々しい顔はどこへやら、ルミナが露骨に困った顔でこちらを見ていた。
「新しい試験なのだが……どうやって討伐隊を選べばよい?」
「今から決めるんですか?」
「仕方ないであろう! さっきまで一人にする予定だったのだぞ!」
ルミナは開き直って胸を張ったものの、すぐに自分の魔法板を見て眉間へ皺を寄せた。
「百人を五人ずつ組ませれば二十組だ。しかし一回の結果だけでは、その五人の相性がよかったのか、たまたま敵との相性がよかっただけなのか分からん。組み替えればよいのかもしれんが、全部試していたら半年などすぐ終わる。それに強い仲間と組んだ者ばかり高く評価されたら不公平であろう。かといって仲間を固定したら、別の組なら力を出せる者を見逃すかもしれんのだ」
自分で喋りながら、ルミナの顔がまた青くなっていく。運営席でも天使たちが慌ただしく動き始めた。役割分類を先にするのか、組み合わせを何回変えるのか、どの魔物を当てるのか。声だけ聞いていると、会議室へ戻ってきたような気分になる。
見覚えがあった。目的を決める会議が終わっていないのに、開発チームだけ先に画面を作り始めた案件で、何度か見た光景だ。
「女神様、次の試験を作る前に、一回整理した方がいいと思います。魔王を倒すために、誰に何を求めるのか。勇者に絶対必要なものは何か、聖女や守護役には何が必要か。個人で測れる能力と、組まないと分からない能力もあります。その辺を決めてから、試験を考えた方がいいです」
ルミナは黙って俺を見たあと、大混乱している運営席へ目を移した。最後に、頭上へ浮かんだままの《勇者選抜神域試験》という巨大な文字を見上げる。
「何を試すのか決めきる前に、七つも試験を作った。そういうことなのだな」
「そうですね。要件定義がふわっとしたまま、詳細だけかなり作り込んだ状態に近いです」
ルミナは胸を押さえた。
「その言い方、十年分まとめて刺さるのだぞ……」
小さな指が動いた。十年かけて掲げるはずだった《勇者選抜神域試験》の文字が、光の粒となって消えていく。代わりに現れたのは、ずいぶん地味な一文だった。
『魔王討伐計画 再検討中』
ルミナはそれをしばらく見上げていた。
「……地味なのだ」
「今の状況には合ってます」
「もう少しくらい格好よくできんのか」
「格好よさから入った結果が、さっきのデスゲームでは?」
「ぐっ……」
ルミナが黙った。俺が今度こそ離れようとすると、小さな身体がものすごい速度で飛んできて、袖を両手で掴む。
「お前も来るのだ。運営席で、魔王を倒すために何が必要なのか最初から整理し直すぞ!」
「俺、勇者候補として呼ばれたんですよね」
「今から運営も手伝うのだ! 仕方ないであろう。わたしは十年間、誰にも止められずここまで作ってしまったのだぞ! 今さら一人で直せると思うか!?」
胸を張って言うことではなかった。その時、ゼクスがこちらへ歩いてきて、俺とルミナを交互に見た。
「運営が終わったら、俺と組め」
「俺をですか? 戦闘ではほとんど役に立たないと思いますよ」
「知っている。さっきの火球も見た。あれなら石を投げた方が遠くへ飛ぶ」
「そこまで言います?」
「だが、お前はずっと一位になる方法ではなく、魔王に勝つ方法を聞いていた。俺は敵を斬ることなら考えられる。戦っているうちに、何のために斬っているかまで考える気はない。一人くらい、そっちを見ている奴がいてもいい」
ルミナの顔がぱっと明るくなった。
「なるほどなのだ! では、お前は討伐隊の作戦補佐にもするのだ! 運営もやって、討伐隊にも入るのだぞ!」
「女神様の設計ミスで、どんどん仕事が増えてるんですが」
「人類を救うためなのだ! 細かいことは気にするでない!」
つい十分前まで俺を消そうとしていた女神が、今度は絶対に逃がす気をなくしていた。
こうして、十年かけて準備された《勇者選抜神域試験》は、第一試練が始まる前に中止になった。そしてなぜか俺だけが、参加者席から運営席へ移された。




