↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

辺境伯令嬢、魔力ゼロでも毎日楽しく暮らしてます

作者: 楠 冬野
掲載日:2026/08/24

 子供が5歳になったら、みんな魔力判定の儀をうける。

 それは、農家の子も、商人の子も、役人の子も、貴族の子供も等しく同じ。

 もちろん、王様の子供だって魔力判定の儀を受ける。


 難しいことは分からないけど、子供の才能をみつけるため、とか、優秀な人を探すため、とか聞いたことがある。


 それから、この世界では、魔力無しでは生きていけないらしい。

 世界に満ちている魔素と人が持つ魔力の関係について、詳しくは知らない。

 とりあえず私は、人が酸素が吸えないと生きていけないのと同じなのだと理解している。

 それでもまぁ、私は、そういうのを無視して、こうして生きているのだけれど。

 ――不思議よね。


 私には魔力がなかった。5歳の魔力判定の日にそれが分かった。


 魔力判定のとき、儀式を行った神官様が汗をかいてオロオロしていた。

 そんなおじいさんの顔を父は不機嫌そうに睨みつけていた。

 おじいさんは「お待ちを、これは何かの間違いです」と慌てて、儀式をやり直した。

 ――早く、終わらないかなぁ。

 このあとリリーに遊んでもらう約束をしているのになぁ。

 結局、何度やっても、結果は同じだった。

 水晶玉は、何の反応も示さなかった。


 6歳になった。

 この年、お父様は、わざわざ、偉い司祭様を招いた。

「シトラス辺境伯様、まことに残念ではありますが」

 恭しく頭を下げる司祭様は、すっごくキレイな女の人だった。


「しかし、あり得るのか? 無属性とか、その、未知の属性とか、何らかの原因で水晶が読み取れないこととか……」


「アイラ様には、魔力がありません。全くのゼロでございます」

 司祭様が悲しそうに告げた。――不思議っていわれても、私、こんなにピンピンしてるわ。今日は何をして遊ぼうかしら? あ、そうだった。今日はユーレカの木の下で、リリーに歌を教えてもらうことになっていたわ。楽しみだわぁ。


「アイラ、ああ、なんてことかしら」

 ユーレカの酸っぱい果実のことを思い出していたら、お母様にギュッと抱きしめられた。

 ……あの、お母様、そんなに締め付けられたら、本当に死んじゃいますって。


 7歳になっても、相変わらず魔力は持てず。

 それでも私は生きている。

 屋敷では、皆がいつもと同じ、優しい顔で接してくれている。

 私はリリーのところへ行って、遊んでとせがんだ。


「アイラ様、少しお待ちください。このお仕事を片付けてしまわないとなりませんので」


「リリーが働き者だということは知っているわ。でも、私付きのリリーは、私と遊ぶことも立派なお仕事よ」

 ってなわけで、リリーを強引に庭に連れ出す。

 ユーレカの木は、白い花を枝一杯に咲かせていた。私とリリーはその花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「アイラ様、いい香りですね。甘く上品で」


「フローラルの香りね」


「フ、フローラル、ですか?」

 それは、なんだ? とリリーが首を傾げた。


「知らなーい」


「え、えええ」

 リリーは困り顔を見せた。でも、私も本当に知らないのだ。ただ頭の中に思い浮かべた言葉を口に出しただけなのだから。


 8歳になったが、未だ変化はない。

 どうにも魔力は持てないようだ。みんなもすっかり諦めたようで、というか、魔力の有無など忘れたようにして可愛がってくれている。


「夏になると、実がなるわ。リリーのレモンパイ、早く食べたいわぁ」

 私は、幹に背を預けたまま生い茂る枝葉を見上げた。


「レモンパイ? はて、ユーレカパイですよね?」


「なんだっていいじゃない。美味しければ」


「はあ……それは、まぁそうですね」


 その後、わたしはリリーから教わった、彼女の村に伝わる歌を歌った。

 仲良し女神様と、聖女様を讃える歌ということだが、歌詞にはまったく興味が持てなかった。


 9歳になる年の初夏。

 私は魔力がないままで、とうとう、生きているのも不思議とまで言われるようになっていた。

 ――全然へっちゃらなのにね。


「ねぇ、リリーには魔力があるの?」


 何となく聞いた。本当に意味もなく聞いたのだが、リリーの優しい顔が、もっと優しくなった。

 ――私に魔力がないって、それ程のことだったんだ。

 そう言えば、あのとき、お母様もひどく悲しんでいたわね。


「アイラ様は、アイラ様ですよ。このまま、お健やかにお育ちになればよろしいのですよ」

 リリーはニコリと笑った。


「あのね、リリー。私、そんなに悲しくないのよ。なにが不便なのかさえ分からないの。ねぇ、魔力が無いとどうなるの?」

 私は、リリーの顔を覗き込んだ。


「それはですねぇ」

 リリーは戸惑いながら、うーんと考えた。


「リリー、もしも話したことで、あなたが罰を受けてしまうようなら、無理には聞かないわ」


「ご安心ください。領主様は、心の狭い方ではありません。あのジジイとは違います」


 リリーは、フン、と鼻息を荒くした。

 彼女が言う、ジジイとは私の祖父、ルーカス・シトラスのことだ。

 ――おいおい、リリー、そこはちょっと控えた方がいいんじゃないの。


「アイラ様、人は皆、息をするように魔素を体内に取り入れております。人は吸収した魔素を体内で魔力へと変換し、魔法を行使するのです。魔力とは、いわば魔法を使うためのエネルギー。日常の様々な作業から、身を守ること、さらには魔獣と戦うときに至るまで、私たちは常にこの魔力を用いております」


「そういうことかぁ。でもリリー、私は魔力なんてないし、魔素を吸っている自覚もないわ。空気はちゃんと吸っているわよ、こうやって、スー、ハー、スー、ハーってね」


「本当にアイラ様は不思議な方ですね」


 今年、私は9歳になった。

 お誕生祝いの席で、お父様からプレゼントを頂いたのだけれど……微妙だわぁ、これなに?


「これは、我がシトラス家の先祖が、聖女セシリア様から頂いたと言い伝えられているものだ。きっとアイラを守ってくれるよ」


 渡されたのは、古びた指輪だった。

 赤い石は、まぁそれなりに美しいわね。でも台座がダメだ。

 しかも子供のサイズではないし。

 どうせならもっと素敵な指輪がよかったのになぁ。


「お父様、ありがとうございます。私、とっても嬉しいですわ」


 とりあえず、喜んでいる姿を見せようとして、愛嬌を振りまいた。

 だって、お父様、あんなに目じりをさげているのですもの。

 私だってちゃんと空気は読めるわ。


 ……って、何かしら? その期待するような目は。

 もしかしてこの古びた指輪を嵌めてみろと?

 ――まぁ仕方ないか。

 私は、そっと指輪を嵌めた。

 その瞬間、背すじがビリビリした。

 ひゃ! 

 ダメね。こんな趣味じゃない指輪は。

 体が、イヤイヤをしてるわ。

 

 それから数日が過ぎたある日のこと。

 私は、お気に入りの場所、ユーレカの木の下で日向ぼっこをしていた。


「アイラ様は、相変わらず、歌がへったくそですね」


「いいのよ、歌は心がこもっていればそれでいいの」


「きゃっ」

 不意に強い風が吹く。リリーがスカートの裾を押さえていた。

 その強い風が、私のところまで走ってきて、お気に入りの帽子を飛ばした。


「うわぁ、どうしよう。あんなところまで」

 見上げるユーレカの木。帽子は、高いところの枝に引っかかってしまっていた。


「アイラ様、少々お待ちください。これでも木登りは得意なんですよ」


「リリー、無理しないで。そのうち落ちてくるわよ。危ないからやめて」


「……もう少し」

 リリーが手を伸ばす。枝を揺らしながら。

 一瞬、リリーが落ちる光景が頭に浮かんだ。

 次の枝を掴んではダメだ、とそんなことを考えていると、リリーが次の枝を掴んだ。

 やめて、怖い、ダメ、と思った瞬間、リリーが落ちた。

 私の胸がギュッと締め付けられる。

 助けて! お願い! 誰か、リリーを助けて!


「リリー! 落ちないで!!」

 叫ぶと同時にリリーが地面に落ちた。


「痛っ、いたた」

 リリーの声を聞く。顔を覆った手の指の間から、恐る恐る見ると、尻もちをつきながら笑っているリリーが見えた。


「リリー、大丈夫? 怪我は?」


「大丈夫ですよ。上手く落ちることができたようです。これも私の運動神経の良さのなせる業ですね」

 はい、といってリリーは私に帽子を手渡した。


「もう、死んじゃうかと思ったんだからね。お願いだからもう無茶はしないで」


「はいはい、分かりましたよ、アイラ様」


 その日の夜、私は昼間の出来事を思い出して、なかなか寝付けないでいた。


「ああ、こんなに目がさえちゃって、どうしようかしら?」


 夜空に満月。部屋には月明かりが差し込んでいた。

 それでも、本が読めるほどの明るさはない。


 仕方なく、部屋をうろうろしていると、意図せず、寝間着の袖でペン立てを引っかけてしまった。

 ――ヤバい! ペンが、インクが、絨毯が。これは叱られるわ。


 焦る気持ちで手を伸ばす。

 とうてい間に合わないと思いながら手を伸ばす。


 ……ん? なんだこれ?


 私は、ふわふわ浮きながら空中に留まっているペンを掴んだ。


 瞬きを繰り返して見る。

 いったい、何が起きたの? 

 これはもしかして魔法? 


 私は、ブンブンと首を振った。

 ――違うわ。これは魔法じゃない。


 それでは、なんだと考えても、まるで訳が分からず。

 結局、錯覚か、勘違いだろうと思いながら、面白がってペンに転がれ! と命令してみた。


 あははは、まぁそんなことがあるはず……なんだって!?

 ペンが、机の上を転がっていく。


 ――おお、すごい。なんだこれ、ちょっと楽しいじゃないの。


 その日から、私は、小石を持ち上げたり、葉っぱや羽を宙に浮かせたりと色々なものを動かした。


 それから数週間後のことだ。

 よもやあんなことに巻き込まれるなんて……

 あのときは、まだ知らなかった。

 あの日が、私の冒険の始まりだったなんて。


 私は、不思議な力を手に入れたけど、ただの辺境伯の娘だ。

 ――そんな私が、なんで救国の聖女などと呼ばれるはめに。

 私は、そのようななりゆきには納得していない。

 それでも、冒険はとっても楽しかった。なので私はワクワクしながら先へ進むの。

 さあ行くわよ! 未来は私の手の中にあるのだ。

 

【本編のお知らせ】

『魔力ゼロの辺境伯令嬢、アーティファクトで覚醒する~ユニークスキル「超能力」を使っていたら、いつの間にか救国の聖女と呼ばれていました』

 連載中です。よろしくお願いします。予定投稿は毎日18時10分(ランダムで時間前に投稿ありです)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。