第4話
私が母と話したのはいつが最後だっただろうか。
妹は、
さっきから母の遺体に向かって
「お母さん、お母さん」と語りかけながらずっと涙を流しているが、
残念ながら、私にはそういう真似事がどうしてもできない。
素直な妹を羨ましく思う。
私が母に嫌われていたのも、
こういったところが原因のひとつではないだろうか。
母は、私のことが理解できなかったし、
恐れてもいた。
ときおり、
私たちを捨てて、母が出て行ってしまったのは、
私のせいなのかもしれないと思うことがある。
母の顔面には血の跡が残っていた。
倒れたとき、
顔面をひどく打って、鼻から大量に出血していたらしい。
また瞼にも小さな傷と、青あざが残っていた。
倒れてしばらくは意識があったようだが、
すぐに発見されずそのまま昏睡状態に陥ったとのことだった。
鼻血が乾いて固まってしまって、拭いたけれど微かに残ったのだろう。
蠟人形のように乳白色で、
ポカンとなんの感情もない母の顔を、
私は、
しげしげと眺めた。
呼べば、すぐにムクリと起き上がって、
いつものように気だるそうに話し出すようにも見えるし、
まるでがらんどうで輪郭だけの、
ただの物体のようにも感じられた。
「お母さんは?」
「知らん」
「昨日、なんか言うてへんかった? なんで帰ってきてへんの?」
「知らん」
襖の向こう側から、
父とまだ幼い妹の話し声が聞こえてきた。
どうしても起き上がることができなくて、
いつまでも寝たふりを続けていた。
夕べ母から「コロッケ買ってあるでしょ。今夜は、それを食べておいてね」
という電話があって、
いつもと変わらない電話だったけれど、
何か妙な感じがしたのは、
このためだったのだと今さらやっと気づいて、
自分の不甲斐なさに身悶えした。
中学生になったばかりのころのことだった。
真新しいセーラー服の新鮮な匂いが、
狭い部屋の中に充満していた。
母はそれきり戻って来なかった。
男と駆け落ちして出て行ったと聞いたのは、
それからずいぶん経ってからのことだ。




