第19話
父が
泣いている。
父の泣いている姿を、
私はそれまで見たことがなかった。
「なあ、紗綾。
おばあちゃんのとこに行こうよ。
お父さんな、無理やねん」
そしてもう一度、
無理やねんと小さな声で言ったあと、
鼻の啜る音がした。
私はずっとうつむいたままだったが、
この時、
目だけ動かして父の顔をこっそりと覗き見た。
どきどきした。
私が父を悲しませている。
この世の中のどんなヒーローよりも、
父は涙を流してはいけないはずなのに。
コロッケと私たちを置いて、
知らない男と駆け落ちした罪深い母。
でも母だけが悪いわけじゃない。
そんなことは、まだ中学にあがったばかりの私にもわかっていた。
父にも原因はあるし、
きっと私にも妹にも母を追い詰める理由はあったのだ。
「お父さんに話したらな、
連れて帰ってきたりって、言うてくれてん」
「なに? お母さんの遺骨?」
「そう。
さっきお父さんに電話したときにな、
叔母さんのことを言うたら、さすがに腹立ったみたいで」
妹と冬弥くんの話す声だった。
どのくらい眠っていたのだろう。
長い長い夢を見ていた。
あの日の、
母の、
居なくなった朝。
妹を問い詰める父。
眠ったふりをする私。
夢と現実が次第にシンクロしていく。
「血が繋がった姉妹より、
捨てられた元だんなの方がずっと思いやりがあるってどうなん」
妹はまた涙声になる。
「だって、おかしいやん。
元嫁の遺骨なんかどうすんのよ。
言うたら赤の他人やん。
常識で考えたらめちゃおかしい話やで」
そう思わん?
と冬弥くんに相づちを求める。
「うん。おかしい」
「あの人らの理屈がわからんわ」
眠ったふりを続けたまま、
二人の話をぼんやりと聞いていた。
また雨が降っている。
何重にも重なった厚い雲の上の月
。僅かに欠ける歪んだ月の光は、地上には届かない。
閉ざされた闇の中の、
私たちの生きたり死んだり。
私はまた夢の中に引きずり込まれていった。




