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愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~  作者: 埴輪庭


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11.「これを着けていれば、適度な距離を保てる」

 ◆


 私がアンナの異常に気付いたのは、娘がまだ五歳の頃だった。


 使用人の子供たちと遊ぶアンナを見ていて、些細な違和感を覚えたのだ。


 男の子たちが妙にアンナに優しい。


 最初は娘の人柄だと思った。


 しかし注意深く観察を続けるうちに、パターンがあることに気付いた。


 アンナと接した男児は、彼女を特別扱いする傾向がある。


 ただし、その程度は微々たるものだった。


 せいぜいお菓子を分けてくれたり、遊びで譲ってくれたりする程度。


 私は密かに観察を続けた。


 商人時代に培った分析力で、娘の"体質"を調べ上げた。


 あるいはアンナは無意識のうちに魔術を行使しているのではないかと思ったからだ。


 アンナに流れる血はいうまでもなく長年積み重ねてきた貴族家のものではない。


 魔力があるにせよ微々たるものだろう──そう思っていたが、もしアンナに魔術の素養があるならば、と期待した。


 結論は明確だった。


 アンナは生まれながらにして、男性に好かれやすい何かを持っている。


 ただし、その効果は極めて限定的。


 同年代の男児に、ほんの少し好意を抱かせる程度のものだった。


 成人男性には全く効果がなく、女性にも作用しない。


 正直なところ、この程度なら「愛嬌のある子」で済む話だった。


 日常生活に支障はなく、むしろ友人関係を築きやすい利点とも言えた。


 転機が訪れたのは、アンナが七歳の誕生日を迎えた朝だった。


「お父様、不思議な夢を見たの」


 朝食の席で、アンナが唐突に言い出した。


 翡翠の瞳には、いつもと違う輝きが宿っていた。


「どんな夢だ?」


 私は新聞から顔を上げずに尋ねた。


「光に包まれた方が現れて、私に話しかけてくださったの」


 その言葉に、私の手が止まった。


「その方は何と?」


「『汝の願いは聞き届けられた』って」


 アンナは不思議そうに首を傾げた。


「それから『愛される者となれ』とも」


 私は娘の顔をじっと見つめた。


 嘘をついている様子はない。


 神の祝福かと私は思った。


 極めて稀に、神に愛された者が現れる。


 これは厳然とした事実だ。


 まさか、我が娘がその一人だったとは。


 しかし、その後も変化は微々たるものだった。


 確かに以前より男子に好かれやすくなったが、劇的な変化ではない。


 相変わらず「少し魅力的な女の子」という程度に留まっていた。


 恐らくはそこまで強力な祝福ではないのだろう。


 私は考えた。


 祝福を強める事はできないのか、と。


 そこで私は、かつての人脈を頼った。


 東方との交易で築いた繋がりから、ある情報を得た。


 それはとある呪具だ。


 もっぱら相手を呪うために使われるものなのだが、あるいは祝福を強めるためにも使えるのではないかと私は考えた。


 相手を呪う事、そして相手を祝福すること──作用は真逆だが、性質は同じだ。


 そうしてついに手に入れた呪具。


 アンナが十五歳になり、社交界デビューが近づいた頃。


 私は満を持して、彼女にペンダントを渡した。


「解呪のアミュレットだ」


 私は真顔で嘘をついた。


「お前の体質を抑えるためのものだ」


 純真な娘は、私の言葉を疑わなかった。


「でも、お父様。私の体質ってそんなに問題でしょうか?」


「社交界は学園とは違う。節度が必要だ」


 私は父親らしい心配を装った。


「これを着けていれば、適度な距離を保てる」


 アンナは素直に頷いた。


「分かりました。大切にします」


 効果は劇的だった。


 ペンダントを身に着けた途端、神の祝福がその効果を増大しはじめた。


 もはや「少し好かれる」程度ではない。


 男たちは一目でアンナに心を奪われ、理性を失うほどの執着を見せた。


 私の計画がついに動き出した。


 次は、最大の獲物──王太子レイン・アルカディア。


 しかし、ここで慎重にならねばならない。


 王太子がアンナに心を奪われたとしても、それだけでは不十分だ。


 彼にはハイエスト公爵令嬢という婚約者がいる。


 王家と公爵家の政略結婚。


 これは個人の感情で簡単に破棄できるものではない。


 もし強引に婚約を破棄すれば、王太子は廃嫡される。


 継承権を失い、ただの貴族に落とされるだろう。


 そしてアンナは、王太子を誘惑した悪女として修道院送りになる。


 それでは意味がない。


 私が求めているのは、アンナの王太子妃の座だ。


 だが、抜け道はある。


 公爵令嬢に重大な失点があれば、話は別だ。


 許されざる醜聞、看過できない失態。


 そういったものがあれば、婚約破棄も正当化される。


 むしろ、王家の名誉を守るための当然の措置となる。


 そのための準備は、既に整えていた。


 私は書斎の引き出しから、一枚の名簿を取り出した。


 そこには、十数名の貴族の名前が記されている。


 皆、私が金で買い取った協力者たちだ。


 ジャコバン子爵家、ベルモント男爵家、ラシュフォール准男爵家……。


 名誉はあるが金はない、没落寸前の貴族たち。


 彼らは学園に子弟を送り込んでいる。


 表向きは普通の学生として。


 だが実際は、私の指示を待つ駒として。


 公爵令嬢の失点を"作り出す"ために。


 もちろん、単純な罠では通用しない。


 公爵令嬢ともなれば、警戒心も強いだろう。


 だからこそ、複数の家から協力者を送り込んだ。


 彼らは互いの正体を知らない。


 それぞれが独立して動き、多角的に公爵令嬢を追い込む。


 ある者は友人として近づき、信頼を得る。


 ある者は敵対者を装い、公爵令嬢を挑発する。


 そしてある者は、傍観者として状況を記録する。


 複雑に絡み合った糸が、やがて一つの罠となる。


 私は満足げに名簿を眺めた。


 金の力は偉大だ。


 誇り高い貴族も、破産の前では膝を屈する。


 彼らにとって、私からの報酬は命綱だ。


 裏切ることはできない。


 計画は順調に進んでいる。


 アンナと王太子を"偶然"出会わせ、祝福の力で心を掴む。


 同時に、公爵令嬢の醜聞を演出する。


 タイミングが全てだ。


 王太子がアンナに夢中になった頃に、公爵令嬢の失態が露見する。


 そうなれば、世論は王太子の選択を支持するだろう。

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