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第9話 夜の街で、寝たきりだった妻に会う

「ロータス先生。あの時、絶対貴方に何かあったのだと、シギの方に尋ねて良かった。おかげで、私は人助けをするついでに妻を得ること成功したのだから」

「確かに、彼女の家族は酷かった。ただでさえ、病気で苦しんでいるラトナ様に、毒を盛るなんて……」


 ロータスはリーランド家で、何度も毒入りの食事や飲料を発見したらしい。

 更には、寝台横に毒植物が置いてあったりして、寝具にも毒が仕込んであったりした。 

 それを、さりげなく遠ざけ、使用人にも頼んで、中和薬を調合したりして、ロータスは陰ながらラトナを助けていたらしいが……。


「正確には彼女の兄とその妻……と耳にしたが。いずれにしても、元々短命だったはずのラトナが成人まで生きていることが許せなかったのか……。余命幾何もない妹の死期を早めようとした。……で、ロータス先生はそれを疑って、解雇されそうになった……と」

「解雇も何も私は無料で診察していたんですけどね。貴方がラトナ様を娶らなければ、私は出るところに出て訴えてやろうと思っていましたよ」


 ロータスは感情的になっている自分を鎮めたかったのだろう。

 震える手で、カップを持つと一気に茶を飲み干してしまった。

 外見は軟弱そうに見えるが、心根は熱血なのだ。

 そういうところが気に入って、エオールは主治医になってくれるよう、頼んだわけだが。

 ……しかし。

 貴族社会の構造については、エオールの方が詳しかった。


「訴える? 普通に考えて無理だろう。当主の意思は絶対だ。扶養者の妹をどうするかなんて、他人が口を挟んだところで、同情的にはなってくれない。第一、彼女は死ぬ予定だったのだから……」

「貴方の冷血漢ぶりも、彼女の実家の兄と同じような気がして、私は辛いのですけどね」

「彼女の兄と同じ? 私が?」


 失礼なことを言う。


「お互いに利点があって、結婚という「契約」を結んだんだ。私は既婚者という肩書を手に入れて、彼女は適切な治療を受けて延命することができる。何の不具合もないはずだが?」 


 首を傾げていると、ロータスは長い長い溜息を吐いた。


「先程も言いましたが、一応感謝はしていますよ。彼女の兄は薬代すら払いたくないとごねていましたからね。その点、貴方はどんな治療を施しても、いくらかかっても構わないと、私にすべてを一任して下さった。しかし、放置するにしても……。あの部屋はどうかと思いますけどね?」

「……部屋?」

「離れの薄暗い牢屋のような部屋に、彼女は追いやられています。あれでは実家と変わりません」

「何だって?」


 ラトナは、離れの一室に追いやられてしまったのか。

 三代くらい前のミノス家の当主が、愛人のために造ったのだと聞いたことがある。

 彼女が早逝してしまって以来、荒れ果ててしまい、たまに掃除はしているものの、昼間も薄暗い雰囲気で、出来ることなら立ち入りたくないと使用人たちの間でも評判の古びた館だった。


「私は屋敷内に妻の部屋を用意したはずだ」

「父君は病人が同じ屋敷にいるのは、伝染るかもしれないので嫌だと仰っていました」

「あの親父。どうして、そんな強硬手段を勝手に」


 唇を噛みしめると、血の味がした。

 屋敷内で伝染る?

 ラトナの病は、伝染するものではない。

 それに屋敷は広い。

 使用人だって彼女のため新たに採用したのだから、その者達が対処すれば、両親付きの使用人だって、文句は出ないはずなのだ。


(どうせ、私が何をしたところで気に入らないのだろう)


 自分の思いのままに息子に腹を立てているが、能力で勝てないので、低俗な嫌がらせをしてくるのだ。


(大人しくしていれば良いものを……)


 いっそ、爵位を返却できるのならしてやりたい気持ちだった。

 父の能力の衰えが顕著だからこそ、若いエオールが爵位を継がざるを得なかったのだ。


「貴方達の親子の確執に、彼女を巻き込むのも如何かと思いますけどね」

「分かった。その問題は速やかに、私の方で対処しよう」


 至急、手紙を送って、指示通り屋敷内に用意した部屋に彼女を移さないと……。

 しかし、それはそれで彼女にとって負担になるかもしれない。

 毒は盛らないにしても、エオールの両親だって彼女に何をするか分からないのだから……。


「何も言わずに放置なさるのも如何かと思いますけどね。貴方がいくら結婚に対して、懐疑的であったとしても」

「ロータス先生。私は……」


 適切な距離感をあえて踏み込んで発言してきたのは、それだけ彼が静かに怒っている証拠だろう。

 言い訳をするつもりはなかった。

 自分は酷い男だ。


(瀕死の状態だからこそ、私は彼女を妻に娶った)


 結婚という名の『契約』。

 今にも死にそうな女性だから、結婚後、難癖をつけてくる可能性も低いと見込んだ。

 出来るだけ長生きをしてもらって、エオールの自由を保証してもらえば良いのだ……と。


(我ながら、最低だな)


 エオールは自嘲気味に笑った。


「……私は彼女の歌声だけ聞けたら、それで良い」


 それだけで、満たされる。


(早く聞きたい。……あの歌を)


 その一念で、エオールは仕事をさっさと切り上げて、その夜も彼女のもとに向かった。

 いつもと変わらない日常。

 赤い薔薇の花束を抱えて、現実から隠れるように、夜の街を歩く。

 だが……。

 非日常は意外に簡単に転がっていた。

 夜霧の立ち込める賑やかな街で、エオールは妻・ラトナらしき女性を見かけてしまったのだった。


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