第67話 微妙な夫婦の輪舞(ロンド)⭐︎おわり⭐︎
(エオール様は、すべて分かった上で、私に話しているのかしら?)
だったら、逆に、何故追求しないのでしょう?
すべて承知で沈黙されている方が、余程不気味なのですが……。
反撃の機会を狙っている?
それとも、私に対する同情?
(まあ、あれだけのことをして得た収入が「ソレ」だったら、私に同情くらいはしてくれるかもしれませんけど)
密かに、私セーラからの報酬を期待していたんですよ。
だって、図らずも彼女はこの国の王妃様だったんですから。
なのに……。
まさか「お魚咥えた猫」だなんて。
――自力で、魚(金)を捕まえろっていう暗号か何かですか?
(いや、セーラ様だって現金で払うなんて一言も仰っていませんでしたからね。十三歳の女の子が私のことを気に掛けて、支払ってくれただけマシですよね)
……ああ、何でしょう。
莫迦らしくて、いっそ、可笑しくなってしまいました。
骨折り損のくたびれ儲けって、まさにこのことを言うのですね。
アースクロットからの借金もありますし、状況は最悪なんですが……。
(セーラ様の掌で踊らされていた私が、今はエオール様に踊らされているって……ね。これぞ「空回り」ってやつかしら?)
……ははは。
なんて。
一人で笑っていたら。
エオールが、私を覗き込んでいました。
腑抜け顔を観察されていたなんて、恥ずかし過ぎますね。
「し、失礼しました」
「……笑ってればいいのに」
「え?」
「君は可愛いのだから」
「はっ?」
真顔でとんでもない球を投げて来ましたよ。
瞬間、私は硬直してしまい、軽く意識が飛んでしまいました。
……何の罠なのでしょうか?
(ダンス上達には、お世辞も必要なものなの?)
その証拠に、上の空の私の方が上手く操れることを、エオールは習得したのでしょう。
彼は上手に淀みなく私をリードしてくれています。
淡々とダンスを私に指導することが彼なりの照れ隠しだなんて、恋愛経験皆無の私には分かるはずもないのです。
「あれ? エオール様もまだ体調が良くないのですか?」
私はそちらの方が心配になってきました。
何しろ、彼の頬は真っ赤なのです。
白い格好していると、赤味は映えるものです。
触れている手も熱く、言動も変なので発熱しているのかもしれません。
「いや、別に私は……」
――と言いかけて、エオールは何かを閃いたのでしょう。
急に満面の笑みを浮かべて、言い放ってきたのでした。
「そうだな。確かに私は体調が良くなのかもしれない。一人で別邸にいると、過労気味になってしまうようだ。また口煩いメイド長に監禁されないためにも、私もここに住もうと思う」
「……今、何か仰いましたか?」
「私も離れに住むと言ったのだが?」
「……住む?」
「ああ。夫婦なんだし、別におかしくはないだろう」
――何を晴れ晴れした顔で、この人は話しているのでしょう?
ここは幽霊の楽園ですよ。
本当に視えていないのですか?
聖統御三家の当主自ら呪われたいなんて……。
(この人、やっぱり……おかしくなってしまったんだわ)
屋敷には寄りつかないって、私との初対面の時、宣言していたじゃないですか?
私の就職活動は?
最愛のレイラは?
愛人二号令嬢は?
――何より、私の円満離婚は?
(嫌がらせにしても、最上級だわ)
頭が真っ白になった私が次の瞬間……。
おもいっきりエオールの足を踏みつけてしまったことは故意ではありませんけど、予想の範囲内ですよね……。
丸机の上に置いたままの香り袋。
私にとって想像の及ばない、熾烈な夫婦生活が始まろうとしていたのでした。
【 了 】
⭐︎⭐︎ 第2章 終わり ⭐︎⭐︎
ここまでです
怒涛の更新に、お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!