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第66話 化け猫妃からの報酬

 いよいよ、私の耳が不調になったのだろうと思いました。

 睨み合いの末に、突然踊ってくれないか……ですよ?

 それとも、エオールの頭がどうにかなってしまったのか?

 だけど、聞こえた言葉はソレだったのだから、私は返事をしなければなりません。


「申し訳ないのですが、私ダンスを習ったこともないですし、第一……」


 これ……と、自分の灰色の寝間着ネグリジェを指差します。

 しかし、エオールは首を横に振っていました。


「別にその格好で構わない。君が踊れないことも承知している」

「音楽もないのに……ですか?」

「陛下との謁見は宮中舞踏会の席で行われる。舞踏会で演奏される曲など決まっているから、先にどんな振りつけか、軽く覚えておけば良いんだ」

「……はあ」


 陛下との謁見が現実味を帯びてしまいました。


(この人……本気で私のことを「妻」として紹介するみたいですね)


 最初から私に選択肢などないのです。


「悩む必要はない。形だけ出来ていれば、それで構わないから」


 言いながら、エオールが私に手を差し伸べてきます。

 ――形だけ……。

 それはまるで、私達の夫婦関係のようです。

 とりあえず、陛下と正面切って会えば、私は正妻と周知されたことになるし、慰謝料だって一生安泰の金額が手に入るでしょう。

 就職活動も暗礁に乗り上げつつある今、とても光栄な話なのに……。

 何となく、嫌だな……と感じてしまうのは贅沢な悩みですよね?

 私の考えが夢見る少女から脱却出来ていないせいです。


「私、物覚えが悪いので、エオール様直々に教えてもらうなんて、恐れ多くて」

「恐れ多いか否かは、君が決めることじゃない。なぜ、君は自分の頭の中で考えを完結させてしまって、それが正しいと思い込んでいるんだ? 私の考えを知ろうともしないで」

「……それは」


 モリンが天国に逝く時、同じようなことを話していました。

 私の悪癖ですね。

 でも、何でほとんど関わり合いのないエオールが私の短所を見抜いているのでしょうか?


「いや、すまない。今までの考え方が急に変わるはずもないのにな。……私だって、そうなのに」


 彼は困惑しきった表情で、私に片手を差し出し続けています。

 さすがに無視を続けるのは無礼です。

 しかし、私がその手を取った瞬間、一気に引き寄せるのは心臓に悪いので、やめて欲しかったです。

 ……強い力でした。

 まるで、私の転倒を誘っているよう……なんて、さすがにそれは被害妄想でしょうけど。

 私が動揺しながら靴を履いていると、邪魔な机をそそくさとエオールが端に撤去しています。


「あ、そういうのは私がやりますので……」


 下手に室内をいじられたくないという私の葛藤が生み出した言葉だったのですが、エオールは謙遜と受け取ったようでした。


「大丈夫。こういうことは慣れているんだ。日頃、あのやんちゃなお妃様にも振り回されているから」

「……お妃様に?」


 あの方は、一体エオールに何をやらせているのでしょう?

 よもや、二人揃ってあの妃の餌食にされていたとは……。


「まあ、仕方ない。お妃様も故郷を離れて一人、トレスキアに嫁いでいらっしゃったのだから。御年十三歳だ。思いつめて暴走することもあるだろう」

「はあ!?」

「知らなかったのか? エリザ様は十三歳だ」


 ――十三歳?

 あの発育の良さで十三歳?

 アデルの例もあるから、否定は出来ないけど……。


(いや……ちょっと、待ってよ)


 確か、幽霊って力が強いと自分の好きな年齢を相手に見せることが出来るって、聞いたことが……。


(だから、セーラ様の御姿は造り物のような気がしたのね?)


 ……て。

 今回、私は十三歳の小娘に嵌められて、十四歳の坊ちゃんの姉愛シスコンに振り回されただけってことですよね?

 これは、私の精神年齢が彼らと同じだということなのですか?


「君、この話に興味があるようだな?」

「いえ……別に」

「トリスが差出人不明の贈り物が届いて困っていると話していた。……金の彫像だ。仕方なく入口の横に飾っているらしいが、離れの装飾にも合っていないし、気味が悪いそうだ」

「……金の彫像?」


 私は一言もトリスからそんな話を聞いていません。

 ああ、でも……。

 この七日間、私は寝たきりだったので、知らなくて当然なのかもしれません。


「心当たりはあるか?」 

「……ないです……ね」


 否定しつつも、私の目は忙しくなく泳いでいました。

 その隙をつくように、エオールは私の手を取り、腰に手を回してきます。


(うわっ。ダンスの型って、こんなに身体を密着させるものなの?) 


 顔を真っ赤にしている私を知ってか知らずか、エオールは、私の手の置き場や足運びを指摘しながら、ついでのように話を続けてきました。


「なかなか斬新な彫像で……丸々肥えた猫が魚を口にくわえている構図だった。君も体調の良い時に見てきたら良い。お妃様の飼い猫にそっくりだ。まあ、売り払ったらこの辺りに豪邸を建てられるくらいの金額になるだろうが……。しかし、隣国フレイヤの紋章が台座に刻まれているので、勝手なことは出来そうもないな」

「……そうなんですか」


 それって、もはや差出人不明じゃないですね?

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