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第62話 幽霊令嬢は忽然と消えます

「……まあ、そうだな。アデル。その件については、私も一つ妙案を思いついてな」


 陛下が私の頑張りを、嘲笑うように言いました。


「やめて下さい。陛下」

「まだ何も言っていないだろう?」

「嫌な予感しかしません」


 陛下の横で大人しくしていたエオールが、話に割って入ってきます。

 しばらく、きょとんとしていた私ですが……。

 さすがに、次の瞬間には悟りましたよ。

 その場の全員の視線が自分に集まっていたら、鈍感でも先読みはできますよね。


(私もエオール様同様、とてつもなく嫌な予感がするのですが……)


 どうりで、部外者の私が部屋から追い出されなかったわけです。


(こうしてはいられないわ)


 私は震える身体を叱咤して、よろめきながら立ち上がりました。

 適当なことを喋って、時間稼ぎをしようとしたのですが……。

 ……無駄でした。


「これは差し当たっての提案ということだ。そこの美しいご令嬢」


 誰?

 後ろを振り返ったら「君だよ」と陛下に指を差されてしまいました。


「そこの君を、私が気にしているという設定にしておくと、面白いと思うんだが?」

「駄目です。悪ふざけが過ぎますよ。陛下」

「ふざけてなんかいないぞ」


 呆然としている私に代わって、激しめにエオールが拒否してくれたのに……。

 使い勝手の良い玩具を見つけた陛下は、めげないのでした。


「エオール。私は本気だ。お前にも彼女にも、迷惑はかからないようにする。考えてみたら、こんなに当たり障りのない台本は他にないと思ってな。ほら、たとえば、私が舞踏会で会った謎の令嬢に心を奪われてしまったものの、彼女はダンスの後で忽然と消えてしまう。私はその令嬢のことをずっと捜している……とか。噂好きの社交界には丁度良い燃料なんじゃないか? なんとなく、君が相手なら妃も許してくれそうな気がするんだよな」


 妃が許すとか、許さないとか、そういう問題ではなくて……ですね。


(私に拒否権がないということが問題なのですよ。陛下……)


 酷い台本です。

 悪夢でもこんな筋書きありません。

 頼みます。

 誰か止めて下さい。

 エオールが拒否しても、それが通用しないのならアデルしかいません。

 しかし、苛め体質のアデルです。


「自分が口を出すのも、不敬だと思いますが……。それなら俺も賛成です」


 はい?

 どの口を開けて、賛成なのでしょうか?

 発端はお前のせいなのに……ですよ。

 ここで、私が仮面を取って(一応)エオールの妻だということを白状すれば、陛下の悪巧みを阻止することも出来るでしょう。

 エオールだって、いくら私が名前だけの妻であっても、陛下に使われることは良しとしないはずです。 


(でも、それって……。たとえ、この場を乗り切ることは出来ても、追い追いエオール様に責め立てられるということよね?)


 頭が混乱して、おかしくなりそうでした。

 対エオールだけでも、毎日緊張して過ごしていたのに、何故、美麗な男三人の熱視線を集中的に浴びなければならないのでしょうか?

 

(いっそ、消えてしまいたい)


 無理……と、意識が遠退きそうになった瞬間、ぶちっ……と、私の中で何かが切れたのでした。


「そっ、そうですわね」


 私は今まで出したこともないような、高い声を作り出しながら、必死に想像上の令嬢になりきろうとしたのでした。


「わ、わたくしは、陛下とのダンス後に忽然と消えた令嬢ですから、幽霊令嬢なんていかがでしょう?」

「はっ?」


 エオールが大仰に驚いていますが、そんなことはこの際、どうでもいいのです。


 ――ここを切り抜ける。


 それしか、私の頭にはありませんでした。

 私は仮面のような作り笑いを維持させながら、じりじり移動を始めました。

 

「乗ってくれるのか。嬉しいね」


 陛下は顎を擦りながら、不敵な笑みを崩しません。

 それは油断しきっているからですよ。

 陛下の護衛の方は、アデルにつきっきりです。


 ――つまり。

 好機なのです。


「ええ。……ですから、わたくしは陛下にとって謎の令嬢。幽霊みたいなものです。真実味を帯びた演出はとても大切ですので、これにて、わたくしは「忽然」と消えます!」


 宣言した通り、私は瞬時に身をひるがえして、脱兎の如く駆け出したのでした。

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