第55話 銀髪の彼に、連れ去られました
日頃、療養と称した「ひきこもり生活」。
現実の友達は、少々硬めのマットが敷いてある寝台だけ。
そんな日常を過ごしている私が、皓々と輝くシャンデリアの下で、桃色の豪奢なドレスを纏って、眉目秀麗な男性と向き合ったまま、何百といる上流貴族の方々の好奇な目に晒されているわけです。
とんでもない状況ですよね?
――すべて私の自業自得なんですけど。
(ああ、神様。私……何かしましたか?)
セーラ曰く、彼女の旦那様はエオールとも知り合いだという話でした。
エオールから探りが入る事態は、避けなければなりません。
幸い私達に遠慮したのか、上手い具合に皆さん一定の距離を取って見守ってくれています。
「……君は?」
駄目ですよ。
私に質問しないで下さい。
この場で、正直に話せるはずもないのです。
「えっ……と。多分……あの方、危険です」
この隙にとばかりに、私は控えめに愛人を指差しておきました。
せめてもの義理です。
ついでに、エオールのことも頼みたかったのですが、そこまでしてしまうと私の正体がバレてしてしまうので、無理でした。
「それでは私はこれで。大変失礼しました」
ぺこりと頭を下げて、彼がおもいっきり首を傾げているうちに、私は猛然と駆け出したのでした。
困った時は、逃げるが勝ちですよね。
(ひーっ。滑る)
そもそも、大理石の床自体、走ることには適していないですよね。
セーラは、どうしてあんなに速く走れたのでしょう?
(ああ、何で私はこんなところで、こんなことをしているのよ?)
分かりきった自問を繰り返しながら、泳ぐように手で宙をかきながら、人の少ない廊下を走っていると、また誰かと盛大にぶつかってしまいました。
「あれ?」
反動でよろけながら、立ち止まった私は、ただならぬ違和感に冷や汗をかきました。
ぶつかった相手は、私の前からどこうとしないのです。
逞しい胸板ですね……なんて、思ったことを言って良い人でもないようで……。
(嘘……よね?)
冷笑を浮かべて私を見下ろしていたのは、先程私を何処ぞに連行しようとした例の銀髪青年だったのです。
「やっと見つけた」
血圧が上がりそうな告白までされてしまいました。
もしかして、この人……私をずっと捜していたのでしょうか?
「さて、どう吐かせるかな?」
あら……。
彼ってば、口角を上げて不気味に楽しそうですよ。
「先程は姉様にお任せしたけれど、お前……姉様から逃げたようだな?」
「姉様?」
……ということは、二人は姉弟?
どうりで、髪色と目元が同じだったわけです。
ついでに、冷酷さも……似ているのでしょうか?
「姉様から逃げ出すなんて、不届きな奴だ」
「いや……逃げたと申しますか……。その……」
身の危険を察知して逃げ出したというのが正解なのですが、確かに逃げたことは変わりないですね。
……というか、今まさに貴方の前から逃げ出したいのですが?
「ちょっと来い」
「どこに?」
「いいから来い」
嫌だと抗いたくても、がっしり腕を掴まれているので、身じろぎ一つできません。
仮面が取れてしまいそうで、そればかり私が意識していると、彼は私をすぐ横の個室に連れ込み……乱暴に室内のソファーの上に放り投げたのでした。




