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第54話 私の身体で旦那様と踊るらしいです

◇◇


 美男美女は、絵になります。

 夜の街で目にしたエオールとレイラも神々しくて、全世界が祝福すると思ったほど、お似合いの二人でした。

 彼らもそうです。

 金髪男性と銀髪女性(愛人)。

 二人共大きな体に比べて、顔が小さいこと。

 同じ人間なのでしょうか?

 長身の男性と並んでも引けを取らないほど背が高く、圧倒的な存在感を放っている女性(愛人)。

 彼女が男性の耳元で何事か囁いています。

 その距離感と二人の醸し出すしっとりした空気。


(残念です。セーラ様)


 あとで共に完敗の杯を交わしましょう。

 いえ、別にセーラの容姿が彼女に劣っているというわけではないのですよ。

 ただ、何となくセーラの外見は造り物のような気がしてしまって……。

 これは、主観の問題なのですけどね。

 いや、しかし……。


(この麗しの愛人さんに殺されるのなら、旦那様も好色なエオール様も本望なのではないかと……)


「……っ! ……うっ」


 おおっ……。

 セーラが茹でダコのような顔で、女性の囁きに頷き返していた男性の腕を引いています。

 死んでもなお、嫉妬心が強いみたいです。

 そういうところ、私にはまったくないので、逆に憧れてしまいますけどね。


「え?」


 戸惑う男性を、セーラは勢いよく引っ張り、広間の中心に連れて行きます。

 修羅場的な要素が加わって、衆目を集めてしまったので、優雅な音楽は中断していたのですが……。

 セーラが男性の片手を取り、当然のように自分の腰に持っていくと、老齢の指揮者は何の空気を読んだのか、指揮棒を振り始めてしまい……。

 何事もなかったように、演奏が再開してしまったのです。


『しょ……正気ですか?』


 彼女はこの状態で、踊るつもりなのです。


(まったく、何を考えているのでしょう?)


 きっと、旦那様……戸惑ってますよ。

 ここにいるのは奥様のセーラではなく、何処の誰とも知れない私なのですから……。

 しかも、至近距離にセーラの死因に関わっている愛人がいるというのに。


(そもそも、夫の愛人に飾り立ててもらって夫と踊るなんて、どういう心境かって、話ですよ)


 屋敷の前で、私を尋問しようとした青年の存在も気になります。

 何が何だか分からない時だからこそ、危ういところに近寄らず、退散するのが私の信条なのに……。


(エオール様は寝込んでいるから、さすがに、ここにはいないでしょうけど、アースクロット様とか、万が一いたりしたら……私?)


『セーラ様。勘弁してください。これ以上、人目についてしまったら、私の未来が……』


 しかし、セーラは私のことなんて知らんぷりで、音楽に乗って器用に身体を動かし始めています。

 せめて旦那様が拒否してくれたら良いのですが、彼も面白そうに口元に笑みを湛えて、セーラに合わせていました。


(妻が死んでいるというのに、素性も知れない私と楽しげに踊るなんて……)


 常軌を逸した夫婦関係。


 ――これは、怪談ですか?


 しかし、この光景に鳥肌を立てている私がいるのと同時に、二人の優美なダンスに見惚れている私もいました。

 音楽と共に流れるようにくるりと回って、二人は息もぴったりで身体を寄せる。

 軽快な音楽に合わせて、綺麗に決まった時の快感とは何とも素晴らしいものです。

 セーラが、頬を紅潮させて微笑しています。

 旦那様は一瞬目を見開いて、意外そうな表情を作りましたが、それ以降は、にこやかにセーラをリードしていました。


(セーラ様。やっぱり、旦那様のことが好きなのね)


 心までは読めなくても、彼女の仕草、態度から滲み出ています。

 たとえ愛人がいても、毒まで盛られて殺されてしまったとしても……。

 旦那様のことが好きだなんて、健気ですよね。

 蝶が舞うように優雅に……。

 周囲の視線を余すことなく惹きつけながら、二人のダンスは華々しく終了したのでした。


 ――なぜか、万雷の拍手を一身に受けて。


(知らなかったわ。一曲終了すると、拍手が起こるものなのね?)


 初めての経験で、私にはさっぱり分かりません。


「ねえ、見てた? わたくしのダンス」


 その時になって、初めてセーラの囁き声が聞こえました。

 本当に、今更の今更ですけど……声が出るようになったのですね。


『上手くて驚きましたけど……。この先の私が困りますって』

「ふふっ。でも、あの女には、いい牽制になったでしょう?」


 愛人に睨みを利かせて、セーラは悪役さながらの策略めいた笑みを浮かべていました。

 そして、拍手に応えるように、惚れ惚れしてしまう美しいカーテーシー。


(なるほど)


 これ、すべてセーラが仕組んだのですね。

 喋ることが出来なかったから、彼女は踊ることで、旦那様に心の内を訴えたかったのではないでしょうか?

 注目を集めれば、それだけ愛人も旦那様に近づきづらくなると考えたのかもしれません。


『ああ、疲れた……』


 ――と、そこでセーラは燃料切れとなったらしく……。


『あとは宜しく』


 意味不明にしておきたい一言を残して、私の肉体から消えてしまったのでした。


「うわっ、動く」


 途端、金縛りから解放されたように、私は自分の身体を自由に動かしました。

 ようやく返ってきた私の肉体。

 ……でも。


(なぜ、今?)


 最も面倒な場面で、受け渡してくるとは……さすがセーラです。

 ようやく長い拍手が終わって、沈黙。

 依然、その場にいる全員の視線が私に向かっている中で、私は今日何度目でしょう。


 万事休すの事態に陥っていたのでした。

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