第53話 修羅場と私
私も最大級に焦っていたので、セーラが憑依しやすかったのかもしれませんが……。
(セーラ様って、深窓の令嬢設定だったはずなのに足が速いのね。どこの野生児?)
ドレス姿にも関わらず、セーラは私の身体で華麗に走っています。
魂が違うと走り方も違うのですね。
ドレスの重みに潰されそうで、歩くだけで精一杯だった私とは雲泥の差。
……というか、消えかかっていたくせに、凄まじい精神力です。
(そりゃあ、自分を殺した人を目の前にして、平静ではいられませんよね)
……けど。
裏口方面から、そのまま外に出たら良かったものを……。
何を間違ったのか、セーラは舞踏会が行われている広間に走って行ったのでした。
(セーラ様、そこは駄目ですよ)
なぜ、一等目立つ場所に?
(殺されそうだから、人が多い場所に来たかったとか?)
けれど、肉体の持ち主は、彼女じゃないのです。
……私ですよ。
招待客でもない「ラトナ」が仮面舞踏会の中に、参加してしまっている御法度な状況なのです。
『あの……セーラ様。今すぐ身体返して下さいとは言いませんけど、素早くそこから脱出して下さると……』
心からの私の呼びかけにも関わらず、セーラはずんずんと舞踏会場の中心に向かって行きます。
まるで、私の声が聞こえていないようです。
(ん? 声が聞こえないというより……。むしろ)
私の身体に憑依しても、セーラは話すことが出来ないようです。
口を動かしていますが、まるで言葉になっていません。
はあはあ……と息を切らして、好奇な目に晒されながら、彼女が狙いを定めて突進したのは、人集りが出来ている男性のところでした。
(…………この人、誰?)
袖口と襟元に金の刺繍が施された黒地の長いコート。
純白のクラヴァット。
決して派手ではないものの、すべて品の良いものばかりを身につけているみたいです。
そして、何より長身、金髪。宝玉のような碧眼。
緑色の仮面を被っていても、分かります。
(エオール様と、同じ人種……)
見た目は違いますが、身の内から漂う高貴さと余裕。
私の苦手な人間側の男性です。
「……っ! ……うっ」
誰かと談笑していた男性は、いきなり袖を引いてきた私に目を丸くしていました。
当然ですよね。
不審人物以外の何者でもないのですから……。
けれど、彼の袖を引いて、めげることなくセーラ=私が懸命に何かを訴えています。
(この人……セーラ様の「ユ」のつく旦那様よね)
だったら、私が書いたメモ書きを渡せば、少し事情も分かってくれるのではないでしょうか?
(……て?)
ああ……。
あのメモ、私、外套の衣嚢に入れっぱなしでした。
着替えてしまった今、もはや、何の意味も、ありませんね。
(何がしたかったんでしょう? 私……)
男性と仮面越しに見つめ合うこと数秒。
『早くこの場から退散しましょうよ。頼みますから、セーラ様』
必死に説得する私を無視して、セーラはその場から頑と離れようとしません。
そうこうしているうちに、先程のお綺麗な(仮)愛人がこちらに到着してしまいました。
彼女も早足で一直線に、この男性のもとにやって来ます。
そうして、向かい合う三者+私一人。
(待って。この構図ってもしや?)
語り継がれるだけで、実際目にする機会は希少。
いや、出来れば人生で一度だって遭遇したくない。
――修羅場。
……というやつなのでしょうか?




