表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/67

第49話 撤収でいいのではないでしょうか?

◇◇


 『――セーラという女性を妻にしている「ユ」から始まる旦那様へ。


 貴方様の奥方以外に近しい付き合いをされている女性は大変危険です。


 今後も毒を盛る可能性がありますので、要注意。逃げて!

 会うな、危険!!』


 「危険!!」の部分を、あえて大きな文字で書いてみました。

 こんなものでしょう。

 これを書いたメモ紙を、あわよくば、セーラのユから始まる旦那様に託して、私はさっさと舞踏会から去れば良いのです。

 最悪、舞踏会関係者の誰かに渡すだけでも一仕事完了……になるはずです。

 我ながら幼稚な手ですが、他の誰かを頼らずに……となると、これしか思いつかないのですから仕方ないですよね?


 ――けど……。


「無理でしたね」


 自覚はしていましたが、子供の浅知恵という現実を嫌と言うほど味わってしまった私です。

 日が落ちてすぐ、アースクロットから恵んでもらったお金で辻馬車を捕まえて、王宮のすぐ近くに聳え立つフリューエル家の屋敷まで辿り着いたのですが……。

 さすがに、上等の寝間着に赤い外套を引っ掛けた程度の格好で、近づくことのできる場所ではなかったのです。

 ……というか、警備がとんでもなくて、遠巻きに屋敷の明かりを眺めているだけで、圧が半端ない感じです。


(いや、これで名前を騙って舞踏会に侵入なんて……。命を捨てるようなものですよ)


 しかも、肝心なセーラは


『っ!! あー……!!!』


 こんな状態ですものね。


「これは私の手に負えませんね。セーラ様。撤収して良いでしょうか?」

『うーうー』


 見事に、御乱心しています。

 激怒しながら、私の周辺をぐるぐる旋回していますが、いや……じゃあ、私にこれ以上どうしろ……と?

 視界の先に、きらきら輝いている一点。

 あれがフリューエル家の屋敷と見て、間違いないはずです。

 すぐ横を威勢よく通過していく、四頭馬車のまあ豪華なこと。

 遠くで眺めているだけでも、御伽の国の世界のようです。


(上流貴族の奥方であるセーラ様が亡くなったのに、よくやるわよね)


 でも……。

 ほんの少しだけ……。

 私、羨ましいかもしれません。

 うんと着飾って、華やかな場所で、気になる人と踊ったりなんかして……。

 今までもこれからも、私には一生縁のない世界だからでしょうか。


(ああ、そんなことより、やることやっておかないと……)


「はいはい。分かりましたって。セーラ様。旦那様には無理ですけど、怪しまれるの前提で、舞踏会関係者にメモ紙を渡して行きますって」


 このまま手ぶらで帰ったら、怒りのセーラ様に何をされるか分かったものではありません。

 ……それに、狙われたエオールのこともあります。

 賢いと評判の方ですから、私などがこんな無駄なことをしなくても、きっとすぐに犯人(愛人?)を捕まえてしまうとは思うのですが、寝込んでいる彼が、今夜セーラの旦那様が直面する危機を救える保証はないのです。


(事件は事件ですから)


 とりあえず、そこら辺にいる警備の方に、あのメモ書きを渡して帰りましょう。

 捨てられたら、それはそれです。


(さて、誰か適当な人は……?)


 私がきょろきょろと適当な人を探していると……。


「おい?」


 おおっ。

 都合良く声が掛かりました。


「お前、何をしているんだ?」


 前方から大股でやって来る……多分、若い男性。

 暗がりの中に銀髪が輝いていて、いまちいち顔がよく見えませんが、身形は良さそうです。

 高圧的な口調からして貴族っぽいし、舞踏会関係の方ではないでしょうか?

 適任ですね。

 私の役目は、ちょっとばかりセーラの旦那様に注意を促すことなのですから。


(好機到来だわ)


 今を逃すまいと、私は上着の衣嚢ポケットに手を入れて、メモ紙を取りだそうとしたのです。

 ……が。


「わっ!?」

「動くなよ」


 青年は目にも止まらぬ早業で、私の腕を掴んで、捻り上げたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ